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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
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英雄の凱旋

【種族】ゴブリン

【レベル】36

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》




 灰色狼のシンシアが、唸り声をあげてウサギを追いかける。夢中になって迷子にならなければいいのだが。首尾よく獲物を仕留めると俺の元まで駆け戻ってくる。ご丁寧に狩った獲物を咥えたままだ。

 俺の足元に獲物を置くと、その場で毛繕いをして、欠伸をする。

 どうやら俺に獲物をくれるらしい。

「遠慮せず、お前が食え」

 倒した槍鹿の横に胡坐をかくとシンシアの頭を撫でる。

「クゥゥン」

 氏族達の主力を深淵の砦に戻すのに合わせて、一度オークの集落を見ておこうと思い立った俺はシンシアだけを連れ、奴等の住処に向かっている。先の戦いではオークの参戦が戦の流れを大分加速させた。ゴブリン達の王となって人間たちと戦ったが、あそこでオークの参戦がなければ更なる出血をゴブリン達に強いることになっただろう。

 オークたちの働きに報いることをしてもいい。と俺が思うほどには、奴等はしっかりと働いた。その報酬の話し合いをする為に態々足を運んだ訳だ。シンシアも一緒に連れてきたのは、片割れ(ガストラ)があの戦のドサクサで居なくなってしまったことに対する気分転換もかねてのことだ。

 オークたちの集落は北の湖の更に奥。元は呪術師(シャーマン)ギ・ザー・ザークエンドの住処だった場所だ。そのギ・ザーは最近妖精族の娘の知識をどうしても知りたいらしくシュメアに頼み込んでいるようだが、未だに奴の納得できる成果は得られていないらしい。

 魔素の研究のこととなると見境がなくなるのが玉に瑕だが、得難いゴブリンだ。ギ・ザーの配下のドルイド達は知能が高く、或いはゴブリンの戦士を率いる者を輩出するかと期待しているのだが、今のドルイドたちを見ているとどちらかといえば学者のような印象を受ける。

 前線で先陣を切って突撃していく戦士は、それこそ氏族で言えばラーシュカ、ギの集落で言えば唯一のナイト級ゴブリンのギ・ガー・ラークス、“剣神”ギ・ゴー・アマツキ、“狂い獅子”ギ・ズー・ルオと限りが無い。一方で、後方で群れを纏めるタイプの戦士といえば氏族ならラ・ギルミ・フィシガがいる。

 集落ではギ・グー・ベルベナが唯一だ。彼の右腕とも言うべき見開く瞳のギ・ヂーは未だ補佐をするのが精一杯で、群れを統率するまでには至っていないように見える。

 ではその更に後ろ。戦いの全てを把握し、指揮をするゴブリンがいるかと自問すれば残念ながら否というしかない。本来ならこの俺自身がその位置に座り、戦場を睥睨するのだろう。

 だが、俺は部下が血を流すのをただ見守るなどできそうに無い。部下が危機と分かれば直ぐ様飛んで行って俺自身が戦わねば気が済まない。

 血が騒ぐのだ。

 どうにも自分の体だとは言っても扱いづらい。根気良くそのようなゴブリンが出現するのを待つか、或いは他のゴブリンの縄張りに侵攻して、人材探しをするか。

 侵攻、か……。

「そろそろ行くか、シンシア」

 倒した槍鹿を肩に担ぐ。先程仕留めたウサギをシンシアが食べ終わるのを見計らって、俺はオークの集落目指して歩き始めた。


◆◆◇


 王都は興奮の渦に沸いていた。

 聖女を救い出した英雄の帰還。

 民衆は街道に詰め掛け、馬車に乗って凱旋を果たす英雄ガランドを一目見ようと身を乗り出す。兵士達が警備をしなければ数多くの怪我人が出ていたことだろう。建物の二階の窓から女達が花を投げかけ、子供たちは二頭立ての馬車に乗るガランドと聖女レシア・フェル・ジールをはしゃぎながら追い駆ける。

 酒場では気前の良い冒険者達がチップを弾み、飲めや歌えの宴会の真っ最中だ。

「少しは声援に応えたらどうだ?」

 今日の為に仕立てられた二頭立ての白馬が曳く幌無しの馬車。悠然と立つガランドと項垂れるように俯いている聖女の姿。普段なら奇異に映ったであろうレシアの姿も、王より遣わされた職人が日に夜を継いで仕立てた白無垢の衣装のおかげで、祈りを捧げる気高き聖女に見えてしまう。

「……」

 無言で俯くレシアに民衆には聞こえないように舌打ちして、ガランドは手を振り返す。

 程なく王城の門に馬車が入って城門が重厚な音とともに閉まると、彼らは馬車から降り立つ。城門の中では城詰めの兵士達、騎士達が羨望と嫉妬の眼差しをガランドに向け、憧憬と哀れみの視線をレシアに向けていた。

「王が玉座の間にてお待ちです。英雄ガランド。ご無事のご帰還、お喜び申し上げます。聖女レシア・フェル・ジール」

 彼らを出迎えたのは初老に入ろうかという騎士だった。

「ご案内いたします」

 彼の言葉に二人は無言のまま歩みを進める。やがて石造りの回廊を越え大理石の廊下を抜ければ、緋色の絨毯が伸びる城の最重要区域に辿り着く。重厚なる扉の左右には磨き上げられた鎧を纏う近衛兵が槍を持って佇む。

「英雄のご帰還だ」

 初老の騎士が、重々しく開門を呼ばわる。

 外から内へ開いた扉の向こう側には玉座に座るアシュタール王の姿と、緋色の絨毯の左右に立錐の隙間も無いほど詰め込まれたこの国の有力者たちの姿がある。

「どうぞ」

 促されるままにガランドとレシアが玉座の間に進む。緋色の絨毯の途中まで進むと普段の傲慢さなど欠片も出さず、厳粛に膝を突くガランド。レシアもそれに続いた。

「無事の帰還を嬉しく思うぞ。嵐の騎士」

 玉座の肘掛に体重を乗せたまま、痩躯の上に王冠を載せた王は帰還した勇者に言葉をかける。

「陛下のおかげをもちまして」

「うむ。……さて、聖女レシア殿。お初にお目にかかる。余がゲルミオン王国国王、アシュタールである」

「……今回は危急の折をお救い頂き、有難う御座います」

 膝を折っていた視線が玉座に座る王を見る。顔を上げたレシアの横顔の美しさに、何人かの列席者から思わず溜息が漏れた。

「其方には象牙の塔によほど強い縁故があるらしい。羨ましい限りであるな」

「いえ……」

 アシュタールの目に映るのは嘲弄と猜疑。だがその二つを瞳の奥だけに止め、表情には一切見せず好々爺の仮面を被る。思わず視線を伏せる彼女に、アシュタールは玉座の高みから更に言葉を掛けた。

「象牙の塔からは早急な帰還をと望まれておるが、魔物どもに捕まっていたのだ。疲れもあろう。今暫く我が城で寛ぐがよい」

「お心遣い、ありがたく」

 視線を緋色の絨毯に向けたまま、言葉少なにレシアは答えた。

「さて、嵐の騎士」

「はっ!」

「聖女殿も、知己も居ない城の中では何かと不便であろう。数日城に滞在し、彼女の話し相手になってやってくれ」

 感嘆とともに、列席者は王の思慮深さに声を上げる。

「陛下の命とあらば」

「うむ。ではこれなる謁見、大儀であった」

 最初に王が玉座より立ち上がり退出する。それを見終わってから主賓であるレシアとガランドが退出し、列席者達が次々に玉座の間を後にする。口々にレシアの美しさ、ガランドの勇壮さ、王の思慮深さを称えて退出していく。

「こちらになります」

 レシアとガランドが案内された部屋は城の最重要区域から遠く、しかし十分に厳重な場所だった。玉座の間から廊下を渡り、通された尖塔の一室。来賓用に供された豪華に飾り立てられた部屋。初老の騎士が扉を開けると、中にいた鎧姿のリィリィが驚いて目を見開く。

「レシア様!」

「リィリィさん」

 思わず駆け寄る二人の様子に初老の騎士は静かに退出し、ガランドは鼻を鳴らす。

「用事があれば控えた侍従が世話するとよ。聖女様」

 口元に嫌らしい笑みを浮かべたガランドが、それだけ言い放つと背を向ける。

「じゃあな。ゴブリンなんぞに心を奪われた、哀れなお姫様」

 嘲笑とともに扉を閉めるガランドに、レシアの顔に悲しみが差す。

「レシア様……大丈夫です。きっと──わっ!」

「ゥウウオォン」

 リィリィの胸当ての隙間から、灰色狼(ガストラ)が顔を出す。左右を見回し、どうやら安全そうだと思ったのだろう。窮屈なところとはおさらばだとばかりに首を振って声を上げる。

「……あなたは元気ね」

 そう言うとレシアはリィリィの胸当てからガストラを引っ張り上げる。抱き抱えるレシアの頬をぺろりと舐めるガストラが甘えたような声を出して鼻をくっつけるのを、リィリィは微笑ましく見守っていた。

 少しでも笑顔が戻って良かった。

「それで……レシア様、これからどうなりましょう」

「暫くは王都に滞在することになるでしょう。でも近いうちに象牙の塔へ行くことになりそうです」

「象牙の塔……ですか」

 白き北の国にある、賢者の住まう場所。物語に聞くような幻想的な場所だったが、実際にそれは存在し、幾多の賢人、官僚を各国に輩出する土壌となっている。

「その、こう言ってはあれですが……レシア様が望まれるのなら、城から抜け出して森へと戻っても私はかまいません。ガストラもそっちの方が良いでしょうから」

「いいえ。私が戻れば再び森が侵略されるでしょう。それは駄目」

 王との謁見の短い間に、レシアは今回アシュタールが動いたのが象牙の塔の誰かの依頼であったことを知った。他国の王に直接ものを言えるだけの権威と権力を備えた人物は象牙の塔の中でも数少ない。思い当たるのは数人。その中の誰がさせたことなのかはさておき、思いつく限りどの人物も一筋縄ではいかない者達ばかりだ。

 ならばアシュタール王を再び森へけしかけることも厭わないだろう。

「では……」

「少し、王都でやりたいことがあります。外出の許可が降りたときはお願いしますね。私の騎士さん」

 にっこりと微笑むレシアに、リィリィはただ頷いた。


◇◆◆


 王の執務室。玉座の間が対外的な行事を行う場所だとすれば、ここは政治の中枢だといっても過言ではない。毎日届けられる書類に目を通し、或いは重要な人物と密議を交わし、国を保っていく為の必要不可欠な空間。

 玉座の間程は、過剰に飾り立ててはいないが使い勝手の良い調度品の数々は、見るものが見ればその高価さに目を剥く筈だ。緑水色の絨毯が敷き詰められたその部屋に、片膝をついて頭を垂れる鉄腕の騎士の姿と執務机に頬杖を着いたアシュタールの姿があった。

「ゴーウェン……実に250もの精鋭を失ったのか」

「面目次第もございません」

 戦塵も拭わぬまま領地へ戻ったゴーウェンは、アシュタールの王城へと駆け付けた。その速度はレシアとガランドを追い抜き、王を驚愕させた程であった。

 “遠征失敗”

 その事実を王に告げるため、ゴーウェンは老骨に鞭打って王都へ駆け付けたのだ。その報告を聞いた王は、即座に聖女と英雄の帰還を大々的に執り行うことを決定した。

 敗戦を覆い隠す為には英雄が必要だったのだ。

「ジェネ・マーロンも討ち死に……性格はともかく実力は高かったのだがな」

 しばらく思考に浸っていた王は、微動だにしないゴーウェンに対して確認をする。

「再建には、どれほどかかる?」

「2年あれば元の状態には戻せます」

「2年……それまで魔物がおとなしくしているか?」

「森を出て平原での戦いであれば、勝機は我らにこそ」

 なるほど、と頷いてアシュタール王は黙考する。

「……必要なのは時、か……では新たな聖騎士を任命せねばなるまい」

 本来なら直ぐ様森に大規模な兵力を派遣したい。だが、南と北に不穏な動きがある。ジェネ・マーロンの任地は南であった。その死が知れたなら諸都市がどう動くか分かったものではない。同じくガランドがいない間に力を回復しつつある雪の神(ユグラシル)の山脈の蛮族共も活動を始めていた。

 王国は軍事によって成り立っている。その武威が翳るなら、忽ち四方の敵は牙を剥いて襲い掛かってくるだろう。今は魔物よりも同じ人間に対処せねばならなかった。

 故に今は守る。

「はっ……」

「破壊の騎士ツェルコフ。鉄腕の騎士ゴーウェン。嵐の騎士ガランド」

 言葉を切ってアシュタール王は忠実な騎士を見つめる。

「……双剣の騎士ヴァルドー。両断の騎士シーヴァラ。隻眼の騎士ジゼ。そして今は亡き雷迅の騎士ジェネ。それらに比肩する名前が我が配下にあるか?」

 ゴーウェンは、答えることができなかった。聖騎士の制度とは国の四方を守る要である。個人の武力が一軍に匹敵する。音に聞こえ、かつ実力を伴わねばならない。

 7人の聖騎士の名前は、何れも近隣に鳴り響いていた。その一つが欠けたのだ。ジェネの守っていたのは南方。諸都市方面の戦況は更に厳しさを増すだろう。

 ガランドの名前は高まった。だが、彼が守るのは北方雪の神(ユグラシル)の山脈だ。かの地に根を張る蛮族達を見張るガランドを引き離すわけにはいかない。かといって、暗黒の森に面した西方のゴーウェンは動かせない。残る騎士達もそれぞれ任地を抱えている。

「そういえば、あの小娘に女戦士が一人付いていたな」

「はっ……リィリィ・オルレーア。平民の娘で冒険者です」

「ふむ、オルレーア……オルレーアか」

 口の中で吟味するように呟いて、アシュタールは視線を宙に浮かせた。遠い昔を振り返るように細められたその視線の先。

「聖女レシア、か。お前はあの小娘をどう評価する?」

「聡明な少女だとは思います。ですが象牙の塔が求めるほどに特別な何かを持っているのかと言われると……」

 癒しの才能は確かに優秀なものがある。だがそれは100人探せば一人はいる程度のもの。

「何かある、と儂は考える。故に、それ相応の保険をかけておきたい」

「と、言いますと……」

 アシュタールの口元がニヤリと歪む。

「リィリィ・オルレーアを聖騎士に取り立てる」

「しかし……」

 彼女には名前の威がない。外圧を撥ね退けるだけの実力も、ゴーウェンが一見した限りではないだろう。

「リィリィ・オルレーアには『空を斬るもの』(ヴァシナンテ)を与える。それを所有させることで威名の底上げを行う」

 王家所蔵の魔剣『空を斬るもの』(ヴァシナンテ)。その特殊な形状故に習熟することは困難を極める。だが使い熟せればその名前は否が応にも高まるだろう。

「何故、それ程までに?」

 あまりの厚遇にゴーウェンは疑問を差し挟まずにはいられなかった。保険と言うなら、彼女を捕らえておくだけでいい筈だ。

「オルレーアという名前。どこかで聞いたと思っていたが、思い出したのだ。古き血筋のオルレーア。嘗て我がゲルミオン王家がこの地を統べる前。もう100年以上も前になるが、この地を治めていたのがグアンシャム・オルレーア。空を斬るもの(ヴァシナンテ)を片手に森へと立ち向かい、血の雨を降らせた剣の一族」

 100余年のときを経て、魔剣が持ち主の下へ戻るのだ。

「80年ほど前の王位継承問題で没落した一族であったが……。国の危機に魔剣が持ち主の元へ戻る。中々浪漫があるではないか。精々役に立ってもらおう。最悪、2年だけなら何とか隠し通せる」

 尊厳王の自信に満ちた言葉に、鉄腕の騎士(ゴーウェン)は抗う術を持たない。

「王の采配に従いましょう……」

 数日後、リィリィ・オルレーアはアシュタール王に呼び出されることになる。



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