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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
王の帰還
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アルテーシアの誘い

【種族】ゴブリン

【レベル】99

【階級】ノーブル・群れの主

【保有スキル】《群れの統率者》 《反逆の意志》 《威圧の咆哮》 《剣技C+》 《強欲》 《孤高の魂》 《王者の心得Ⅰ》 《青蛇の眼》《死線に踊る》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死





 暗く深い底から、呼ぶ声が聞こえた。

「坊や」

 やさしく、嫌悪に満ちた、それでいて濃密な吐き気を催すようなその女の声。

「目覚めなさい」

 ふわふわと浮かんでいるような感覚に、強烈な意思が吹き込まれる。

「目覚めなさい、私の坊や」

 その意思は絶対にして俺の体を支配する。

 言われるままに目を開けた先にいたのは、百千の蛇を従えた美女だった。

「ようやくお目覚め? 母を待たすとはいいご身分ね」

 豊満な裸身に色とりどりの蛇をまとわりつかせた姿は信心など欠片もない俺でも、神々しさを感じさせる。

 神の調律を思わせる完璧な八頭身。豊かに膨らんだ胸には、その大きさと弾力を強調するかのように錦色の四つ目の蛇がきつめに巻きつき、天才彫刻家が全ての才能を注ぎ込んで作り上げたような足先から太腿にかけては、黒き双頭の蛇が緩く這い回る。

 更に下半身を覆うのは、緑の中に赤く螺旋模様を刻んだ八叉の大蛇。唇は血よりもなお赤く、欠点の見当たらない完璧な配合の鼻と口の位置。

 黄金色に輝く瞳には、欲望を是とする享楽的な色がある。軽くウェーブを描いた髪の色は蒼穹よりも深き青色。背後と足元に幾千かの蛇を従えて、彼女は存在していた。

「初めまして、かしら」

 蜂蜜に漬けられたような甘い声。誘惑とむせかえるような血の匂いのする声は聞いているだけで、ひどく俺自身を惑わした。

「だれだ?」

 一瞬でも気を抜けばその魅了に首を垂れてしまいそうな圧力。

 それに抗いながら、心を必死に平静に保つ。

「分かっているんでしょう?」

 人の心をとろけさせるような微笑。悪魔すら魅了しかねないその凶悪な笑顔に、犬歯を噛み締めて耐える。

冥府の女神(アルテーシア)か」

「ええ、そう。賢い子は好きよ」

 腰を砕きそうになる言葉を、憎悪で塗りつぶし心の平静を何とか保つ。

「小さき体に、不相応な魂。面白いわ……それにやっと接触できた駒だもの」

 アルテーシアが言葉を発するたび、俺は追い詰められていく。甘い蜂蜜の中に足から使っていくような、愛されているという幸福感が、ぬるま湯のように俺を浸蝕する。

「でも、醜いわね」

 ぬるま湯のようだった周囲の空気が一気に凍り付く。黄金色の瞳から放たれる絶対零度の視線。

 その空気にやっと俺は幾ばくかの余裕を取り戻した。

「聞きたいことがある」

 睨み付ける俺を見下ろして、アルテーシアは無表情に俺をみた。

「俺の意識を侵したな?」

「それがどうしたの?」

 微笑みかけられる微笑に、作り物と分かっていて尚惹き付けられるその誘惑になんとか耐える。

「許さん。二度とするな」

「許さなければ、どうするの?」

 自身の我が儘は叶えられて当然。圧倒的な自意識に気圧される。

 だが、そんなことで怯んでは目の前の存在と交渉など出来はしない。

「そんなに、癒やしの女神(ゼノビア)が妬ましいのか?」

 音を立てて、空間そのものが凍り付く。

「嫉妬に狂うか、アルテーシア」

 口元を歪めて嘲笑する俺を熱風が襲った。

「黙れ! そうだ! 嫉妬して何が悪いっ!? 私がこんなにも愛しているのに、あの人はいつもゼノビアだけをみている! なぜだ! ゼノビア、許せぬ! あの人の為に穢れを被った私を冥府などに押し込み、一人何もしなかったあの女が、のうのうとあの人の愛を独占する!」

 美しかった容貌は、既にない。まなじりは裂け、まなこは血を流し、口元は耳元まで裂けている。

国産みの祖神(アティブ)は、なぜ私をみない!?」

 嘆き悲しんだ蛇の女神がそこにいた。吐く息は熱風を伴って俺を圧迫する。

 彼女の怒気に反応した蛇どもが、一斉に威嚇をする。

「我が子、醜く小さき、我が子」

 俯くアルテーシア。

「母が願い叶えよ」

 絶対の命令。

「アティブの造りし世界を壊せ。ゼノビアの──」

 加護を受けし者ならば逆らうなど思いもよらない至福の命令に。

「断る」

 俺は首を横に振る。

 一瞬何を言われたのか分からないという風に、首を傾げるアルテーシアは、既に鬼蛇姫の容貌でなく、最初に見せた慈母の顔。

「俺を侵す者を、俺は許さない!」

 抗う故に我有り。

「お前……」

 彼女の足下に蠢いた蛇が一斉に俺を囲む。

 一度襲われたなら命は無いであろう圧倒的な蛇の群れ。そのすべてが俺を敵として威嚇していた。

「我が加護を受けながら、裏切ると?」

 人を睨み殺せるとしたら、こんな視線ではないだろうかと思わせる彼女の視線を、正面から受け止める。

「俺の生き方は俺が決める!」

 人生は一度きり。惜しむべき人生は、人間の時のものだけで十分だ。

 化け物として生まれ変わった生に未練などない。

 だからこそ、誰にも卑屈に頭を下げる謂われはない。

「……だが、俺の生き方の過程で奴らが邪魔となれば、俺の意志として奴らを排除する!」

 威嚇を続ける蛇達をそのままに、母なる女神は問う。

「あなたの生き方とは?」

 化け物としての存在全てを賭けて俺は胸を張る。

「征服と支配!」

 無害に他人に迷惑をかけず、平穏無事になどはもうまっぴらだ。

「天地の全てに俺を認めさせ、蹂躙して奪い取り、名を刻む!」

 くすり、と笑う声がして目の前のアルテーシアを見れば、腹を抱えて笑っている。

「ふふふふ……あなた面白いわ。私の命ではなく、自分自身の意志として戦うというのね。でも、征服と支配……くふ、あははなんて傲慢、なんて不遜! そのような矮躯で尚、言い放つか……ふふふ」

 その笑いは、妖艶なる蛇の女神にまったくふさわしくない。むしろ面白い話を聞いた、ただの少女のような笑いだった。

「いいでしょう。気に入ったわ」

 目じりにたまった涙をぬぐうアルテーシア。

「……」

 俺は無言で舌を出しておく。

 俺の精一杯の宣言を笑い飛ばすとは、さすが女神。

 とりあえず死ねばいい。

「あら、坊や随分反抗的ね」

 間近に迫るアルテーシアの顔は、玩具を見つけた少女のように輝いている。悪戯を仕掛けたらどんな反応をするんだろう、と気まぐれな思いつきでとんでもないことをしでかしそうな。

 無言で出していた舌を軽い拍子に握られて、引っ張られる。

「でもいいわ。馬鹿な子ほど可愛いというのは、普遍の真理」

 舌を引っ張られたままの俺は、しゃべる事もできない。

 舌を出したのは失敗だった。

「ふふん。よく見ればなかなか愛嬌のある顔じゃない」

 俺の舌を引っ張りながら、上から下から俺の顔を眺める。

「でもやっぱり醜いわ。もう少し美男子になりなさいな」

 無茶を言う。

 なりたくてなったんじゃねえぞ。

「造形は、魂の“カタチ”欲すれば、叶えられるはずよ」

 冥府の女神の妖しく光る黄金色の瞳が俺を射す。

「ま、いいわ。本題に入りましょう」

 俺の舌を離して冥府の女神は、手を鳴らす。

 と同時に世界が一変した。

 何も見えなかった空間には、闇が覆い死を司る悪魔の彫像が並ぶ。

 アルテーシアはいつの間にか玉座に足を組み座っていた。

 純白のトーガをまとったその姿は神々しくも、美しい。他を圧倒する神と呼ぶしかない力の化身。

「あなたに贈り物をあげましょう」

 アルテーシアの足元に控えていた蛇の中から、一匹がにょろにょろと地を這って俺の前に来る。

 一つ目で赤い小さな蛇だ。

「蛇なんぞいらん」

「ふふ……まぁそう言わないで」

 女神の微笑みと同時に恐ろしい速さで蛇が俺に突進してきた。払った腕の下を潜り抜け、俺の胸へと当たり──。

「……おい!」

 そのままぬるぬるいと俺の体の中に溶け込んでいきやがった!

「その子は可愛い子よ。大事にしてあげてね」

 知らん!

 早く取り出せ!

「そろそろ時間みたいね。じゃぁまた会いましょう、可愛い坊や」

 辺りが一気に暗闇に落ち、俺はその中を落下していった。


◆◇◆


 温かな光が全身を包む。

 耳元で騒ぐうるさい声に、覚醒を促され、閉じていた目をゆっくりと開けた。

 瞼を開ければ入り込む日差しは強く。今が昼ごろだと予想された。

「オオ、主お目覚メでスか!」

 ギ・ガーの感涙に咽ぶ声。

「みなに、知ラせる!」

 ギ・グーが走っていく足音。

 そうして。

「なぜ。そんなことをしている?」

 俺の額に手を当てるレシアの姿に、心臓がびくんと跳ねた。

 鼻に付くのは、かぎなれたはずの血の香り──。

「血の匂い……何が、あった?」

 いまだ鈍く痛みのあるからだで問いかける。

 俯くギ・ガー。それに変わって口を開いたのはレシアだった。

「あなたの集落が襲われました。あなたの手下も半数以上は怪我を負ったり死んだりしたようですよ」

「誰にだ!?」

 眠気がたゆたっていた脳みそを思い切りビンタされた気分だ。

「オーク」

 俺からさっさと手をどかしたレシアは感情を押し殺しているようだった。

「おい、あの剣士はどうした?」

 ふと思いついて尋ねる。

「……彼女は、私を守るために囮となって」

 ぐっと奥歯をかみ締める。それ以上レシアが語ることはない。

「どのくらい前だ?」

「朝、ヤラれまシた。我ラ主トそノ財を守ルのに手一杯で」

「まだ、間に合うな」

 項垂れるギ・ガーを励ますように肩を叩く。

「取り返す。待っていろ」

 レシアに言い置いて、悲鳴を上げる体を起こす。

「ギ・ガー。動かせる兵は?」

「10ほドでス。我ガ主」

「十分だ。俺の剣はあるんだろうな?」

「こチらに」

 指し示す方向には、血塗れた鋼鉄の大剣(アイアン・セカンド)

「俺のものに手を出す奴を俺は許さない」

 鋼鉄の大剣を受け取ると、肩に担ぐ。

「待ってください。私もいきます」

 ローブの裾を払って立ち上がるレシアに、忌々しいとばかり舌打ちした。

「足手まといだ」

「あなたの傷を癒してあげたのは、私です!」

 紫水晶(アメジスト)の硬質な輝きが、俺を射る。

「……良いだろう。ギ・ガー、レシアを護衛しろ。けが人が出たらすぐにそいつのところに運べ」

「仰せノマまに」

「征くぞ!」


◆◇◇◆◆◇◇◆


【スキル】《赤蛇の眼》を獲得しました。


◆◇◇◆◆◇◇◆


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― 新着の感想 ―
[一言] すっ・・・ こちら、カラーコンタクトレンズになりまさぁ〜 あっ、お代は結構です
[良い点] すべてが王道 なろう系の教科書に載せたいレベルの圧倒的王道なろうですね なろう的世界観、ドラクエ的ステータス制度、転生、口調... 上から目線のような表現しかできず申し訳ないのですが、模範…
[気になる点] やっぱむり、何これ無茶苦茶 申し訳ないけど、 リ・モンスター読んで出直してきて欲しい
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