騎兵隊
【種族】ゴブリン
【レベル】21
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
握りこんだ長剣を力任せに振り払う。妖精族の娘に水を差された俺たちの戦は佳境を迎えていた。森へ侵入を果たした人間たちは、既に組織的な抵抗をする余裕もなくなってきている。
後列、中列の状況は不明だが、人間の領域に最も近いこの場所では人間を追い散らすことに成功していた。ある者は立ち向かい、ある者は一目散に逃げる。有象無象の人の群れを駆逐して、俺は周囲を睥睨した。
上手くすれば、他のゴブリン達が人間を蹴散らして合流してくる筈だが……。
そう思って上げた視線の先に、思わず苦笑する。
「そう上手くは行かぬな」
隊列を組んで森から出て行こうとする一団が、入り口で立ち塞がる形になった俺に向かってくる。黒い炎が長剣に絡まり燃え盛る。
「ならば──来るがいい」
槍を突き出す人間を叩き切り、崩れ落ちる人間を尻尾でもって殴り飛ばす。集団を組もうとしていた人間たちを狙った投擲は、過たず屍となった人間を諸共に吹き飛ばす。
人間を血祭りにあげるたび、体の奥底から力が沸いて来る。空気が濃くなったような感覚。いくら動いても疲れを知らない体で、俺は剣を振るい敵を倒す。森の木々が騒めく。地に生える草が、人間の侵入を阻む茨の付いた蔦が、頭上を覆う広葉樹林の葉が、風にそよぐ度、俺を後押ししているようだった。
森から流れ来る風が、俺の周囲を旋回して四方に散る。
理解の及ばないこともあるものだが、悪い感じはしない。《直感》に従って俺は剣を振るい、人を屍に変えていく。返り血が火照った体に吹きかかり湯気が立ち上っていく。俺が視線を向けるたび、見下ろす形になる人間たちの腰が引ける。一度息を整えるため吐き出した息は白い後を残して天に立ち昇る。
「う、うわぁあああああぁ!」
一人が悲鳴を上げて逃げれば、後はなし崩し的に全員が逃げていく。森の外へ向かう人間たちの背中に、俺は容赦なく剣を突き立てていった。
◇◆◇
夜の神の長い腕の中に、太陽の光が差し込んでくる。森を見つめる騎馬隊の中にあってその指揮を任されているのは、長年ゴーウェンの指揮下で戦ってきたコルセオ。長く戦塵に洗われたその顔には深い皺が刻み込まれ彫刻のようになってしまっている。若い兵士の間では、笑ったことがないのでは、と言われるほど無口な男。だがそれと比例するように指揮の腕の確かさは若い者たちをして、彼を慕わせるに充分だった。
朝露に濡れる平原。
今彼らが布陣しているこの地でさえ、数年前までは暗黒の森と呼称されていた場所だったのだ。森を切り開き、人たるものに恵みを齎す誇り高き西方領主軍。当然起こる魔物の散発的な襲撃に毎回死傷者を出しながら、切り開いてきた地味豊かな豊穣の土地。
簡易な天幕を張って夜露を凌ぐと、簡単な食事だけを受け取り、コルセオは森を睨んでいた。
「騎兵長殿、如何なされました?」
若い伝令の兵士が食後の薬湯を持ってくる。薬湯といっても、それは茶に近い。シゲールという葉を乾燥させ、湯に浸して飲むことにより血液の流れを促進して健康増進に役に立つ。そういう触れ込みで売られている森の恵みだ。
ゴーウェン・ラニード。西方領主であり、尊敬に値する騎士であり、この茶を齎した開拓者である男は、今あの森で命懸けで戦っている。
「聖女様を回収したといえど、油断はするな。全員直ぐ様戦闘態勢に移行できるだけの準備はしておけ」
「はっ!」
聖女レシア・フェル・ジール。
象牙の塔の長老よりフェル・ジールの名と、聖女という称号を受けた少女。一見しただけではどこにでもいる少女にしか見えなかった。それ相応に整った容姿をしてはいるし、立ち居振る舞いも垢抜けている。だがその泣き腫らした横顔にコルセオは痛ましい思いをする。
自分の娘と変わらない程度の年の娘だ。その少女に、重すぎる運命を背負わせる神とは一体何なのか。魔物に拐われ、無事であったとは聞くが……。
「騎兵長。聖騎士ガランド様が聖女様と共に王都に向かわれます。見送られますか?」
森を睨みながら考えに没頭していたコルセオは、伝令の言葉に軽く首を振った。
「必要あるまい。幸運を、とだけ言っておけ」
「了解しました!」
これであの少女の安全は確保されたと考えていいだろう。残るは森へ入った部隊のことだ。まさかゴーウェンの指揮下にある部隊に敗北はないだろうが、数日前に来た伝令の気配ではあまり余裕がないようだった。
「再度、物資を送り込むか」
森を切り開いた街道沿いに騎兵を走らせ、必要な物資を第一中継地点の集落にまで届ける。そのようにして進行組と連絡を密にしていたのだが昨晩以来、音沙汰が無い。
先陣を固めるユアンを始めとした若き小隊長達、後衛を守る自身の騎兵隊。西方領主軍での暗黒の森攻略で、考え得る限り最も隙の無い布陣──その筈だ。
だが、何故か胸を覆う不安の雲は晴れない。
西方領主軍の旗を仰ぎ見る。横一文字に描かれた長剣の上に、兜が置かれるゴーウェン・ラニードの紋章旗。風が雲を運んできたようだった。
晴れ渡っていたはずの空はいつの間にか曇天が覆っている。その中で“剣と兜”が力なく揺れていた。
「騎兵長!」
森周辺の偵察に出ていた騎兵が息切ってコルセオの前に駆け込んでくる。礼をするのももどかしく兜を脱ぎ捨てると、早口に捲し立てた。
「ゴーウェン様率いる進攻軍はモンスターの大群の奇襲を受け壊滅!」
「なに!? ゴーウェン様は!?」
怒号に近い声に、青かった顔を更に青くして騎兵が再び口を開く。
「ゴーウェン様は殿を努められて、味方を逃がそうとしておられたらしいですが……生死不明です。私が情報を得た兵士も、間もなく死にました」
事態の深刻さに思わず天を仰いだ。
「……生き残りの兵士はこちらに向かっているのだな」
「恐らく」
「現時点を持って騎兵隊の任務を、進攻部隊の救出に変更する! 全員を叩き起こせ!」
「はっ!」
慌しく去っていく騎兵の背中を見ることもなく、コルセオは尊敬する騎士の名を呟いた。
「ゴーウェン様……」
問題は二つ。兵士達の救出と、魔物が領地へ向かったときの迎撃である。
慌しく身支度を整える騎兵達の合間を縫って、コルセオは馬を駆けさせる。
森に進攻するのに、騎兵はその最大の持ち味である機動力の発揮を妨げられてしまう。報告によれば魔物どもは大群だという。どの程度の数がいるのかは分からないが、300からなる重装騎兵であれば、平原で戦う限り負けるとは思わない。問題は森へ入らねばならないときだ。救出をするからには森の中へ進攻せねばならない。
機動力を妨げる森林。更に切り開いた道は一本道で騎兵を展開する余裕すらもない。騎兵にとってまさに死地だった。だが、主なき兵士達を守るためにはやらねばならない。
「騎兵長、第1から第3大隊準備整いました!」
伝令の少年兵の言葉に、コルセオは旗を投げ渡す。
「掲げよ」
「はっ!」
曇天の空に高々と掲げられる“剣と兜”。
「聞け!」
整然と整列した鎧を纏った重装騎兵達の鼻先を、コルセオは抜き身の剣を掲げて騎馬を進める。その後から進む伝令の少年の旗が風になびく。
「ゴーウェン様率いる部隊が、魔物の大群により壊滅した!」
ざわりと、騎兵隊全体が揺れるが、その動揺をコルセオは抑え込む。
「これより我らは民を守る盾として、味方を救う剣として、その命を賭けねばならん」
動揺に揺れていた兵士達が、コルセオの声に咳き一つなく静まり返る。
「臆するものは今すぐ去れ! 命を惜しむ者も去れ!」
抜き身の剣を振り上げる。
「我らは、民の盾!」
コルセオの声に、一斉に重装騎兵達が声をそろえる。
「「我らこそが民の盾!!」」
「我らは、民の剣!」
「「我らこそが民の剣!!」」
日輪に力なく、だが磨き上げられたその剣の輝きは曇天を衝いていた。
コルセオは士気充分と見て、指示を出す。領地への連絡に数名を派遣すると、広大な森林地帯を監視するため指揮下の騎馬兵を分けて偵察に当たらせる。
部隊が壊滅したからには、どこから魔物が這い出してくるか分からない。それに味方もどこから逃げ出してくるのかもわからない。その情報を得るためにまずは偵察をさせる。最も可能性の高い道沿いにはコルセオ直属として50騎のみを残すと、他は全て偵察に当たらせるという徹底ぶりだった。
「騎兵長!」
突然の悲鳴に、コルセオは視線を向ける。指差す方向に見えたのは、およそ見たことのない魔物の姿。ゴブリンのようにも見えるが、それにしてはあまりにも巨大に過ぎた。
「グルゥゥルアァアァア!!!」
天と地を喰らい尽くすかのような咆哮をあげる。
「味方がっ!」
森の街道の奥から走ってくる10名からなる味方の兵士達。その背に向けて、槍が投擲される。串刺しにされる兵士の体が力なく地面に縫い付けられる。
「助けてくれェ!」
悲鳴を上げる兵士の背に、黒き炎を纏った剣が突き刺さり、紙を裂くように鉄の鎧ごと兵士を切り裂いて血飛沫を撒き散らす。その屍を踏み潰し、逃げる兵士の足を掴むと片腕だけで兵士の体を掴み上げ、地面に叩き付ける。
ぐしゃりと、地面に赤い花が咲く。赤い花の茎を力任せに、逃げる兵士に投げつける。足元を崩され転ぶ兵士の頭を、魔物の尻尾が叩き潰す。
「う、うわあぁ!?」
焦りで足元の木の根に躓いた兵士の足を、魔物の拳が打ち砕いた。悲鳴を上げてのた打ち回る兵士を横目に、更に逃げる兵士の足に長剣で切りつける。
逃げてきたはずの10人は既に道の上で屍に成り果てた……いや、僅かに息をしているものが2人。だが、直ぐにその兵士もあの魔物の餌食になるだろう。
気付けばコルセオは馬の手綱を握り締めていた。
──行けば、負ける。
あの魔物はこちらが森に入っては力が発揮できないことを見越している。だから悠然とこちらの様子を見ながら二人を殺そうとしているのだ。
「騎兵長! 味方を救いましょう!」
──分かっている。だが、行けば負けるのだ。
握り締めた手綱が力を入れ過ぎて震える。
「いやだ、死にたくっ、助けてくれ!!」
地面を這いずり、こちらに向けて手を伸ばす味方の姿が見える。その背に、冥府の炎を纏った剣が突き刺さる。
「騎兵長!! 俺達は人を守るために兵士になったんです!」
詰め寄る若い兵士のことをコルセオは知っている。家族を魔物に皆殺しにされているのだ。それどころか、この騎兵隊にいる兵士の半ばはそのようなものたちだ。彼らの父親代わりとして、剣を教え、馬を教え、酒を教えてきた。
「我らは味方を救う剣……そうだな?」
「はいっ!」
「全軍──」
掲げられた剣先が、魔物を指す。
「──突撃! 味方を救え!」
直属の50騎をもってコルセオは魔物に向かっていった。
◇◆◇
突撃を開始した騎兵の群れが目に入る。後列、中列を襲いに行ったゴブリン達は、未だに追い付いてこない。
梃子摺っているな。
だがそれも仕方ない、ぎりぎりの勝負なのだ。こちらに有利な状況を仕上げたとしても、何が起こるのかわからないのが戦というものだ。
まさか負けることはないだろうが……。
槍の穂先を揃える騎兵の姿が徐々に大きくなっていく。
ならば、ここは俺が奴等を蹴散らすしかない。強化された視力で確認すれば、彼等の身に着ける鎧は鋼鉄製の重厚さを備え、手には突撃槍が輝く。
兵士を串刺しにした槍を引き抜いて片手に持つ。もう片方には長剣。勝負は直ぐに着く筈だ。
土を巻き上げる馬蹄。馬達の吐き出す息は白い軌跡を伴って後ろへ流れる。乱れる鬣に、先頭を走ってくる騎兵の鎧姿がその上に乗る。磨き上げられた突撃槍は敵を貫くための輝きを放ち、騎兵達の血走った目が、開かれた口が、魂を振り絞るかのような咆哮をあげて俺に殺到してくる。
「ウォォオオオオオ!!!」
重心を前に。
長剣を下段に構えると、槍を担ぐように逆手に持ち変える。
「オオオオアオオオ!!!」
圧力さえ伴うその咆哮に──。
「グルゥルウゥアアアアァアァ!!」
俺は咆哮を持って応えた。
次回更新は金曜日