夜は永く…
【種族】ゴブリン
【レベル】21
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
時折聞こえる獣の遠吠えに、疲労から眠りについた兵達が飛び起きる。安眠すら与えられない緊張感の中、徐々に夜の神の腕の中に朝陽が差し込んでくる。
目の下に隈を作り、周囲を警戒する様子に余裕は見られない。集落の中から一歩でも外に出れば、そこは凶悪な魔物の待ち受ける森の中だ。
昨夜もその魔物が襲ってきた。運良く退けることはできたが、あまりにも凶悪なその魔物は冥府の悪鬼なのではないかとすら思えた。それがゴーウェンに従って森へ入った兵士達の一般認識になりつつあった。
戦える兵は250。
負傷者を含めればその数は更に増えるが、兵として換算するには些か心許ない。
「このまま引けば損害が増える……」
夜明け前、一層暗くなる夜の最後の一時に、ゴーウェンは一人暗黒の森を睨んだ。今兵達は怯え、竦んでいる。これはあのゴブリンキングの夜襲の結果だ。
ゴーウェンは知らなかったが、暗黒の森側の参戦兵力はオークが40、ゴブリンが50、コボルトが20ほどであった。
「だが」
予想を遥かに上回る損害を出した各小隊は、休憩の僅かな時間にも眠ることすら許されない。兵たちの心を落ち着かせ、状況の改善を図る“待ち”を使えないのだ。時間が経てば経つほど、こちらの消耗は増える。
打って出るにしても兵力を展開できない森林地帯。個々に強力な個体が混じるゴブリン達に、兵達は怖気付いてしまっている。
ならば。
「ならば……多少の損害を覚悟の上で退くしかない」
もともと選択肢はそう多くはなかったのだ。退くしかない。森の外で待たせている騎兵隊のところまで全力で退く。
「その為には……」
こちらが退くとなれば、当然ゴブリンどもが追撃を掛けてくる筈だ。そこで先手を取る。追撃を掛けてきた先頭……ほぼ間違いなくあのゴブリンキングだろうが、それに逆撃を加え敵の勢いを鈍らせた後、離脱。
奥歯を食い縛り、ゴーウェンは覚悟を固めた。
夜の神の時間が終わり、やっと太陽が世界に光を取り戻す。ほっと息をつく兵たちを横目に、ゴーウェンは退却のための編成を行った。太陽が中天に昇る頃になって編成を終えたゴーウェン指揮下の部隊は斥候長ユアンを先頭に、ゴーウェンを最後尾にして退却を開始した。
先頭には立ち塞がる敵を倒すため壮健な兵士を配置。その後を負傷兵が続く。最後尾を守るのはゴーウェンが特に選んだ兵士達。
食糧を無理矢理胃に流し込み、行軍を開始する。森を切り開いた道の両端に偵察と怪我人の護衛を兼ねた長剣装備の兵士達。内側には長槍を持たせた兵士を配置して、森からの不意の襲撃に備える。
徒歩で更に怪我人まで連れてとなれば、森の出口まで1日、或いは2日。ゴブリンの攻撃の激しさ次第ということもあるが、森を切り開く労力がない代わりに怪我人を運ばねばならない。
防護施設のない路上で夜を明かすつもりはなかった。夜だろうと日中だろうと、歩き続ける他ない。
「後方に、コボルト!」
悲鳴のような報告に、ゴーウェンは視線を向ける。一匹の大きなコボルトに率いられたコボルトの群れが、じっとこちらの様子を伺っている。襲い掛かってくる様子もないが、離れる様子もない。
「……気にせず進め」
嫌らしい手だった。戦いを進めるうちに、狡猾な人間が魔物を操って戦っているのではないかとすら思えてくる。コボルト程度ならいつでも蹴散らせる。
だが、敢えてそれをしないのはコボルトに戦う意思がないからだ。おそらくあのゴブリンキングに統率されているのだろう。戦わずに逃げる。深追いすれば、怪我人を連れて歩く本隊が襲われる。
その上、常に監視しているぞと無言の圧力を弱った兵士に与え続けるのだ。壮健な兵士にも疲労を蓄積させ、日が沈む頃には無視できない疲労となっているだろう。
そうと分かりながら、ゴーウェンには打つ手がない。常と変わらぬ無表情の裏で焦燥の汗を流しながら、彼の思考はまだ冷静さを保っていた。
ここで指揮官であるゴーウェンが動揺しては兵達が更に混乱する。最悪ここでバラバラに行動し、軍という強みが霧散し、森で命を散らすことになる。
──全滅。
有り得ないことではない。
それほどの相手だ。
「各小隊長に、警戒を厳にせよと伝えろ! 後ろには私がいる。左右の警戒を怠るな、とな!」
これだけでどれほどの効果があるのか? だがゴーウェンには他に策らしき策はない。
後は自分の武威を信じて進むのみだった。
◆◇◇
人間達が森の外へ向かって進軍を開始。俺はコボルトのハスに命じてその後を追跡させる。奴等に一時といえども心の休まる隙を与えない。人間の緊張感はそんなに長く持続するものではないのだ。いつかは耐え切れなくなる。
緊張の糸が切れた所に襲い掛かれば、あちらの被害は否応なく増すはずだ。
「音を立てるな。こちらの気配を悟られれば、やられるぞ」
追うこちらも必死だった。昨夜の奇襲で被害らしい被害は出ていなかったが、連戦に告ぐ連戦の疲労はもはや隠し通せない。深淵の砦から強行軍で歩ませてきた氏族達。壊滅に近い被害を受けているギの集落の者達。
人間達を追うだけで、肩で息をする者が多数だ。普段なら森の中を自由自在に駆け回れる筈の足腰は、鉛が付いたように重い。怪我人は後方に残してきているとはいえ、その傷を治療するためにガンラの弓兵を充てねばならなかった。
ナーサ姫は後方部隊の取り纏めとして残し、僅かにラ・ギルミを中心とした弓兵が追撃に加わっているのみ。流石にレア・ノーブル級ゴブリン達は未だに壮健だが、その他はかなり厳しい。
やはり、俺が前に出ねばならない。
「王、いつ仕掛けるのだ。疲労もあるし、さっさと皆殺しにした方が良くはないか?」
ギ・ザーが俺の隣に立って問いかけるが、俺は首を振らざるを得ない。
「未だ人間どもは疲労し尽くしていない。奴等を狩るのはもう少し後だ」
慎重に過ぎるとギ・ザーは思ったのだろう。珍しく抗弁じみたことを言う。
「だが、早くせねば森の入り口に到達してしまう」
確かにそれもある。故に仕掛けるタイミングは慎重に選ばねばならない。
「わかっている」
「……被害を心配するなら、オークを使えばいい」
声を潜めるギ・ザーの言葉に、俺は再び首を振った。自分達の力だけでなく、他の者を使う。更に俺の考えを読むという事を覚えたのは、やはり進化した影響なのだろうか。先日、祭祀から呪術師へと上がったばかりのギ・ザーの言葉に、ふとそんなことを思った。
「オークにはこれから先も働いてもらう。未だ使い潰す段階ではない」
戦力として考えた場合、ゴブリンに対する信頼度とオークに対するものでは、やはり差があった。
「では、やはりこのまま追跡か」
「ああ、そうだ」
分かったと頷くとギ・ザーは配下を静かに叱咤激励する。貴様らそんなざまでギ・ゾーの仇が取れるのか、と言う声が小さく俺の耳に聞こえてきた。
そうだ。
奴等には思い知らせねばならない……。
侵略者には、躊躇も慈悲も必要はない。徹底的に殲滅するのみだ。
◇◇◆
行軍は日に夜を接いで行われた。怪我人を背負い、肩を貸し、魔物の領域から逃れるために只管足を進める。一刻《1時間》に一度の僅かな休憩時間中でさえ口を利くものは殆どいない。皆黙々と足を動かすだけだ。
疲れきっていた。ともすると、後ろから迫るコボルトの前でさえ、眠りに落ちそうになってしまっている兵士が大半。それでもこの軍が崩壊しないのは偏にゴーウェンの武威の賜物である。ゴーウェンがいるのならば森の外へ出られる。そう兵士の一人一人が思っているからこそ、隊列を組み仲間を助けられている。
まだ、人間でいられるのだ。
「出発だ!」
小隊長の声に、腰を下ろしていた兵士達が立ち上がる。
疲労と不安に押し潰されそうな中、理性を保って行軍隊列を整える。
「頑張れ。もう少しで森の入り口が見える。あと2刻も歩けば見える筈だ」
小隊長の声に、兵士達が顔を上げる。既に夜半は過ぎ去った。後数刻で朝日が見えるだろう時刻になっている。心配された魔物の襲撃もない。もしかして諦めたのでは、このまま逃げ切れるのではないかという思いが僅かに誰の胸にもあった。
後ろから付いて来ている筈のコボルトが徐々に距離を詰めてきていることなど、誰も気づいていなかった。ゴーウェンですらも一蹴出来ると高を括っていた。注意を払うべきはゴブリンキングを始めとしたゴブリン。その次にオーク。
コボルトは後方からこちらに圧力を掛けてくるだけの存在だと。
ゴーウェンが気付いたときには既に遅かった。コボルトが夜の闇に紛れて、直ぐ後ろに迫っていた。
「くっ……」
「ウォォン!」
「ぎゃぁぁ!?」
引き倒される兵士の悲鳴が夜神の腕の中に響く。
「グルゥゥゥアァアアァ!!」
同時に響き渡るあの咆哮。炎に照らされたあの冥府の悪鬼の姿が、瞬時に兵士達全員の脳裏に映し出される。
「う、う、後ろからオークですっ!」
悲鳴交じりの報告に、ゴーウェンは僅かに眉根を寄せた。
やられた。咆哮は聞こえたが、あのゴブリンキングがいない。
ならば……奴はどこから来る!? 奴らが狡猾な魔物ならば弱いところを狙う。弱いのは──。
──本隊の横腹を食い破られる!!
「各小隊は負傷者を守って前進!! 決して魔物を近付かせるな!」
怒号に近い声を上げて長剣を抜き放つと、オークを防ぎとめるため、殿を勤める。ゴーウェンの発した大音声に、小隊長達も混乱する兵士達を静めるために声を枯らして叫ぶ。
「抜剣! 怯むな!」
左右の森を睨みながら、前進を命じる。今にも逃げ出したい心情を、勇気を奮って抑え付ける。
「殺せェぇ!!」
だが左右から叩き付けられた戦力は圧倒的だった。ノーブル級であるギ・グー・ベルベナ、強猛なるガイドガ氏族のラーシュカ、狂神に魅入られたギ・ズー。
突破力のある3匹が線で守らねばならない人間側の防衛線を、点で食い破る。負傷者も槍を持って立ち向かうが、一切の容赦なくゴブリン側は敵を殲滅していく。数は少ないが“攻撃”と言う面に関してなら、ゴブリン屈指の力を誇る3匹。
率いるノーマルゴブリンと共に連携を生かして敵を葬るギ・グー。黒き力を使い、己の力のみで蹴散らすラーシュカ。縦横無尽に暴れる狂神に魅入られしギ・ズー。左右から襲い掛かった彼らの猛攻に、防衛線は引き裂かれる。
「くそっ、このままではっ!」
食い破られた防衛線の修復は不可能と悟った小隊長の判断で、被害を受けていない彼らを先行させる。最低限、怪我人達を逃さねば──。
小隊長達はそう判断し、更なる前進を命じる。引き裂かれた後方を半ば見捨てる形になるが、混乱に収集を付けねば更なる被害を受ける。非情の判断に彼らは拳を握り締める。自らは後方での戦況を治めるためにゴブリン達と戦う。
賞賛されて然るべき判断は、しかし逃がした部隊に更なる地獄を見せた。
「突っ込めェェ!」
「また来たぞ!!」
混乱する後方から離れて前進した部隊に襲い掛かるのは、パラドゥアのアッラシッド率いる騎獣兵。足の速さを生かしたギ・ギーらの獣士達。そして、ギ・ザー配下の祭祀達だった。
「仇を探せッ!」
大角駝鳥を操り人間の防御線を食い破ったギ・ギーが怒号を上げる。捜し求めるのは破杖のべランの首。人間を倒しながら炎の剣を使う者を怒れる視線で捜し求める。
「ギ・ゾーの無念を晴らせ!」
配下の祭祀達に命じると、周囲を確認するギ・ザー。
「さあ、準備は整った」
その中でギ・ザーは小さく笑う。最後の仕上げは王にしてもらおう。
胸から湧き出る戦場の興奮が、口元に笑みを浮かばせる。
夜はまだ、明けない。
終わらないぃ。仕事が〜…。という切羽詰まった状態のため、目は通しているのですが、感想などの返信は週末を予定しています。
書いて頂いている方には誠に申し訳ありません。
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