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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
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夜の神の腕に抱かれて

【種族】ゴブリン

【レベル】20

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》






 細剣使いを破った俺は視線を転じる。

 人間の領域。すぐ近くで森の切れ目があった。強化された視界で確認すればレシアを乗せた馬車は、騎馬隊によって守られ、停止しているように見える。

 このまま突っ込んで奴らを皆殺しにするか。

 臓腑の奥底に染み込んで、瘧のようになった俺の憎悪が囁く。

 ──いや。

 森には未だ俺の部下が命を懸けて人間と争っているのだ。まずはそちらを片付ける。レシアに対する思いは確かにある。

 だが、それは一時心の中に仕舞い込むべきだ。

 壊れかけた大剣を拾い上げると、俺はギ・ガー達の戦っている筈の場所へ向かった。


◇◆◇


 夕闇が迫る頃、集落の一室は軍議の場となっていた。

 ラーシュカ以下の追撃をゴーウェンはほぼ一人で凌ぎぎった。だが傷は負わずともその疲労は極度に蓄積し、年齢もあって休養を必要とする程になっていた。

「無理が、効かぬか。年はとりたくないものだ」

 集落の一室を司令部に見立てて休息と軍議を兼ねる。

「ユアン、お前は主力を率いて道沿いに走り、領地に向かえ。騎馬隊はコルセオが率いている。森の切れ目にさえ出てしまえば、後は奴が何とかしてくれるだろう」

「了解しました」

 コルセオとは、ゴーウェンが西部の領地を獲得した時からの古参兵である。ゴーウェンの下で指揮を務めること10回に渡るゴーウェンが最も信頼する部下だ。 若い斥候長ユアンにしてみれば、その名前だけで僅かに胸を撫で下ろした。ならば自分の役目は、兵達を無事に走りきらせることのみだ。それさえ考えておけば間違いない。

 次にゴーウェンが視線を向けたのは、歴戦の冒険者達。その筆頭格である金剛力のワイアード。

「冒険者諸君には傷付いた者達の警備として、我らと一緒に来てもらいたい。もちろんそれ相応の報酬は約束する」

「……分かった。どうせ帰還しようと思っていたところだ。構わんさ」

 “傷付いた者達の警護を”という話の持って行き方に、ワイアードは一瞬眉を顰めた。目の前の領主は冒険者というものを良く分かっている。つまりその扱いを知っているということだ。

 冒険者は矜持を知っている。無頼の徒などとはそこが違うのだ。傷ついた者の為に命を張れる気高さ。そこに価値を見出すからこそ、傷付いた者達を守ってくれと言われれば断りづらい。

 それが分かっていて、ゴーウェンは態とそういう風に話を切り出した。

「ユアン、兵士を交代で休ませろ。明日の朝出発する」

「御意にございます」

「警戒を怠るな。夜は奴らの時間だ」

「御意」

 まもなく夜の神(ヤ・ジャンス)の時間が訪れる。

 ここさえ凌ぎきれば、生き延びる光明は見えるのだ。

 だがそんな人間達を嘲笑うかのように、二つの月はその姿を隠した。


◇◆◇


 夜の闇の中、俺は息を殺して森の中を進む。僅かな息遣いさえも押し殺し、集落へと迫っていた。奴らの目的がここで途絶えるものなのか、更に奥へと進むものなのか。どちらでも構わない。

 殲滅してしまえば同じことだ。獰猛な感情が湧き出し、月の明かりから隠れた俺の顔は確かに笑っていた。疲労し満身創痍のギの集落のゴブリン達ではなく、今回の夜襲は氏族のゴブリン達が中心だ。

 森の狩人であるガンラを中心に、パラドゥアのアッラシッド、ギ・ズーを率いた俺は別働隊としてガイドガのラーシュカを中心とする部隊も進めていた。だがそれはあくまで、俺の率いる初撃が成功した後の駄目押しだ。

 まずは、この夜襲が成功するかどうか。そこに掛かっている。

 遠めに見える集落の篝火を確認すると、集落を囲むようにガンラの弓兵達を配置していった。集落を中心に見据えるなら風上の南側を囲むように配置していく。

「配置、全て終わりました」

 ガンラの中心たるギルミの言葉に頷くと、接近戦を行う部隊を一箇所に集め、一振りの鎚と見立てる。

「行くぞ!」

 ギルミの合図で、ガンラの弓兵達が一斉に矢を射掛ける。

 俺自身が先頭を切って、集落の柵を超える。

 集落の配置を確認する。

 先ず集落を攻める上でもっとも警戒しなければならない防御施設は、以前オークが押し寄せてきたときの防御柵。

 西側はそれが健在で、あの後更なる補強も済ませてある。南と東については西側よりは薄い柵が張り巡らされているだけだ。残る北側はオークの狂化の時の傷跡がそのまま残っているといってもいい。

 補強を急がせようと思ったが、あまりの損害の大きさと深遠の砦を目指す遠征故に、ほぼ手付かず。

 残るは落とし穴の存在だった。

 これも最も厚いのは西側に広く配置してある。北側のはほぼ使い物にならず、南と東には全く無いと言っていい。

 そうして敵の配置だ。

 集落の中に300ほどの敵兵が固まっており、距離を隔てて森の切れ目の東には騎馬隊が布陣している状態。ただし、どちらも夜の闇では積極的に動けないだろう。

 故に北側からの奇襲が望ましいということになる。

 道を遮る障害物もほぼ無く、相手にするのは人間のみだ。

 東側は背後に人間側の騎馬部隊を控えていて、行動を起こすのは難しい。

 ならば俺が取る選択肢は自然と決まっている。


◇◆◇


 斥候長ユアンは、ゴーウェンの薫陶篤き若手の兵士だ。出身は平民だったが、その剣の腕と惜しみない努力で、この遠征軍では実質No2の位を与えられている。

 兵士の交代を滞りなく終えて、配置を確認する。

 集落の北側が最も障害が薄い。まるでここから攻めてくれと言わんばかりに、壊れかけの柵と幾つかの落とし穴があっただけだった。まるで最近、戦でもしたのかというほどの荒れ具合。

 なら当然、そこは厚く兵士を配置する。

 ──敵の魔物には知恵がある。

 そのゴーウェンの言葉の通り、ユアンは敵を知性無きモンスターとは考えなかった。或いは狡猾な人間がこの集落を攻め落とすとしたらどうするだろうか。

 攻めやすそうな北側、防備の固い西側、防備の薄い南側、人間の領地に近い東側。

 夜襲はあると考えて間違いではないだろう。その旨兵士達にも徹底させている。そして恐らく奴等は南側から攻め寄せてくる。

 自分たちの棲家にしていた集落だ。その弱点を容赦なく突いてくる筈。

 故に南側には篝火を多めに焚かせ、槍兵達の中でも特に精鋭を割り当てた。大盾を地面に並べ万全の備えをする。西側には冒険者を中心に負傷者達を配置する。

 確率の問題だった。どこに敵が来るか。幾ら300の兵士がいるからと、その全てを配置に着かせるには行かない。交代で仮眠を取るとして、動かせるのが150。それを均等に四方に配置してしまえば、40前後しか配置できない計算になってしまう。

 それでは一気に抜かれ本陣で休むゴーウェンの元に行かれる可能性すらある。

 ユアンは本来、こんな高い地位に就くことなど出来ない身分の者だった。ここまで引き立ててくれたゴーウェンに恩義とも尊敬ともつかない好意を向けている。

 ならばこそ、この襲撃を乗り切って日頃の恩義に応えるべく兵士達を鼓舞して行った。

「南側から敵襲!」

「来たか! 慌てず防御を固めろ!」

 ユアンは指揮を執るために南側へ向かう。西側の兵士は負傷兵が中心で動かせない。北側をあまりにも薄くし過ぎては容易に攻め入られる。ならば……。

「寝ている兵士を起こせ、東の兵士も南へ回せ! 奴らを返り討ちにするぞ!」

 未だ有利はこちらにある。

 ユアンはゴブリン達を殲滅するべく、決意を固めた。


◇◆◇


 篝火が動く。

 ギルミ達は上手くやったようだった。

 防備を固める南側、そちらへ移動していく兵士を確認しながら俺は先陣を切るべく、背後に控える部下達に声をかける。

「行くぞ、奴らを駆逐するっ!」

 壊れた大剣は老ゴブリンに預けてしまった。俺が今手に持つのは人間の兵士が使っていた状態が良い長剣。だがいつもの重さがないだけでどうもしっくりこない。やはり俺には大剣が向いているらしい。

「グルゥゥォオオオアァァ!」

 《天地を喰らう咆哮》をあげる。竦み上がる人間と、奮い立つゴブリン。そうしてこれは一つの合図でもある。西に伏せたガイドガのラーシュカ達を動かす合図。

 攻めやすい南側から敢えて攻めてみせる陽動。北側は通常最も防備を厚くするだろう。残った南と東側、それをどう活かすか。

 単純に南側を攻めても良かったが、それでは被害が出すぎる。あくまで夜襲は、相手に精神的なダメージを与えることに終始すべきだ。

 こちらの被害を減らし、相手の損害を拡大させる。

 森との境目に陣取る騎馬隊から背後を狙われる形になるが、それが来る前に始末をつければいいだけだ。

 真っ直ぐに駆け抜ける。

 それだけを部下に言い聞かせ、俺は東側から集落へ襲い掛かった。


◇◆◇


 南側からの奇襲の声にユアンがその場に到着してみれば、森の中から散発的に射られる矢が槍兵達の盾に防がれているところだった。

「奴ら仕掛けてきませんな」

 南の守りを任せた小隊長の言葉を聴いて、僅かにほっとする。このまま攻めてこないようならそれもいい。

「いや、油断するな!」

 自分の中の弱気を叱咤してユアンは闇に目を凝らす。

 そのとき、悲鳴とともに夜に兵士の絶叫が響く。

「東より敵襲!」

「なに!?」

 ユアンは驚愕に目を見開き、同時に歯噛みした。

「くっ……第3小隊は東の防備に戻れ!」

 増援に来ていた東側防護の部隊を、元に戻すと同時に闇を見据える。

「だが、まだ持ち直せる!」

 動揺する兵士に宣言するユアンの耳に、更に西側より敵襲の報告がある。

「まずい、西側には負傷兵しかいない……こちらは陽動?」 だが、暗き森の闇の中から射掛けられる矢の数は増えこそすれ、減ることなどあり得ない。

「起きた兵士を西に向かわせろ!」

 後手に回ったと思うと同時に、忸怩たる思いが込み上げてくる。化け物などに裏をかかれた。集落の東側、闇の中に火の手が上がる。

「まずい。奴ら火までかけたのか!? ゴーウェン様に護衛を──」

「グルゥウゥウォオオァアアァア!」

 指示を出そうとしたユアンの耳元に、思わず身を竦めてしまいそうになる咆哮。昼間目撃されたというゴブリンキング。

 奴を防がねばならない。恐れの入り混じった思考でそう考えると、慌てて指示を出す。

「第2小隊、第5小隊で奴らの王を討ち取る。続け! 第6小隊はここを死守だ!」

 自ら剣を抜いて、兵士達を率いて走り出す。

「なっ!?」

 そうして、暴れる狂獣を目撃した。



次の更新は月曜日予定です。


前回にお願いした書籍の紹介ありがとうございました。今後の参考にさせていただきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただいてます。 誤字報告です。 そこに価値を見出すからこそ、傷ついた者を達を守ってくれと言われれば、断りづらい。 傷ついた者を達を→傷ついた者達を
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