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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
109/371

幕間◇剛力王の復活

【種族】ゴブリン

【レベル】20

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A-》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》




 響き渡る咆哮に耳を済ませる。

 あの恐ろしいゴブリンの声が聞こえる。

「ドラリア……。僕、行かないと」

 オークを率いたブイは、人間が襲ってくるとわかると直ぐ様集落の全員を森の西、湖の方向へ逃がした。弱腰と侮られても、今は群れの数を減らさないことが重要だった。

 水路の整備も整い、群れの雌が子供を生み始めた時を狙ったかのような人間の侵攻。とにかく戦いたがる雄達を宥めて雌を守らせて逃がしたのだ。

 それでも冒険者に追われ、少数の被害が出てしまったがゴブリン側に比べれば軽いと言って間違いない。このまま耐え凌げば二つの種族間の力関係は、近づくことはあっても離れることはない。

 それなのに──。

 あの怖いゴブリンが呼んでいる。

 人間を殺せと。奪った者達に報復を与えよと、森に住む魔物達に命じている。

 ──無理をしなくてもいいのよ。貴方は私の祝福の下にいるのだから。

 何百年も生きる木の魔物、ドラリアの優しい声に、だがブイは首を振った。

「行かなきゃ、多分今のあのゴブリンならドラリアを焼き討つことも平気でするよ……」

 以前出会ったときには、これほどの圧力を感じただろうか。離れていても分かるこの強烈な怒り。全てを焼き尽くしてしまいかねない憤怒だ。

 ──ありがとう優しいブイ。貴方に贈り物をあげる。

 見上げるブイの手元に、緑の茂った梢から一個の赤い果実が落ちてくる。受け取るブイに、優しい気配がドラリアから伝わってくる。

 ──これを食べれば、貴方のなりたかったものになれる。でも気をつけて。効果時間は1日よ。

 光沢のある赤い果実。

「うん、ありがとう」

 槍を手にとってブイは駆ける。戦意の高い仲間たちの中にあって、彼は沈痛に前を見据えていた。ゴブリンの命令に従わざるを得ない今の現状。ゴル・ゴル様が見たらきっと嘆くに違いない。群れを拡大させ、その中から新たな力のあるオークを生み出す。

 次代までの牽引こそ自分の役目だと定めたブイに戦は無用だった。少なくとも、今はまだ。

 オークは偵察などという行動は無縁だ。それはブイにとってもそうだ。力こそ全てという考えが根底にある。出会った敵を端から叩き潰す。それこそがオークの戦い方だった。

「いた!」

 声を潜めて、不満を言う仲間達に身を伏せさせる。鉄の鎧で身を固めた人間たち。手に持つのは、鉄の槍や剣だった。荷車で周囲を固め、防御陣を敷いている。

 勝てるだろうかという不安。それが恐怖となってブイの体を縛る。

 ──怖い。こわいこわいこわい!

「怖いよドラリア!」

 誰にも聞こえないように囁いて、手元を見る。

「……僕のなりたかったもの」

 どうにでもなれ、と一息に赤い果実を口に入れて噛み砕く。そのなんと甘美なことか。滴る果汁が、喉を滑り落ち、臓腑に染み渡る。

 そうして、感じたのは熱だった。

 どくん、と脈打つ音が聞こえる。槍を握る手が震え出す。いや、彼の全身が振るえ両腕を抱え込み蹲るブイの様子に、仲間のオークが蔑みの目を向ける。

「怖いのか、ブイ! オークは勇敢でなければ王などデキナイのだぞ!」

 ブイの肩に手をかけ、気合を入れようと振り向かせたそのオークは、ブイの顔を見た瞬間凍りついた。

「だ、ま、レ」

 普段は気弱に垂れ下がっている目が怒髪天を突く勢いで吊り上がり、口から吐き出す息は吹き付ける熱風をオークたちに感じさせた。

 噛み締める歯軋りの音。それが聞こえるたび、ブイの体が一回り大きくなる。筋肉が膨張しているのだ。小柄なブイの体が二回り大きくなったところで、ブイの後ろに続いてきたオーク達は彼の表情を伺う。

 鋭い視線。いや、決してそんな表現では収まりきらない、狂気すら感じさせる刃のような視線が彼らの一人一人を刺し貫く。

 その瞬間、オーク達の背筋にびりりと雷が走った。

 先代ゴル・ゴルにあってブイに無かったもの。

 ──蛮勇。

 オーク達はそれに惹きつけられる。圧倒的な破壊の力だ。長年追い求めてきた王の姿。無謀と分かっていても、ゴル・ゴルの狂化に付き従ってしまうそのさが

 ソレが今、ブイの体に宿っている。ドラリアの手渡した禁断の果実(アップル)。ブイの手が、近くの木を握る。握った側から太い木の幹を削り取るその握力。

 我らが戴くべき王がそこにいる。オーク達の心は一つになった。

「オークは、何者にも屈しない」

 嘗てゴル・ゴルに見た、蛮勇の王の姿。歓喜が彼らの足元を伝って頭へと駆け抜ける。

 その言葉が染み渡るようにオーク達に広がっていき、ソレはやがて巨大な咆哮となって周囲に響き渡った。

「ブルゥゥオオオオォォオオォアァァ!!!」

 付き従うオーク達の喊声。

「戦えェエエェ!!」

 駆け出すブイを追って、オーク達が一塊になって人間たちに襲い掛かった。


◇◇◆


 ゴーウェンは目の前のゴブリンの厄介さに舌打ちしたくなった。杖を構え、こちらに考える隙を与えない。先ほどから無数に放たれる風の刃。ソレをかいくぐり、接近しようとした瞬間、森の中から正確無比な軌道を描いて矢が放たれる。

「罠、か」

 ゴブリンが罠を使うなど完全に予想外だった。知性あるキングの下に集えば、こうまでゴブリンというものが凶悪になるものなのか。

 人間と戦っているような錯覚を覚えながら飛来する矢を打ち落とし、一歩でも目の前のゴブリンに近寄ろうとする。だが思うように行かない。目の前の魔法を使うゴブリンは、寄せては引く波のように一定以上の距離をゴーウェンに詰めさせようとしなかった。

 部下に命じて、森の中に潜む弓兵を先に仕留めさせようとすれば目の前のゴブリンの風の刃が部下を切り裂く。ゴーウェンなればこそ魔法を打ち払っているものの、それを部下に要求するのは酷というものだった。

 まさに八方塞がりの状況に、突然目の前のゴブリンがにやりと笑う。

「さらばだ。人間。忠告しておくが、二度と森に立ち入るな。さもなくば……」

 逃げ去るゴブリンを追おうとも考えたが、野営地まで僅かに森の中を切り開いた道の向こうから走ってくる人影に舌打ちしたくなった。

 自軍の兵士。ぼろぼろになって走る姿は敗残兵のそれだった。

「負けたか」

 幾度も経験した負け戦。しかし今度のはその中でも相当に悪い。

 全ては自身の見積もりの甘さが原因だ。

 ならばこそ、被害を最小限に抑えて撤退しきって見せようではないか。

「撤退してくる部下を救え。敵には私が当たる」

 それだけ護衛の部下に指示をすると、ゴーウェンは逃げてくる部下を迎え入れた。

「ゴーウェン様! ゴブリンとオークが連携して襲ってきています!」

 その報告にゴーウェンはたじろぐ事はしなかった。ゴブリンキングが確認されたのだ。今やこの森自体が敵。

「魔物は全て敵と心得よ。殿しんがりは私がする。弱ったものに手を貸せ、撤退だ!」

 怒り心頭に指示を発する中、努めて冷静になろうとする。暗黒の森に隣接する領地を賜ってより、ずっとこの機会を伺っていた。徐々に木々を切り倒し、魔物の数を減らし、王の命を受け反逆の汚名を着る危険を徹底的に低めて行った暗黒の森侵攻。

 飛び出してくるオークの首を一撃の下に刎ねる。

「狂化……しているのか」

 鋭利な刃物を思わせる視線が首を切り裂かされても動こうとするオークを睨み付け、蹴り飛ばす。静かな怒りを燃やし、ゴーウェンは追ってくる魔物を斬り殺していった。

 オークから始まり、敵が見慣れぬゴブリンへと移ったところで、ソレはやってきた。

「卿は、“金剛力”ワイアードだな?」

 敵の一隊を引き付けながら下がる巨躯の人間。それに群がるように戦うゴブリン達を一閃の元に薙ぎ払う。

「聖騎士殿か……すまぬ、不覚を取った」

「構わん。ここは私が引き受ける。部下を守ってくれたこと、礼を言う。行け」

 手傷を負ったワイアードを見送ると、巨躯のゴブリンが目の前に立つ。

「見慣れぬ魔物だ」

「見慣れない人間だな」

 挑発的な態度に腸が煮えくり返りそうになる。

我は、吼え猛る(スラッシュ)!」

 手始めとばかりに先手を取るのはラーシュカ。黒き光の一撃が未だ構えを取らないゴーウェンに襲い掛かる。だがゴーウェンも踏み込むと同時に、その黒き光を打ち払い無効化してしまう。

「やるではないか」

「魔物は人には勝てぬ」

 獰猛に笑うラーシュカに、ゴーウェンは無表情で返す。

「試してみよう……我は、力の道を求む(エンチャント)!」

 黒き光を纏った棍棒とゴーウェンの長剣がぶつかった。


◇◇◆


 ご主人の声がする。

 悲しいような、切ないような、悲鳴と聞き間違うような怒りの声だ。

 人間は恐ろしいけれど、ご主人が戦っているなら行かなきゃいけない。こんなことになったのも留守にしていたご主人の所為だ。文句を言ってやろう。

 そしてまたあの細っこい人間の女とご主人の膝の上を争うのだ。

 灰色の二匹もいるかな。

 何だか妙に懐かしい。それほど離れているわけではなかったのに。人間の身に着けている鉄の匂いが嫌で南へ逃げていたけれど。

 またご主人の傍にいられるなら、たまには頑張ってみるのも悪くない。

 うん、悪くないぞ。

「ウゥォォオオン!」

 仲間達に集合を命じる。

「ハス、ナニ?」

「ぼすぅーおなかすいたー」

 ごろんと足元で寝転がる仲間達。

「ご主人助ける!」

「オークのお肉!」

 うん、おいしいお肉! 人間のは美味しいのかな? でもあんな細っこいの美味しそうじゃないよね。

 よぉし、いくぞぉー! 景気付けに自慢の尻尾を振る。

 人間を追い出すのだ!


◇◇◆


 引きちぎられた片腕に、全身の打撲裂傷。苦痛でショック死しても何ら不思議ではない傷を負いながら、ジェネは森の中を歩いていた。

 引き摺る足は、あの凶悪な魔物にやられたもの。

「はぁ……、はぁ……おのれ、ゴブリン風情が」

 雷よりも迅きもの(フィフィーレ)までも失い、満身創痍で歩くしかないジェネ。今魔物の襲撃を受ければ、如何に聖騎士といえど窮地を脱し得ないだろう。

 だがその瞳に燃えるのは己を敗北へ追いやったものへの復讐の念。燃え滾る情念を内に秘め、ただジェネは歩みを進める。この先には待機させておいた奴隷がいる。とりあえずそこまで辿り着けば安全を確保できる。後は一度王都なり、ゴーウェンの都なりに辿り着いて体を休めねばならない。

 傷を癒し、活力を取り戻し、あの魔物を殺す。でなければ己の矜持が守れない。

「ぐっ……」

 躓いた木の根に視線を取られた。苛立ちと共に再び足を踏み出す。

 そうして見えてきた3匹の奴隷。

 怯えたような表情でこちらを見る奴隷戦士の2人は置いておくとして……。

「なんだい、ご主人様が戻ったのに反応もなしか?」

 痛くて堪らない表情を歪めて笑うジェネに、妖精族の奴隷は反応すらしない。それどころか、低い唸り声をすら上げている。

「……気に食わないな」

 何もかも思い通りに行かない。苛立ち紛れに、ジェネはセレナを蹴り飛ばす。悲鳴すら挙げず、セレナは地面を転がり──。

「ぐぅうぅるるぅ、がっあぁあァ!!」

 白目を剥いて、口からは泡を飛ばしていた。

「な──」

 に!? と言おうとしたジェネに、セレナが手を伸ばす。瞬時に植物がジェネの体に巻きつき締め上げる。本来従属の首輪で力を封じられている彼女では出せる筈のない力だ。

 奴隷に付けられる従属の首輪とは、その身体能力を抑え、更に首輪の主人が望めば意識を失うほどの苦痛を与えてその行動を縛るものだ。

 だが亜人の血を強制的に飲まされたセレナは既に意識を失っている。その身に取り込んだ亜人の血の反発故に暴走しているだけなのだ。

 本来なら苦もなく対処できるはずのセレナの攻撃に、成すすべもなくジェネは捕まり、奴隷戦士の2人に命令を下すこともできない。

 口に入り込んだ植物の根が、喉から胃の中へ入り込んでいっているのだ。

「ごふぉ、ぐ、おっ!?」

 体の中に異物を侵入させられる嫌悪感に、思考はパニックに陥る。

「うぅぅがあぁ!!」

 見境を無くしたセレナの力で、更に森が蠢く。爆発するような勢いで蔦が急成長。轟音を立てて木々の枝が伸び、ジェネの首に絡みつく。

「ご、が、ごふっ!?」

 そうしてジェネの首をへし折った。

 だらりと、人形のように垂れ下がるジェネの四肢。

「姉さん、逃げよう」

 奴隷戦士の弟ヨーシュが、姉に囁く。今のセレナは見境をなくしている。このままでは何れ自分たちにも牙を向くだろう。

「アタシは逃げないよ。行くならお前だけで行きな」

 シュメアは暴走するセレナを見守る。その横顔には必死の色がある。

「少しの間だったけど、あの娘は仲間だった。仲間を見捨てたくはないんだ」

「でも、姉さん!」

「それにここを逃げ出したとして、辺りは魔物の蔓延る暗黒の森だよ。一体どこへ行くって言うんだい」

「それは……」

 言葉に詰まるヨーシュに、シュメアは苦笑する。

「まったく、厄介なところに連れて来てくれたもんだ。忌々しい!」

 吐き捨てて首に嵌る従属の首輪に一瞬だけ触れる。

「でも、じゃあ残ってどうするのさ」

「あの娘を正気に戻す」

「どうかしてるよ、姉さん」

「そうかもしれない。でも良いじゃないか。一生に一度ぐらい、善行を積むのも悪くはないさ……今は自由の身だしね」

 セレナがジェネを縊り殺してしまったために、今彼女たちは奴隷という身分から解放されている。幼いころから奴隷戦士としての教育を受けてきた彼女にとって、自由とは憧れそのもの。

 ならば、その空気を味あわせてくれたセレナに恩返しをしたって罰は当たらない。シュメアの考えに、ヨーシュは首を振って諦めを示した。

 まったくどうしてこの姉は昔からこんな性格なのだろう。普通の奴隷というのはもっと、意地汚くて然るべきなのに。

「姉さん、下がって。最初の一撃は僕がやる」

「無理しなくっても良いんだよ。お前にはお前の──」

「来るよ、姉さん!」

 説教くさくなりそうな姉の言葉を、兜を被り直して遮った。


戦争の描写が難しいですね。参考になりそうな本があれば、ご紹介頂けたら幸いです。


次の更新は金曜日になります。

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