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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
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伸ばされた腕

【種族】ゴブリン

【レベル】3

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A-》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》




 目の前を覆う稲光。

我は刃に為りゆく(エンチャント)!」

 咄嗟に鋼鉄の大剣(アイアン・セカンド)を盾にして稲光を斬ろうと試みる。黒の炎を纏った大剣が稲光と衝突した瞬間、全身を貫く熱が突き抜けた。

 息すらできないその衝撃に、視線を落としかけ、歯を食い縛る。

「……っぐ!」

 漏れそうになる苦痛の声を、意地で抑えて前を見据える。一歩でも止まってしまえば、あの馬車には追い付けそうにない。沸騰しかけた頭でもその程度の判断はついた。

 ふらつきそうになる足を踏み出して再び加速を得ると、馬車の屋根の上にいる人間を睨み付けた。大剣を天に向けて構えたその姿は、纏う威圧と共に雷神の眷属を想わせる。

「これ、が……こんなものがっ!」

 あれが神々の使者、運命を司る三女(リューリュナ)の祝福を受けし勇者だとしても、俺の前に立ち塞がるというのなら打ち倒して進むのみ。この程度の雷撃で俺が止められると思っているなら、その判断ミスは死をもって償ってもらおう!

 踏み出す足に魔素を込める。《一つ目蛇の祝福》によって格段にスムーズに成った魔素の操作をもって、再び地面を割るほどの力を得る。

 加速して馬車を射程に捉える。馬車まで後10歩……充分だ。追い付いて、俺からレシアを奪った者を殺す。必ずだ!

「グルゥゥ゛オアオア゛オォオォォ!」

 俺が吼えるのと、再び天が鳴動するのは同時だった。


◇◆◇


「はん、化け物だけあって流石にタフだな」

 冒険者として長い経験を積んだガランドは、一目見て追ってくるモンスターの危険性を察知した。それは生存に関する嗅覚のようなもので、多かれ少なかれ上級の冒険者と呼ばれるものたちは持っているものだ。もし無いようなら、一流と言われる前に姿を消すことになる。自分自身の命を代金として支払ってだが。

 その嗅覚が、追ってくる化け物の危険性を訴える。

 決して勝てない相手ではない。だが、こちらも無事では済まないだろう。担がれた大剣が纏うのは、冥府を統べる復讐の女神(アルテーシア)の黒き炎。合わせてあの巨体から繰り出される一撃は、接近戦の危険性を嫌でも訴えてくる。

 人間より遥かに発達した筋肉。盛り上がった腕の厚みは、自身の腕よりも一回り以上太い。追ってくる速度からも相当な敏捷性を備えているようだ。

 ならば──、無理に接近戦などする必要はない。

 冒険者はパーティを組んで魔物を狩る。中には単独で狩るものもいるが、元々力は魔物の方が強い。そいつらを狩る為に数を頼んで体力を温存し、連携による傷の蓄積によって徐々に弱らせていくのが一般的な戦いだった。

 故にガランドには騎士のような高潔さは無い。有利ならば、それを最大限活用すべきという状況判断があるだけだ。

「こんがり焼いてやるぜ。雷と嵐の支配者(アシュトレト)!!」

 青雷の大剣の持つ固有魔法(ユニークスキル)アシュトレト。蹂躙する嵐(バルバトス)と共に青雷の大剣が独自に持っている能力を敵に向かって飛ばす。

 大剣に纏わせた雷撃が、空気を切り裂き敵に向かって疾走する。三条に別たれた稲光が、雷の鞭となって追ってくる魔物を襲う。道幅全てを覆う雷撃の鞭。人間が食らえばひとたまりもなく消し炭になるであろう一撃。だがあろうことか、追ってくるモンスターは三条に別たれた雷の鞭の隙間を潜り抜けた。

「くはははは! やるじゃねえか!!」

 蛮勇に違いないその行為。自身の技を躱されたガランドは、怯むどころか肉食獣の笑みを浮かべると、更なる力を発動させる。

「いいぞ! これならどうだ! 蹂躙する嵐(バルバトス)!」

 水平に薙ぎ払われる切っ先から、ハールー配下のパラドゥアゴブリン達を薙ぎ払った一撃が放たれる。渦を巻く大気が風の刃となって横一文字に魔物に放たれる。

我は刃に為りゆく(エンチャント)!」

 冥府の底から噴き上がる燃え立つようなマグマ。それを思わせる声で魔物が詠唱する。その詠唱が終わると同時、大剣に纏っていた黒き炎が倍化する。

 振るわれた大気の刃に向かって背の大剣を振り下ろすと、大気の刃を両断するのが見えた。

「いいぜ、いいじゃねぇか! 益々殺し甲斐があるッ!」

 ガランドの胸の内で吠え猛る声がする。目の前の敵を殺せと叫ぶ獣の声。その声に逆らうことなく目を見開き、口元は裂けるほどに笑みが深くなる。

「殺してやるぜェ、化け物! 俺が殺しつくしてやるッ!!」

 高笑いと共に再び掲げる大剣に収斂される嵐。ギ・ゾーを葬った彼自身の【スキル】《狂乱の剣》。練り上げるマナをただ只管に精霊を閉じ込めた古代の武器に喰わせる。吹き付ける強風にも関わらず、ガランドの額には玉の汗が浮かんでいた。

 全速で駆ける馬車。揺れるその屋根の上にあって、ガランドは足を踏ん張り大剣を片手で天に掲げる。もう片方の手は振り落とされないように、屋根に付くと三足の獣のような構えとなっていた。

狂えよ、雷神ズ・オール・ド・イシュタル我が憎悪の如く(ゼイン・バディオ)!」

 精霊に語りかける言葉とともに、ガランドの青雷の大剣から雷が流れ出し、嵐と合わさって大剣の周囲に纏わりつく。

「死ね、化け物!」

 荒れ狂う雷が巨大な竜巻となって、魔物を目掛けて放たれる。だが直後にガランドは舌打ち。

「貰うよ。嵐の騎士さん!」

 馬車の横を駆け抜ける気配に、もう一人の聖騎士の到着を知ったためだ。長い髪を風に靡かせて、軽装の鎧は既に血で赤黒く染まっている。目に宿るのは殺しを恍惚とする狂気の光。雷迅の騎士の異名をとるジェネの、あまりのタイミングの良さに舌打ちしたのだ。

 見れば、放った一撃は魔物の右腕から溢れた炎によって相殺されている。だが完全には避け切れない。肩口からばっさりと大きく切り裂かれ、魔物の体からは血が噴き出している。人間なら致死であろう一撃にも、追ってくる魔物はその速度を緩める気配がない。

「っち、面白くなってきたところだってのにッ!」

「グルゥゥォォォオオオアァァ!」

 吼え猛る魔物の咆哮。傷口から吹き出る血潮をものともせず、ただひたすらに馬車を追ってくる。その魔物の後ろを追撃の体勢をとったジェネが追う。後ろから襲うつもりだろう。

「騎士の癖に、手癖の悪い野郎だ」

 吐き捨てるとガランドは馬車の走る前方を見据える。森の切れ目まであと少し。そこにはあのゴーウェンが用意した正規軍が待っているはずだった。


◇◆◆


 馬車の外から聞こえた咆哮に、リィリィは思わずレシアを凝視する。

 聞き覚えのある咆哮、自身に敗北を刻み込み、更なる成長を促した──そして何より、レシア様を保護していた異色の王の声。

「聖騎士のジェネ・マーロン!? なんでここに!?」

 御者台から驚きの声を上げるミール。その声にゴブリンの王に新たな強敵が出現したことをリィリィは悟った。

 だが、混沌の子鬼(ゴブリン)を統べる王が遠征から帰って来た。間に合ったのだ。走る馬車の速度をものともせず、すぐ傍にいる。

 その思いと共にレシアを見る。だが、レシアはその声が聞こえた瞬間、耳を塞ぎ身を縮こまらせる。

「レシア様?」

 最初は確かに友好的ではなかったかもしれない。だが、時間が経つにつれて確かに絆のようなものができていたと感じていたリィリィは、全てを拒否するかのようなレシアの態度に目を見開く。

 少なくとも、自分よりも彼女のほうがゴブリン達に馴染んでいた筈だと。その思いは間違いだったのかとレシアに声をかける。

「……リィリィさん。私はどうしたらいいの?」

 揺れる馬車の中、消え入りそうな声で口から漏れたのは、怯える年相応の少女のものだった。聖女という仮面を取り払われ、修道女という役目を取り除いて見た彼女は、己の運命に怯える一人の少女だった。

 自分は馬鹿だと胸の内で罵って、リィリィは震えるレシアを抱き締める。

「……このまま追ってくれば、王様は死んでしまう。でも、私は、私は……」

「大丈夫です、あのゴブリンなら大概の敵は退けましょう」

 リィリィ自身気休めにしかならないとわかっていても、このままレシアを放って置くことなどできはしなかった。だがそんなリィリィの言葉に、レシアは首を振る。

癒しの女神(ゼノビア)様が、宣託を下さったの……聖騎士二人を相手に、王様は勝てない」

 未来を告げる加護を授けし、女神の宣託。常なら羨むこともあるだろうが、それが呪縛となってレシアの動きを封じる。

「……貴女が望むなら私が加勢します。国を敵に回しても後悔は致しません」

 強い決意と共に言い切ったリィリィの言葉に、呆然とレシアはリィリィを見上げる。

 リィリィにしてみれば、ゴブリンの王に負けた時点で無かった命なのだ。その命をレシアの為に使って何の問題があるだろうと考えて言った言葉だった。彼女たちに付いて来たガストラも、主人の悲しみに耳を垂らして、彼女の手を必死に舐めて励ます。

 だが、皮肉にもそれがレシアの行動を決める。

 涙を流して震えていた少女は、震えながら涙を拭うと窓を開けてほしいとリィリィに頼んだ。

「ごめんなさい……少し、取り乱しました」

「いえ、大丈夫です」

 優しく微笑むリィリィに、普段の落ち着きを取り戻したレシアは告げる。

「リィリィさん。私、王様にお別れを言います」


◆◆◇


 後ろから追ってくる殺気の塊に勘だけで大剣を合わせて防護とする。背中に回した大剣に衝撃が三つ。軽い衝撃だけで収まっているのは後ろから追ってくる者が遊んでいるからなのか。

「ははは、面白いね! 捕まえて見世物小屋にでも売り払えばいい金額になりそうだ!」

 斬撃の激しさに比べて宿る殺気の嵩は多くはない。俺を痛め付けたいのだろう。傲慢な考えだ。

 だが、後ろに気を配りながらでは馬車に追いつくことも難しい。神経が焼き切れそうな焦燥感を抑えて、馬車との距離を測る。

 間に合うか……!? 後ろにこれだけの敵を抱え、前からはっ──。

雷と嵐の支配者(アシュトレト)!」

 雷が断続的に襲い掛かってくる。二条の稲光が雷の鞭となって、俺に向かってくる。それを躱すと同時に、殺気を感じて馬車に向かって跳躍。足元を貫く細剣の煌き。

 跳躍途中。空中で賭けに出ざるを得ないことを悟る。俺の脚を狙った細剣使いが、着地地点を見定めて舌舐めずりしてやがる。

我が身は砂塵の如く(アクセル)!」

 背中に感じる魔素の爆発と同時に、空気の壁を突き破る圧倒的な加速。急速に迫る地面に全神経を集中させて着地。同時に足に魔素を集中。着地の勢いを殺しながら走るべく足を進める。

 くそっ!

 曲芸じみた攻防に、注意力が散漫になっていく。俺と馬車との距離は僅かに開き、逆にあれだけの攻撃しておきながら後ろから迫ってくる細剣使いとの距離は縮まっている。

「ほらほら、背中がお留守だよ!」

 脇腹を掠める刺突の一撃が肌を裂く。苛立ちと共に、今すぐにでも振り返って後ろから追ってくる細剣使いを仕留めたくなる。

 だが、それをすればもうレシアまでは届かない。かなりの距離を走っている。恐らく人間の領域まであと少しなのだろう。

 ここで、行くしかない。

 腹を括って背中に回していた大剣を前に持ってくる。応じて背中の殺気が膨れ上がる。

「僕を無視するなんて、いけないなァ」

「くどい!」

蹂躙する嵐(バルバトス)!」

 横一文字に迫る空気を切り裂く一撃。それにあわせて、魔素を足にこめる。同時に高く跳躍。空中でアクセルの多重使用。全身の筋肉が酸素を求めて苦痛の悲鳴を上げるのを無視。着地地点への距離を稼ぐ。同時、後ろから迫ってくる細剣使い。

 お見通しなんだよ!!

 地面に大剣を叩き付ける。上がる土煙に、一瞬だけ細剣使いが怯む。その隙に俺は賭けた。

 ──届く! 後5歩!

「ちっ、だらしがねえ! 狂乱のォ剣!」

 舌打ちと共に上から降ってくる斬撃の嵐に、大剣を合わせる。腕や足を切り裂く斬撃を、最低限命さえ守れれば良いと無視。大剣使いの一撃を下手に受けた所為か、俺の大剣から致命的な音。刀身に亀裂が走っていた。

 ──もってくれ、鋼鉄の大剣!

 そのとき馬車の窓が開く。鉄格子の嵌ったその窓からレシアが顔を覗かせる。直後背中に感じる痛み。追い付いて来やがったか!

「王様!」

「っ、レシア!」

 絡み合う視線。泣き腫らしたのか、化け物の体で強化された視力がその涙の跡を目敏く見つける。

 再び背中に衝撃。

「王様! 逃げて! 私は元の場所へ戻ります! だからっ!」

 それがお前の決断だというのか。俺にも、逃げろと言うのか。

「来い。レシア!」

 手を伸ばす。

「恐れるなっ! お前が一人で神の意思に逆らえないのなら、俺が共に戦ってやる!」

「王様……」

「俺の手をとれ、レシア!」

 迷いの中、恐る恐る手を差し出すレシアの手を、俺の手が──。

「そこまでだよ」

 今まで走っていた足に衝撃。

「くっ!?」

「王様!?」

「困ったお姫様だ、お仕置きしなきゃね」

「レシアさま!」

 俺の背中に軽い衝撃。目の前を細剣使いの背中が駆ける。

 ──コイツ!?

 伸ばしたレシアの手に向かって細剣を振るう。慌ててリィリィがレシアを抱き止めて引き戻す。そうでもしなければ、細剣使いの剣でレシアの手が切り裂かれていただろう。視界が地面を捉え、次いで動かない足を一瞬だけ捉える。

 遅まきながら転んだことを認識し、肺の空気を全て吐き出す勢いで叫んだ。

「レシアァァ!!」

 俺の伸ばした手は届かず、馬車は無常にも走り去っていく。その先には森の切れ目。遠くに見せるのは人馬の群れ。

 走っていた勢いに体が止まらず、地面を引き摺られるように滑る。土塊を舐め、やっと止まった俺の視界に移るのは、俺の邪魔をした細剣使いが近づいてくる様子だった。

 顔に浮かべるのは、緩んだ笑み。

 ──許し難い。

 その口から漏れる声が、俺の怒りに油を注ぐ。

「これでお姫様は無事に森の魔物から奪い返されました。めでたし、めでたしってね……」

 ──許せるものか。

「さあ、役割の済んだ役者はさっさと死ぬべきだ! 化け物よ、雷迅の騎士が止めを刺してあげよう」

 ─人間めェ……! 神々め……!

 腹の底から、胸の奥底から、吹き上がる熱量が肌の下を這い回る。一皮剥けば俺の肌の下に炎が猛っているだろう。そう錯覚するほどの熱さだった。

「じゃあ、さようならッ!」

 嘲笑を持って振られた細剣が俺の胸を突き刺す。痛みなど感じるものか、既に俺の体は──。

「グルゥルウガアァぁ゛ァあ゛あぁぁ゛アァアア!!」

 

王様の腕、届かず。

ジェネさんとガランドさん大暴れ。

次回更新は土曜日辺り。

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