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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
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閑話◇氏族の休日

総合評価20,000HITならびに、ストーリー&文章4,000HIT御礼のお話です。


最近のシリアス展開に一服の涼風を。

【固体名】クザン

【種族】ゴルドバ・ゴブリン

【レベル】50

【階級】レア

【保有スキル】《傀儡師》《死者の予言》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【状態】《双頭の蛇の守護》





 王から砦の留守を任されたクザンはゴルドバの巫女であったころから彼女の命に従う氏族を伴って、砦の掃除をしていた。

 何せ神聖な場所である。塵一つ落としておくなど管理者としての矜持にかけて許せない。

「邪魔するぞ」

 その声とともにやってきたのはパラドゥア氏族の長老衆を束ねるアルハリハ。今回の人間側の襲撃には出向かず、その後背の守りを託された。

 本来なら氏族の族長を一匹でも残せば十分なところ、クザンとアルハリハを残したのは、クザンに戦う力がないことを憂慮した王の判断だった。おかげで、アルハリハは老体に鞭打って砦と集落を往復せねばならなかった。

「いらっしゃいませ。アルハリハの小父さま」

 もう一つアルハリハが堪らないのが、このクザンの態度だった。

「……ああ、ちょっと寄らせてもらったが変わりないようだな」

 以前の威厳ある巫女の表情しか知らぬアルハリハからしてみれば、重石が取れてしまったようなクザンの笑顔が何とも眩しすぎる。

 引き篭もりなどと揶揄していただけに、今更相好を崩すのも示しが付かないと思ってしまう。だが、小さなクザンが何の思惑もなく腕にぶら下ろうとする様子など見るに、ついつい頬が緩んでしまう。それが自覚できているだけに、ますます眉間に皺を寄せ、歴戦の強面顔を厳しく作らねばならなかった。

「小父さまが二日と空けずに来てくれるからです」

「いや、そんなことはねぇだろうが、まぁ土産だ。皆んなで食ってくれぃ」

 来る途中に仕留めた大角鹿の肉をクザンに手渡す。しかも一番栄養価の高い肝臓の肉だった。

「わぁ、ありがとう小父さま! いつもありがとう!」

 素直に受け取るクザンが、肉をまじまじと見る。洞窟の中で暮らすゴルドバ氏族では、地上を駆け回る獲物の肉はなかなか食えないだろうとのアルハリハの判断だったが、それが見事に当たり、年甲斐もなくアルハリハは頬を緩めた。

「皆んなー! アルハリハの小父さまがお肉を下さるって! 休憩しましょう!」

 とてとて、と走ってくいくクザンの様子を見守るアルハリハ。

「柄にもねェぜ」

 厳しい顔を緩ませっぱなしのアルハリハの背後から、突然声がかかる。

「全くですな。柄にもない」

 突然かけられた声に幽霊を見たときよりも驚き慌ててアルハリハが振り返る。そこに立っていたのは小柄なイェロ。クザンの生みの親であり、ゴルドバを纏めるクザンの補佐役を務めるゴブリンだった。何故かその視線が否応なく冷たい。

 戦で出会うなら全く問題にしないであろうその小さなイェロの視線に、何故だかアルハリハはたじろぐ。長い狩猟生活の中でも終に得なかった狼狽である。

「……イェロか」

 できるだけ威厳を繕ったアルハリハの声に、だがイェロは視線を更に冷たくさせた。

「ええ、クザンの父親であるイェロです」

 なぜそこでクザンの名前を出すのか分からぬまま、ぎくりとアルハリハは更にたじろぐ。

「何か用事か?」

「いえ、お暇なのだなとお声がけした次第」

 口から漏れる言葉は、およそ温度が感じられない。それどころか妙な威圧感すら伴ってアルハリハに話しかけるイェロ。

「いや、暇じゃねぇんだが……」

「ほぅ」

 イェロの一言にすら、何やら得体の知れぬ圧力がある。何故だかイェロの体が段々大きくなっていくような錯覚を覚え、アルハリハは瞬きした。

「ところで、アルハリハ殿。パラドゥア氏族の長老衆を取りまとめ、先の戦では獅子奮迅の働きをなされ、更には!」

 一段と大きくなるイェロの声に、アルハリハは褒められている筈なのに冷や汗すら流して、聞き入っていた。

「4氏族の最長老として、ガイドガ、ガンラに多大な影響力を持つ貴方様にお聞きしたいことがあるのですが、宜しいですか?」

 これはもう質問という形の恫喝に近い。

「あ、ああ……」

 もはや威厳を取り繕う余裕もなくアルハリハは頷いた。

「年端もゆかぬ幼子に情欲を抱くような老人をどうお思いか? ましてやその老人が権力を嵩に来て幼子を要求するなど、言語道断。誇りある4氏族に、もしそんな横暴で浅ましく、汚らわしいゴブリンがいたならばアルハリハ殿は率先してそのゴブリンを討伐なさる筈ですな?」

 寧ろそうしろと言っているようにしか聞こえない。質問の筈が途中からイェロの意見を一方的に押し付けられているような気がしないでもないが、混乱するアルハリハには頷くのが精一杯だ。

「そ、そうだな。そんなゴブリンがいたら懲らしめなきゃな」

「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 流石はアルハリハ様」

 芝居がかったイェロの仕草に呆気に取られるアルハリハだったが、イェロの口元に浮かぶ悪魔さえも屈服させてしまいそうな危険な笑みに、ぶるりと身を震わせた。

 氏族の長老を長い間勤めてきた中で終ぞ感じることのなかった恐怖である。

 どん、と両肩に小さなイェロの手が乗る。その異様な力にアルハリハは目を白黒させた。

「今の言葉、決してお忘れなきように」

 その目に宿るのは鬼すら震え上がらせる深淵の炎か。唯ならぬものを感じてアルハリハは頷いた。気が収まったのかイェロがすたすたと歩き始める。

「やれやれ、帰って騎獣の赤子でも世話するかぃ」

 なんだか疲れたなと思って呟いた言葉に、後ろから嬉しげな声が響いた。

「え、騎獣に赤ちゃんがいるんですか!?」

「お、おう。つい先日生まれたばかりでな。儂等にとっちゃぁ大事な宝みたいなもんよ」

 クザンの質問に、アルハリハは頷きながら答える。

「わぁ、凄い。私も見てみたいです」

「おう、いつでも来れば良い。今生まれたばかりで歩くこともできねぇが、毛が生え揃って今が一番可愛い盛りだろうて」

「わぁ、是非是非! あ、でも私あんまり足速くないので行くのが大変になっちゃいますね」

 しゅんと、落ち込むクザンに、自らの宝の騎獣について褒められたアルハリハはついつい一言助け舟を出してしまう。

「なぁに、クザン殿が望むなら儂の騎獣に乗せていってやろう。そうすれば半日かからず行ける筈だろう」

「本当!? 小父さま大好き!」

 抱きつくクザンの温もりに、まぁ偶には外に出るのも良いだろうと相好を崩すアルハリハ。

 だがその様子を、柱の影から、氷すらも生温い程の冷たい視線で見つめるイェロの姿があった。全身から発するドス黒い魔素。すれ違ったゴルドバのゴブリンが思わず悲鳴を上げて飛び退く程、その様は恐ろしかったという……。




アルハリハッーー!

後ろ、後ろォぉーー!



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