火蓋
【種族】ゴブリン
【レベル】1
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A-》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
冷や汗が止まらない。
あの化け物は危険すぎる。斬り付けた筈の腕に痺れが走り、闇の中を走り続ける今もまだ直らない。化け物め!
「ワイアード、大丈夫か?」
金剛力のワイアード。その代名詞たる盾を使った防御術をもってしても、怒涛の如き斬撃を防ぎきることはできなかった。今は白き癒し手の魔法で一旦後退することができたが、次に追いつかれれば恐らくあの魔法も使えない。
種は簡単なのだ。強い光を放つという単純明快なもの。目を閉じてしまえば防げる類のものだ。
「問題ないが……二度は戦いたくないな」
苦りきった表情のワイアードにヴィッツが頷く。
「ベランの剣も使い物にならん」
「……まさか一撃で剣にヒビが入るとはな。俺もまだまだ未熟ということだ」
後方を警戒しつつ走るベランの表情は暗い。闇の中でも分かる程に、その表情は沈んでいる。今まで築き上げてきた自信が根底から覆される出来事なのだから仕方ないが。
「フィックさんは無事に逃げ切れたでしょうか」
「祈るしかないな」
走りながら言葉を交わし、ガランドのいる集落へ向かう。もし勝機が僅かでもあるとするなら、それは数で囲んだ上での圧殺しかない。間断ない消耗を強いて、相手の体力を削りきる。
だが、ヴィッツにはあの化け物が膝を屈する様子がどうしても想像できないでいた。
◇◆◆
夜が白々と明け始めるのを感じる。東の空には薄っすらと光が差し込み、森全体が夜の闇から朝日を迎えようとしていた。
先ほどの大男達を追ってぶつかった3つ目、4つ目の野営地を襲っては見たが、どうやら人間達は何処かへ退避したようだった。
何処だ?
この周囲の地理を思い浮かべる。野営地に最初にいた人間の数が概ね20ほど。俺が今まで回った野営地の規模も同じ程度だった。ならば潰した分も含めて、最低限40人近くの人間が集まれる場所があるはずだ。
集落か。或いは北の湖か。
落ち着け。人間の思考を読み解かなければならない。奴らが根城とするなら、リザードマンが出没する水場を選ぶか? それよりは人間的な家屋の残る集落に居を定める筈だ。
だが、何故退避した? 夜の襲撃を見破られたのか? ならば敵にも相当目の良い奴がいると考えて間違いない。
勢いのまま走ってきたが、俺は考え直す必要があった。
目指すのは集落。そして時間はあまりない。人間達が集合しているということは、何らかのアクションを起こすということだ。撤退か。それとも更なる進軍か。集落で防御を固めることも考えられる。どれになっても、俺は急がねばならない。
撤退をするなら追撃を。
進軍をするなら阻止を。
防御を固めるのならその前に奇襲を。
時は金なり、とはよく言ったものだ。懸かっているのは俺の命とゴブリン達の運命。なるほど化け者の双肩には相応しい。
だが、何に変えても奪われたものを取り戻す。それだけは変わらない。
木々の間をすり抜け、跳躍する。未だに体に疲れはない。できればゴブリン達と合流したかったが、それを待っている時間はないようだった。
行ける所まで行くしかないのだ。例え人間にどれほどの人数がいても、今仕掛けるしかない。
◇◇◆
「ふん、随分手回しが良いな」
不機嫌そうに鼻を鳴らすガランドは、切り開かれた道を騎馬が往復しているのを見つめていた。
手際良く馬車の支度を整えたゴーウェンの部下達は、領地への連絡に騎馬兵を使っていた。
「ご領主様の手腕です。森を抜けさえすれば、ラニード領の正規軍が貴方方をお迎えすることになるでしょう」
ゴーウェンの手腕は際立っていた。ガランドとミール、更にレシアとリィリィを乗せられる装甲馬車を用意させるとともに、領地に連絡鳩を飛ばして森の外に軍を進駐させたのだ。更に足の速い騎馬兵をもって、聖女護衛のために切り開いた道を往復させている。
「大人しくしておくんだな」
傍らのレシアに声をかけると、促して馬車に押し込む。
「ミール、しっかりと聖女様をお守りしろよ」
「言われるまでもない」
吐き捨てるミールに、ガランドは傲然と笑う。
「そこの冒険者、御者ぐらいはできるだろう?」
向けられた視線は品定めをするかのような冷たいものだ。
「できます」
「なら、やれ。この森を脱出したら、俺がギルドへ推薦状を書いてやる」
聖騎士にして、冒険者のガランドの推薦状となればその価値は計り知れない。あくまで人間側の世界でと言う話だが。
ちらりとレシアを振り返ったリィリィは、俯いたままの彼女を心配しながらも頷いた。リィリィは揺れていた。彼女本来の冒険者という立場もあるが、レシアの気持ちが分からなくなっていたからだ。
聖女に剣を捧げる騎士としては、彼女の意向をこそ確認したかった。人間の世界の全てを投げ捨てて森に生きると言うのなら、彼女は命を賭してガランドやゴーウェン、更にミールを食い止める覚悟だった。だが、レシアはそもそも攫われてゴブリン達と一緒に過ごしたのだ。
決して彼女が望んだ生活ではなかった。
それがリィリィをして、心の揺れを生み出していた。何にも増して、命令してくるのは冒険者にして聖騎士のガランド。国では圧倒的な人気と、知名度を誇る彼の言葉は逆らい難いものを感じさせる。
リィリィは、視線でレシアに問いかける。
──このままで、よろしいのですか?
だが、俯いた彼女の表情からは何も読み取れる筈もなかった。
「さて、出発だ。しっかり手綱を取れよ」
ガランドの言葉に頷いて、リィリィは馬を御そうとしたとき、兵士の悲鳴が響く。
「──敵襲!!」
反射的に声のする方を振り返ったリィリィが見たのは、三つ首の駝鳥に跨るギ・ギーとギ・ガーも乗っていた黒虎に乗るゴブリン達だった。
◇◆◆
ジェネが緑光の輪を潜り抜けてきたのを確認したギ・ギーと若き族長ハールーは、その場所を大きく迂回して集落に向かっていた。それが幸いし、人間達と出会うこともなく、聖騎士と戦うこともなく集落のすぐそばまでたどり着いていた。
森の中に身を潜めながら集落の様子を伺うギ・ギー達の目に飛び込んできたのは、馬という初めて見る動物と、膨大な数の人間の姿だった。
少し前まで知っていた森の様子が変わっている。木が無くなり、地面が露出しているその様子はギ・ギーを驚愕させた。その地面を4つ足の動物が人間を背に乗せて走っているのだ。
前に人間に聞いたことがある。あれが騎馬というものなのだろう。そうこうしているうちに、ノーブル級になったギ・ギーの視界に飛び込んできたのは王の財であるレシアの姿。ギ・ガーと遣り合っていた女剣士リィリィ。それが不可思議な箱の中に押し込められていく様子だった。
何があったのかは知らない。
だが、それが許しがたい行為であることは確かだった。
王の所有物を、奴らは奪ったのだ。
「ハールー殿。仕掛ける」
手にした斧を握り直し、隣に潜むパラドゥアの族長を振り返る。
「良かろう。王がいらっしゃらないのは些か不安ではあるが」
懸念を口にするハールーに、ギ・ギーは首を振る。
「王の財が浚われる。これを許してはいけない」
頷くハールーは、背後に控える鉄脚のパラドゥア騎獣兵達に騎乗を命じる。
「パラドゥアの精鋭達よ。喜べ! 王の栄光は今まさに、我らが穂先に懸かっているぞ!」
猛々しく槍を振るうと、道を往復する騎馬に向かって槍を構える。
「突撃っ!!」
ハールーとギ・ギーを先頭に、人間とゴブリン達との戦いは幕を開けた。