勝者と敗者
【種族】ゴブリン
【レベル】43
【階級】ノーブル・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》 《反逆の意志》 《威圧の咆哮》 《剣技C+》 《強欲》 《孤高の魂》 《王者の心得Ⅰ》 《青蛇の眼》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
森に侵入してきた人間の撃退、更には人間の雌2匹と男2匹捕獲という戦果を挙げた俺が集落へ凱旋すると、ギ・ガーと老ゴブリンを筆頭に涙を流さんばかりの出迎えだった。
まぁむりもない。この集落では、村を率いる者が出て行くたびに減ってしまう環境であったのだから。
人間の剣士から奪った鋼鉄の大剣を肩に担ぎ、俺の力をアピールする。どうせなら、この機会にゴブリンどもに対する力量の違いをはっきりアピールしておいても良いだろう。
王は強く決して敵わない。
意識的に、無意識的に、日々刷り込んでいけば俺の恐れる叛乱への心配も少しは減少するかもしれない。
奴等馬鹿だからすぐ忘れそうだけど。
戦果として獲得した男2匹と女2匹をそれぞれ別の建物に連れて行く。武器になりそうなものは粗方没収したが、自殺でもされたらつまらない。
とにかくこの世界に来てから初めての人間なのだ。
先ほどの戦闘でもわかるが、言葉は通じるようだ。ならば、できる限りの情報がほしい。
そして魔法の存在だ。
あの女……レシア・フェル・ジール。神々の系譜は知らない。だが、随分と因縁めいたものを感じずにはいられない女だ。機会があれば冥府の女神と癒しの女神の因縁話でも聞いてみるとしよう。
紫水晶に似た瞳、肩まである髪の色は蒼穹を思わせる青、忌々しくも美神の寵愛を受けたかのような完璧な調律の顔のパーツの配置は、魔物になった俺ですら思わず見とれてしまう。
小振りな唇は、潤いを含んで思わず視線をひきつける。柔らかに見開かれる瞳は、女神の慈悲を含んだ憂いにゆれていた。
自身の中に突き上げてくる欲望を、俺は残酷な笑みを持って弄んでいた。
このままでは確実に破滅する。
崖に向かって高速で車を疾走させるような、破滅が目の前にある暴走を、おれ自身が楽しみながら見ている。
牢屋に……といっても、ただの家畜小屋を補強したものだが。
牢屋に女二人を放り込むと、俺は凶悪に見えるように口の端を歪ませて話しかける。
「逃げようなどと思わないことだ。少なくとも、この中に居る限り、お前らに危害を加えるものはいない」
警戒を解かない女剣士に、レシアは何を考えているかわからない。作り物めいた無表情を作っていた。
「お前らが逃げれば、お前らの代わりにあの男どもを食い殺す。お前らが自殺しても同じことだ」
その言葉に、女の剣士は動揺はほとんどなかったが、レシアの方は目に強い意志の光を灯して俺を見つめてくる。
「精々考えることだ。生き残るためにはどうしたらいいのか」
俺はそれだけ言うとその場から離れる。
「戦利品に手を出すものは、王自らが厳罰を与える!」
集落に集まったゴブリンに向かって宣言すると、食料を分け合って食べる。
夜の警戒にゴブリン達の何匹かを割くと、眠りに落ちた。
◆◇◇
『ゼノビアなぜ?』
悲しい女の声が聞こえた。
『わたしが冥府に落ちて、なぜ貴女ばかりがお父様の寵をもらうの!?』
それは彼女らの父親、国生みの祖神の愛ゆえに。
愛してはいけないものを愛した女の悲痛は、どこへ行っても、消えることはなかった。
ああ、せめて……あの女に成り代わることができれば。
暗闇の奥底から見上げる呪詛の声が、俺の首を締め付ける。
◆◆◇
「……これだから、神様なんてものはくそったれなんだ」
いらないものばかりを俺に押し付ける。
むしろ悪魔の類なんじゃないかと、邪推せざるを得ない。
一度背を伸ばして、悪夢の残滓を振り払う。
──あの女に成り代われれば──。
頭に残った残滓は、深く土に吸い込まれる水のようだった。
「感心だな、逃げ出さなかったのか」
レシアと女剣士を入れてある牢屋に開口一番問いかける。
逃げ出す可能性も考慮していたが、これなら情報を吐き出させるのが意外と楽かもしれない。
無言を通す二人に、凶悪な笑みを残して立ち去る。まずは、飯だ。
三匹一組の効果は、いまだ発揮されていない。まぁいきなり3匹一組で狩りをしろといわれてもなかなか難しいものがあるのは仕方ない。
だが、ぼちぼちと獲物をとって来るグループもあるのだ。きっかけさえ掴めばすぐに成果をあげられるはずなのだが。
まぁそれまでは俺が、頑張るしかないだろう。
昨日手に入れた鋼鉄の大剣を振るってみるいい機会でもある。ギ・ガーはじめ3匹のゴブリンを伴って集落から湖のあたりを散策する。
水を飲みにくる獲物を狙った俺の狙いは、半分あたりで半分はずれだった。
「王ヨ、槍鹿の群れデす」
目の前に通りかかったのは、巨大な角を持つ槍鹿の群れだった。その先端は鋭く、刺されれば命はないだろう。体の表面には、硬質な毛が覆い、子供や雌を守るようにして雄が周囲を固めている。
なかなか優秀なリーダーが居るのだろう。
一頭一頭が、ゴブリンよりも上位の種である。ゴブリン・レアであるギ・ガーと同等かそれ以上の獲物……しかもしっかりとした統率の元に機敏に動いている。
俺はゴブリンどもに投石の準備をさせると、一人ゆっくりとその群れに近づいていった。
ギ・ガーに周囲の警戒をさせると、俺と投石ゴブリン達で槍鹿を挟み込むように包囲を作る。
十分に射程圏内と感じたころには、既に槍鹿の群れも俺の存在に気がついている。だがそれでも悠然と水を飲んでいるのは、逃げ切れるとの自信からだろう。
確かにその判断は間違っていない。
俺が野生の動物であったのなら、という条件付きだったなら。
「グルルアァァアア!」
威圧の咆哮を叫ぶと同時に、地面に伏せていた体を起こして鋼鉄の大剣を抜く。肉ごと骨すらたたきつぶすそれを、肩に担ぐようにして、一気に加速。
当然鹿の群れは俺の現れた方向と逆方向へ進路をとる。
だがそちらからは、ゴブリンの容赦のない投石が待っていた。すぐさま反転、湖に背を向ける鹿の群れ。だが、俺にはそれで十分。
群れの最後尾に追いつくと同時に、担いだ大剣を鹿の首筋めがけて振り下ろす。未だ子供の鹿で、頭に生えた角は小さく細い。
肉もろとも骨ごと叩き折る手ごたえに、次の獲物を求めて走る。
次に目に入ったのは、成人した雄の槍鹿だった。
反転する群れを守ろうと俺に向かってくる。その頭上に向かって振り上げた大剣を振り下ろす。だが、硬質な音を立てた大剣は、鹿の角に受け止められていた。
三叉の槍を連想させる二角の大角を振りまわし、俺を近づかせまいと暴れる。だが、それを冷静にいなすと、距離をとろうと後ろに跳ねた鹿との距離を一気につめた。
完全な俺の間合いの中振り下ろされた大剣の一撃は、鹿の足を叩き折り、動けなくなった鹿に俺は止めをくれてやった。
鹿2匹を手下に担がせて、集落へ戻るころには、そろそろ昼になるかという時刻だった。
短剣を傷口から差し入れて内側から、皮を裂いていく。この硬質な鹿の毛皮は、衣服にでも用いれば有用そうだ。
肝の部分を幼生のゴブリンに与えると、内臓を俺が最初に食い、後はむさぼるようにゴブリン全員での食事となる。
ほかには、三角猪を三頭ほど、ウサギを少々、木の葉などを朝食として集めてきていた。
その中で俺はウサギを手早く短剣で皮をそぎ、腸を取り除く。
後は枯れ木と炎を使って炙ってやり、牢屋に持っていった。
「食え」
差し出された食事に不審の目を向ける女剣士。無表情ながら警戒を解かないレシア。
まぁこれで警戒を解いていたら逆に俺が驚くが。
皿に盛ったそれを牢屋の前におくと、もう一匹のウサギを同じように調理して、男二人にも与えてやる。
こっちは恐怖の視線を向けながらも、きっちり食っていた。
おびえるのだけは一人前にしやがる。
そうしておいて、再び俺は女の方の牢に戻った。
「……なぜ私たちに、食事を与えるのです?」
「これは取引だ。貴様らの好きな、な」
空腹に腹を鳴らしながら、それでも食事に手をつけないレシアがまっすぐな視線で俺を見る。その視線に俺は、邪悪としかいいようがない笑みを返した。
「俺はお前らを利用する。その間、お前らは殺さないし、危害を加えない」
「利用価値があるうちは生かしておいてやる……そういうことですか」
「魔物風情が、何様のつもりだ!」
女剣士の罵倒に、口の端が持ち上がる。
「その魔物風情にいいようにされたのは、誰だったか。こんな境遇に落ちたのは、貴様らの力不足が理由だろうに」
低い嘲笑の声に、女剣士は怒りで顔を真っ赤にしながら反論しようと口を開く。だがそれを制したのは、レシアの声だった。
「リィリィさん」
首を振って女剣士の言葉をとめると、レシアは俺を見据える。紫水晶の瞳に、煌くのは知性の色か。それとも諦めを知らない不屈の闘志か。どちらでも、それはそれで楽しめる。
この女には踏み台になってもらわねばならない。
「それで、あなたは私たちに何をしろと?」
「子を産め」
間髪入れない俺の答えに、一瞬固まるレシアの表情。それを十分楽しむと、苦笑して口の端を持ち上げる。
「というのは冗談だ」
心底ほっとした様子のレシアに、女剣士は怒りをあらわにする。
「貴様っ!」
「お前には、治療を担ってもらう。それとお前は、裁縫でもしてもらおうか」
その言葉を遮るように俺は言葉を継ぐ。
「わ、私は、冒険者だぞ!」
女剣士──リィリィは怒りのために顔を赤くするが俺は挑発的に返すだけにとどめる。
「その冒険者というのは、裁縫すらもできないのか」
「リィリィさん」
「くっ……わかった……」
「あとは、俺が気が向いたときに、俺の質問に答えてもらおう」
「それだけですか?」
「ああ、それだけだ」
怪訝な視線を向けるレシア。
「なんだ?」
不機嫌そのものの視線を向ける俺に、レシアはおびえも見せず質問をする。
「三つ質問があります。ひとつ、チノスとマチスはどうなったのか。それと、フィンラーという、女性を知りませんか?」
「あの男どもにも、貴様らと同様仕事と食事を与えよう。役に立つなら生かすし、役に立たぬのなら生きる資格はない。俺がこの群れを奪ったときに居た女なら既に死んだ。それがフィンラーという女かどうかは知らないがな」
どんどん敵意が強くなるリィリィと反対に、質問をしたレシアは学術の探求をする学徒のように、俺の言葉を自身の中に吸い込んでいく。
「貴方のお名前を教えてください」
「……名などない。どうしても呼びたければ王とでも言えばいい」
「そうですか」
とさして残念そうでもなく応えるレシアに、俺は質問を終えてその場を立ち去る。
【スキル】《反逆の意志》のためだろうか。
昨日のような衝動に襲われることはなかった。
まぁそれを確認できただけでも良し、とせねばならないだろう。
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レベルが上がります。
43→45
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