とある(仮)夫婦 夫の場合
今日寒いなぁ,と思いながら書きました。
これは筆者はもちろん、あらゆる個人、団体とは関わりない話です。
妄想です。
30以上の男女で、既婚者の数が10%を割り込んだ『結婚願望低下現象』と名付けられた社会問題に対し、政府は手当といった飴ではなく罰による鞭を用いる政策に舵を切った。それは結婚したら金がもらえるという事でお手軽に結婚して、結局早期に破局を迎える若年夫婦が大量生産された為である。
それを防ぐべく政府が決定した鞭とは、30歳を越えると月に(年齢−30の数字×1000)の罰金が課せられることであった。これは少子高齢化による年金問題を支える三十代の家計を直撃する。結果として仮面夫婦が急増し、少子化の流れは一向に止まる気配を見せない。
これは、そんな末期症状の日本に住むとある仮面夫婦の物語である。
残業代を出せなくなった会社が無理矢理設けた『NO残業DAY』のおかげで早く帰る事が出来るものの、それは収入が減る事を意味し、つまり早く帰れても金を使う事などできないため暇を持て余すことになる訳だ。暇なら家族サービスに勤しむのがあるべき姿であるし、それは輝かしい理想に思える。
しかし現実は厳しい!仮面夫婦仲介サイトで知り合った妻(仮)との間に子供などいる筈も無く、当然のように家計は完全に別で、生活時間も分かれた。
それもそのはずで、『結婚しても自分の時間って大事にしたいよね〜』などという安直な考えに支配されていた当時の俺は、この仲介サイトの条件欄に『自分とは生活時間が異なる共働き希望者』とした為だ。
そんな条件に合致して、双方の合意が成り立ったという事は向こうも俺と同じような思想で結婚したであろうし、要望は叶えられたと言えよう。
それにしてもなんであろう?結婚前よりも感じるこの孤独感と無気力は…。これって何の為の結婚?法律の網をくぐる為の結婚なのか?最近そんな疑問を抱く。
季節は暦の上で冬になり、肌寒くなって来た。そろそろセーターを引っ張りだす時期かと考えながら早めに帰れるため、まだ開いている近所のスーパーへと足を運ぶ。一人暮らしが二人暮らしになったため、お惣菜ではなく適当な特売品の食料品を買い料理するようになったのが、結婚した事による唯一の変化であった。
妻(仮)は几帳面な性格でレシートを残さないと不機嫌になる。家での食費は共用パソコンのエクセルを使う。そこに買った食材と値段を入力していきながら、その食材と冷蔵庫にある物で何が作れるかを考えていく。
しかし今日は餃子を作る事をスーパーで決めていた。ショウガとニラは冷蔵にある事は覚えていたし、ひき肉も余っていたから少し買い足した。餃子で失敗した事は無いくらいに得意料理である。
後は汁物と青物であるが、汁物はコンソメスープかみそ汁しかレパートリーが無い。青物はほうれん草に鰹節をかけて,醤油をたらせば十分と思う。俺の料理なんてそんなもんである。
妻(仮)に感想を求めた事が無い。何故なら食べる時間が違うのに突然、『昨日の晩飯どうだった?』などと聞く事は何やら押し付けがましい気がするのだ。
ちなみに妻は看護士である。邪推を生まない為に別に仲介サイトで看護士という条件は設定していな事をここに明言しておく。俺にそういう性癖は無い。
そしてそのため、俺よりも給料の面で上であり、若干の肩身の狭さを感じるものの会計は別なのでさほどでもない。男が家庭の大黒柱として稼ぐという考えは廃れて久しい。
妻の勤務地である病院で看護士は一日二交代制で、AM8:00~PM8:00組とPM8:00~AM8:00組に分かれている。妻はこの昼組と夜組を月に半々で担当しているため、俺と朝夕食を共にする日と、完全に会わない日の二パターンある。
今日は夜組の為、俺が帰ると同時に出勤だ。俺が住居の鍵を開け、内開きの扉を開けるとそこには支度を終えた妻(仮)の姿があった。今日は少し、遅い出勤だ。彼女はいつも時間に余裕を持って出る。
「今から仕事?」
俺は分かりきった事だと思いながらも、何の会話も無いのに比べれば良いかと習慣のように聞いている。それに対する、答えもいつも通り決まっている。
「うん,そう。」
「そっか…、夕食っていうか朝食に餃子作っとくから。」
俺は普段言わない台詞を吐いた。これに自分自身驚いた。これはおそらく、帰りながら餃子、餃子と呟きながら帰ったせいだろう。いつもならば、何も言わずにラップして冷蔵庫に入れてチンして食えと書き置きするくらいだ。
妻(仮)は鳩が豆鉄砲食らったような顔で目を丸くしてこちらを見ている。その表情が可笑しくて自然、笑ってしまう。
「あんた、餃子は旨いもんね…。」
少しの間を置いて薄く笑った妻の口から出たのはそんな台詞。今度はこっちが目を丸くする番だ。これまでもちゃんと食べてくれてたのは知ってるが、旨いと思ってくれていたとは知らなかった。
「旨かった?」
「うん、旨い。あんたのアレ、疲れて帰って来たときに食べても不思議と胃にもたれないのよね…。」
「そっか…、多めに作っとくか?」
「いや、良いよ。そんなに食べられないし…。」
「そっか…。」
俺は少し残念に思いながらも、いつもと違う妻(仮)の反応に新鮮な驚きを感じ、吸い込む空気が違うようにすら思えた。
しばらく沈黙していたが、妻の仕事時間を思い出し腕時計を見る。
「そろそろ出ないと電車があれだよ…。」
「あ!…うん、それじゃあ。」
少し壁際に背中を寄せて立つと、妻(仮)が前を通って玄関を出て行った。鼻先をかすめた妻の髪の香りが鼻孔を刺激し、涙が出た。
「…匂い、きついぜ。看護士なのに。」
玄関を眺めながら、ぽつりと呟くとレジ袋を持ち上げ、軽快な足取りでキッチンへと向かった。少し部屋が明るく感じる。
いつか(仮)が取れる日が来る予感を感じながら餃子の具を混ぜん込んだ、寒い冬の日。
妻の場合は…書いてないです。
そんな感じ。