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狼浪奇譚  作者: ただ
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森林の中で3/ んで、五か月か

「ヒメ、行くぞ」


俺の言葉にヒメは頷く。

その顔には僅かの緊張感とそれ以上の期待感が見て取れる。今日この時の為に俺とヒメは特訓を積んできたのだ。その過程は聞くも涙語るも涙、その成果が試されるのだからヒメの表情は当然だろう。多分、俺も似たようなものだしな。


俺とヒメの視線の先には、丸く太った鶏の様な動物が一匹。

その外見から何度獲物にしようとした事だろう。だが、ここは異世界でありファンタジー世界。この鶏(仮)はとんでもなかった。気配察知力の高さに加え、特筆すべきは離脱の素早さ。鶏の様な外見のくせにこの鳥は跳ぶのである。いきなりバヒュンと。その一直線に空へ駆け上がっていくジャンプは、まるで発射されるロケットの様ですらある。気付かれたら最後、このロケッ鳥は遥か上空に打ち上げられ空を悠々と滑空して行くのだ。


その余裕さに涙した事数知れず、ヒメの八当たりに涙した事数知れず、焼き鳥に出来なかった悔しさ数知れずである。それが、今日で終わる、終わらせてみせる。


ヒメに跨り、姿勢を低くする。

突撃のタイミングは全てヒメに任してある。後は特訓通りにするだけだ。ヒメは注意深くロケッ鳥を観察している。野生の動物の勘と経験でスタートを切る瞬間を全力で探っているのだ。そのヒメの呼吸に俺も呼吸を合わせる。人馬一体ならぬ人狼一体の境地に至る為に。


やがて、心臓の鼓動すら合致しヒメの気の流れが読み取れるようになったその瞬間、ヒメが爆ぜた。

白銀の弾丸は風を切り裂くとロケッ鳥に向かって直走る。それは景色を置き去りに、時間すらも遅いと言わんばかりの強烈な疾走。だが、相手は気配察知の鬼。白銀の弾丸が標的を貫く前に、嘲笑う様にその身は空へ移動していた。


ぐると、ヒメが鳴く。

それは計画第二段階への移行を教えていた。今の一撃でロケッ鳥を仕留めれるとは最初から思っていない。故に次へ、ロケッ鳥が上空へ跳び安全圏へと避難したと警戒を緩めている今こそが狙い目だ。


緩やかに空を滑空しているロケッ鳥を眺めながらヒメは走る。

獲物を確実に仕留める為に。これはロケッ鳥の着地際を狙おうとしている訳ではない。奴らは結局は鳥、地上での爆発的な移動は出来なくとも、ある程度飛ぶ事は出来る。着地際を狙うという策は最初から使えないのだ。故に勝負は空。滑空し徐々に高度を下げるロケッ鳥を見てヒメが鳴いた。


第三段階への移行である。

ヒメの体毛を強く握り衝撃に備えた。ヒメの筋肉が撓み、長距離から短距離の走り方にシフトする。急激に速度が上がり、次いでヒメは強く地面を踏みしめると跳躍した。木々の景色を一瞬で抜け、視界が大きく広がる。眼前にはロケッ鳥。こちらの気配に気付いたのだろう、ロケッ鳥の翼が大きく羽ばたいた。ロケッ鳥の後ろ姿が遠くなっていく。それは何度も見た光景であり悔しさの象徴。だが、今回は違う。


ヒメが吼えた。

その遠吠えに乗る様に俺はヒメを踏み台に空へと駆け出す。ヒメという支えを無くした体は浮遊感と推進力だけを頼りにロケッ鳥に肉薄する。ロケッ鳥の慌てた表情が見えるが、遅い。


お前が一段階のロケットをなら、こっちは二つ使えば届くんだよ。

地上に戻るヒメを視界の端に収めロケッ鳥を睨む。今までの特訓は全てこの時の為に。抜き放った鎧通しは寸分の狂いも無くロケッ鳥へ吸い込まれ、その命を切り取った。


「獲ったどーー!!!」


勝利の咆哮は空に響いた。



地上に戻るとヒメが待っていた。

既に結果は判っていたのだろう、ヒメはにやりと笑っている。そのどこまでも人間くさい仕草に苦笑しながら、ヒメに戦利品を掲げた。がうとヒメが応える。俺達流のハイタッチだ。


念願のロケッ鳥を獲った事もそうだが、特訓が実を結んだことが一番嬉しかった。

何しろ、言葉が通じない同士の作戦会議から始まったロケッ鳥捕獲大作戦である。まあ、難航した、難航した。実際に獲る方法が決める段階はもとより、決まってからというか決まってからが大変だった。


第一段階の全速力のヒメに掴まる難行、第二段階の走行を邪魔しない為の身体操作、そして第三段階のバランスの取れない空中でのヒメからのジャンプ。最初は上手くいかないから当然喧嘩したし、むしろ関係すら破綻しようした。でも、なんだかんだと乗り越えて、少しずつ信頼関係が育まれたんだと思う。


喧嘩して仲直りして、上達に喜んで。

本当、少し上手くいっただけなのに二人で馬鹿みたいに喜んだ事も有る。ここまで真剣に共に目標に向かったのは初めてで、戸惑いまくったが今なら楽しかったと言える。多分。


実際、兄弟を持っているが、何でも最初から完璧に出来る兄貴とはこんな風に何かをした事は無かったしなあ。あの事があった後は、尚更一人で格闘術に没頭していたし。


うーむ、初めての共同作業が異世界に来てからで、しかも相手は狼か。あのまま卒業しても一端の社会人になれたかは微妙な気がしてきた。


………ともかく。すげえ久しぶりの焼き鳥。楽しみだ。



「満足である」


焼き鳥を満足いくまで食べ、ごろんと寝転ぶ。

何つうか滅茶苦茶美味かった。ヒメもそうなのだろう、凄い嬉しそうな顔で昼寝をしている。獲るのは大変だったが、それに見合うだけのモノはあったってことだ。場所は何時もの崖の上の練習場。寝たまま見上げる空は馬鹿みたいに広く、視界を遮る物が無いから視界全てが空だ。そのまま流れて行く雲を眺めるのが最近のマイブームで、昼食後はこうやってヒメと一緒にだらだらするのが日課になっている。


もし向こうで高校生やってたら、今みたいな自由は無かったんだろうと思う。

進学するにしても就職するにしても、あくせくしてそうだしなあ。本当、今頃兄貴や静流達はどうしているのだろうか。プロとして大成しているのか、馬鹿弟子と罵っているのか、それとも全く予想外の事をやっているのか。……まあ、いいけどね。あんまり、よくないけどね。


自分でもよく判らん気持ちの切り替えをして、立ち上がった。

もやもやした時は特訓だろう。近くに置いていた鎧通しを腰に差し気を練り上げる。冨田六合流「循気」冨田六合流の基礎中の基礎で、身体全体に気を循環させる事により、精神と肉体の活性化を目的とする。


まあ、寝ぼけ頭を瞬間的に戦闘状態に持っていけて半人前、普通は動かさない筋肉と関節を自由に出来れば及第点、脳のリミッター外しを自在に出来れば一人前。んで、天地一体となれば免許皆伝。最後だけが実に古武術らしいと思う。実際、冨田六合流は小太刀術の冨田流と中国拳法の心意六合拳が混ざり発展したと静流が言っていた。ならば、気を重要視するのも当然だろう。


ちなみにこの世界に来る前の俺は及第点以上一人前以下で、この世界に来て実際に気が感じ取れる様になってからは、一人前の循気使いといった所。天地一体の境地は遥か彼方である。


呼吸を正し、習った基本的体術を繰り返す。

冨田六合流「雲流」最初は確認する様にゆっくり、次第に速くしていく。そのスピードを上げる途中、歪みがあれば最初からやり直すというもので身体操作練習である。


基本的にうちの流派の練習は基礎を反復するだけだ。

もちろん組手も行うが基礎が圧倒的に多い。何せ冨田六合流の信条は、相手を観て、自由自在に身体を操り、脳のリミッターを要所で外し、決める。というのが基本であり奥義。


だから、身体の動かせない部位も動かせて当たり前で、脳のリミッター外しも出来て当然。

その為に、必要なのはただただ反復練習のみ。不自然を自然だと身体と脳みそに叩き込んでいくのだ。だからだろうなあ、冨田六合流が衰退していったのは。何せ地味で時間がかかる上に、今日も明日も明後日も基礎基礎基礎の教えである。それで一定の強さになる前に真剣勝負を行えばそりゃ殺されるわな。


実際俺が教えて貰ったのも、循気と雲流、後は気と筋肉を圧縮させる「錬圧」と、対象を見て学ぶ「観応」だけだ。どれも格闘術にとっては基本ではあるが、ここまでねちっこいのは中々無いと思う。事実、俺はこの世界に来てから、筋トレを除けばこの四つしか行っていない。というか、教わってないから出来ない。


上達の実感はあるが比較対象が森林にいる奴らだけなので、強くなっているのか判らん。

ファンタジーであるこの世界、俺は生き残れるのか、実に不安である。基礎練している俺の隣で、ヒメが大きな欠伸をした。とりあえずは、平和な一幕である。



「んで、五か月か」


光陰矢の如しとは良く言ったもので、本当に気付いたら時間は過ぎていた。この五か月で判った事は、


・人類は存在しており、ある一定の文明を築いている。

・獣人及びモンスター的存在もいる。

・全種族が皆仲良くしている訳ではない。

・魔法の様な不可思議な力もある。

・この森は近くの町まで歩いて半月程度の場所に存在している。

・俺は弱い


以上、ヒメから得た情報である。

当然、言葉は通じないから全て絵で会話を行った。伊達に美術の成績は5じゃないぜ。さて、この中で最も重要なのは人類が居る事だろう。本当、居なかったらどうしようかと思った。本気でヒメとこの森に永住するところだったぜ。それも有りと言えば有りだが、未だ元の世界に戻るという希望は捨てて無かったので、これは吉報と言えた。何よりも、折角だから冒険してみたいという好奇心もある。


んで、次は町が意外と近くにあるという事。

歩いて半月程度なら、ヒメに乗れば一週間位で到着できる筈だ。実に胸の高鳴る話である。だが、ここで問題が一つ。行ってどうするという事だ。ここは異世界、間違いなく言葉は通じず常識さえも違うだろう。そんな町に行ってどう生活しろというのか。情報収集どころか、日々の糧を得られるかも実に怪しい。


そこでポイントになるのが、強さだ。

ヒメと会う前から懸念していた事だが、残念ながら当たってしまった。俺は弱いらしい。もう、ショックだった。何しろ十年以上真面目に武術に勤しみ、こっちに来てからも修練を怠らなかったのにこの有様である。確かにこの森では俺は強い方らしいが、そこはそれ、井の中の蛙ということだ。


そういう事もあり俺は未だに森で生活している。

今の目標はヒメに強さの合格を貰う事。とりあえず、その合格さえ出れば町に繰り出そうと思っている。まあ、地味に基礎トレしかやってないし、未だに強さレベルを聞くとヒメには溜息を吐かれるので遠い事になりそうだが。本当、困ったもんだ。



何時もの丘でトレーニングを終え、ヒメに促されるまま一緒に夕日を見る。

崖の淵に腰掛け、何をするでもなくただぼーっと地平線を眺めるのは、今じゃあすっかりお馴染みとなっていた。隣に座るヒメも俺と同じように彼方を眺めているだけで、何かしようという気は無い様だ。


ちらりとヒメに視線を移す。

ヒメの白銀の体毛は山吹色に塗れ幻想的に輝いていた。まるで、ヒメだけが物語から出てきたような現実感の無い美しさ。古来、狼は大神と呼ばれ、畏怖されてきた事がよく判る。しかし、ヒメはこんなに綺麗で強いのに、何で俺なんかと一緒にいるのか。こいつ程の力等があれば、狼の群れの中でも十分トップになれるだろうに。人間である俺と一緒にいるメリットってあんのか?


俺の不躾な視線に気付いたのだろう、ヒメが訝しげな表情を作る。

何時の間にか表情も読める様に成った事は喜ぶべきか未だによくわからん。まあ、ともかく


「ヒメと会ったのも、こんな時だったなあって」


勿論、言葉が通じる筈は無い。

ただ、言葉から伝わるニュアンス的ものを発しただけだ。今回もそれが通じたのかは判らんが、ヒメは矛先を収めてくれた。


そう、ヒメと出会ったのも今の時間帯だった。

所謂、昼と夜の境目。魔と逢いやすくなる怪異の時。世を反転させる一瞬の隙間。

すなわち、逢魔時。


そんな事を考えたのが拙かったのだろうか。

気付いた時には遅かった。世の中の大概の出来事がそうであるように、何時だって始まりは唐突で残酷だ。知らない何処かで既に始まっていたのだろうが、当人にとっては何の慰めにもならない。


そいつは、突然現れ、気付いたら出会っていた。そして、始まりの鐘を鳴らした。


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