異界3 / いってきます
秋晴れの中、静流邸の庭先に二つの人影があった。
一つは青年で庭に置かれた椅子に座り、白いカットクロスを首に巻いている。
もう一つの影は和装の美女だ。青年の背後に彼女は立ち、その手には鋤鋏と櫛が握られている。どうやら、彼女は青年の伸びた髪を散髪しているようだ。
「巴さんて、本当に器用ですよね」
青年ことソウマは淀みない手つきで鋏を操る巴に言った。
慣れ親しんだ鋏捌きからは素人らしさは見受けられない。プロとまではいかないが、十分な技量が見て取れた。
ソウマの言葉に巴は懐かしむ様に目を細めた。
夫と草麻の散髪をかれこれ十年以上続けているのだ。また、こうして母親の真似事が出来る事に巴は感謝していた。
「ん、そうかしら?私からしたら、草君も十分器用だと思うわ」
「そうですか?」
「そうよ。だって、武術もできて料理もできて音楽までできる。十八歳の男の子でここまで出来る子なかなかいないわ。暁良君は本当にサッカーだけでしょ?」
ソウマは微かに眉間に皺を寄せると、ぶっきらぼうに答えた。
「兄貴の場合はきちんと結果だしてますし、俺の場合はどっちかというと器用貧乏でしょう」
「ふふ、草君のそういう自己評価久しぶりに聞いたわ。本当、草君にしても暁良君にしてもブラコンよね」
「……む」
巴の話に思い当たる節でもあったのか、ソウマは押し黙った。
精神的な痛みとして兄貴の威光は覚えている。巴はソウマの様子にくすりと笑った。
こうして、鋏を動かしていると先日の虚無感が嘘の様に充実している。けれどと、巴は反芻した。嘗ての草麻にあった細かな癖が無くなり、まるで初めての散髪の様な微かな緊張感は何故だろうと。
「………巴さん?どうかしました?」
ソウマの怪訝な声に、巴は思わずはっとした。
鋏を通す手は全く変わらなかった筈なのに、ソウマは敏感に巴の何かを察知したのだ。巴は動揺を抑えると微笑み言った。
「ん、もう少し切った方がいいかなと思っちゃって。草君は、どうかな?」
巴は脇に置いてある小さな机から手鏡を取るとソウマに渡した。
鏡を受け取ったソウマは何度か鏡を睨みつけ、後ろの巴が持つ鏡と見合わせると言った。
「じゃあ、もう少しだけ切ってもらっていいですか?」
「わかったわ」
ちょきちょきと鋏が交差する音がし、爽やかな風が流れた。
ソウマの切られた髪が舞い上がり、空の中に消えていく。何かを見上げるように顔を上げたソウマの姿に、巴は小さな暗さを垣間見た。
「あーー、まじでどうすっかな」
巴さんに髪を切って貰った後、居間に戻ると唸っているオヤジがいた。
ハーフパンツにポロシャツという姿ではあるが、顔がそこそこ良くしなやかな肉体をしている為に、ダサいという印象は受けないのが何とも悔しい。
俺の師匠である静流である。
俺も一応同じ様な服装なんだがなあ。ちなみに、風薙ぎは差してない。
「何がさ」
居間に入った俺の姿を見るなり静流は嫌な顔をすると言った。
「やだねえー。高三のくせに学校にもいかねえ引き籠りは」
「うるさいな。静流こそ良いのかよ、最近俺と組手ばっかじゃねえか」
とはいえ、静流は俺ほど引き籠ってはいないが。
静流は面倒そうに頭をがりがりと掻くと、お前のせいとばかりに口を開いた。
「それなんだよ。それ。お前とずっと組手なんかしたもんだからな、大人の柵に捕まったんだよ」
「仕事しろよ」
つい反射的に突っ込んでしまったが、俺は静流の職業を覚えていねえのである。道場付の日本家屋に住んでいる時点で金はあるんだろうが、墓穴ほりそうで聞くに聞けん。
「まさか、居候自宅ヒッキー野郎にそんな事言われるとはな。お前巴に言って今夜酒抜きにするぞ」
「いや、それはずるくねえ」
と、居間に障子戸を開ける音がした。
嫋やかに微笑む美人さんこと巴さんである。何で彼女みたいな女性が静流の奥さんやってるのか未だに信じられん。
「ふふ、それもいいかもしれませんね。今更だけど、草君、未成年でしょ」
「巴さん、勘弁して下さいよ」
「じゃあ、今日の洗い物は草君お願いね」
「了解です」
ぽんと胡坐をかいていた静流が膝を叩くと、立ち上がった。
「うし!じゃあ、酒の前に汗流すぞ、草麻」
「マジで言ってんのか。オヤジの癖に元気ありすぎだろ」
「はっはー!一回り以上違うおっさんに拳一ついれられねえ小僧が吠えるな吠えるな」
ぐ、そこまで言われちゃあ仕方あるまい。
俺も立ち上がると道場に向かう静流の後を追った。居間では今頃巴さんが微笑みながら晩御飯を作る用意をするのだろう。本当、何時までもこんな時間が過ごせればいいのにな。
さて、道場でぼっこぼこにされた後、俺は何故か静流と一緒に風呂に入ろうとしている。道場付の日本家屋とはいえ、流石に風呂はごく一般的な広さだ。背中を流すのは出来るが、一緒に湯船に入るのは遠慮したい。
ていうか、巴さんと一緒だったら良かったのに。
ぶちぶちと口の中で文句を言っている間に、既に静流は服を脱いで浴室に入っていった。
「おい、草麻。早くしろよ」
「はいはい」
何でこんなオヤジと一緒に風呂入らにゃならんのか。
溜息を付きながら浴室の戸を開けると、屈強な背中がでんと空間を埋めていた。バスチェアに座る静流の背筋は、見事に鍛え込まれており、標準的な日本人男性の体格でさえでかく見える。その上、刺傷もあるのだ。こいつ温泉行くときどうすんだろ。
俺が立ちつくしていると、静流は浴用タオルを投げてきた。
ちっと舌打ちしながら受け取り、ボディーシャンプーを付けると、ごしごしと静流の背中をこすり始めた。
「急にどうしたんだよ。こんな事」
「やだねえ、師弟の絆を蔑にする弟子は」
「だったら家族の絆で巴さんと入ってもいいのかよ」
俺は半ば本気半ば冗談で言うと、静流は一瞬押し黙り、ついでドスの効いた声で言った。
「はっはっ、………殺すぞ」
たった一言だからこそ、思わず背中を擦る手が止まる程の圧力だった。ぶるりとした背筋を誤魔化す様に俺は追撃した。
「で、真面目に何なんだよ。俺は早く巴さんの飯が食いたいんだけど」
「……なあ、草麻。それ、本気で言ってんのか」
微かな沈黙の後、静流の声色は俺の軽さとは対照的に低く落ち込んでいる様に聞こえた。
「当たり前だろ。あんな美人の手料理を食いたくねえ男はそういねえだろ」
「巴の料理が美味いのは当たり前だ」
と、静流は一度冗談の様に惚気話を入れるが、次に出た言葉は恐い位に静かで核心をついた言葉だった。
「お前、これからもずっと巴の飯を食う気あるのか?」
静流の問いに、俺は手を止めた。
そして、無言で洗面器を取ると、静流の背中を流した。白い泡が流れ去り、代わりに表れたのは一人の男の背中だった。
「おい、草麻。どうなんだ」
ぴちょんと浴室内に雨垂れの様な音だけが響き渡る。
静流の顔は俯いており、その表情は鏡ごしにも伺い知る事は出来ない。
逆に静流も俺の顔を見る事は出来ないだろう。
俺は目を閉じると、無意識に拳を握りしめた。ぱきと骨の鳴る音がする。水滴の音さえ消えた世界で、俺は目を開けると、やっと口を開く事が出来た。
「明日、この家を出るよ」
俺の決別の言葉を聞いて、静流はどう思ったのだろうか。
師であり、父であり、兄である男は、本当に静かに
「そうか」
とだけ言った。
静流は転がった洗面器を掴むと、お湯を入れ頭から被った。それを三回。静流は立ち上がると、俺の隣を素通りした。
「草麻。お前はゆっくり浸かってろ。これが、最後になるかも知れんからな」
「ああ、判った」
浴室の戸が閉められ、服を着る音がする。
やがて脱衣所から気配が消えると、本当に俺は一人になった。
静流の言った通りゆっくりと湯船に浸かった後、俺は上がった。きちんと浴槽に蓋を被せ脱衣所に入る。
着替えを入れていた籠を見ると、先程までは無かった物が置いてあった。それは、上等な箱ときちんと折り畳まれた浅葱色の和服である。箱の中を確認すると、長着だけではなく、長襦袢に肌襦袢、帯、腰紐、なんと褌まで入っていた。しかも、そのどれもが上質な代物である。
不思議に思うが、ここまで準備された以上着るしかないだろう。俺は濡れた体を拭き直すと、褌を手に取った。
シュと爽やかな衣擦れ音を残し、俺は洗面台の鏡で全身をチェックする。袖を通した長着は、丁度良い弛みを背に残し、袖、裾の絶妙さから、俺専用のオーダーメイドという事が見て取れた。戻って来てから採寸もしていないし、何時用意してくれたのだろうか。
疑問だけが募り、浴室を出る俺の足取りはいかにも重い。
料理、冷めちまったよな。廊下を歩き、いざ居間に繋がる障子戸を開けると、そこには、先程の重い空気なんて忘れる程に、何時もの暖かい空間が広がっていた。
「あらー、流石草君。とっても似合うわ」
巴さんは手を合わせながらニコニコと誉めてくれて。
「いや、俺程じゃねえよ」
「また静流さん、そんな事言って!」
文句を言う静流を巴さんが注意するといった一連の流れだ。
俺は呆気にとられながらも、何とか減らず口を叩いた。
「年食った親父よりは良いだろ」
「貫禄が足りねえよ、バカ」
そう言う静流の姿は、珍しい紺色の着流し姿だった。
巴さんは毎日着物だが、俺達まで着物なのは戻って来てから初めての事ではないか。俺が戸惑いながら静流と巴さんを交互に見ていると、巴さんが急かす様に行った。
「草君。座って座って」
「あ、はい」
俺は馴染みとなった座布団に座ると、改めて食卓を見た。
テーブルには鯛の刺身に煮つけ、後味噌汁が置いてある。何時の間にと思うが、それが出来るのが巴さんなのだろう。
巴さんと静流は対面に座っており、直ぐに巴さんが俺の猪口にお酒を注いでくれた。珍しく巴さんの前にも猪口があり、静流が自分の猪口を持つと俺達も合わせて乾杯した。
「ふふっ、おいし」
「ですね」
「だな」
ああ、やっぱり二人は気付いてたんだなあと感嘆した。
そして、ありがたいとも思う。きっと、これが最後の食事になのに、和やかさは変わらないのだ。
会話は何時も通りといえば何時も通りだった。
組手での注意点や、散髪してどうだとか、巴さんが買い物中にナンパされて静流がぶちぎれた話。
後、この着物は俺の高校卒業祝いにと失踪している間に用意していたものとか、折角だしと、食事中なのに皆で写真を撮ってみたりと、やはり完全に普段通りとはいかなかったが、それでも楽しいありきたりな食事だったと思う。
「じゃあ、言った通り俺が洗い物しますよ」
「それじゃあ、私も一緒に洗おうかしら」
夕食を終え、食器をダイニングキッチンに持っていくと、巴さんも一緒に来てくれた。普段なら遠慮するところだが、感傷に身を任せて巴さんと並んで洗った。
水の流れる音と、食器を拭く音。
互いに無言ではあるが、決していやではない。きっと、以前の俺もこうして隣にいたんだろう。もう少しと思ってはみるが、洗い物は三人分だけだ。直ぐに洗い終わると、俺は巴さんに促されるままに居間に戻った。
テーブルの上には俺達の酒器類のみ置いてある。
静流は仏頂面で肘をテーブルに乗せていた。
「なあ、草麻。飲むか?」
「ん、ああ。貰うわ」
座って胡坐をかくと、静流が徳利から猪口に酒を注いだ。
丁度それで徳利は空になり、静流はまだキッチンにいる巴さんに声を投げた。
「巴、もう一本だ」
「はい」
巴さんはお盆に徳利を二本乗せ、居間につくと穏やかに座った。
膝を綺麗に折り、崩れない姿勢は流石箏の演奏者である。その不意の動作に見惚れていると、静流が殺気をよこした。
「人の嫁に色目使ってんじゃねえよ」
「いや、もう仕方ねえだろ」
俺の記録だと、静流は他の女性に脇目を振りまくってたらしいんだがなあ。こんなべた惚れのくせにな、マジで、もげろよ。
「草君も、ありがとね」
「本音ですけどね」
「ちっ。……で、だ。草麻。お前、言う事あるよな」
その静流の言葉に巴さんの顔が一瞬強張ったのが判った。
多分、俺の表情も似たようなもんだ。俺は胡坐から正座に移るとゆっくりと草麻からソウマになった事を話し出した。
俺の話を聞いている間も、静流は酒を飲み続けていた。
徳利の一本が空き、二本目の途中で俺の話は終わった。静流も巴さんも何も言わない。俺が戻って来た時と同じ様に、秒針の音だけが響いている。
そして、その沈黙を破ったのも、やはり静流だった。
「そうか。だからか、お前の記憶がちぐはぐなのは」
「ああ。俺の記憶は穴だらけだ。きっとその記憶は戻ることは無い」
「別にそれはいいさ。悲しくもあり、悔しくもあるが、お前はお前だからな。………問題はだ」
静流はそこで、一拍切ると厳かに言った。
「それでも、お前は行くのか」
静流と巴さんの目が痛かった。
静流の瞳は名の通りの清流のようで、巴さんの瞳は何処までも気丈だった。
対して、俺の瞳はどうだろうか。
虚ろで揺れてはいないだろうか。けど、言わなくちゃならない。どんなに無様だろうが、それだけははっきりと口にしないと。
「行きます」
その一言にどれだけの力が込められていたのか。
静流の瞳は揺らいでいた。
「草麻。お前は判ってるのか。俺達はお前の事を勝手だが息子だと思っている。……なあ、お前が居なくなってから、どれだけ巴が泣いてたと思う。どれだけ悲しんだと思う。どれだけ不安になったと思う」
「………静流さん」
巴さんが、泣いている。
静流の声は霞んでいた。
「なあ、草麻。お前、本気で判ってんのかよ。ご両親だってそうだ。暁良だってそうだ。お前、どうご両親に説明すんだよ。会ってたかだか半年で、もう記憶にすらねえ親友の為に、命を捨てに行きますって言えんのかよ」
「静、流さん。止めて、あげて」
巴さんが、静流の腕を必死に揺すっている。
けど、なんでかな。その姿が縋り付いているように見えるのは。
「何とか言ってみろ、草麻!!」
怒声が響いた。
嗚咽がずっと鳴っている。俺は目を閉じる事しか出来ない。
目の前には俺の家族が居る。
本気で心配して、本気で怒って、本気で悲しんでくれる、かけがえのない存在だ。それなのに、俺は何でこうなんだろうな。本当に俺はただの人でなしじゃないか。
「静流、覚えてるか?俺があんたと会った日」
「ああ、覚えてるよ。ずっとバカみたいに泣いてたよな」
「本当に、情けない話だったよな。あの時さ、俺は何したと思う。自分恋しさに、唯一の家族を親友を見捨てちまったんだぜ。そんな奴がさ、のうのうと生きてていいのかな」
静流が何かを言いたそうに口を開けるが、俺の方が早かった。
「判ってるよ。六歳児が何を言うかとか、俺みたいな子供が何を言うかとかあるけどさ。ずっとこべりついて取れないんだよ。記憶がある頃から、記憶を捨てた後も、胸の奥に引っ付いてんだよ。取れないんだ。恰好わるいのは判ってる、最低なのも判ってるよ」
きっと、俺は大切な家族に向けて唾を吐いた。
でも、それは間違いなく俺の本心だった。拳を握ったまま強く叫んだ。
「俺は自分の為に親友を守りたいんだよ。そうでないと、保たないんだよ!!許せないんだ。こんなに優しくて暖かくて幸せだと、壊れそうなんだよ!!」
俺の叫びをどう受け止めたのか、静流と巴さんは何も言ってこなかった。目の前に注がれていた猪口から酒を飲むと、逃げるように立った。
「すみません。両親には何も言わずに行こうと思います。両親すら捨てた奴がどの面を出せばいいんですか。………すみません」
障子戸を開ける。
その背中に静流の声がかかった。
「草麻。明日、正午に俺と立ち会え。俺に負ける様じゃ、本気で命を捨てるだけだ。負ければ、お前も諦めがつくだろ」
「判った」
戸を閉めると、押し殺した嗚咽が聞こえた。
屑野郎だな、俺。
「私、全然気づいてあげられませんでした」
「俺もだ」
声は明らかに沈んでいた。
初めて見るソウマの感情の激発は、家族同然の静流と巴の心に確かな罅を刻んでいた。
「草君はずっと苦しんでたんですね」
巴の呟きに、静流は微かに頷いた。
「………やっと判った。あいつが、何で冨田六合流を修められたか。あのバカは、苦しい事が救いだったんだな」
兆候は最初からあったのだ。
草麻には厳しい鍛錬を耐えうる背景が何も無かった。親友の為とは言うが、草麻は決して武術が好きという訳でもない。最強への野望も無く、共に競い合う友すら居なかった。師からの期待も最初からあった訳ではなく、徐々に見出されたというのが正しい。
それまでの期間、誰からも賛同されなかった血反吐吐く修練を、草麻は淡々と一切手を抜くことなく学んできた。その理由、ずっと疑問だった狂おしいまでの衝動が漸く理解できた。
「壊れそうなんて」
鍛錬の時に見せる、あのぎこちない笑みに隠れた鬱積に気付いてあげるべきだった。気付いて、支える事が出来ていたならば、草麻がここまで外れる事もなかっただろう。
何時しか、巴の瞳から流れる涙が強い自責に変わっていた。
「あいつは、バカだ。見捨てたからって、助けられなかった事と、殺した事は一緒じゃないんだぞ」
静流は苦いものを真っ赤になったものを吐き出すように呟いた。
「だが、それを教えれなかった俺は、もっと馬鹿だ」
静流の怒りは、巴の怒りでもあった。
ぼうと巴は誰にともなく言った。
「私達、今まで草君の何を見て来たんですかね」
「何も、見れてなかったんだよ」
「ですよ、ね」
草麻の無意識下にあった沈殿が、親友との約束という形に変化したのだろう。十年にも及ぶ熱量を考えると、最初から止められる筈が無かったのだ。けれど、と静流は熱い熱い息を吐いた。
「それでも、俺はあいつを止める」
間違いとか正しいとかの問題じゃない。
気付けなかったが、それでもだ。これはただの感情に過ぎない。静流と巴は草麻に居て欲しいのだ。これが勝手極まりない我儘だとしても、静流はソウマを止める。巴は唇をきつく結ぶと、頷く事しか出来なかった。
目が覚めた。
時計を見ると時刻は十一時二十分だった。朝飯も昼飯も食べられないが、魔浸術を体得した俺の肉体である、それ位で問題がある筈もない。ゆっくりと着替え、柔軟でもすれば直ぐだろう。
浅葱色の着物を脱いで、いつもの道衣に着替える。
長着は襦袢も含めて綺麗に畳んだ。袴の紐を改めて縛り直し、風薙ぎを後ろ腰に差した。キュという衣擦れの音が懐かしいとさえ思える。
一度だけ自室を見渡すが、捨てた記憶故に感傷などある筈も無し。静かに戸を閉めると、道場に向かった。
道場の戸を開けると、そこには四つの顔が見えた。
静流、巴さんは当たり前だが、後ろの二人は判らない。ただ、予想は付く。共に四十に近い年齢に、何処となく顔立ちが俺に似ているのだ。間違いなく両親だろう。
だが、やはりというか、悲しい事に遠い親戚を見た時の様な淡さすら出てこない。代わりに這い出るのは罪悪感だけだ。父親と母親が俺の顔を見るなり表情を崩すと、そのまま走ってくる。
「草麻」
「草麻」
二人に抱きしめられるが、俺の腕は動かないままだ。
「ごめん、心配かけた」
言って、何て白々しい言葉だろうかと後悔した。
静流達の考えは判るが、けど、という感情が浮かぶ。親の心子知らずという言葉で済ませていい問題じゃねえんだろうけどさ。
「ごめん、親父、お袋。話は聞いたか?」
「ああ。聞いたぞ、このバカ息子が」
そう言ったのは父親だった。なんて言おうか迷っていると、巴さんと目があった。
「草君。まだ時間はあるんでしょう。ちゃんと説明しなさい。私達は待ってるわ」
「すみません」
俺は礼をすると、父親と母親を連れて居間に向かった。
そこで、色々な話をした。母の手料理を食べた。兄への伝言を頼んだ。俺達皆で撮った写真を渡された。母は泣いていた。そして、静流と巴さんに感謝しなさいと言っていた。どうやら、俺が戻ってきたから両親に連絡だけはいれていてくれたらしい。本当、静流と巴さんには頭が上がらない。
どれほどの時間が経っただろう。
両親を連れて道場に戻る途中に見た太陽は、ゆっくりとだが下がり始めていた。
「もう、いいんですか?」
「ええ、ありがとうございました」
巴さんが両親に言うと、母が応えた。
「準備はいいか。草麻」
今日初めて開いた静流の声色はぞっとするほど冷たかった。
山間に流れる雪解け水の様な響きが、静流の覚悟を示している。俺はそれに軽く答えた。
「ああ、待たせたな静流」
両親と巴さんは既に道場の壁際に移動していた。
正面には俺と同じ道衣を着た一人の男。腰にも同じ鎧通しが差さり、これは何千回と繰り返した光景なんだと思う。それでも、ここまで静かで重厚な空気は初めてに違いない。
お互い位置に立つと、男はゆっくりと流れる様に構えを取った。
幾千幾万と繰り返された姿勢は、静謐にて泰然自若。武に人生を捧げ、術を練磨し続けた戦鬼にのみ許される構えだろう。
冨田六合流、高槻静流。
ぞっとする程の化け物だ。
俺も同じ様に構えを取った。
右手を前に出し左手は胸元の右半身。鏡写しの構えは俺達の絆でもある。
じとりと汗が滲み、落ち始めた太陽が道場を照らす。
瞬き一つ、静流は残照を消す様に踏み込んでいた。
俺の左頬が弾け飛び、次の瞬間にはもう脇腹に拳が撃ち込まれている。昔の俺の身体だったら肋骨が折れている一撃は、容赦の欠片も無かった。
これが、静流の全力か。
太腿に喰らった衝撃も含め、俺は唇を歪めた。初めて感じる師の力が嬉しかった。
俺は一息で背後の壁際まで跳んだ。
瞬時といっても差支えない速度だが、静流は俺に半拍遅れで肉薄している。尋常ではない静流の移動速度ではあるが、それこそが狙い。
俺は地面に足が着くや、三メートルを超える天井まで跳躍した。予備動作を極限まで無くした跳躍は、静流の視界から一瞬で姿を消しているだろう。仮に場所が予測できだとしても躱せはすまい。
俺は宙で反転すると、天井を蹴り眼下の静流に向かって一直線に落下した。
ばんと床を強く叩いた音が道場に響く。
軽業じみた攻撃だったが、循気をも使用した一撃は必倒の打撃だった筈。だが、静流は長年の経験則から見事に俺の攻撃を躱した。それどころか、一瞬の着地の隙を狙ってくる始末である。
静流の拳が頬に腹に突き刺さり、防御する間もなく次は蹴りが飛んでくる。戻って来て初めて見せた身体能力なのだが、静流の思考には一筋とも足りとも動揺を生み出せなかった。
驚いているのは傍で見ている両親と巴さんだけだ。三人の表情を横目に見て俺はつい笑った。
……そうだよ、俺の身体はもう普通じゃないんだ。
だからさ、こんなことも出来る。
床板を踏み抜く様に蹴ると、一瞬で静流に接近した。それは人外の疾駆速度だろう。肉体が壊れる事を前提とした一度限りの全力疾走だ。けれど、俺の肉体はその奇跡を容易く成す。今度こそ、決まりだ。
自信に満ちた俺の拳。
しかし、人の反射神経を凌駕した打突でさえ、静流の卓越した防御の前に脆くも崩れ去った。
全く何という技術か。
速度だけならばまだ理解出来るが、拳の重さでさえ捌き、その上、連撃の合間を縫って拳足が飛んでくるのである。
彼我との身体能力差は冗談抜きで鍛えた大人と子供。
だからこそ、静流の技術が信じられなかった。本当、我が師ながら呆れるしかない化け物ぶりである。
二人の戦闘は、余りにも凄惨で一方的だった。
人ならざる速度と膂力を持つソウマの攻撃は一度も当たらず、人の範疇の静流の攻撃は一度たりとも外れてはいない。
しかし、それ程の猛攻を受けておきながら、ソウマは一度も倒れなかった。顔を打ち抜かれ、関節が挫かれても、ソウマは何事も無かった様に立ち続けている。
まさか、たったこれ位で俺を斃せるのかとでも言うように、ソウマは口元を歪めながら屹立していた。
ソウマの母は隣に座る父の手を強く握りしめた。
この戦いの前に覚悟していた筈だ。
あのリュックを持った静流から、そしてソウマ本人から。息子がどれ程血生臭い生活してきたか聞いてはいた。
けれど、眼前の光景は想像を遥に超えている。
甘かったのだ。息子に起きた現実はもっと優しいと勝手に勘違いしていた。
それは巴も同様である。
傍目に見てもはっきりと判る静流の強さ。それを真っ向から受け続けても平然としている我が子。ここまで、草麻が遥かに行っている等、考えたくもなかった。
だからこそ、静流の精神力には瞠目するしかないではないか。
はっきりいうと、もはやソウマは化物だ。それを封殺する武力は勿論だが、そんな男相手に彼は一切動じることなく、自身の最善をただただ、愚直に繰り返している。
それは無駄な行為であり、ただの悪足掻きだろう。
けれど、静流の目は希望しかみていない。もうすぐ四十に届こうとする男が、ここまで輝きを失わずに生きてこられるのかと羨望すらしてしまう。
ソウマの父と母はソウマの出会いに感謝した。
ソウマの懐きぶりに嫉妬した事もあったが、静流で良かったのだと心の底から思えた。
それは、巴も一緒だ。
静流を愛して夫婦になれて本当に良かったと感謝している。
そして、静流も同じ。
静流は、日常を過ごす上で全く役に立たない武術しか取り柄がない男である。そんな男を愛してくれた。そんな男を師と仰いでくれた。そんな男に大事な息子を預けてくれた。
草麻。
お前が弟子になってくれて、どれだけ俺の人生に色が付いたと思っている。受け継いだ術を維持する事だけの灰色な毎日。諦めていた子供。
もし、お前と出会わなかったらと思うと俺は本気でゾッとする。お前のお蔭で今や日本中のヒーローも俺を慕ってくれてるんだぜ。不思議だろ。
武しかない半端な旦那が、お前のおかげで一人前の大人になれたんだ。全部お前がくれたものだ。
でも、気付いてあげられなくてご免な。
その一点だけが、悔しくて悔しくて溜まらない。
草麻。
俺がもっと強ければお前をここまで苦しませる事も無かっただろう。お前の師はこんなに弱くて本当にご免な。
静流は循気を使った。
一瞬の間に、草麻との思い出が脳裏を駆けた。
枷が外れた極限の拳。
静流は無意識に叫んでいた。
「草麻!!」
それが、静流の最後の拳となった。
ソウマの左頬に拳がめり込む。ソウマも静流も泣いていた。殴り合わないと判り合えない不器用な師弟の姿だった。
ソウマは歯を食いしばると一歩下がった。
口にしたのは、成長の証だった。
「サイクル・イン」
ソウマの肉体に魔力が唸る。
外見が変わった訳ではないが、身に宿した圧力は桁違いに重い。
師は知らぬ弟子の進歩に悔しくなり、また嬉しくなった。ソウマを押し上げた術は知らないが、そこまで育て上げた自負は胸に刻まれている。
ソウマの身体が消えた。
次いで感じるのは拳の気配だ。まだまだだな、バカ弟子が。
ソウマは師ですら認知出来ぬ踏み込みの後、未熟な拳で静流の意識を刈り取った。
青年が残心を取る姿は美しかった。
ずっと見守ってきた背中なのに、とても大きく見えた。
白と紺の道衣、それに腰に差した鎧通しがソウマの今を強く映していた。その立ち姿に緩みは無い。もう触れる事の叶わぬ背中が少し悔しい。
巴の隣に座る夫妻も同じ気持ちなのだろう、寂しさと成長した姿に感慨があった。
「草君、おめでとう。初めて静流さんに勝ったわね」
ソウマは巴の賛辞にも顔を変えることをしなかった。
「勝った気はまるでしませんけどね」
「ふふ、静流さんが何時も言っていたでしょう。立っている者が勝者って。胸を張りなさい、五澄草麻」
ソウマは頷いた。
これが、最後の激励なのだと理解した。
「はい」
巴は微笑むとソウマに問う。
「もう、行くの?」
「ええ、行きます」
「そう。それじゃ、少し待っててくれる?渡したい物があるの。それに静流さんも起こさないといけないしね」
言うと、巴はソウマの両親に一礼してから道場を出て行った。
ソウマは静流に自分が出来る簡単な治癒魔術を施した後、父と母、二人の前に向かう。
膝を折り、正座をした。
真っ直ぐに両親の顔を見ると、額を床に擦りつけるように下げた。
「ありがとうございました」
父は込み上げるものを我慢していた。
母はぎこちない笑みを懸命に作っていた。
「後悔の無いようにな」
「うん」
父は一言だけソウマに言った。
「頑張りなさい」
「うん」
母は一言だけソウマに言った。
「ありがとう」
ソウマは一言だけ言った。
それが、精一杯の挨拶だった。
ソウマの背後で、鈍い呻き声がした。
倒れた静流は上体だけを起こすと、一度だけ頭を振った。循気を使い現状を直ぐに把握すると、深呼吸を一つ。
姿勢を正し、ソウマの両親に頭を下げた。
二人は頷くと静流に頭を下げた。その時、巴が戻ってきた。手にはソウマの収納魔具が握られている。
「静流さん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
道場に柔らかな日差しが差し込んできた。
オレンジ色になり始めた陽光が、皆の顔を優しく隠している。
「草麻、強くなったな。認可状は特にねえが、代わりにこいつを持って行け」
静流は座ったまま朗らかに笑うと、腰に差してあった鎧通しをソウマに向けた。
ソウマは困惑した様な顔する。
静流は苦笑に笑みを変化させると宥める様に付け足した。
「別に、お前の武装にしろと言ってる訳じゃねえよ。ただな、俺が持ち続けるよりも、お前の手にあったほうが良いと思っただけだ。なんなら、お前の親友に渡してもいいさ、このまま鞘に入りっぱなしってのも、行雲流水に悪いからな。貰ってくれると助かる」
静流の鎧通しは、行雲流水と呼ぶらしい。
ソウマは有難く両手で頂戴した。
「ありがたく」
静流は軽くなった手の平を慣れぬ手付きで握った。
巴は静流を支えるように隣に座ると、懐から小さな袋を取り出した。それはお守りだった。
「それじゃあ、私からも、これ。草君」
「ありがとうございます」
巴はソウマにお守りを渡し、
「武運長久、お祈りいたします」
両手を合わせ願った。
ふふと巴は照れくさそうに微笑むと、立ち上がり収納魔具を取った。
「それにしても、草君のバッグは本当に便利ね。着物や三味線に、それに弓ですら簡単に入るんですもの。後、勝手に色々入れておいたから、後で確認してね」
「え?」
「え、じゃないでしょ、草君。三味線や弓はともかく、何で着物まで置いていこうとするのよ」
「でも」
「でも、だけども、ありません。だいたい、草君と静流さんじゃサイズが微妙に合わないでしょ。それに、箪笥の奥で虫に食われるよりは余程いいわ」
「ほんと、何から何まですいません」
巴は優しく首を振ると、ソウマの手を強く握った。
暖かくて小さな掌が、ここまで守ってきてくれたんだなと思った。
「ありがとうね、草君」
巴がソウマの手を名残惜しげに離すと、静流が右の拳を出した。
「草麻」
ソウマは苦笑に近い表情を作ると、ごつんと拳をぶつけあった。
両親は既に立ち上がっていた。
五澄夫妻と高槻夫妻は目線を合わせると、そっとソウマの背中を促した。
道場から桜の木まで行く間は、皆無言だった。
もう、すっかり日は落ちようとしている。黄昏に染まった世界が全てを寂寞に染め上げていく。
ソウマは戻って来た時と同じ格好だ。
唯一の違いは腰に差してある二本の鎧通し位か。
「草麻」
父から突然、声がかかった。
「忘れるところだったが、暁良からのビデオメールだ」
父の手にはスマートフォン。
ソウマが受け取り、いくらかの操作をすると、記録に強く残された青年の顔が現れた。何処かの部屋で撮影されたのだろう、ソファーに座る姿は実にリラックスしているように見える。
やがて、ビデオメールが再生された。
「久しぶりだな、草麻」
映像の中の暁良は朗らかな笑みを浮かべていた。
「何か色々あったみたいけど、お前のせいで俺も相当色々あった。出来の悪い弟を持つとこれだから苦労するんだ」
やれやれと肩すら竦めて、暁良はあくまでも居丈高に言う。
けれど、その声色が柔らかいのは彼の人柄ゆえだろう。事実、次に出た彼の言葉ぶっきらぼうではあるが、明らかな心配の音色があった。
「でも、まあ、無事でなによりだ」
はにかむ様な笑み。
暁良が皆に好かれる要素がよくわかる。暁良は一拍呼吸を置くと、視線を改めた。その瞳は、まるでずしっとくるような強い目だ。相変わらず、兄は自信に満ち溢れている。
「それと、父さんから少し話は聞いた。また、お前どっかに行くみたいだな。俺は別に構わないけど、父さん母さんは勿論だが、静流さんと巴さんにはきちんと説明しとけよ。後は、そうだな。俺の心配は全くいらんからな、自分の心配だけをしとけ」
兄は変わっていなかった。
何時も自信満々に弟の前を歩き、引っ張ってくれている。
「それじゃ、最後にこれくらいだな」
暁良のビデオメールの最後の言葉は草麻の好きな一節で締められていた。
「頑張れ、負けんな。力の限り生きてやれ。じゃ、またな」
まるで唄う様な口振りの後、兄の笑顔を残して、携帯電話の画面は暗くなった。
けれど、ソウマの目の奥にははっきりと暁良の姿が焼き付いている。最初から最後まで明るく、清々しいまでの爽やかさだった。今生の別れになる可能性は聞いているだろうに、本当に兄は変わらなかった。
ぐと、ソウマが嗚咽を漏らした。
今まで必死に我慢して来たものが溢れ出るようだった。父が、ソウマを見ながら柔らかく言った。
「草麻。それは持って行っても構わない」
「でも、あっちでは使えない」
「なに、構わんさ。それに、何が幸いするかは判らんだろう」
「ありがとう」
はにかんだ表情のソウマに、父は照れ臭そうに視線を泳がせた。
ごほんとわざとらしい咳払いをすると、恥ずかしそうに言った。
「どうだ、折角だし、写真でも取るか」
「あ、じゃあ俺が三脚取ってきますね」
ソウマが答えるまえに、静流は家に向かって走っていた。
皆、やはり名残り惜しいのだ。だから、父は普段自分から言わない台詞を口にし、静流もそれに合わせた。ソウマは頬を掻くと、俺も折角だしなと桜の木に手を触れた。
「サイクル・W」
出来るかは判らないが、多分出来るという確信があった。
皆は驚きの目で桜の木を見上げた。秋になり、すっかり寂しくなった枝に蕾が付き始めると、ついには満開の花を咲かせていた。ソウマは桜色に染まった空を見上げてから、隠し芸を披露した様に笑う。
「俺も、一応魔術使えるんだ」
「どうせなら、もっと凄いのは無かったのか」
父がお決まりの文句を言うと、なんなとくソウマは苦笑した。
「巴さん、枝、一房頂いてもいいですか?」
「勿論よ、草君。殆ど貴方の木と言っても差支えの無い桜だから、きっと喜ぶわ」
ソウマは礼をすると、跳んで桜の枝を見事に切った。
満足そうにその枝を見ていると、静流が戻ってくる。怪訝な視線で桜を見てから、静流は元凶と思われるソウマに聞いた。
「おいおい、こいつ来年はちゃんと咲くのか?」
「わるい、わかんねえや」
「バカたれ。ま、風情はあるがな」
そして、皆で写真を撮った。
勿論、ソウマが渡された携帯電話にもデータを移してある。
日はもうすっかり暮れようとしていた。
黄昏に染まった世界でソウマは桜を背に二組の両親を見詰めた。もう、伝える事は伝えてある。
だから、ここで言う言葉一つだけだ。
「いってきます」
黄昏の世界でソウマが強く言った。
流れる様に風が鳴き、桜の花弁が舞った。ソウマを包むように桜の花が流れ、日が完全に暮れた時、もうソウマの姿は見えなくなっていた。
「いってらっしゃい」
聞こえない筈の言葉が、ソウマの脳裏に響いていた。