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狼浪奇譚  作者: ただ
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異界1 / 自業自得

空は雲一つない快晴だった。

すっきりとした朝の空気がルミナの町を徐々に覚醒させるようでもある。全ての準備を整え、俺たちが宿の外で待っていると遅れてアルフレッド達がやってきた。


「おはようございます」

「お前ら遅えよ」

「いや、すまんすまん、久しぶりの探索でな、眠るのが遅くなった」

「昨日はごちそうさまでした」

「全くです」


皆が思い思いに挨拶を交わし終えると、自然とアルフレッドが先頭になって歩き始めていた。認めたくはないがアルフレッドが纏うリーダーシップはこの中では一番だろう。次点でおっさんだが、おっさんは飽く迄も戦闘をこよなく好む男だ。冒険者としてのベクトルが違うので、アルフレッドに一歩譲るのも仕方のない話ではある。


ヨルミナに向けて歩く中、前を行くサクラを見た。

綺麗な銀髪を持つ少女の隣には、まるで護衛の様に白を彷彿とさせる女が並んでいる。その隙の無い所作の前では、俺の奇襲は全く通用しないだろう。昨日までここまで厳重ではなかったが、いよいよ共に本腰といったところか。これからの難業にやれやれと頭を軽く掻いて空を見上げた。全く持っていやになるくらいの蒼穹だった。




ルミナの町を出てから早三十分程か。

地平線の先まで続く広大な草原の途中で、突如ひやりと背筋を這うモノがあった。限定感知、セーミアさんを見ると彼女も顔を一瞬顰めていたので、何かがあったのは間違いない。


絶対感知を持たない俺が判ったので、何らかの境界を越えたのだろう。迷宮が近いのだろうか、はてと思うが、俺は未だに迷宮ヨルミナがどういう外見をしているのかも知らねえんだよな。思案していると、セーミアさんが話しかけてきた。


「ソウマさんは判りましたか?」


「ええ、空気とかは変わってないですけど、何かを超えましたよね」


「流石ですね。今、私達はヨルミナの範囲に入りました。後は、お父さんが持っているヨルミナの証明書魔具を使えば迷宮に入ります」


「どういうことですか?」


俺が疑問を口にした途端、眼前の空間が揺らめいた。

広大な空間が陽炎の様に歪曲すると、蜃気楼の様に巨大な建物の姿が朧に表れる。やがて、曖昧な姿は現実味をおびるように確かな形を作ると、はっきりとそれは表れていた。


それは黒い巨大なドームだった。

大きさは東京ドーム程だろうが、そのドームは光の反射を吸収するような黒で全く立体感がない。奥行きを無視して書いた真っ黒な巨大な半円の絵を見ているようだ。


これが、迷宮ヨルミナか。

突然現れた原理にしろ何にしろさっぱり理解できん。本気でファンタジー万歳だな。俺が感動して頷いていると、セーミアさんが説明してくれた。


「ヨルミナの外だけから計測したデータは、外周は約八百メートルで高さは七十メートルに及びます」


成程、確かにでかい。

けれどこれ程の面積程度ならば探索は十年もあれば楽に終わるのではなかろうか。ヨルミナが発見され、セーミアさん達が一応は最奥を解明するまで何年かかったかは知らないが、誇張されているような気がしないでもない。地下でもあるのだろうか。俺の表情の変化から、疑問を読み取ったのだろう、セーミアさんはくすりと笑った。


「ですが、我々が調査したところ、未だに正確な敷地面積は出ていません。その上で、今現在の調査面積は二百万m2を超えています」


「二百万m2ですか」


えーとだ。

円の面積を求めるには、まず外周の八百を円周率で割って直径を出してから、半径×半径×円周率だったよな?そうなると、あー約五万m2だろ。さらにそれを仮に十階建ての建物と考えて、単純にドーム状だから九倍にする。これでもまだ四十五万m2だ。それを五倍くらいか。うん、訳が分からんな。


「要するに、変化型迷宮の名の通り、ヨルミナ内部はおそらく空間が歪曲しています。もしかしたら、ヨルミナはドームの中には無いという説も有るほどです」


「はーー、オーバーテクノロジーここに極まれりって感じですね。それで、これはどうやって入るんですか?見た感じ扉も無いし、ドームに触れば勝手に移動ってやつですか?」


「いえ、お父さんとディートリヒさんが持っている、証明魔具を使います」


セーミアさんの言葉で目をおっさんに向けると、おっさんの手にはこれまた立体感の無い黒い小さな箱のようなものがあった。


「じゃ、伝統も終わったことだし、行くぜ」


おっさんがにやりと笑う。

ここまで、迷宮の外見をはぐらかしてきたのは、そういうことか。アルフレッドを見ても、同様に笑っている。アルフレッドは笑いを収めるドームを見据えるといった。


「おう、行くか」


おっさん達の持つ黒い箱から閃光が発射され、思わず目を瞑ってしまう。

そして、目を開けるとそこはもう別世界だった。先程まではっきりと見えていた青い空はもう見えず、転送先の部屋は機械的で無機質で研究所か刑務所を彷彿とさせる。


ダンスホール程の大きさの部屋は何らかの白い金属に覆われ、そこを電気基盤の様に規則的な赤い線が通る姿は、映画で見る近未来的な基地のようだ。


あまりの展開に思わず首を振りながら視線をあちこちに送って、ついでに皆の様子を見てみる。元々潜ったことがある組は来たなあという風情で、ジンベレルだけは俺を呆れるような侮蔑で見ているが、エルさんにしろサクラにしろ、俺と似たような反応だ。


後はと、俺は深く呼吸をして魔力素を感じる。

やはり金属性が多いが酔うほどではないか。そんな風に俺がヨルミナを体感していると、アルフレッドは収納魔具から地図とコンパスのような物を取り出し、ジンベレルと一緒になってうんうんと唸り始めた。おそらく過去の調査品を元に現在地及び支点を探っているのだろう。暇になったので、セーミアさんに話を聞くとするか。


「セーミアさん、色々いいですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


言ってから、セーミアさんもアルフレッド達の話に参加しなくてもいいのかなと思ったが、大丈夫といわれたのでいいのだろう。俺は早速さっきの迷宮の謎を今更聞いてみた。




それで、セーミアさんの話を纏めるとこうだ。

先ず、ヨルミナを認識する為にはさっきの黒い箱の様な魔具アクセスキーというらしいが必要らしい。なぜ認識かというと、アクセスキーが発する有効範囲は半径十メートルであり、その範囲内に居る人間にしか黒いドームを発見することは出来ないとのことだ。


仮にアクセスキーを持たない者がその場所に行ったとしても、敏感な者は違和感だけは感じれるが、草原が広がるだけらしい。その上でドームには一切侵入出来る様な個所はなく、ヨルミナに入るためにはアクセスキーを使ったテレポートしかない。


また、アクセスキーの効果範囲内であり、キーを持った奴が認知した人間しかテレポートはされないので、万が一無関係の人間が傍に居ても、巻き込む危険性はないとのことだ。


それで、逆に出る際は支点と呼ばれる個所にあるテレポート装置を使うとドームがあった場所に飛ばされるらしい。この辺のオーバーテクノロジーは流石は黄昏時の遺産といったところか。


ちなみに余談ではあるが、アクセスキーは基本使い捨てで、ヨルミナに入った瞬間に消える。じゃあ、アクセスキーは何処から持ってくるのかという話だが、何故かルミナの町のとある場所に忽然と出てくるらしいのだ。その場所を中心に作られたのがルミナで、アクセスキーの出現ポイントを管理、警戒しているのがエレントの町になる訳だな。


俺が改めて迷宮の底知れ無さに嘆息していると、アルフレッドから声がかかった。


「おし、イズミたちも来い。これからの探索を説明する」


やれやれ、平和に終わるとよいが、俺はそんなバカげたことを夢想した。




「死ぬとこだった!死ぬとこだった!!」

安全圏で爆笑していた男二人に思わず殴りかかった。

ヨルミナの中階層でのトラップを回避した後の出来事である。奥行きが五十メートルで横幅が十五メートル程の縦長部屋の奥に置いてある鍵を取ってくるというミッションだったのだが、間違いなく鍵を取った後に罠が発動するという部屋だ。


そこでおっさん、アルフレッド、俺の三人でじゃんけんして、負けた俺が代表でいったのだが、まあ酷かった。鍵を取った瞬間に四方八方からレーザー光線が発射され、その上帰り道には赤い光線がワイヤーの様に張り巡らされていたのである。


今しがた、その蜘蛛の巣めいた通路を懸命に体を捻りながら走り抜けてきたばかりだが、そんな健気で純情な青年を見て、おっさんとアルフレッドはなんと薄情にも腹を抱えて笑っていたのである。そりゃあ、殴りにいくのは当たり前の話だろう。おっさんは拳を弾き、アルフレッドは蹴りをひょいと躱すと、ひーひー言いながら口を開いた。


「いや、お前、鍵を取ったら何かあるって判ってんだからよ、びびった顔をしてんじゃねえよ」


「くはっ!しかも半べそで走ってくるんだからよ、そりゃあ笑うだろ」


上からおっさん、アルフレッドである。

そりゃ確かに驚いたし、半泣きだったけどさ、びびるに決まってるだろ。だって俺の前髪焦げてるからね。憮然として周囲を見渡すが、サクラとエルさんも笑いを堪えてるのか目線を合わしてくれなかった。ちくしょう、少しくらい労っても文句はないだろうに。


「何にしてもお疲れ様でした」


この柔らかな声はセーミアさんだ。

俺が求めていた言葉をさらりと言ってくれるとは、癒し系美人なのは伊達じゃない。期待を込めて彼女を見ると、セーミアさんはおもっくそ口元をひくひくさせていた。


「ぷっ」


というか、我慢できずに吹き出しやがった。

この腹黒癒し系め。俺が据わった目でセーミアさんを睨むと、ぼそりとセーミアさんの後ろから声が発せられた。


「無様だね」


ジンベレルの野郎である。

青髪イケメンは、はっと嘲笑の視線さえ込めており、ヨルミナに入る前から何かにつけて挑発してくる。いい加減しつこいので、敵意をふんだんに練りこんだ視線をジンベレルに向けた。


「じゃあ、あんたが行けばよかっただろ」


ジンベレルは肩を竦めるとむかつく程落ち着いた声で返事をしてくる。


「肉体労働しか出来ない四級冒険者が何を言っているんだ。そんな偉そうな口を聞くのなら結界くらい張れる様になってから言うんだね」


くはー。

もう、喧嘩を買ってやろうか。今ならこんな安くても買っちゃうぞと、不穏なことを考えていると、嫌な気配を悟ったのだろうやんわりとセーミアさんが間に立った。


「ディーノ、確かにさっきのソウマさんは可笑しかったけど、貴方にはさっきの罠を抜けれる程の体技は無いでしょう。適材適所よ」


ジンベレルは何か反論しようとしたが、アルフレッドの視線で口を閉ざした。セーミアさんは振り返ると何時もの柔和な笑みを見せてくれる。


「すみません、ディーノは口がわるくて」

「いえいえ、俺も生意気でした」


彼女にこんな笑みを見せられたら、俺もこう言うしかない。

けど、俺は別にジンベレルを仇敵とまでは見做してる訳ではないが、奴は俺を完全に敵とみているんだよなあ。仲良くとまではいかないが、せめて迷宮に居る間だけでも歩み寄って欲しいものだ。


俺はアルフレッドに取ってきた鍵を投げると、じろりと何とかしろよと睨んだ。しかし、アルフレッドは知ってか知らずか苦笑するに留まった。これが、後々の致命にならねばいいけどな。俺はエルさんと目配せすると、先導するアルフレッドについていった。




「ん?」

「あ?」

研究所の様な通路を歩いていると、俺とセーミアさんの言葉が不意に重なった。俺の場合は限定探知でセーミアさんは絶対察知だろう。先頭を歩いていたセーミアさんは立ち止まると、後続の俺たちも当然の様に立ち止まった。


斥候役を務めるセーミアさんの第一判断が正に命綱なのは、此処までくるまでに証明されている。おっさんでさえ、感嘆としていたのでやはり凄いのだろう。


「ソウマさん、何か感じましたか?」

「ええ。多分ですけど、何らかの境界を越えましたね」

「そうですか。ヒメさんとエルさんの鼻はどうですか?」


セーミアさんは形の良い眉を寄せると、サクラとエルさんに話を振った。

サクラは首を振り、エルさんは遠慮がちに口を開いた。


「ほんの微かにですが異臭がします。それが、どういうものかと言われると、言葉に出来ないのですが、すみません」


「いえいえ、とんでもないです。狼のヒメさんは感じず、虎のエルさんが感じた、これだけでも随分な情報ですよ」


「そうだな、虎のパールが感じたということは短期勝負の確立が高い。それで、イズミの判断を加えると、迂闊に動けなくなったな」


「どういうことですか?」


勝手にアルフレッドが引き継いだが、完全には要領を得ない。

多分、狼と虎で生活形態が違う故の話だろうが。


「一概にはいえませんが、狼系の亜人は追跡能力に優れ、単独生活の多い虎系の亜人は直観的な匂いに敏感といわれています。おおざっぱに長期か短期という話で、どっちが優れているというのはありません」


「それで、どうすんだ」


ずいっと言うのは、おっさんである。

敵が出てくる系の罠は勿論、他の罠も出来る限り事前に回避してきているので、何もしていないおっさんは、フラストレーションが溜まっているのだろう。事態が動かなければ自分で動かすタイプだからなあ、まあ仕方ない。


アルフレッドもさてとばかりに周囲を見渡した。

一直線の通路の三十メートル先はT字路になっており、突き当りには扉が見えている。後ろを見るが、これまた三十メートル程先に扉が一つだけだ。何しろ俺達はその扉を潜って来たのである。戻っても好いが、本気でどうするのだろうか。


「おい、ディーノ。先の扉に向かって広範囲の雷を発射しろ」

「わかったよ」


ジンベレルは先頭に立つと、僅かの詠唱の後雷の魔術を発射した。

通路全体を覆う程に広範囲の雷は通路を疾走すると、その途中何も無い所で忽然と消え去った。何かにぶつかって四散したという訳でもなく、空間に吸い込まれたといった方が正しいだろう。


俺がその現象に不気味さよりも感動を覚えていると、アルフレッドはジンベレルに背後にも魔術を放たせるところだった。雷はさっきと同様に通路の中程で吸い込まれると無残に消え去った。


誰も口を開かない。

これは、閉じ込められたか?アルフレッドが石の様な物を取り出し、投げるが物理的な物も全く同じ、通路の先に到達することは出来なかった。


「で、どうすんだ」


おっさんが呑気に欠伸などしながら、再度アルフレッドに聞いた。

アルフレッドは肩を竦めると気軽に言う。


「行くしかない。ないが、その前に荷物を分配するぞ」


「理由は?」


「多分だが、便宜的にあれを扉というか、扉を潜ると俺達は何処かに飛ばされる。飛ばされた先で全員が纏まっていればいいが、おそらくばらばらになるだろう。その時に少しでも困らんようにさ」


「本当に大丈夫なのかよ?」


「さてな。だが大丈夫だろうさ。以前潜った時も似たようなことがあった」


アルフレッドは言いながら、セーミアさんとジンベレルを見る。

二人はアルフレッドの言葉に頷くと、もうウエストポーチの様な収納魔具から荷物を取り出していた。


おっさんはそれ以上何かを言うことはしなかった。

先の問いにしても、俺やエルさん、もっといえばサクラの事を気に掛けてのことだろう。そんなおっさんが黙した以上、俺も同意するしかない。俺は背負っていた収納魔具を地面におろした。


収納魔具から荷物を出す途中、地味に手持ち無沙汰になったので、少しの疑問をアルフレッドにぶつけてみた。


「どんな風に飛ばされるか、条件は何かあんのか?」


「判らん。俺も何回も飛ばされているが、その都度条件がばらばらだった。性別で別れた時もあれば、年齢もある。ついでに言えば、属性の時もあったな。ぶっちゃけ、此処は変化型迷宮なんだからその辺は悩むだけ無駄だ」


「ふーん。そうか」


俺はアルフレッドの答えに淡々と言った。

別に明確な答えを期待してはいないし、それ以前にサクラからの知識で迷宮というのは蠱毒であり、飽く迄も殺す場所ではなく試す場所という話を知っているので別に焦りもない。ただ、迷宮のテクノロジーに関しては、アルフレッドの言うとおり現状考えるだけ無駄なのだろう。


それよりもだ。

むしろこれはチャンスではなかろうか。属性等で一緒になるのならば、当然契約者同士が一緒になることだってあるだろう。飛ばされた先で俺とサクラとエルさんが一緒になれば第一目標たるサクラの救出は成る。後は迷宮の支点まで無事辿り着ければ、さいあく勝手に地上に戻っても良いのだ。


わるくねえな、俺が脱出計画を練っていると、アルフレッドが呆れたように俺の顔をしげしげと見ていた。


「なんだよ」


「何でもねえ。ただ、お前は本当に四級冒険者かと思っただけだ」


「………あん、褒めてんのか?」


「まあな。ディーノにしろセーミアにしろ、初めて今の状況に陥った時はもっと慌ててたからな。勿論、俺だって初めての時はそうだった。それなのに、お前は平然としてるからよ。まさか、お前迷宮に潜った経験でもあるのか?」


「あるわけねえだろ。こんな不思議な場所は初めてだよ。ただ、あんたにしろおっさんにしろ、こんだけ豪華なメンツに囲まれてんだ。例え俺が一人になろうと、大丈夫という自信がある。だって、あんたは、ヨルミナのラストキーたる俺を無くす訳にはいかないだろ」


俺のある種開き直った言葉を、アルフレッドはどうとったのか。

一瞬呆然とした表情をすると、唐突に笑い始めた。荷物を分別する作業すら止めて、アルフレッドは腹を抱えて笑い転げている。


「くっくっ、違いない。せいぜい、一人になっても俺達が行くまで死ぬなよ」


「おい、やめてくんないか。そんな事言われると、本当に俺一人になりそうだろうが」


いや、マジで止めて欲しい。

何せ地球から此処に来た時も、俺一人だったのである。飛ばされる時も一人で到着した時も一人。やばい、なんかフラグっぽいのが立った気がする。俺が嫌な予感に頬を引き攣らせていると、後ろから野太い声が聞こえた。


「ま、ソウなら大丈夫だろ。単純に生き残る事に掛けちゃ、おそらく一番だからな。………その分、他の運が少ないが」


「おっさん、最後のぼそっとなんて言った」


「いんや、褒めただけだ」


「嘘つけ。エルさんも何かこのバカオヤジに言ってくれません」


飄々とからかう仕草のおっさんに見切りをつけ、パートナーに目を向けた。


「そうですね。ディートリヒの言う通りと言っておきますか」


が、何とエルさんもおっさんに追従するではないか。


「エルさん」


「草麻。冒険者にとって生き残る事こそが最大の誉れです。何を恥じることがありますか」


「エルさん」


「まあ、その分草麻はトラブルに巻き込まれますが」


「ちょっと待って下さい」


何故、最後に余計な言葉を付け加えるのだ。

俺は最後の希望とばかりに、縋る様にサクラを見た。サクラは俺から目を逸らすことなく見据えるとずばっと言った。


「自業自得じゃ」


「おい、サクラ。てめえ」


もちっと言い方があるだろうが。

その上、ふふんと腕を組み誇らしげに無い胸を張るところが、またムカつく。何がムカつくってそのポーズは胸がタユンという感じがあって初めて成り立つもので、今のまな板胸では魅力というか威力が大半減もいいところだ。


そんな悠久たる問いに思考を揺すっていると、サクラに殴られかけた。

かけたというのは、サクラが殴りに来る前にネーヴェさんがすかさずサクラの首に手を置いたのである。サクラは強く舌打ちをして、ネーヴェさんを睨みつけるが、やはりネーヴェさんはどこ吹く風である。


しかし、狙った訳ではないがチャンスだったな。

俺が風薙ぎにかけた右手を自然に離した時、アルフレッドが言った。


「分配はこんなもんだな。各自確認してくれ」


流石というべきだろうか。

何時の間にか荷物の分配は終わっていたようである。頷くとそれぞれ荷物を確認し始めた。それで荷物の内訳はというと、食糧は綺麗に等分され、種々の魔具もそれぞれ適当に分けられていた。


例を言えば魔具である。

俺はフルバランスだから必要のない属性変換魔具はゼロ。だが、代わりに放出魔術が明らかに弱いので、簡易魔術発動魔具を多く持たされていた。この魔具はコストばかりがかかるので、今まで買った事はないが元はアルフレッドの物だ。遠慮はいらないだろう。


やがて各人が荷物を確認しおえたのを見計らってから、アルフレッドは俺に視線を向けた。


「順番はそうだな。先ずはイズミ、パール、セーミア、ディーノでいいか?」


提案というよりも、指示に近い言い分だった。

だが一斉に行けるほど通路は広くないし、面子的にもこれがベターか。


「おっさんが良いなら、大丈夫だ」

「良いに決まってんだろ」

「了解。エルさん行きますか」

「はい」


エルさんを左隣に、セーミアさんとジンベレルを右側に通路に並んだ。

両手に花状態だが、手を繋いでいるのはエルさんと俺だけである。気休めに近いがしないよりはマシだろうと思ったからだ。歩き出し扉に近づくにつれて圧迫感がひしひしと強くなっていく。絶対察知を持つセーミアさんと合わせるように通路の途中で立ち止まった。


視認は出来ない筈の扉だが、もうこの一歩先が扉というのを俺達は首筋に走る悪寒で理解できている。隣のセーミアさんを見ると彼女の顔も一向に冴えないままだ。本当に大丈夫なのだろうか。


「草麻?」

「セーミアさん?」


エルさんとジンベレルがそれぞれ疑問を口にする。

それで俺とセーミアさんは意を決した。結局は行くしかないのだ。


「行きますか」


言って、一度強くエルさんの手を握る。

無事に済んでくれと強く願いながら俺達はとうとう扉に踏み入れた。視界は一瞬で闇に染まる。体に感じるのはエレベーターに乗った時の様な気持ちの悪い浮遊感。手の先の温もりがあっさり消え去り、浮遊感が収まるのを感じると視界がさあと広がった。


「え?」


エルさんの心配と一人になった不安もあるが、それ以上に眼前に広がる光景が全く信じられなかった。目に映る映像の余りの嘘くささに俺は思わず二度三度と目を擦ってしまう。それ程までに扉を潜った先の景色は激変していた。


今まであった研究所の様な無機質さは完全に消えさり、見える先は暖かみのある簡素な庭だったのである。無論庭と言っても庭園という訳でもなく、日本家屋にありそうなごく普通の庭だ。


けれど、目に見えるのは記憶と記録にある懐かしいとさえいえる場所だった。宙を見上げると桜の木の枝ごしに青い空が広がっている。視線を下ろして周囲を見渡すが、日本家屋独得の縁側があり、また少し離れた所には道場が見える。


チチチと小鳥の囀る音が聞こえる中、俺の心中は有り得ないとう気持ちとまさかという気持ちで大きく揺れ動いていた。この場所は、何と俺の原点といえる冨田六合流道場の庭だったのである。


「嘘だろう?」


無意識に呟きながら、俺は漸く循気を使った。

脳から電流が飛び混線していた電路は正常に流れ始める。原初の光景を叩き付けられても記憶が戻る予兆は一切なく、むしろ心に空いた穴を強制的に剥き出しにされたように肌寒いだけだ。


庭先で冨田六合流を習った記憶は色鮮やかに再生されるが、恩人であり師匠であるシズルの顔はまるで影法師の様に黒に塗り潰されている。


かたかたと知らず歯が鳴っていた。

穏やかな昼下がりにも関わらず、寒風が吹き荒んでいる。呆然と立ち竦む中、俺の意識は何故今更という言葉が延々とリフレインされ、同時に早く来てくれという懇願に満ちていた。


迷宮は弱者である人を強者にする為の蠱毒の筈なんだろう。

だったら、これは俺の記憶を再現した仮初の空間の筈。後は敵を待つだけなんだよ。


けれど俺の焦燥とは裏腹に柔らかな午後の日差しは怖いくらいに穏やかで、塀の先から聞こえる子供達の声や自動車の排気音が故郷の長閑さを伝えてくる。


もはや、俺に出来ることは無様に情けなく哀願するだけだった。

この優しい異様な空間をぶち壊す異常者よ、早く早く表れてくれと。これで、もし俺の知る、俺の知らない人達が出てきたら一体俺はどうすれば良い。


あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。

縁側に繋がる廊下に人の気配がした。俺は爆発しそうな心臓を懸命に抑えながらも指一本さえ動かすことは出来ない。


現れた人物は女性だった。

あの世界では見る事もなかった和装を纏い、嫋やかに佇む麗人は正しく大和撫子の言葉に相応しい。単衣の菫色の着物に濡烏色の髪かかる様は爽やかとしか言い様が無かった。


縁側に立つ彼女は庭先に立つ俺に気付いたのだろう。

二十代前半に見える美貌をみるみる驚愕に染め、足袋のままで地面に降りると脇目も振らず真っ直ぐに俺に向かって走ってくる。


「草君!!」


そう君とは俺の事なんだろう。

そして瞳を涙に濡らす彼女はシズルの奥さんで、きっと、俺の初恋の人だ。


とんと女性らしい小柄な体がぶつかった。

草君草君と言いながら、優しく抱擁してくれる彼女にされるがまま、俺は呆然と空を見上げた。


雲一つない空は快晴もいいとこで、視線の先は、嫌になるくらいの蒼穹が広がっていた。

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