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狼浪奇譚  作者: ただ
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森林の中で2/ 俺の時代、未だ来ず…か

「くぉら、ヒメ!それは俺の肉じゃ!!」


石鍋の上を箸と爪が交錯しぶつかり合う。

これは食事という名を借りた生存闘争に他ならない。油断をすれば即奪われ、命の源はみるまに相手に懐に入っていく。故に、この勝負に一寸の隙さえ入る余地は無く、殺気すら伴うのは当然といえた。


本日の昼食は、鉄板ならぬ石鍋でのバーベキュー。



俺だ。あれからさらに五か月経った。

場所は変わらず森林である。異世界に来てから既に半年経つが俺は相変らず森の中。展開の早い漫画だったら既にラスボスを倒してハッピーエンドしてる所なんだが、俺は狼ことヒメと出会っただけで他は何もやっていない。強いていうなら、基礎トレーニングと森及び山岳地帯の探索、後は日々の食事改善だけは真面目に取り組んでいる位か。


全く、世界平和とか魔王討伐とか面倒なイベントは御免被るが、何らかのアクションがあってもいいんじゃなかろうか。ふぅ、半年前は進路希望、五か月前は死んでる様に生きたくないとか言ってた自分が懐かしい。ヒメと過ごす様になって、それどころじゃなかったもんなあ。


ふと、昼飯が終わりその巨体を地面に投げ昼寝している狼を見やる。

だらけきっていた。家の中で飼って堕落しきったペットを見ている様だ。本当、野生的な自然のど真ん中に居る筈なのに、野生という凛々しさを一切感じさせないこの狼は一体何者なのか。出会った頃はもう少しマシだったのに。すっかり腑抜けてしまった。ああ、あの頃の君はもう居ないのね。



眼を覚ましてみたら狼は居た。

居るのはいいが、襲撃した者より遅く起きるのは狼としてどうなのだろうか。まあ、いいけどね。それよりも、今日明日の飯の方が大事である。保存肉を殆ど食わせたせいで食料を考えねばならん。


伸びをして簡単に体のストレッチをしながら、今日のプランを考える。

やっぱ、今日は鍛錬よりも狩りを優先させるべきだろう。熊みたいな大型な奴に出会えれば早いが、それ以前に獲物に会えるかが微妙だ。とりあえず、今日の朝飯は簡単に取れる魚でいくか。保存はし辛いが容易く取れるので魚は重宝している。と言う訳で、沢まで行きますか。


んで、魚を十匹位さくっと獲り、鞣した毛皮に包んで持ち帰ると狼は俺の洞穴で爆睡していた。

あれぇー、何でこの狼はわが物顔で俺の住処で寝てるの?漁に行ってから正味一時間半しか経ってないのに、わざわざ移動するとは喧嘩売ってんのか。


まあ、まあ、いい。

今は飯の方が重要だ。微妙に警戒しながら洞穴に近づき、焚火セットと塩を取り出す。その際、狼に動きは無い。わずらわしそうに尻尾を揺らしただけだ。こいつ、本当に寝てるのだろうか。何か嫌な予感がしてきたぜ。


悩んでいてもしょうがないので、焚火を開始し、まず五匹を串に刺していく。

ふふ、食欲を誘う匂いが鼻孔を刺激し、知らず知らず唾液が口に広がっていく。そして、いざ食うかという段階になって、狼がのっそりと近づいて来た。こいつ、やはり起きてやがった。朝の段階で俺が飯を獲りに行ったのが解ったのだろう。それを見越しての待ち伏せとは、何とあざとい奴か。


当然、俺は焚火を囲う様にした魚を全て自分側に移動させる。

明確なる意志表示だ。狼は焚火の反対側に座ると大きく欠伸をする。その動作は、朝起きて朝食が準備されたテーブルに座る様に見える。やらないからね。絶対やらないから!


ここまで来たら、もはや断固無視である。

俺は手前側の程よく焼けた魚を口に運ぶ。旨し。これは塩をかけていないが、素材の味だけで十分勝負出来る。もぐもぐ、ごっくん。反対側でパシン。


二匹目、今回は塩をかけて食べる。

いい具合に塩が素材の味を引き立て、これまた旨し。もぐもぐ、ごっくん。反対側でパシン、パシン。


三匹目、もぐもぐ、ごっくん。パシンパシンパシン。ちなみにパシンというのは、狼が尻尾で地面を叩く音だ。魚の数が減るにつれて音も大きくなっている。だが、やらん!ここでやったら、俺はこいつの家政婦になってしまう。ここは心を鬼にして当たるべきだ。


四匹目。もぐもぐ、ごっくん。ペタン、へにゃり。四匹目を食べ終わると、狼の尻尾はすっかり元気を無くし力なく地面に項垂れている。その表情も心なし残念というか寂しそうだ。狼はしょぼんとした雰囲気を撒き散らしながら、尻尾を引き摺り洞穴に戻ろうと踵を返す。はっきりいって、性質が悪い。これなら素直に襲われた方が精神衛生上まだましである。だって、罪悪感全開だからね。


ちらりと、狼が振り返る。

その顔は打ち捨てられた捨て犬の様に悲壮感に塗れている。それは俺が悪い事をしている様な錯覚すら引き起こし、俺のちっぽけな良心を抉るには十分な威力を持っていた。しかし、負けん。俺は鬼になると誓ったのだ。狼からなるべく視線を外し五匹目を咀嚼する。美味い筈なのに味がしない。狼の眼と、鳴き声が俺の味覚を遮断しているのだ。何というデジャブ。


しかし、何故俺は大きな楽しみである食事をこんな緊迫した状態でせねばならないのか。もし、これがずっと続くとして、俺は食事に楽しみを見いだせるのか。否だ。食事とはもっとリラックスしてするべきであり、断じて味のしない物を食う事は食事とは言わないのである。もう、諦めるか?しかし、諦めた所で俺に特はあるのだろうか。狼の家政婦になるメリットとデメリットが天秤となって揺れ動く。


完全に狼の術中に嵌っていると言わざるを得ないが、事実昨晩は何のかんの楽しかった気がする。誰かの為に何か出来るという事が純粋に嬉しかった。それが、たとえ命を脅かした奴相手だとしても、一人というのは寂しすぎた。けれど、それとこれとは別だ。別だよね。


ちらりと、狼に視線を移す。

狼は振り返りながらの上目使いという上級テクニックを使っていた。やべ、見なきゃよかった、超カワイイ。反射的に視線を外し額の汗を拭う。やれやれ、いかんいかんぞ。外見で惑わされるなど愚の骨頂ではないか。だが、だが、しかし。ああ、俺はどうすればいいんだ!!


頭に手を当てかぶりを振る。

傍目には頭の痛い人に見えるが、至って俺は本気である。畜生、Noと言える日本人になりてぇー!


で、正気に戻ったら、狼は毛皮に包まれた残りの魚をむしゃむしゃと豪快に食ってました。

気付けよ、俺。



結局、狼は居ついてしまった。

居ついてしまった以上、名前が必要と思うがこいつは中々に我儘である。何せ、基本的に何らかの手間を掛けた飯しか食わない様になったのだ。え、それどこの貴族ですか?まあ、探索範囲が広がったり野生の姫ごっこが出来たりと、狼にも世話になっているが明らかに俺のが負担している。けど、許してしまう自分が可愛いと思ったりしなかったり。キモいな。


ともかく、名前どうしようと悩むがいい案が全く浮かばない。

綺麗な白銀の毛を持つから、『ギン』でいいような気もする。ていうか、それ以前に俺あいつの性別知らねえや。というわけで、人があくせく基礎トレやっている隣でぐーすか昼寝している狼の股間を凝視する。けど、横向きに寝ているせいで見えやしない。しょうがないので、片足を持ち上げ確認することにした。


よいしょと、手触りの良い毛を感じながら狼の足を持ち上げ股間を見る。

ん、毛皮の奥にジョイスティックは発見出来ない。けど基本的に動物のスティックはデカいので見ないで良かったかもしれん。種族が違うとは言え、やはり凹む気がする。


うん、ともかく雌だ。

雌とすると『ギン』は無いな。何というか、若干男っぽい気がする。となると何にするかと、持ち上げた足を戻そうとすると、狼とばっちり目があった。どうやら起こしてしまったらしい。何となく気まずい空気が流れ、俺はへらりと愛想笑いすると足を戻した。こいつは、寝起きが悪いからとっとと退散するに限る。


けれど、何だか狼の様子がおかしい。

普段ならがうと威嚇するのだが、硬直したまま自分の股間と俺の顔を交互に見て、しかもその瞳には涙が溜まっているではないか。狼の涙目って凄えレアじゃね。思ってる場合じゃないな。現在の気温は局地的に氷点下、不穏な空気が俺の背中をびっしょりと濡らし、反対に狼から殺気染みた気配が立ち昇る。それは、正しく狂気に等しく、竜の逆鱗に触れたという表現が当てはまる。


………あれ、俺、詰んだ?

思ったのと、狼がその口を開けたのは同時だった。



その後、荒ぶる狼に熊一頭を献上し、平身低頭の末に何とか許して貰えた。土下座中、膝よりも頭が低くなったといえば俺の平身低頭っぷりがよく判ると思う。その際に、岩の上に腰掛け眼下の俺に蔑む視線を送る狼を見て、名前が決定した。


所謂『ヒメ』と。

ちなみに、漢字では無くカタカナなのは、俺のささやかな抵抗である。俺にしか判らないから全く意味は無いが。


何にせよ、狼は『ヒメ』という呼び名を納得してくれたらしく一安心である。名前一つ決めるので、ああも死にかけては割に合わん。ともかく、ヒメという名前も決まり、思った。ヒメは何故、ああも激昂したのかという疑問だ。あの時は雰囲気に流されたが、おかしいだろ普通に考えて。確かにヒメは人間くさい仕草をしたり知性を感じる事はあるが、狼である。獣なのだ。それが、何故ああもぶちキレモードになったのか。


俺はある仮説を立てた。

ここはいわゆるファンタジー世界である。ならば、そういう存在が居てもおかしくないだろう。そう、ずばりヒメは人狼なのではなかろうか。これなら、俺が居る時には決して排泄活動をしないとか、逆に俺が用を足そうとすると離れるまたは怒る等の行動に理由が付く。何せ、俺が自家発電した後も必ずヒメは機嫌を悪くするしな。


ていうか、これがマジだったら俺恥ずかし過ぎて生きてけないんだけど。

黒歴史をがっつり見られた様なもんですよ。っていうか、俺セクハラってレベルじゃ無い事やってる!


不味い、何が不味いって俺完全に人間失格レベルじゃね。

無駄に心臓が脈打ち、近くにいるヒメをチラ見する。あいつは呑気に欠伸なんぞしてやがる。ちくしょう、人の気も知らないで。これは俺の精神の安寧の為にも白黒はっきりつけねばなるまい。と言う訳で、ノートとシャーペンを持ちヒメに近づく。言葉が通じん以上、視覚で判る絵でコミュニケーションを取るしかねえ!


「俺の時代、未だ来ず…か」

んで、悪戦苦闘した結果、ヒメは人間状態になれん事が判った。

何つうか地味に残念だ。これがマジで人間になれたら、うぉ、ファンタジーって感じだったのだが、そうじゃなかったらしい。実に残念。普通、異世界転移だったら綺麗もしくは可愛い女性と最初に出会うべきだろう、じゃなきゃ話が進まん。


だが、こっちは一か月経って出会ったのが知能ある狼一匹。

しかも、わがまま。俺にどうしろというのか。むしろ、何もしなくていいという事なのか。このまま、この森で一生過ごせというのか!


この結果に若干凹んでいると、隣に居るヒメが優しげに頬を舐めてきた。

ざらりとした動物特有の感触が頬を伝わり、温かさがじんわりと広がる。ヒメを見ると、心配そうに喉を鳴らしていた。


何つうか、俺ってやっぱり馬鹿だ。

独りよがりでこっちの都合を全部ヒメに押し付けてしまった。それなのに、ヒメは俺を心配してくれている。本当に馬鹿だ。こいつが人間とか人間じゃないとか、別にどうでもいい事だと今は思う。こいつと居るだけで俺は生きてると実感出来てるじゃないか。


だったら、他は些細な事だ。

まだ本当に短い付き合いだが、不都合は全くない。ヒメの頭を撫でると、嬉しそうにヒメが鳴いた。


森の中の生活も、こいつが居れば割と良いかもしれん。そう、思った。

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