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狼浪奇譚  作者: ただ
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森林の中で1/……食うか?

あれから1ヶ月経った。

あの日、この世界に来てから別段変わった事は何も起きていない。今日も今日とて異世界で絶賛サバイバル中である。

やー!!


今居る場所は、湖から徒歩20分位の洞窟前。

湖から少し離れると山岳地帯っぽくなっていて、至るところに小さい崖がある。この洞窟もその崖にある一つだ。といっても、この洞窟はそこまで大きくは無く、洞窟というよりは洞穴と言ったほうが正しい。これが今の俺の拠点だ。


集めた材木にライターで火をつけ本日の戦果を火にくべる。

今日の食事は鮎っぽい魚が三匹。最初はワイルドに素材の味のみだったが、現在は何と鮎の塩焼きにレベルアップしている。崖を探しに探して幸運からゲットした岩塩のお蔭で、こいつらは何と鮎の塩焼きになるのである。


岩塩を発見できず、塩が無い状態は辛かった。保存もきかんは、味に飽きるは、調味料が揃った現代日本人には拷問に近かったぜ。本当、昔は塩が高級品というのも実に頷ける話である。ちなみに岩塩は手製の石鍋もどきで、ぐつぐつ煮込んで粗塩にしてあります。塩最高!!


ともかく、この一か月地道なマーキングの成果の果てに漸くここ周辺が俺の縄張りと獣達に知らせる事が出来た。ここまで来るのに苦労したぜ。ふと、この一か月が走馬灯の様に脳裏に走る。そう、結局あの後俺は湖に到着し事無きを得た。


その後、この世界が本当に異世界だという事をまざまざと認識した。何せ湖にリアルネッシーがいるのだ。奴が湖面から悠々と顔を出した時は思わず携帯のカメラに収めた程だ。やっぱり男はどこまで行ってもバカなのだろう。思いっきりはしゃいじゃったからね。


それはさておき、他にも明らかに地球産とは異なる進化を遂げた動物達に会った。

何故草食動物のくせに矢鱈ごつい一本角がある兎がいるんだよとか。背中に翼を生やした狸っぽいのとか。もう、奴らにはダーウィン先生もびっくりの進化があったに違いない。


ちなみに両方とも今の俺の主食ですけどね。兎も角、上手い事言った。

この世界はいわゆるファンタジーに属する世界の様だ。何せ、不可思議な動物はもとより、俺も不思議生物になってしまったのだ。簡単にいうと、俺は気?が使えるようになった。


これが、魔力なのか、闘気なのか、霊力なのかは先人と会ってない以上解らんが、とにかくそれっぽいのが体に宿っているのは確かだ。何せ今の俺の運動能力といったらオリンピック上等という位。はっきりいって、今までの練習が何だったんだ思う位の馬鹿さ加減である。とりあえずこの気という奴の特性は今まで調べた所以下の通り。


1.気を浸透させたモノの特性及び能力が伸びる。

2.気を一か所に集中すると伸び幅が増える。

3.気を浸透させると怪我の治りが早い。

4.気は圧縮すると練度が増す。

5.気は体を循環させると加速器の様に純度が上がる。

6.気は使い続けると総量が増える。


と、大雑把にこんな感じ。実にファンタジーである。

まあ何にせよ生き延びる手段がある以上、これを伸ばさない手は無いという事で、只管に特訓した一か月。そのお蔭で特性とかがある程度解ったのだが、俺がこの世界のどれ位のレベルにいるのかがさっぱり判らない。比較対象がいないからしょうがないが、これがはっきりしないと動くに動けん。


何せこの力が特別で重宝されているんならともかく、宇宙的戦闘民族に放り込まれた地球人という構図だったら眼も当てられない。現地人にあった瞬間、戦闘力たったの5か、ゴミめ。で俺の人生はあっさり詰む可能性はゼロじゃない。何せファンタジーだからなあ。油断は出来ない。もうちょっと特訓した方がいいかねえ。


「でも、人に会いてえなあ」


この一か月俺は当然ながらずっと一人だ。

探索したり、獲物を探したり、特訓している間はいい。けど、ふとぽっかり空いた時間があると、もう駄目。ホームシックもいい所で未だに泣きそうになる。完膚なきまでに帰る方法が解らない以上、開き直って現状を模索した方が幾分ましと考えているが、それはそれ。生命の危機に直結する事態から抜け、一定の生活を得ると今度は未来が怖くなる。


俺は、突然与えられた気によって生活の基盤を得た。数か月もしくは年単位はかかると予測していた森林脱出計画も、やろうと思えば出来る段階まで進んでいる。けど、ここは未知で未開の森だ。いつ俺の手に負えない野生に出会うかも判らない。


けど、ここで生きて行くだけでは、死んでいるのと変わりない。俺は生きたいんだ。きちんと命を使いたい。でも、使い方が解らない。さっき現地人と言ったが、本当にこの世界に人類はいるのか。いたとしても文明を築いているのだろうか。この森林はデカくて深すぎる。情報なんて望むべくもない。やはり、ひたすら牙を研ぐしか無いのか。少なくとも絶対大丈夫と言える所まで。



「ファイトーー一発!!」


食事を終えると何時もの特訓場所へ移動する。場所は洞窟の上にある小高い丘。

朴の葉で包んだ食料と水が入っているペットボトルを鞄に入れいざ出発。丘に出るためには迂回して遠回りするか、崖を直接登って行くかの二択になる。今回は筋トレも兼ねているので、後者で行くことにした。気を上手く使えなかった頃は苦労したクライミングも今じゃ随分と楽だ。


気の特性1の通り俺の純筋力も相乗効果で上がっているのだろう。おかげで、筋トレの楽しい事楽しい事。筋トレは嫌いでは無かったが今はもう大好き。1.4.5を駆使し、筋トレと基礎練に24時間の殆どを当てていると言ってもいい。やっぱり、成長の実感てのは嬉しいもんだ。


一応冨田六合流は古式だから呼吸と気の運用の練習もあった。俺の著しいだろう成長はこの運用法「循気」があったのからだろう。後はとにかく反復練習。静流に教えてもらった嘘くさい奥義が出来る日も近いかもしれん。ふふふ、ワクワクするぜ。気分は完全に修練者。悟りを開いてやるぜー。


「エイシャこらー!!」


無駄な掛け声を上げながら、今回ラストの筋トレのセットを終わる。

昼過ぎには終わろうと思っていたのだが、時刻は既に夕方になっていた。ある意味先を気にする必要が無い今は、何の気兼ねもないのでついつい時間を忘れて特訓をしてしまう。時計があるからある程度は時間管理出来ているが、もしなかったら随分アバウトになっていたに違いない。今でも十分適当になってるしな。


立ち上がり、崖の淵に腰を掛けた。

遥か彼方にある太陽は今正に地平線に沈みゆく所だった。眼下の森林が茜色に染まり、この世のものとは思えない景色を作り出す。日没の光景は地球のものと何も変わりなく、壮大すぎて言葉も出ない。


ふと、この乖離した時間の名前を思い出す。

確か、逢魔時だったか。世界が反転し魔が這い出る時間、現世と常世が繋がりやすくなる時間だったか。だが、真昼間に神隠しにあった俺としては実に信じられん。どうせなら、本当に神様って存在に会ってみたかったぜ。


さて、一通り夕焼けも堪能したし戻るとしよう。

鞄を背負い、15メートルはある崖を飛び下りる。聞き慣れた風切り音が耳朶を震わせるなか、崖にある突起で落下の衝撃を分散させる。その最中、中々スリリングだぜと思える位には余裕があるのに苦笑した。人間の適応力って馬鹿に出来ん。そのまま迫りくる地面を眼で捉え、五点接地で着地し、はいポーズ。うむ百点。今回は鞄を潰さず綺麗に回れたぜ。


ひとしきり頷いていると、突風の様な悪寒が背筋を走った。この感覚はあれだ。命の危険を発する緊急警報。虫の報せ、第六感とも言う原始の本能。考える前に体は横に飛び出している。その直後、白い突風が今居た場所を吹き飛ばしていた。後数瞬気付くのが遅れていたら、俺は間違いなく死んでいた。


体勢を立て直しながら、対象を眼前に収める。その瞬間、意識が空白になった。目の前には白銀の狼。あいつとは似ても似つかないのに、何故俺はあいつの事を思い出したのか。空になった思考は、腰に差してある鎧通しを抜くのすら忘れ、間抜けにもぽつりと一言零すことしか出来なかった。


「シロ」


呟いた瞬間、どっと冷や汗が流れる。

俺は何をやっているのか、命のやり取りをするその最中に、気を抜く等言語道断だろう。隙は一瞬、だが奴にとってその刹那で十分すぎる。鎧通しを抜くが間に合うか。それ以前にこんな化け物相手から生き残れるのか。狼はしなやかな筋肉を撓ませると、再度爆弾の様に向かって………来なかった。


狼はこちら睨み、唸るだけでそれ以上の行動を行わない。どういう事だ。奴は変わらず押し潰す様な強大な殺気を放っている以上殺す気なのは間違いない。だが、それだけだ。もしや狼だから自分の群れの到着を待っているのか。これも違う。此奴ほどの戦闘力があれば、群れを待つ必要はないだろう。じゃあ、なんだ?俺には解らないが怪我でもしてんのか。狼は変わらず、唸るだけで全く要領を得ない。強いて言えば気がぶれ始めている様に見える位か。


ああ、もう。何か、色々面倒くせえ。


「飯食おう」


鎧通しを鞘に納め鞄を下す。

隙だらけの姿に奴は驚いたのか、殺気が若干弱くなった。その、野生の獣にはない理知的な気配から察するに、こいつは頭がいいのだろう。多分。襲って来ないし、俺もこいつを殺せる自信が無いので言葉通りに食事を取る事にした。


襲った存在の目の前で食事、危機管理の欠如と言えばそれまでだが、折角手にした洞穴というプライベートスペースを明け渡すのも嫌だし無闇に戦闘するのも面倒だ。なら、ここは俺のテリトリーというのをはっきりと示した方がいいだろう。


奴に背を向けて、今回の攻防で入れ替わり丁度背後にある俺の洞穴を漁る。

予想通り奴が居座ってたんだろう、多少荒れているのが目に残るが問題ない。何か壊されて困る物が置いている訳でもないしな。洞穴から焚火する様に保管してある枯れ木を取ると、奴の前でせっせと組み上げ、鞄に入れてあるライターで着火。後はこれまた鞄に入れていた兎肉を万能ナイフに刺し、火であぶるだけだ。ふふ、俺の手際も良くなったもんだぜ。


「旨い」


兎のレア肉を頬張ると、自然に口角が上がる。

基本的にここでの娯楽は食事だけなので、この食事の瞬間は幸福と言う他ない。ふと、前を見ると、今まで必死に唸っていた奴が、物欲しそうにこっちを見ている事に気付いた。もしや腹が減っているのか。


枝に刺し同時進行で焼いていた肉を取り、ぶらぶらと奴の眼に付くように揺らしてみる。肉の揺れに合せ奴の顔も揺れた。おもしろい、当然俺はその肉を奴に上げる事はせずに、そのまま自分に口に持って行く。もぐもぐ、ごっくん。そして、にやり。奴の殺気が激しくなった気がするが、んなもん知らん。危うくあいつの腹の中に入りかけた身としては、当然だろう。悔しげに震える奴が実に可笑しい。もっとやってやろう。


んで、十分後。

罪悪感で折角の肉の味が解らなくなっている俺が居た。確かにからかったのは認める。久しぶりの知能ある存在との交流が予想以上に楽しかったのを認める。だから、まあやりすぎたのも認めよう。


しかし、

狼のくせにそんな可愛らしく寂しげに上目使いをする奴があるかあぁぁ!!!


やばい、何がやばいって、ここで肉をやったら絶対後々面倒な事に巻き込まれる気がする。だが、こんな悲しげにキューンとか鳴いている存在を無視できるのか。


考えろ、考えるんだ俺。奴はチワワの様な小動物ではないのだ。全長は2m近くで肩高は1m位あんだぞ。それに、奴はさっきまで殺気全開だったろうが。それが、それが、こんな上目づかいでキューンと泣いているだけで、騙されるかあぁあ!!


「……食うか?」


何言ってんの!?何言ってんだ、俺!!

ああ、だが手が勝手に勝手に動いている。嬉しそうに眼を輝やせている奴に焼けた肉を投げている俺がいる。もう、駄目だ。何か凄い勢いで尻尾を振ってる奴を見ると、いいやと思ってんだもん。

がうと吼える奴を見ると何だか和んでるもん。くっ、俺の馬鹿野郎。


結局、俺は奴の為に保存用の肉まで焼くは、あまつさえ湖まで水をペットボトルに何度も汲みに行っていた。もう、俺って本当に駄目だ。



ぱちぱちと火が鳴る音がし、焚火の奥、薄闇に白銀の巨狼が浮かぶように座っている。

あの後、食事も終わり夜のトレーニングをしている最中もこいつは此処を離れなかった。あの時の食事中の反応が嘘の様にこいつは既に警戒状態に入っている。それなのに何故か居なくならない。


俺が危害を加えなないし、飯を与えてくれる便利な奴とこいつは認識したのだろうか、今一よく解らん。少なくとも、こいつは俺をもう襲ったりはしないと思う。というか、襲われたら洒落にならん。これで襲われたら、貢ぐだけ貢いだ馬鹿な男を全く変わりは無い。それが死因としたら流石の俺も恥ずかしい。


まあ、いいや。

いい加減眠くなってきたのでもう寝よう。火に砂をかけ消火すると、明かりは夜空の星だけになる。自然に溢れたここは、その満点の星空だけで夜にしては結構明るい。森に入ると、真っ暗だけどな。


洞穴から動物の毛皮を取り出し地面にひく。

何時もは洞穴で寝ているが、流石に今日は寝れない。洞穴で寝てこいつに襲撃されたら間違いなく命はない。まあ、洞穴でないだけで、目の前で寝ようとする俺も大概だけどな。鎧通しを手にして俺は横になる。


暗闇の中、見るとこいつも寝ていた。

全く、こいつは良く解らん。解らんが、もし朝起きて、こいつがまだ此処に居たらきっと長い付き合いになるだろう。


そんな、確信に近い予感を覚えながら、俺は意識を手放した。

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