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狼浪奇譚  作者: ただ
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エレント9 / サイクル

冒険者。

未開の地を踏破する者。未知の存在を探査する者。入手困難な素材を得る者。危険な道程を走破する者。脅威と見なされた存在を狩る者。等一言で冒険者と言えども多数の役割があるが、相通ずる事は一つ。即ち険しきを冒す者という事だ。


冒険者協会が定める冒険者のランクは以下の十通りである。

特級冒険者。一級冒険者。準一級冒険者。二級冒険者。準二級冒険者。三級冒険者。準三級冒険者。四級冒険者。準四級冒険者。五級冒険者。


この十通りに加え、その技能に特化した能力を持つ者は特化免状が交付される。セーミアさんがこれに当たり。準三級冒険者だが探索特化免状持ちと。三級冒険者以上の依頼は勿論受注出来ないが、探索関連の依頼なら状況次第で許可が降りる。


それで、冒険者ランクの比較なのだが、


特級冒険者:現在、世界に四人しか登録されていない伝説的存在。

ウインドマスターことシルフィーアさんがこれに当たる。


一級冒険者:一騎当千の実力を持ち、冒険者として高いスキル持つ者が登録される。多分、日本や中国で例えるなら上泉秀綱さんや関羽さん等がこれに当たる。


準一級冒険者:同上。世界ランク二十位~三十位の存在が連なる。


後は順番に格が落ちていき、最下位の五級冒険者は冒学あがりの存在になる。上記した通り一口に冒険者と言っても、様々な種類が存在する。例えば、探索に特化した者。傭兵として戦場に赴く者。危険な場所を踏破し貴重な素材を入手する者。魔獣やモンスターを狩る者。等だ。


俺の知り合いで例を挙げるなら、探索特化免状持ちのセーミアさんは探索者。素材をゲットするのはクロスさん。モンスター狩りはセリシアさん。傭兵はディートリヒのおっさんである。無論、上の階級にいけば全て出来て当然になるが、下の階級はそれぞれの特技を活かして依頼をこなしているとの事。


依頼に関しては、個人・企業・町・国、等千差万別で自分に等級に合った依頼を受注し、達成することにより報酬が受け取れる。等級を上げる資格を得て試験に受かれば等級が上がると。無論、失敗すれば場合によっては等級も下がるし、失敗金というか違約金払わなければいけないとの事だ。


まあ、冒険者協会に所属する冒険者に関する規定は大体こんなとこで、他にも傭兵ギルドや狩猟ギルドなどがあるらしいが、協会は間違いなく世界有数のギルドらしい。


で、改めてこの世界の技術についてだが。

インターネットは無いが、イントラネットは有る。TVや電話もあるが、放送は町単位で国や世界をカバー出来る程の広範囲には適用出来ていない。また車や飛行機も同じくあるが、一般家庭にまで普及していない。という地球で言う産業革命と昭和時代が組み合わさった感じである。


先ず、インターネットは無いがイントラネットは有るという事だが、この世界は電波自体は発見され、魔力を含め活用されてるみたいなのだが、如何せん魔力という力が厄介だ。個人個人の魔力や魔術だったりが電波を妨げるらしく、安定した供給は難しいとの事。


故に有線で繋ぐか強い送受信設備が必要で、コストの関係上イントラネットが精一杯らしい。ただ、例外として、その強い送受信設備が双方で繋がっている場所同士だったり近場ならば交信可能らしい。


例を言えば、各町にある冒険者協会支部同士なら電報の様な短い文は送れる。


四級ソウマ・イズミ

四級配達 エレント→フォルン


みたいな。これが前者で、後者は最初協会を訪れた時にセーミアさんから紹介して貰ったホテルが近場でありかつ協会と提携していいたから交信できたと。ちなみに、遠距離になると近場の町に先ず飛ばし、そこからまた近場の町へという伝言ゲーム方式で送られるようだ。


それを踏まえ、基本的に安定供給が出来ない環境で貴重なデータを送受信するかと言えば、無論しない。だから、貴重文書や個人的な手紙は基本的に人や教育された動物の配達がメインになるので、町から町など離れた場所に送る依頼も当然ある。


そういう事で、TVは電波関係が未発達である以上、地中に埋め込まれているケーブルが繋がっている場所は例外として、安ければ映像や音が途切れたりするのが当たり前だそうだ。


電話に関しては同じでケーブルが通っている一等地を除けば、強力な送受信機が置いてある所なら交信可能で、大体の人達は伝書鳩か受信範囲の狭いトランシーバー型魔具を使うらしい。


それで、最後に車や飛行機なのだが、おそらく石油精製技術は発達しておらず魔力で賄うにしてもコストが掛りすぎると。なので貴賓、一般含め、普通は移動用の巨大なドラゴンや馬が主らしい。


実際問題として、道は車を通すにしては悪路が多く、整備してもモンスターに壊されるのでそこまで車の重要性が無いのだろう。飛行機に関してもプテラノドンみたいなモンスターがいれば、そりゃあ危険だ。バードストライクどころの話では無い。バードアタックで墜落である。


こんな感じで魔力とモンスターがこの世界の化学の発達を遅らせているのだろう。実際、町から外に出たらジュラッシクワールド。グレートグリーンからエレントに来る途中にも普通に居たし、まあ、安全とは程遠いわな。


それで、ここまで長々と話して来た訳は単純である。

現在進行形で配達依頼と採取依頼をこなしているからだ。


眼前には五匹の小型の恐竜っぽい動物。

T-REXを人間大にした存在はその名もミニレックス。名前は可愛いがギザギザの刃を噛み鳴らし、威嚇の鳴き声を上げるのを見ると全く可愛くない。が、その牙と爪はそこそこ優秀な素材として初級冒険者の中では貴重な収入源である。まあ、油断すると普通に食われるが、ホント俺の人生何処で間違った。ほろりと涙を流し、吶喊する。循気に加え一言だけ詠唱を呟きながら。


「サイクル・Wi」


踏込み、風の魔力を纏った風薙ぎで正面の一匹の首を切断する。

ギャギと悲鳴と血液が飛び出すと同時、左右から巨大な咢が迫った。左手で正面のレックスの向きを変え、右手に持った風薙ぎを右のレックスの顎下から突き刺し、左足で左のレックスの顎を同じ様に蹴り上げる。


「サイクル・T」


呟き、風の特性から雷へと変換。

絶命した一匹から風薙ぎを抜きつつ、左手で体勢の崩れたレックスに雷の魔力を纏わせた掌底を胸元に穿った。狙い通り心臓にショックを受けたレックスはどすんとその巨体を地面に倒す。


残りは二匹。

およそ15m離れた位置から一息で肉薄する一匹の首をすれ違いざまに斬り抜き、恐怖による硬直か、静止したレックスに左の手甲からワイヤーアンカーを射出した。


「サイクル・F」


文字通り弾丸染みた一撃はレックスの胸元に突き刺さり、そのままワイヤーを戻す力と火の特性を用いた筋力で思いっきり引っ張り上げた。ゆうに100kgを超えるレックスの身体は容易く浮き上がり、そこはもう俺の間合いだ。


レックスの悲鳴染みた鳴き声を無視して、火の特性を現状最大限に活かした渾身の蹴りを頭部に振るう。ごきりと命を奪った確かな感触が伝わりレックスはその身体を沈めた。残心を取り奪った命に黙礼する。と、背後からヒメの気配が近づいて来た。


「魔力特性に関しては慣れて来たようじゃな」

「ま、流石に全属性はまだだけどな」


鎧通しに風を纏わせ一振りし、鞘に戻す。


「ほんじゃ、採取するから結界と連絡よろしく」

「しょうがないの」


ヒメは面倒くさそうに呪文を唱えると五匹のレックスを囲う様に簡易結界を張った。音、臭い、衝撃を遮断する結界は白銀の透明の箱に見える。これで血の匂いで変に動物達が集まって来ることはないだろう。


俺はヒップバッグ型の収納魔具から採取セットを取り出す。

採取セットはデカい十特ナイフみたいなもので、ナイフ・鋸・ニードル・ペンチなどが一体になったものだ。採取方法は協会の受講室でセーミアさんに習い、グレートグリーンでの解体経験とヒメの知識の恩恵もあり、今では特殊な採取以外は大体こなせるようになった。レックスの前で屈み、一度黙祷すると、簡単な魔術を用いてレックスの解体を開始した。


レックスから採取した爪や牙などを袋に纏めて収納魔具に収める。

ヒメはというと、俺が捌いたレックスの肉を鍋で煮込んでいた。レックスの肉は筋張っていて堅いが、それでも慣れれば十分旨い。調味料も買っているので、昔に比べれば食の改善は著しい。


視線をレックスに戻し意識を集中する。

魔術を用い、レックス達の遺骸を埋めるのだ。手を地面につき言葉を発した。


「サイクル・E」


起動呪文であるオリジナルスペルを唱え、魔力を土に変換する。次いで詠唱を開始した。


「土行。在処から彼方まで、柔らかく軟らかく、包み抱き、鎮めろ」


言葉に魔力を通わせ、地面に浸透させる。

レックス達を囲う様に地面半径五メートル程に意識・魔力が通ったと確信した時、最後に決めを放つ。


「アースクェイク」


土属性の基本魔術の一つが発動する。

大地が沼の様に液体と化し、レックス達を飲み込んでいく。その光景は嫌でも底なし沼を連想させた。やがて、レックス達が見えなくなり此処に埋葬が完了する。とはいえ、俺の拙い魔術じゃそこまで深くないので、俺達が去った後には血と肉の臭いで獣が掘り起こすのが目に見えている。


だから、この行為は単純に自己満足に過ぎない。

ぽけっと空を見上げると、ヒメから声を掛けられた。


「草麻。朝食の準備が出来たぞ」

「おう」


応え、ヒメの前に移動する。

何はともあれ飯だ。



「しかし、草麻よ。お主は相変らず魔術があれじゃな」


食事中、ヒメが思い出した様に呟いた。

鍋に手を伸ばしながら返答する。鍋の中身である味噌が染みた肉は若干臭みはあるが、それでも旨い。


「何だよ」

「いや、下手くそじゃな」


ど真ん中のストレート。

魔術と言った時点で予想はしていたが、それでも優しさが欲しかった。まあ、にやにやと笑わないのでまだいいが。


「本当に草麻は体術は見事でも魔術のほうがのう。残念じゃ」


しみじみと、ヒメは言葉をこぼす。

ヒメは俺に魔術の素養が少ないと知ると、やたらがっかりしていた。どうやら、俺に魔術をみっちりがっつり叩き込みたかったらしい。


「仕方ねえだろ。俺だってショックなんだぞ」


実際、さっき使った初級のアースクェイクでさえ俺は普通の人の倍以上の時間と魔力を消費している。ヒメなら単一の詠唱で呪文すらいらないのにだ。


「お主は魔力を流し通わす事は抜群なんじゃが、放つのがのう」

「言ってる事は判るけどさ、実際良く判らんしなあ」


俺は冒険者登録して直ぐにヒメに魔術を習った。

そりゃあもう、少年の様に心を高鳴らせながら教わったが、俺が使える魔術は子供に負けるものだった。


魔力量自体は三級冒険者並みにあり、セーミアさんと同じ位なのだが、いかんせん技術が伴わない。火属性で同じ量の魔力を使った火球でも、俺は手のひら大クロスさんは直径30㎝大。その上、俺は魔力を増加したら火球パーンてなりそれ以上大きくならなかったが、クロスさんは火炎の業火とか強そうな火球になる。他の属性も全部一緒で、例えるなら一ケタの足し算引き算は出来るが、二桁になると無理。掛け算、割り算、絶対無理と言ったところか。


フルバランスの人達は一般的に魔術素養が高いらしいのに、俺はこの様。無用のフルバランスというのは伊達じゃない。おっさん曰く、魔力の圧縮、循環は上手いが、放出が致命的に下手との事。それだったら、いっそ完全な剣士になるべきで、魔術剣士はちょっとみたいな。ましてや、魔術師は無理じゃね的な感じ。結果、俺はフルバランスの癖に剣士という尚更よく判らんことになった。


なので、魔術は初級だけ習い、今は特性変換に習熟に手を入れている。

ちなみに各属性の特性はこんな感じである。


木属性(Wood):代謝が上昇する。

火属性(Fire):攻撃力が上昇する。

水属性(Water):治癒力が上昇する。

土属性(Earth):耐久力が上昇する。

金属性(Metal):防御力が上昇する。

風属性(Wind):速度が上昇する。

雷属性(Thunder):反射力が上昇する。

空属性(Air):空間把握能力が上昇する。

光属性(Light):火・土・雷・木の特性が少量ながらそれぞれ上昇する。

闇属性(Darkness):水・金・空・風の特性が少量ながらそれぞれ上昇する。


もっと詳細にいうと、

木属性の“代謝”でいえば疲れにくく回復しやすいスタミナ重視で、毒、アルコール等を含めた解毒作用もある。空属性の“空間把握能力”は俯瞰的視野や気配などに敏感になる。また、似たような性質である金と土だが、堅固で硬度が高いのが金、柔軟にタフなのが土となる。攻撃を受けるとして、一発の大砲を受けるなら金だが、連続のマシンガンを耐えるなら土みたいな。また雷と風だが、これも同じ感じだろう。瞬間的な反応性的な迅さなら雷で、持続的な速度なら風となる。


「じゃが、実戦で遠距離が出来んのは痛いの」

「まあな。俺の展開速度じゃ戦いでは使えんしなあ。クロスさんが気を利かせて、手甲にワイヤーアンカーを付けてくれてなければ、遠距離対策はゼロだから本当助かってるよ」


あの飲み会の時にクロスさんは頼んでおいた手甲とサービスで脚絆も持って来てくれていたのだ。その際、俺がヒメとシルフィーアさんの折檻を受け気絶している時に一悶着あったそうで、俺の手甲と脚絆はクロスさん謹製、シルフィーアさんの加工が付いた物となっている。


まあ、加工とはいえ、あくまでもシルフィーアさん曰く雑な所を直しただけらしいので、基本は変わらない。飽く迄も強靭な防具でしかなく、特性も内側に仕込まれた土の魔石に魔力を通すと強くなるだけだ。ただ、ギミックとしてレックスに使った魔力反応式の射程30mの爪付きワイヤーアンカーが左の手甲に埋め込まれている。手甲と脚絆は同じ形状でシンプルかつシャープ。黒く艶があり手甲というよりはアームガードみたいな感じだ。それを道衣の下に付けている。


「全くじゃな。しかし、それだけでは無くもう一つ位は手札が欲しいの。草麻、何か無いのか?」


「あると言えばあるけど、正直微妙だな」


「ほう。まあ良い、言ってみよ?」


「弓なんだけど」


そう弓。循気の練習の一環で、精神鍛錬の為に習ったのだ。循気を使える様になってからも気晴らしに弓を取ることもあった程だ。


「弓とは、お主珍しい技術を会得しとるの」


「やっぱ、弓って珍しいのか?」


「そうじゃな。昔ならいざしらず、基本的に遠距離と言えば魔術、次いで銃じゃ。今時弓を主に使う人間は稀じゃろうな」


「だよな。ていうか、俺の世界だと銃は最強の武器なんだけど、ここはどうなんだ」


「銃か?魔力の無いお主の世界では最強かもしれんが、ここでは数ある武器の一つに過ぎんよ。確かに中距離での速射性は長けておるが、威力が足らん。弾の速度は中々じゃが、鎧には弾かれ、魔力を通した肉体には通らず、一発外せば踏み込まれる。何よりも数に制限があるのが問題じゃ。殺傷力が高ければともかく、低いのでは最強とは言えんよ」


「なるほどね」


銃が最強たる所以は偏に遠い間合いからの認識できない殺傷力だ。だけど、防弾チョッキ全身に着て間合いを潰せる速度を持つ相手では分が悪いだろう。


「でもさ、弾丸に術式を刻むとかして威力を上げた弾ならいけるんじゃねえの」


「確かにそういう手もあるにはある。じゃが、弾丸に刻める術式の量などたかが知れておるし、何より費用が嵩む。その辺は費用と効果の釣り合いじゃが、そこまでして銃を使いたがる奴はそうはおらんよ」


「そうか」


「話は戻るが、お主弓に自信はあるのか?」


「いや、残念ながら無い」


正直、ただの的相手なら中てる自信はある。

だが、俺の弓は飽く迄も精神鍛錬の為で、上手い下手かは二の次だった。だからこそ、俺が覚えたのは弓術ではなく弓道。命を奪う事を前提として覚えていないので、的=命で中てる自信は無い。


「ふむ、ならばこれまで通り鈎鉄線でいくしかないの」

「だな」


そう言って、いきなり始まった俺の遠距離対策は終了した。

パーティーとしては、前衛が俺、後衛はヒメとバランスは取れているのだが、ヒメとしては、何でも出来る従者になって欲しいようだ。よく判らんが。


食事も終わり、朝の鍛錬を開始する。

ヒメは何時も通り狼姿になり、昼寝ならぬ朝寝モードである。


「ヒメ、魔力借りるぞ」


眠たげに毛繕いしているヒメに声を掛ける。

ヒメは視線だけ向けると、口を開いた。


「土と空どっちにするんじゃ?」

「今回は土でよろしく」

「判った」


土属性に変質したヒメの魔力が送られる。

フルバランスと判った今、それぞれの特性を掴むのが課題である以上、それに習熟した者の魔力を感じられるのは貴重だった。ヒメの土属性に合せて自分の魔力を土に変換する。


「サイクル・E」


イメージはギアチェンジ。

循気というクラッチを切っ掛けに一気に特性変換し、雲流によってそれを身体全体に循環させる。重く、イメージ上だが、なった魔力は特性に従い全体的な防御力の向上に繋がる。


おっさんと戦った時にこれを憶えていればと思わなくも無いが、僅か半日足らずで覚えた技術が通用する程甘くは無いだろう。事実、端末だけならともかく全身に循環させるには約二秒。実戦で使うには心許ない数字である。


加えて特性変換しても向上するのは5%+αだ。

不明というガソリンを俺は未だに上手く扱えない。さておき、一回ヒメからの魔力を遮断し、今度は土から風に魔力を変換する。


「サイクル・Wi」


がちんと無理な変換に身体が軋みを上げるが、それを無視して特性変換する。ローギアから一気にバックギアにぶち込む様な暴挙を超え、魔力を風に変える。土と相反する性質を持つ風だからこそ、ここまでの手間が必要になる。実際風と相性の良い雷に変換するのはローからセコに変える様にすこぶる簡単だ。


だから、本来なら相性の良い属性毎に回転させて慣らす方がいいのだろう。しかし、この正反対の属性を自在に操れれば、相性の良い属性ならなおさらスムーズにできる。また、反対の属性だからこそ相手の姿が掴み易いという利点があった。凹という形を見たら凸という形を連想できるようなものだ。


だからこそ、土属性のヒメと風属性のシルフィーアさんからの悪戯を受けていた俺はある意味幸運だろう。さて、気合を入れて練習しますか。


「のう、草麻?」


と、精神を練り上げようとしたらいきなりヒメに声を掛けられた。睡眠を邪魔したらぶっ殺すという思考を持つヒメにしては随分珍しい。


「どうした?」


「お主は魔術を憶えんで良いのか?」


「そりゃあ、上手くなれるなら上手くなりてえよ。けど、どうにも才能がなあ」


いや、本当に。出来る事なら初級以上の魔法をがんがん使える様になりたいところだ。だが、付け焼刃で小手先の技術を得るよりも、基礎を重点的にやったほうが後々良いに決まっている。シルフィーアさんも基礎を怠るなと言っていたらしいからな。


「ていうか、今更どうしたんだよ」

「いや、憶えといた方がやはり便利じゃろう」

「ま、そりゃあな」


確かに結界とかの魔術は便利であはる。

野宿する時とか、戦闘でも重宝するだろう。もし俺が一人ならばもっと焦って魔術を憶えようとしたかもしれない。けど


「じゃったら、今からでも儂が教えてやるぞ。時間は掛るかもしれんが、損はあるまい」


ヒメが此処まで食い下がるとは、ますます珍しい。

とはいえ、俺の答えは決まっている。


「いや、やめとくわ。今はとにかく基礎の特性変換を習熟したいんだ。何でもかんでも直ぐに憶えれる程俺器用じゃねえし」


「………そうか」


明らかに気落ちした声と弱々しい尻尾。

本当、どうしたのか。


「なあヒメ。やっぱ、従者って魔術に長けてないと駄目なのか?」


「いや、そんな事は無いが、の」


「だったらさ、今は我慢してくれよ。何れ俺も魔術を憶えなきゃいけ無い時が絶対に来る。その時深く得る為に基礎を作りたいんだ。それにさ、ヒメがいるからな」


「儂か?」


「ああ。俺達は竜の巣までずっと一緒なんだろ。だから、別に焦る必要は無いと思うんだが」


そう、俺は一人じゃないのだ。

無理して魔術を憶える必要は何処にもない。むしろ、ヒメに出来ない技術を修めるべきだろう。ヒメは俺の考えに納得してくれたのか、尻尾を忙しなく動かし始めた。


「………まあ、お主がそう言うなら仕方あるまい。魔術は次の機会にしてやるわ」


「おう、その時は頼む」


「ふん」


ヒメは楽しげに鼻を鳴らすと、今度こそ睡眠モードに突入した。

いきなり今更な事を言って、勝手に納得したら寝る。本当によく判らん主人だ。だが、そんなよく判らんヒメと半年以上一緒にいて、そこまで不満が無い事こそ良く判らん。そんな、それこそ今更な事を考えた。




場所は移ってエレントの冒険者協会である。

あれから、練習休憩を挟みつつ、丸一日走ってきたのだ。修行といってヒメを背負い、魔力切れするまで走らせ、かつ魔力が切れてからも走らせるヒメはマジで鬼だと思う。


さておき、協会のエントランスを通り抜け、専属カウンターに向かう。その際に向けられるお馴染みとなった敵意ある視線は無視。


さて、普通の受付とは違い半個室になったスペースには、俺達以外の冒険者の姿も見える。その内の一つ空いた一室に座り、机の上に置いてあるタブレットに俺達の専属受付であるセーミアさんあてに到着メッセージを打ちこんだ。一分もしない内に返信メッセージがタブレットに届き、メッセージを開くと直ぐに向かうとの事。


普通の受付と違い専属受付を付けるメリットは、冒険者のマネジメントをしてくれる事にある。一々依頼を探す必要も無く、冒険者の要望に適った依頼を提供し、依頼における雑事を解決してくれるという頼れる存在だ。そんな人物であるセーミアさんは、メッセージ通り三分もしない内に来てくれた。


「おかえりなさい。ソウマさん、ヒメさん」


にこりと柔らかな微笑みを浮かべるセーミアさんに癒されまくりである。魔力切れでフルマラソンした疲れ等、軽く吹き飛んだね。こう、サラリーマンの人が家に帰った時に、奥さんからおかえりなさいと言われる感じだと思う。言ったらヒメに殴られたが。


「ただいまです」

「ただいまじゃ」

「はい。今回も無事で良かったです」

「そりゃあ、もう。セーミアさんを悲しませる事なんて出来ませんからね!」


ぐっとサムズアップした瞬間、ヒメに殴られた。

なんという理不尽。


「セーミア、確認頼む」


ヒメは俺の収納魔具から勝手に配達依頼の書類と採取した素材の袋を取り出し、机に置いた。


「はい、お預かりします。確認するんで少し待って下さいね」


セーミアさんは書類を受け取ると、バーコードリーダみたいな照合魔具に合せタブレットに打ちこみ、素材も同じようにタブレットに打ちこんでいく。鑑定する時の理知的な瞳が何ともカッコいい。やがて、確認が終わったのだろう、セーミアさんは顔を上げるとにこりと微笑んでくれた。


「はい、確認が取れました。今回もお疲れ様でした」


達成感が身を包む。

やりがいがある仕事っていいなと思える瞬間である。まあ、バイトならあるが厳密に働いた事は無いのだが。


「それで報酬はどうしましょうか?何時も道理口座に振り込みますか」


セーミアさんが言った口座というのは、冒険者協会独自の銀行みたいなものだ。町毎でのイントラネットで管理されていて、今回で言えばおそらくフォルンの町で受注した採取依頼の報酬は既に俺の口座に振り込まれているだろう。


四級位なら電報染みたメールでOKだが、一級や準一級などの報酬などは文書での証明書が必要らしく、その日に卸せる金額や残高確認なども規定で決まっている。まあ、依頼報酬一千万円直ぐに渡して、実はその依頼失敗してましたみたいな事があっても困るわな。


ちなみに今の俺達の残高は武具やアパート代等もあり、依頼をこなしているが、53万ギル。今回の配達で58万ギルになる予定だ。俺の主人であり金庫番のヒメは珍しく口座に預けなかった。


「いや、今回は全額手渡しで良い」

「判りました。それでは、少々お待ちください」


セーミアさんは席を立つと、依頼金を取りに行く。

一分もせずに戻ってくると、確認してくださいとヒメに現金入り封筒を手渡した。ヒメは確かにと依頼金である五万ギルを財布に入れる。


「でも、珍しいですね。買い物にでも行くんですか?」


「うむ。貯蓄もある程度出来て、今後の見通しが立ったからの。いい加減儂も服が欲しいし、従者の見栄えも良くせんといかんらからの」


「そうですか。じゃあ、折角ですし美容院にでも行きます?私が通ってるところでよければ、ご紹介しますよ」


「ふむ、そうじゃな。頼もうかの」


「判りました。紹介券あるんで持ってきますね」


楽しそうに言ってセーミアさんは再び席を離れる。

その瞬間、また視線が飛んできた。殆どがやっかみの視線だが、確かに向ける理由も判る。そりゃあ、新人冒険者がいきなり狂戦士の推薦を受け、クロスブランドの武具を装備し、人気受付を専属とするなんて傍から見たらおかしいわな。


けど、ヒメが亜人というのも理由の一にあるらしいが、それに関しては俺には判らん。人だろうが違う種族だろうが、似たような外見であり意志疎通が出来て会話出来れば、肌の色が違う位の差だろうに。優劣とか馬鹿らしいと思う。その事についてヒメは気にせんと言っているし、これで問題が起こる方が馬鹿らしいと言っているので、俺は何も出来ん。せいぜい、こっちもガン付けるだけである。


しかしだ、今日は敵意の視線がやけにきつい。複数というよりも個人の視線っぽいが、判らん。まあ、けど、この視線も懐かしいもんだ。あっちじゃ兄貴のせいで常にこんな感じだったからなあ。


「何を呆けておるんじゃ」

「いや、ちょっと昔を思い出してな」


普通に返したつもりが、何故かヒメの声が尖がった。


「お主、恋人でもおったのか?」

「いや、居る訳無えけど、いきなりどうしんだ?」

「ふん、なんでもないわ。それよりも昔とはどういう事じゃ」


一転、柔らかな声色のヒメの問いに一瞬悩むが、別にいいかと思い結局そのまま答える。


「俺に兄貴が居るって話はしたよな」


うむと頷くヒメにそのまま話す。


「兄貴は本当に凄い奴でな、昔から比べられまくったんだよ。天才と凡才ってな。兄貴の出涸らしってよく言われたよ」


「じゃが、お主にも戦闘技術という特技があるではないか。兄もその道だったのか?」


「いんや、全然違う。兄貴は格闘なんて関係ないメジャースポーツでのヒーローだったよ。正直、単純な殴り合いなら俺が勝つけどさ、平和な世界で力を誇示しても空しいだけだろ。それに兄貴の凄さはそんなもんじゃないしな」


不意に思う。

俺の人生の重みであり目標だった人物。太陽の様な明るさと暖かさを持ち、味方どころか敵すらも鼓舞する雰囲気を持つ男。俺はその男の陰にすらなれなかった。本当、日本中の期待を背負ったライジング・サンは今頃どうしているのか。不満気なヒメに苦笑しつつも説明を続けた。俺の兄貴の話を。


「何て言うかな。カリスマとか華とかオーラとか、言葉は一杯あるんだけどさ、不思議とこいつならと思わせる雰囲気を持ってるんだよ。実際、有言実行を地で行くし、負けても格好良いみたいな。気付いたら周囲は兄貴に巻き込まれてるし、それが心地良いと思って兄貴に手を貸すしさ。女誑しならぬ人誑しって言われてたよ」


まあ、そんな人だったから弟の俺に掛る嫉妬は多かった。

俺に話掛けているようで、その眼は兄貴しか映してないミーハーな人、格闘技を習っているだけで何であんな暴力的な奴がと罵る人、兄は簡単に出来たと余分な重圧を掛ける人、何故兄と同じ道を進まないのかと個人のエゴを押し付ける人。今更ながら色んな視線を感じたものだ。


まあ、俺自身が兄貴の邪魔をしてはいかんと、不必要に喋らなかったし、そもそも静流との練習で学校自体あんまり行ってなかったからなあ。進学校に通ってたくせにな。もし、俺が違う選択をしていたらと考える事もあるが、それこそ今更だ。


俺の冗長な話が詰まらないのか、再びムスッとしたヒメが口を開こうとした時、セーミアさんが戻って来た。


「お待たせしました。電話したら丁度空いてましたんで、ヒメさんとソウマさんの予約いれときました。早速行きましょうか」


「待て、セーミア。勝手に予約を入れたのはまあ良いが、お主何処に行く気じゃ」


「何を言ってるんですか。私の紹介なんですから私も一緒に行くに決まってるじゃないですか。丁度私も服欲しかったんですよね」


「おい、仕事はどうした」


「やですねえ。ヒメさん達が来る時間は大体予想していたので、もう終わらせてますよ。何せ、私はソウマさんの先生でもあるんですよ。探索教導の予約も取れましたし、買い物の後はみっちり指導です」


にっこりとセーミアさんは笑った。

その柔らかで綿菓子の様な甘い笑みに何度やられたことか。この笑みを出したセーミアさんはマジで強い、ヒメもそれを判っているので、ぐぐと歯噛みしているだけだ。俺はというと前金としてこの笑顔を見れるんだから後の事は仕方ないと諦めている。もうあれだ。騙されてもいいよね。


「それとも、あれですか。ヒメさんはやっぱりソウマさんと二人でデートしたかったんですか?」


「ふん、そんな訳あるか。ただ気になっただけじゃ」


「そうですか。じゃあ、話も纏まった事ですしご案内しますよ」


言って、スタスタと先導するセーミアさん。

離職手続きも滞り無く進み、短い期間ながら俺達の専属受付になってくれたから出来る身軽さもあるだろうが、相変らずペース握られっぱなしである。マジで凄い。


それで、さくっと散髪しました。

美容院の描写なんて、美容師が男の時点でカット。勿論、女の人も居たが、予約を取れたのが男だけだったらしい。またその男が女受けしそうな二枚目で腕は確かな奴であり、場所は電話が繋がっている様な所である。場違い感が半端無かったので、おそらく二度とはいくまい。少なくとも奴では予約を入れん。


ともかく、約半年間風薙ぎで適当に切っていた俺の髪は微妙に長く、色んな髪型に挑戦できたので、ヒメとセーミアさんの注文が細かく入った。結局あーだこーだの末、トップのボリュームを残しつつ、サイドを短めにして、緩いオールバック風に……みたいな感じになった。


うん、なんじゃそりゃだな。

ただ短髪で軽いのは助かる。ばっさりいった俺に対してヒメは梳いただけで、むしろトリートメントに手間を掛けていた。終わった後の触ってびっくりのサラサラ感。シルクの様な手触りってマジなんだなと楽しんでいたらヒメに殴られたが、これは甘んじて受けた。


さておき、次は買い物である。

エレントにあるショッピングモールまで足を伸ばし、様々な服を見て回る。これでヒメが居なければセーミアさんとデートだ、ヒャッホーなんだが。出来る訳が無い。此処に到着するまでに何度ヒメの魔術である衝撃波を受けた事か。


そんなヒメだが、店に到着すると何のかんの言いつつ楽しそうにセーミアさんと会話し、たまに店員さんに聞いてみたりと、完全に買い物を満喫している。お蔭で俺は居た堪れない事甚だしい。女物の服屋で置いてけぼりにされた男、もう、やんなるね。


まあ、美女と美少女がキャッキャッしてるのは眼福といえば眼福だけどな。でも偶に聞こえてくる店員さんの売り文句で、これだけ薄いのに防刃・防魔性能もあるんですよ。なんて聞こえてくるのが残念すぎる。女物の服買いに来て防刃て、あんた。しかも、セーミアさんとヒメは真面目に頷きどれ程のなんて聞き返してるし。


ここお洒落なブティックの筈なのになあ。

とはいえ、俺の服というか道衣も修復機能の外に実は風薙ぎには数段劣るが同じ特性付与が付き、気持ち程度の防刃・防弾・防魔機能が何時の間にか加えられてたけどさ。


おかげで下手な防具より優れている道衣は俺の普段着兼戦闘着に落ち着いた。そのせいで俺が買った服はパジャマを除けば、インナーと下着、ついでに戦闘靴のみ。冒険者の初期装備に掛ける費用としては大分格安である。


とまあ、そんな感じでぼけぼけっと現実逃避を実行中。流石に女ものの服屋ではしゃげません。そんで結局二時間近く待ち惚け。こっそりひっそり循気の練習してなきゃ、間がもたなかったぜ。


そんで、さくさくっと買い物イベントを終わらせ戻ってきました冒険者協会。探索教導の予約時間が迫っているのだ。途中家に寄って荷物を置き、ヒメの新しい服への着替えイベントもあったが、それはそれである。ヒメが後十年近く成長した姿だったらなあと心底思いました。


ともかく、新しい服にご満悦なヒメと一緒に、予約が入った探索練習場の受付に行っているセーミアさんを待つ。


協会に併設された探索の実地練習場である此処は、迷宮や遺跡に他探索に関連する技能を学ぶ事が出来る。基本的に予約制であり、お金を払って常駐している講師に教えて貰うのが普通だ。そこで様々な知識・技能を学び合格を貰う事で、冒険者の級が上がる目安となる。自動車学校ならぬ探索学校みたいなもんだ。


で、俺はというと講師は常駐している人では無く、探索特化免状を改めて取得したセーミアさんが講師である。実際、俺みたいに知り合いや師に場所だけ借りて教えて貰う事は少なくないらしいのだが、それが特化免状持ちというのは豪華なことらしい。自動車学校で例えるなら、常駐講師が普通の先生、特化免状持ちはプロドライバーみたいな。


なので、仮に特化免状持ちが教える場合は予約抽選になる事が多く、それが専属的な講師というのは垂涎もいいところ。此処に来る度に他の冒険者からの視線がきついのは、まあ仕方ないことだ。


「それじゃあ、ソウマさん。行きますよ」

「うっす」


受付を終えたセーミアさんに従う形で扉を潜る。

その際、壁際に佇む男から一際鋭い視線が送られたが、俺は何時もの事だと軽く流した。


だが、やはり俺は気付いて居なかったのだ。

自分がどれだけ恵まれた環境にいるのか、そして、それがどういう結果を生むのか考えが及ばなかった。薄闇で生きてきて、それに納得している俺に判る筈が無かったのだ。

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