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狼浪奇譚  作者: ただ
22/47

エレント6 / 乾杯

喫茶店のドアを開けたら狂戦士が見えた。

1.戦う

2.話しかける

3.逃げる

A.4.見なかった事にする。


喫茶店のドアを静かに閉め、額を拭う。

次いで、店を間違えたかと目を解すと周囲を観察した。眼前には洒落た木製のドア、その脇には本日のおススメと書かれたメニューボードが置いてある。今日は苺のタルトか。刺身の付け合せとかじゃないんだな。納得いかんと天井を眺めていると、ヒメに背中を押された。


「どうしんたんじゃ。早く入るぞ」


いや、駄目です。


「ヒメ、今日貸切りらしいから待合室行くか」


こんな異界に入る訳にはいきません。

ソーヤさんとの一時はまた今度でいいです。というか、既婚者だからなあ。うむと納得するとヒメの手を掴んで踵を返す。一秒でも早く抜け出したいのだ。今が二十時過ぎで、どうせ閉店まであと一時間弱、別に喫茶店にこだわる必要はない。


「ちょ、草麻。いきなりどうしたんじゃ」

「いや、貸切りの席に他人が入っちゃまずいだろ」


そう、拙いんです。

穏やかな喫茶店に狂戦士とか、もう貸切りだよ。


「じゃが、ドアにはOPENと書かれておるぞ」

「それは関係者だけだ」

「メニューボードは?」

「初見の関係者に対する気遣いだよ」

「ドアを開けて早く入れとサインしとる女は?」

「美人マスター、シン・ソーヤさんだ」


え、マジでか。

振り向くと嫋やかな美人がドアを背に立っていた。


「入るんなら早く入れ」

「はい」


最近立場弱いなあ。




「お前ら、何やってたんだ」

四人掛けのテーブルに座り、眼前にはディートリヒのおっさん。

鎧こそ来ていないが、喫茶店においてその重厚感はミスマッチも甚だしい。


「それは、俺のセリフだ。何でおっさんが此処にいるんだよ」


「おいおい、俺だって喫茶店で茶くらい飲むぜ。ましてやシンみたいな良い女がいれば、常連にだってなるさ」


「違うわ!!」


「あん、何がだ?」


俺の言葉に怪訝とするおっさん。まじで、頭わるいわあ。


「俺が言いたいのはなあ。推薦状を送った奴と昨日今日で再会したら駄目という事だ!」


「お前、頭大丈夫か?」


「普通はこう俺が強くなってから再会し、俺の屍を超えていけみたいなドラマが必要な訳だよ。それを、お前。気付いて翌日に喫茶店でって、ないわあ」


やれやれと首を振る。

これだから情緒の判らん大人は駄目なんだよ。おっさんは眉間に皺を寄せるとヒメに視線を向けた。


「嬢ちゃん。お前の従者殴りすぎた、すまん」


「気にするでない。草麻のバカさ加減は元からじゃ。今更どれだけ殴ろうとも変わらんよ」


失礼な。


「聞けよ!ていうか、おっさんは推薦状を書いてから旅立ったんじゃねえの?」


「いや、意味がわからねえ。俺はもともとエレントを拠点にしてる冒険者だぞ。それで何でお前に推薦状を書いたら旅立つ必要があるんだ?」


「物語のドラマが必要だろうがよお」


「知らねえよ」


呆れた様に零すが大事な事だぞ。

がくりと机に突っ伏し、カウンターで注文を作るソーヤさんに視線を向けた。もう、こんな馬鹿オヤジを相手にしても意味ねえよ。それよりも癒しの方が大切だよ。ソーヤさんは注文分の苺のタルト二つとナッツ、紅茶・コーヒー・ビールをトレンチに乗せると、カウンターから出て机に置いて行く。


カップの水面に揺れが殆ど無いのは流石である。

ていうか、ビールなんてメニューにあったか?その上、ヒメの視線がおっさんに流れた気がするが、何で今頃だ。まあ、いいか。それよりも気になる事がある。机に伏せた頭を動かし、おっさんに言う。


「ていうか、ソーヤさんは既婚者だろうが」


「関係ねえだろ、そんなもん。一生付き合う訳でも無し、一晩や二晩くらい浮気に入らねえよ」


ビールを美味そうに飲みながら、おっさんは言った。

流石は準二級冒険者。言う事が違う。伏せた体を瞬時に起き上がらせ、おっさんに問う。


「マジでか!じゃあ、俺もOKかな」

「いや、お前じゃ無理だ」

「何でよ。やっぱあれか、渋さが足りねえのか?」

「いやもっと根本的なとこだ」

「顔か?」


おっさんはムカつく事に顔は良い。

何つうかバーで一人飲んでたら、あらお一人とか逆ナンされてそうなイメージがある。だが、おっさんは首を振ると呆れた様に言った。


「それもあるが、技術が足りねえだろうよ。連れ添うならともかく一晩の相手でテクが無いとがっかりされるぜ」


「おっさん。この後暇か?いい店ある?」


ようしようし。

テンション上がって来たぜ。俺、強くなってシンさんに告白するんだ。そんな決意を高めた瞬間、ぶん殴られた。ちょうぶん殴られた。椅子から吹っ飛び見上げるとヒメの髪が逆立っていた。マジ切れ五秒前だった。


「草麻。主人の前で言う様になったのう」


「いやいや重要なことだぞ。ベッドの上で溜息吐かれたら間違いなくどヘコむから。立ち直れないから」


うんうんとおっさんも頷く。

俺も若い頃はなんて言いだしそうである。まあ、それは置いといて俺の正論にヒメはこきりと拳を鳴らした。あらあ、拙い。そんな、激発寸前のヒメにカウンターから声がかかる。


「暴れるんなら外でやれ。後、私は夫一筋だ。それと、イズミの言っている事は判らないが、ベクターが旅立つのには賛成だ」


決して大きい声では無いが、良く通る声だ。

ヒメはふんと鼻を鳴らすと矛を収めてくれた様でタルトに視線を戻した。ヒメの事だからまあ大丈夫だろう。しかし、ソーヤさんてなかなか辛辣である。俺にも言って欲しい。そんなソーヤさんの言葉に、おっさんは大袈裟な手振りでソーヤさんに返した。


「常連客に向かって酷い言い草だな」


「遅い時間ではあるが、お前しか居なかった店内の原因を教えてくれるかい。イズミ達が来るまで三回程、扉は空くが直ぐに閉まった理由もね。後、私の店で酒を頼むな」


「そりゃあ、お前の仏頂面が原因で理由だろうよ。後、酒はお前の旦那に言ってくれ」


「そうかい。てっきりどこぞの馬鹿馬鹿しい戦闘狂のせいだと思っていたよ。テイルには言っても無駄だ」


バチバチとおっさんとソーヤさんとの間で火花が散る。

ソーヤさんは結構マジっぽいがおっさんは悠々としている。これが、年の功なのか。近寄るのは危険そうなので、とりあえず主人の機嫌でも見るか。


「しかし、美味いなこれ」

「そうじゃな。紅茶も美味いし言う事なしじゃ」


多少、むすりとした声だが何処となく声色が軽い。

機嫌は粗方直ったとみてよさそうだ。沸点は低いが後腐れしないところは、ヒメの長所ではなかろうか。それにしても、楽しそうに頬張る姿は、本当に可愛いご令嬢なんだけどなあ。


「何じゃ、草麻。儂の顔に何かついておるか」

「ああ、クリームべっとり」

「早く言わんか!」


ごしごしと紙ナプキンで口元拭うヒメ。

が、勿論そこには何も付いていない。ヒメが顔を上げる瞬間に合わせてにやりと笑った。


「嘘だ」

「バカ者!」

「いてえ」


脇腹に来る衝撃も慣れたなあ。

ヒメの肘は痛いのは痛いんだけど、こう来ないと物足りないみたいな。Mでは無い筈だかなあ。痛む脇腹をさすっていると、ソーヤさんとの言い合いを終えたおっさんが、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。年を考えろと言いたい。


「何だよおっさん。気持ちわりいな」

「お前ら仲良いなあと思ってな」


このおっさんは、いきなり何を言いだすのか。

というかヒメは何で鳩が豆鉄砲を喰らった顔しているのか。


「おっさん、わりい殴りすぎたな」

「なあに、蚊に刺された程度の痛みだ。気にもならねえよ」


く、なんたる余裕。

だが、突っ込んだら命の危機である以上我慢するしかない。


「なに、狼の亜人を主人にしているだけあって、可笑しな奴と思っただけだ」

「親友の頼みを聞いただけだ、そんな可笑しくはねえだろう」

「親友ねえ」


おっさんは俺からヒメに視線を移すと、また笑った。

何か苦笑している様な雰囲気だった。


「親友というより、恋人に見えるけどな」


言って、ぐいっとビールをあおる。

やっぱ凄い美味そうだ。後で、俺も絶対頼もう。


「馬鹿者!いきなり何を言うんじゃ!」

「何って、おやじの戯言だ」


ジョッキの奥から楽しげな声。

ヒメは何時もの威勢はどうしたのか、返答に窮している。横目で俺を見るが判りません。


「恋人つうか良いとこ兄妹だろうよ」


うん。ヒメと恋人。無いわあ。

まあ、ヒメに恋人がいるようだったら、俺の屍を超えていけ位やりたいがなあ。紅茶を飲み終わった事だし、俺もビールでも頼もうかとヒメのカップを見ると彼女は笑っていた。えらい、昏く。


「ふうん。そうか、姉弟のう」


くくと、嘲笑染みた声を上げると、ヒメはいきなり残っていた紅茶を飲み干した。気品の欠片も無い飲み方は、まんま居酒屋の風情である。昔を思い出すね。


「シン。ビールじゃ!!」


こういう頼み方もしたわ。

ならば、俺も乗るしかあるまい。


「俺もビール!!」

「じゃあ、俺もだ!」


結局皆がビールを頼む事になった。

ていうか、ヒメ。お前最初からビール頼む気だったな。今更ながら、注文が届いた時に視線をおっさんに向けた意味が判った。あれ、ビールにかよ。俺達三人の注文を聞き、ソーヤさんは吸っていた煙草を消すと、叫んだ。


「お前ら居酒屋に行け!!」


ごもっとも。


「だが断ります!!」


おっさんが此処でわざわざ酒を頼む以上、何らかの理由が有る筈。それがソーヤさん目当て一筋ならお手上げだが、俺はそれ以外があると見えた。


「せめて一杯だけでも飲ませて下さい!!」


まじで。

エレントに来て漸くゆっくり出来るのだ。半年振りに美味そうにビール飲む姿を見たら止まれる訳が無い。俺達の勢いに負けたのか、ソーヤさんは、はあと余りにも大きな溜息を吐くと、わかったと苦笑してくれた。


「だが、これで最後だからな」

「了解です」


多分、無理だが。

ソーヤさんはビールを作りにキッチンに消えた。俺達以外客も居ない様なので、空いた食器をカウンターに持って行く。無茶を聞いて貰ってるようなのでこれ位はなあと、思っているとドアが開いた。栗色の髪と優しげな微笑みが魅力的なセーミアさんである。


「ソウマさん。お待たせしました、登録完了です」

「ありがとうございます」


セーミアさんは俺達のテーブルに視線を向け、一瞬思案すると注文を口にした。


「シンさん、私もビールお願いします」


ああとキッチンの方からソーヤさんの声が聞こえた。

若干悔しそうなのは気のせいか。それを確認すると、セーミアさんは躊躇なくおっさんの隣に座る。確かにその席しかないけど、ショックだ。俺も肩を落とし元の席に戻る。セーミアさんは鞄からクレジットカード大のカードを二枚取り出すと、俺とヒメに差しだした。


「それでは、先ずこれが冒険者の仮カードです。本カードは明日のお昼には出来ますので、明日以降一週間以内に協会に取りに来てください」


セーミアさんからカードを受け取る。

表面には四級冒険者、ソウマ・イズミと書かれ俺の写真も記載されていた。まんま運転免許証の様でヒメのカードも似たような物だ。俺達がカードを眺めていると、セーミアさんは鞄からさらに書類袋を取り出し、それも俺に手渡した。


「これが協会が発行する書面や契約書になります。説明はしましたが、一応目は通して下さいね」


「判りました」


書類袋はA4サイズより一回り大きいくらいで、微妙に重いのが文字量を表していた。読むの面倒くせえな。セーミアさんはさらにごそごそと鞄を漁ると、ヒップバッグを取り出す。セーミアさんの鞄は普通のビジネス鞄位の大きさなので、間違いなくあの鞄は魔具だろう。でないと、入らんわ。


「それで、これが冒険者になった方に無料で渡している収納の魔具です。容量は四十リッターと少なめなので、入れ過ぎには注意して下さい」


「あ、ありがとうございます」


流石世界的企業。太っ腹である。

ヒップバッグを受け取り、早速カードと書類袋をバッグに入れて見た。明らかに折り曲げなければ入らなかった書類袋があっさり入る。流石ファンタジー、マジで不思議すぎる。バッグに感心していると、ソーヤさんがビールを持ってきた。


「お待たせ」


四つのジョッキを各々の前に持って行く。

目の前には琥珀色に輝くジョッキ。白い泡が優しく蓋をし、今か今かと飲まれるのを心待ちにしている様だ。


ごくりと喉が鳴る。

こちとら約半年振りの酒。やばい位テンション上がって来た。抑えきらないようにジョッキを握る。セーミアさんが皆に目配せすると、言った。


「それでは、ソウマさんの冒険者登録を祝って乾杯!!」

「乾杯!!」


がつんと四つのグラスが心地よい音を奏でた。

ごくごくと一気にビールを飲む。貫く様な刺激が喉を通り抜け、炭酸に舌がひりひりする。だが、それを無視してむしろ歓迎する様に飲み干していく。うめえ!!だが、楽しい時間というのは早いもので、ビールは直ぐに空になる。ダンダンダンダンと皆が申し合わせた様に、空になったジョッキをテーブルに置いていた。


「ソーヤさん、お代わり!!」

「お前ら馬鹿だろ」

「そう言って準備してくれてるシンさんが素敵ですよ」


セーミアさんが微笑みながら言うと、ソーヤさんはまた大げさに溜息を吐いた。

ソーヤさんはカウンターから出てドアを開けると、直ぐに戻って来た。手にはメニューが書いてあるボードが握られている。つまり、


「今日はもう閉店だ。好きなだけ飲め。というか、飲んでいかないと許さん」

「流石シン!良い女だ!」


おっさんが空になったジョッキを掲げながら言う。

俺とヒメも同じようにジョッキを掲げた。いや、マジでうまいこのビール。炭酸少なめながら、切れ味鋭い味は何杯飲んでも飽きが来ない。この独特の味は日本でお馴染みのラガータイプでは無く、ケルシュかアルトタイプだろう。地ビールでこんな味を飲んだことがある。この若干癖のある味が苦手という人もいるが、俺は気にしない。というか、基本的に全部いける。


「後、シン。肉系で摘まみを頼む」

「はいはい」


ヒメの注文にソーヤさんは疲れた様に返答すると、キッチンに消えて行った。何か悪い事したかなあ。


「ソウ。別に気にしなくていいぜ。お前等が来る前に推薦した奴が来るかもと言っておいたからな。正直、貸切になるのは目に見えていたし、シンもシンで最終的に酒盛りに加わるからな」


ナッツを食いながらおっさんは言う。

その言葉に被せる様にソーヤさんがビールを持ってきた。


「おかしな事を言うな」

「へいへい。今はそういう事にしとくよ」


おっさんの言葉にソーヤさんは舌打ちすると、空ジョッキを持ってキッチンに戻っていく。その後姿を眺めながら、俺は疑問を口にした。


「おっさん、俺らが此処に来るって言ってたか?」


セーミアさんに待つ場所を言われて此処に来たから、偶然といえば偶然なんだが。


「おおかたセーミアが言ったんじゃろ。待合室か女が居る喫茶店、お主ならば間違いなく後者を選ぶからの」


むう。誘導されたか。


「はい、ヒメさん正解です」


「また、面倒な事をしますね。最初から言ってくれれば良いのに」


「このお店でお酒を飲める機会って中々無いんですよ。初めから祝いの席にしようとすれば、違う店に行けと言われお酒を出してくれませんし、だからお腹一杯飲むには、こうやってなし崩しにするしか無かったんですよ」


「ま、そういうこった。俺の最初の一杯だって、一応顔見知りのお前が俺と戦って生き残れた記念みたいなもんだったしな。嬢ちゃんがその後上手い具合に引き継いでくれて助かったぜ」


「なにお主が飲んでおるビールは芳しい香りがしたからの、飲まない訳にはいくまいよ」


「流石は狼、鼻が利くねえ」


言って、さらにジョッキを呷るおっさん。

無駄に似合うのがむかつく。


「他に裏メニューとかあんのか?」

「そうだな。ビールなら、スタウトタイプとシュバルツタイプで、ワインとウィスキー関係もそこそこ揃ってる位か」


「本当に此処は喫茶店か?」


「シンの旦那、テイルの趣味さ。今頃キッチンで摘まみを大量に作ってる筈だ。それが終わりゃあ、勝手に参戦するだろうよ」


「そいつは楽しみだ」


言って、ナッツに手を伸ばした。

隣のヒメはがぶがぶとビールを飲み、朗らかに笑っている。見た目小学生が中ジョッキで呷る姿は違和感があるが、俺も俺だし、今更だろう。


ていうか、ヒメが酒好きというのを初めて知った。

おっさんの言ったビールの種類が、異世界人の俺が知っている言葉に変換された事から、ヒメの知識にビールの種類があった事は間違いない。でないと、その言葉は聞き慣れない言葉として処理されるからな。


しかし、今まで少なくない会話をしてきたが、全てを網羅しているヒメは本当に何者なんかねえ。


「なんじゃ、草麻。やらんぞ」

「けち」


まあ、どうでもいいか。

俺の思考を余所に、ヒメはビールを片手に残りを飲み干していく。ちなみに俺のジョッキは既に空。早く次が欲しいのである。わびしくナッツを食べていると、キッチンのドアが開き、ソーヤさんが顔を出した。手にはトレンチに乗ったビール達と色々な摘まみが乗っている。どれもこれも美味そうだ。


「待たせね」


テーブルの上にさらに酒が並んで行く。

色合いの違うビールを選び、皆が勝手に飲んでいく。早くも四杯目に突入したおっさんは声色高く言った。


「そういえば、ソウ。お前の属性って何だったんだ」


「ああ、フルバランスだった。魔力特性の変換の仕方とか判らねえのに困ったもんだよ」


「へえ。そいつは楽しみだな。どうだ、明日にでも試すか?」


「おっさん、仕事しろ仕事」


「若輩の教育も仕事の内だ」


豪快に笑うおっさんに、ちぇと零す事しか出来ない。

実力が足りてないのは判るが、それでも悔しいもんだ。


「ディートリヒよ。折角じゃ、火の特性変換でもみっちり仕込んでやってくれ」


「そうですね。それじゃあ私は雷と闇と水を教えますよ」


ヒメの言葉にセーミアさんも続いた。

お淑やかだが、ビールの空くスピードが一緒なのがおそろしい。


「マジですかあ。じゃあ、おっさんはいらんわ」


しっしっとおっさんに手を振る。

ごついおっさんと命を懸けての練習よりも、優しげな美女との時間を優先するのはごく当たり前の感情だろう。


「いいのかあ。火属性は覚えておいて損はないぜ」


「おお、おお。というか、セリシアさんも火属性だったよな。むしろセリシアさんに教えて貰うっつうの」


舌を出しておっさんに返答した。

つい出した言葉だが、実際問題良い案に思える。セーミアさんにセリシアさんか、両手に花だな。ぐふと思わず笑みが零れる。その時、狙った様に扉が空いた。


「なんだ。もう始まってるのかい」

「ソウマ君。冒険者登録おめでとう、これから一緒に頑張ろうな」


クロスさんとセリシアさんだった。

セリシアさんは摘まみとウィスキーっぽいボトルを手に、クロスさんは手に袋を持っている。ていうか、このタイミングでくるという事は、


「もう、乾杯しちゃいましたよ」


セーミアさんの仕業だろう。

にこりと笑いながらセーミアさんは立ち上がり、空いたテーブルを俺達のテーブルにくっつけようとする。慌てて、俺も手伝った。


「ありがとうございます」


いえと、応えるとセーミアさんは俺の隣に新たに椅子を持って座り、クロスさんとセーミアさんはおっさんの隣に座った。


「おう!準二級がこんだけ揃うとは豪華だな!」


がははとおっさんは豪快に笑う。


「ま、何にしてもソウマ。おめでとう」

「ありがとうございます!」


クロスさんとセーミアさんはテーブルに置いてある、ビールを手に取ると中空に上げた。にやりと笑う。


「それじゃあ、もう一度!ソウマさんとヒメさんの今後の健闘を願って乾杯!」


「乾杯!!」


がつんがつんとジョッキがぶつかり合い、各々がビールを胃に収めて行く。


「いやあ、なんか、本当。ありがとうございます」


頭をかきながら、皆に言った。

なんつうか、凄い嬉しくて普通に照れくさかった。今まで何かを成し得ても兄貴の陰に隠れる事が多かっただけに、俺の為に集まってくれたのが、どうしようもなく有り難い事だと思った。


「いいってことよ。お前が生きてなきゃシンとこの酒は飲めなかったからな!」


「本当ですねえ。此処のお酒飲むの三か月振りですもんねえ」


「確かにそうだね。エレントで此処以上の酒はちょっとないからね」


「ソウマ君が生き残ってくれて良かったよ」


「確かに、絶品じゃな」


あれ、何かおかしくない。

俺を祝うというよりも、此処で酒飲める機会がありがたいみたいな。


「ちょー!!違うでしょ!主役、俺!酒じゃないでしょ!!」


「あん、そんな細けえ事気にすんな!旨い酒を仲間と飲む、これ以上の贅沢はそうないぜ」


「セーミアさんとセリシアさんはそうでも、おっさんとクロスさんは認めねえ!!」


ぎゃあぎゃあとおっさんと睨んでると、キッチンの扉が空いた。

トレンチ一杯に置いてあるビールのジョッキとボトルを持ったソーヤさんだ。先程までの不機嫌さは多少は取れたようで、もう開き直った感がある。


その後ろには薄緑色の髪をした温和な男が、ソーヤさんと同じようにトレンチを持って出てきた。細目で若干パーマが掛った髪型の男は、クロスさん以上に優男である。背はクロスさん位か。ていうか、間違いなくソーヤさんの夫だろう。マジ、納得いかねえ。


「はい、おまたせ!」


ソーヤさんと旦那がテーブルに摘まみやら何やらを置くと、テーブルの上は一杯になる。ソーヤさんと旦那は机の端、セーミアさんとセリシアさんの隣に座った。く、美女がこんだけ居るのに、フリーがセーミアさんだけっておかしいだろ。


「クロス君にセリシアさん、久しぶりだね。来てくれて嬉しいよ」


旦那が穏やかな声色で挨拶した。

何つうか保父さんみたいな雰囲気だ。旦那は俺の方を向くとにこりと微笑む。


「初めましてだね。僕はテイル・ソーヤ、この店のシェフでシンの夫だよ。冒険者おめでとう」


「あ、いえ。ありがとうございます」


ぐう。何という爽やかオーラ。

因縁をつける気勢を一気に吹き飛ばされた。ていうか、さり気にシンさんの旦那アピールしてきたな。


「それでは、皆様揃ったことですし、改めて」


ぱんとセーミアさんが手を打つ。

皆がジョッキを持った。いやあ、いきなりの展開だったけど何回やって貰っても嬉しいもんだ。内心わくわくしながら、セーミアさんの音頭を待つ。セーミアさんはにこりと笑うと、ジョッキを上げた。


「美味しいお酒に乾杯!!」


「乾杯!!」


がつんと今日一番の音色が響く。

皆が笑顔でジョッキを開けて行く。当然、俺も負けじとごくごくするが、何かおかしくない?


「セーミアさん、俺は?」

「えへ」


彼女の微笑には勝てませんでした。


「もう、いいもんね。このビールは全部俺の、誰にも渡さねえ!!」

「馬鹿言え!俺のに決まってんだろ!」

「儂のじゃ!ディートリヒ、お前は先に一杯飲んでおろうが!」

「それはヒメもだろ。私とクロスはまだ一杯目だよ」

「そうだね。久方振りのテイルさんのビールだから、君達は抑えるべきだ」

「セリシアさんの持ってきたボトルがあるでしょうが!?」

「それはそれ、これはこれだよ」

「納得いかねえー!!」




騒がしい喧噪の最中、セーミアは微笑みながらグラスを開けた。

頬がうっすらと上気している姿は楽しげに見える。


「セーミア、良かったのかい冒険者に戻って」


セーミアから冒険者に戻る事を聞いていたシンは、確認する様に彼女に問い掛けた。そもそも彼女が一定の線を引き客である冒険者に近づかないのは、冒険者の致死率の多さ故だ。昨日和やかに紅茶を飲み、帰っていった客が一生来店しなくなるのは良くあること。酒類を出さないのは、店の雰囲気が崩れるというのもあるが、境界線が甘くなることを自覚してのことだ。


「はい。もともと協会の受付をやっていたのも、色んな冒険者と出会えるからですしね」


「そうか。月並みだけど、死ぬなよ」


「当然ですよ。テイルさんが作る新作ケーキの批評の座は譲れませんしね」


唄う様にセーミアは言い切った。

シンの隣に座るテイルは、温和な表情のままグラスを開けた。


「セーミアさんの舌は優秀だからね。今後も新作を作ったらお願いするよ」


「はい、まかせて下さい。折角こうしてテイルさん謹製のお酒も飲みましたからね、そうそう死ねませんよ」


「ありがとう。丹精込めて作っているから、偶にしか出せないからね。味わってくれると嬉しいよ」


「勿論です」


言って、セーミアはジョッキを空けた。

テイルはそれを優しげに見ると、妻に太腿を抓られた。痛むテイルを無視し、紫煙を燻らせながらシンは草麻に視線を向ける。何時の間にか違うテーブルでディートリヒと腕相撲をしていた。ヒメがテーブルに強化魔術を掛けていなければ殴るところだ。


「しかし、イズミは新人冒険者とは思えないね」


「確かにそうだね。ディークと戦っただけでも異常なのに、クロス君とセリシアさん達とも馴染んでる」


テイルの視線の先には腕相撲しながら、器用にセリシアと言葉を交わす草麻の姿が映っていた。特性変換を教える、教えないと聞こえるところから、先程の火属性の特性変換についてだろう。セーミアは好きですねえと苦笑した。


「それに私のパーティーメンバーですしね」


セーミアの言葉にシンとテイルは思わず表情を固めた。

探索特化免状を持つセーミアはどの冒険者達にとってもパーティーに欲しい逸材である。特にヨルミナを探索し、鉱物などのアイテムを採取している冒険者にとっては正しく垂涎の的だろう。そんな人物が新人冒険者とパーティーを組む。草麻の今後を思い、シンは紫煙を吐きだすと笑った。


「流石は朔夜姫。突拍子が無いな」


「失礼な。というか、楽しみにしてる所もあるんですよ、ソウマさんとヒメさんと冒険することに」


「なるほど、まあ飽きはこないだろうね」


呆れたようなシンの言葉にテイルも続いた。


「いやあ、ディークに喧嘩売る人を久しぶりに見たよ」

「私もです」


彼等の先には腕相撲に負けた草麻が、ディートリヒに殴りかかっているのが見えた。それが、どれだけ珍しい出来事か。狂戦士と言う名はエレントの町では畏怖の対象だ。例え仲の良い冒険者でさえ、皮肉を言う事はあっても、あそこまで純粋に殴り合える存在は貴重とさえ言えた。


セーミアは一つ頷くと、酒の注がれたグラスに手を伸ばした。

その瞬間、初めて聞く声が耳朶を震わせた。


「私に喧嘩を売る人間だからね、生半ではないよ」


え、とセーミアは反射的に声の元に視線を送る。


その視線の先、ドアの前には一人の女が立っていた。

燕尾服に似た服を纏い、眼鏡を掛けた美貌の女が其処に居た。怜悧な雰囲気を宿し、圧倒的な存在感は正しく人外。今まで気付けなかったのが冗談のようだった。心臓を直接握られた様な圧迫感がセーミアを締め付ける。


しかし、この女は何時の間に店に入って来たのだろうか。

ドアベルは鳴っていないし、その気配すら掴めなかった。漸く、此処に来て、一人を除き店に居る全員が臨戦態勢に入る。あの狂戦士ですら準二級冒険者の肩書を持つクロスとセリシアですら、女の威に支配されている。先程までの喧騒が嘘の様に静まり、場は完全に女に掌握されていた。


ふ、と女は眼鏡のブリッジを手で直す。

その簡単な動作でさえ鼓動を高めるには十分、女の一挙一動はまるで指揮者のように場を支配している。だが、その動きが引き金となった。唯一臨戦態勢に入っていない男、草麻が、軽い声で女に言葉を発した。


「久しぶりですね、シルフィーアさん。どうしたんですか?ていうか、一緒に飲みません?」


特級冒険者、シルフィーア・W・エドィンが其処に居た。

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