エレント5 / 迷宮、ヨルミナです
癒し系美人セーミアさんからパーティー申請を受けました。
受け入れますか?
Yes/No→→→Yes
「えーと、とりあえず、よろしふぅ」
右脇腹に鋭い衝撃。ついでにめっちゃ舌噛んだ。
もう、俺じゃなかったら色々出ているに違いない。下手人たるヒメを睨むと、般若もかくやという顔で睨み返された。俺に出来る事は視線を逸らす事で精一杯で、さらにずんと脇腹にもう一撃。どけという事らしい。大人しく席を立ちさっきまでセリシアさんが座っていた席に座り直す。ヒメも同じように俺の隣に座った。
「で、どういう事じゃ。説明くらいしてもらおうか」
ソプラノの声なのにどすの利いた低い声がテーブルに響く。
セーミアさんはヒメの言葉に動揺する事もせずに、穏やかに返した。
「はい。実は私、受付をするまでは冒険者だったんですよ。それでソウマさんを見ている内に昔の血が騒ぎ出したんですかね。冒険者に戻ろうと思いまして、それでやはり一人じゃ不安なのでパーティーを組もうと思ったんですよ」
「ふん。一人が不安でパーティーを組みたいのなら、他の者でいいじゃろう。わざわざ新参者の儂等を指定する必要性が全く見当たらん。いい加減心意が判らぬ者と行動を共には出来んのでな、儂等はこれで失礼させてもらう」
ヒメは立ち上がると、颯爽と去って行く。
俺はその堂々とした後姿を眺める事しか出来なかった。
とまあ格好つけてみるが、ヒメの事だ戻ってくるだろう。
実際問題、ここでセーミアさんと別れるのは余りに惜しい。なので、セーミアさんの理由を聞く位はしておきたい。
「それでセーミアさん。本当に何で俺達なんですか?」
「そうですね。前途有望だから一緒に居たいでは駄目ですか?」
「いや、俺はそれでもいいんですけど、俺の主人が納得しないでしょうね。残念ながら俺もしがない従者に過ぎないんで、主人の命には逆らえないんですよ」
マジで。
現在進行形で俺の隣で髪を逆立ている主人が居ますからね。
「よう、ヒメ。花摘みは終わったか?」
「いや、これからスッキリする所じゃ」
振りかぶった拳が顔面に突き刺さった。
「して、セーミアよ。儂等も暇では無いんでな、これ以上誤魔化すようなら次は無いぞ」
どかりと椅子に座り直し、ヒメが言う。
先程よりも言葉自体に棘は無いが、ヒメの態度が最後通牒と告げていた。セーミアさんは一度額をかくと、今までの雰囲気が嘘の様に研ぎ澄まされた気配を纏い、口を開いた。
「とりあえず、場所を移しましょうか?」
にこりとした微笑と優しげな言葉だが、そこに含まれるのは温もりではなく冷気だろうか。まるで、刀身を触る様なぞっとする言動を感じると、ヒメはにやりと笑う。
「そうするかの」
可愛らしい少女の笑みには隠しきれない獰猛さが滲んでいた。
おそらく、セーミアさんの危うい雰囲気に触発され、好奇心と探究心が芽生えてしまったのだろう。熱風染みた気配を送る彼女は、先程までの不機嫌さはどこへやらで、打って変わって今では楽しそうですらある。
まあ、何故か従者の俺には過保護だが、基本的にヒメは活発で負けず嫌いで好奇心旺盛なお転婆娘だ。思慮深いが短気で小出しにされるのを嫌う彼女だから、セーミアさんも勿体ぶらずに今の気配を出していれば容易くヒメは釣れたに違いない。
しかし、仮にセーミアさんの本質が冷気として、熱気のヒメとの間に挟まれる俺はやばいんじゃなかろうか。極大消滅呪文を撃てる大魔導師ではないんだけどなあ。そういえば、冒険者登録はどうするんだろ。まあ、いいか。
場所は移り、ここはセーミアさんの自宅である。
思わずハッスルしそうになったが、セーミアさんの冷たい視線には勝てなかった。やっぱ、煩悩全開出来る男は凄いなとしみじみと思う。
さておき、リビングに通された俺とヒメはセーミアさんのお茶待ちである。キッチンから紅茶の芳醇な香りが漂ってくるなか、楽しげなヒメに声を掛けた。
「楽しそうだな、ヒメ」
「判るか。いや、何。セーミアが今まで着ていた胡散臭い雰囲気を取り払う事が出来、なおかつそんな奴の秘事が聞けるのじゃ。楽しくもなるわ」
「はっはっ、性格わるいなあ、ヒメ」
どすっと衝撃。
「手も早いなあ、ヒメ」
「口が悪い従者には丁度よかろう」
しれっと言うけど、地味に痛いからね。
「なんにせよ、出会って日は浅いがセーミアの心意が聞けるのじゃ。お主も興味が無い訳ではなかろう?」
「当たり前だよ。つうか、下手したらヒメよりも俺のがワクワクしてるっつーの」
にやりとヒメに笑い返す。
不機嫌そうにヒメが鼻をならしたところで、丁度セーミアさんがやってきた。
「ソウマさん、ハードルを上げないで下さいよ。緊張するじゃないですか」
「いやいや、そんな事ないですよ」
「そうですか。でも、ソウマさんは突拍子の無い人ですから油断できませんね」
言いつつティーカップとお茶請けのクッキーをセーミアさんから受け取る。銘柄は流石に判らないが、それでも上等な葉ということは判った。
「美味いの」
カップに口をつけ紅茶を飲んだヒメが言う。
その仕草がなんとも貴族の令嬢っぽくて様になる。見た事はないが。
「ありがとうございます」
言って、対面に座ったセーミアさんも紅茶を飲む。
何つうか貴婦人て感じで絵になる人だ。和装の麗人なら見た事はあるが、その人が紅茶を飲めばこんな感じになるのだろうか。
「それで一つ聞きたいのですが、いいですか?」
「なんじゃ?」
きしりと空気が軋んだ。
挨拶は終わり勝負開始と言ったところか。俺は穏やかにお茶出来ればそれで良いんだかなあ。難しいか。なにせ、セーミアさんの瞳の奥には初めて見る怜悧な光が浮かんで、それをヒメは楽しげに見ている時点で何か違う。セーミアさんは真っ直ぐにヒメを見て、言った。
「ヒメさんとソウマさんは主従契約されてますよね」
それは断言。
絶対的な確信を持った言葉だった。だが、闘技場での行為や医務室での説明で契約の事は話してある。今更確認する必要はないだろう。それなのに何故それを今言ったのだ。
ちらりとヒメに視線を移す。
若干、目に力が入っていた。具体的には目尻がほんの少しだけ上がっていた。元から釣り目のヒメだから他の人は気付かないだろうが、俺には判る。狼姿の時もこいつは隠し事やそれに類する事があると、目に力を入れるからな。実に解り易い。視線をセーミアさんに戻すとヒメが答える。
「それが、なんじゃ?」
ヒメの声色は何時も通りだが、答えが何時もと違っていた。
普段なら誤魔化し、相手のカードを少しでも見ようとするだろうに、今回はあっさり肯定した。という事は、そこまでして主従契約について突っ込まれたくないのか。うーむ、主従契約に付いても調べた方がいいかなあ。
「私と一緒に、主従契約しているお二人にある場所に行って欲しいんですよ」
「ある場所とは?」
ヒメの問いにセーミアさんはにこりと微笑むと優しげに言った。
「迷宮、ヨルミナです」
「ほう、ヨルミナか」
さらりと言うヒメには悪いが、そこがどんな場所か良く判らん。
おそらく、RPGらしいダンジョンちっくな場所だろうが、迷宮って何だよ。で、来ました一瞬の頭痛と強制的に書き込まれる知識。主従契約の恩恵である。
【迷宮】
神と魔が造りし古代の産物。巨大な建築物が殆どあり、現代技術の粋を駆使しても到底不可能な技術が豊富に使われている。世界に多数の迷宮が確認されているが、その全容が解明されている迷宮は稀である。また迷宮が造られた大まかな理由は、黄昏時に於いての工場的役割を担うと共に、弱者である人を短時間で強者にする為の蠱毒的な役割を果たしていた。
らしい。
ヒメの知識故にどこまでが本当かは判らんがな。とりあえず迷宮に関して判ったが、ヨルミナについては謎のまま。ここで話の腰を折る訳にもいかないので、黙っとくしかないだろう。
「しかし、ヨルミナは迷宮には珍しく探索が完了されていると聞いたが?」
「ええ、一般にはそういう風に伝わっていますが、真実は違います」
にやりとヒメは笑うと、セーミアさんに続きを促した。
「ヨルミナの最奥は未解明であり、閉ざされたその先には今までの通説を引っ繰り返すモノが眠っていると言われています」
「それで、最奥の鍵である儂等を呼んだ訳か」
「はい。ヨルミナのラストキーは【主従契約】をしている存在の魔力です」
「成る程の。じゃが、そこまで解っていながら何故、今で儂等なのじゃ。確かに主従契約は稀じゃが無論ゼロでは無い。むしろ、鍵を開ける為だけに契約を結ぶ位できたじゃろう」
「勿論、行いましたよ。今まで極秘裏にではありますが、ヒメさんが言った様に契約を結んだ人を雇ったり、新規で契約を結び挑戦しています。ですが、それでも開きませんでした」
「それで、儂等か」
「はい、今までの【主従契約】では同調率が足りていませんでしたが、ヒメさんとソウマさんの同調率ならおそらく上手くいきます」
「ふむ」
セーミアさんの言葉にヒメは思案顔になった。
今までの話を纏めると、迷宮の鍵が【主従契約】であり、高いシンクロ率?を誇る俺とヒメが選ばれたということになる。だが、果たしてどこまで信じて良いものか。
そもそも何故、極秘らしい情報をセーミアさんが知り、なおかつ一般開放されていないと思われる区域に行ける権限をセーミアさんが持っているのか。疑問だらけでむしろ困る。まあ、質問するしかないか。
「ちょっと質問いいですか?」
「勿論ですよ」
「それじゃあ、先ず一つ。一般に流れていない未解明の情報を何故セーミアさんが知ってるんですか?」
「それはですね。ヨルミナの探索部隊に私も同行していたからです。その際にラストキーの解明及び最奥の情報を手にしたんですよ」
ま、この答え予想の範囲内だ。
昔冒険者をしていて、ここまで情報を知っているなら当事者という線は濃厚だろう。問題は
「了解です。じゃ、二つ目。通説が引っくり返る程の問題を今更開けていいんですか?」
ヨルミナの最奥がパンドラの箱だったらどうする、という事だ。
何せここはファンタジー。真面目に封印解放=世界的大問題になる可能性はあるだろう。しかもそれが迷宮、神や魔が造った建造物なら尚更である。だが、俺の懸念を余所に、セーミアさんは何時も通りの微笑を浮かべたまま言った。
「おそらく、問題は無いと思います。ヨルミナの通説というのは鉱物の産出及び加工に関する事なので、それが引っくり返っても困るのは学者さんだけですよ」
「判りました。けどそれなら何で未解明なのが極秘なんですか?ぶっちゃけ、秘密にする必要がよく判らないんですけど」
「それはお偉い様の都合ですね。迷宮の解明というのは、その土地の権力者の力になるんですよ。それで、当時の有権者であるミゲール様が勝手に探索完了を打ちだし、それを機にヨルミナの探索は打ち切られました」
なんとも、呆れる話ではある。
権力者のいざこざというのは時代世界を問わずあるという事か。しかし、これって十分問題じゃね。俺の表情を読み取ったのだろう。セーミアさんはニコリと微笑む。
「だから、問題があるとすればそこですね」
「だったら」
「ただ、先程言った様に、ミゲール様は当時の権力者であり今ではありません。むしろ、権力者が変わった今だからこそチャンスです」
その言葉は力強く響いた。
セーミアさんとヨルミナにどういう因果があるのかは知らないが、どうやら随分根深いようだ。先程までの話が本当だとすると、セーミアさんにとっては俺達の存在は千載一遇のチャンスに違いない。
だからこそ、ここまで話しているのだろう。
とはいえ、俺達が極秘情報を得ても使い道が無いというのもあるだろうが。はてさて、どうしたもんか。
「セーミアよ。儂からも質問してよいか?」
「ええ。勿論です」
「仮に儂等がヨルミナ探索に参加するとして、メリットはあるのか?」
「そうですね。先ず、ヨルミナの深部を新たに発見するという功績と、それに伴う冒険者への報酬が主なメリットになると思います」
「じゃが、先程お主が言った様に権力者に握り潰される可能性もあるじゃろう。最悪、儂等は犯罪者になりかねん」
「それは、はい。有り得ないとも言い切れません。ですが、噂としてですがヨルミナには最奥があると言われている現状で、依然探索に参加した存在が発見したとなれば、それ程大きな問題にはならないでしょう」
「ふむ。………お主、探索部隊におったなら当然探索スキルはあるじゃろう」
「え?はい、それは勿論。一応冒険者を休止するまでは、三級でしたが探索特化免状持ちでしたし」
「それは大したものじゃな」
あのヒメには珍しく、感嘆の声だ。
特化免状というのは結構凄いらしい。ともかく、ヒメは一度頷いた。
「ヨルミナの探索は受けよう。じゃが、条件がある」
「条件ですか」
「うむ。先ず一つ目じゃが、ヨルミナの探索期限は四か月以内じゃ。儂等は旅の途中じゃからの、これ以上は時間を割けん」
「判りました。他に何かありますか?」
「うむ。この期間の間、草麻に探索能力と冒険者の教育をして欲しい。このバカはサバイバルスキルはあっても他がゼロに近いからの、折角じゃ鍛えてくれ」
「それ位でしたら構いませんよ。私としても同行者が力を付けてくれるのは願ったりですしね」
「そうか。それで最後の条件じゃが、基本的なことじゃ。今までの話に虚偽があった場合即刻儂等は契約を解除する。ま、儂からの条件はそんなとこかの。報酬の振り分け等はまた改めてするとして、草麻からはあるか?」
「ん、それなら、折角だし一晩のお供でもお願いしたいんだけど………」
ちらりとセーミアさんを見る。
にこりと笑ってくれた。マジでか。これ行けちゃう!
「無い様じゃな。それじゃ、面倒じゃがこのバカ者の登録に協会に戻るかの」
「そうですね。今日中に登録しないと冒険者割引が効かなくてホテル代が高くなりますしね」
「そういえば、草麻は何級からになる予定じゃ」
「うーん。あのディートリヒさんの推薦ですから、おそらく四級からでしょうか」
「以外といったの。てっきり五級からと思っておったが嬉しい誤算じゃ。後、協会についたら、儂のパートナー登録も頼む」
「判りました」
以上。
五澄草麻をぶん殴って、スルーしていく人達の会話でした。
「はい、OKです。それではソウマさんの魔力属性を調べますので、こちらにお越し下さい」
場所はさらに移って冒険者協会。
只今、冒険者登録中である。遅番シフトのセーミアさんに早めに仕事に出て貰い、そのまま俺の登録をして貰っているのだ。
当り前の話だが、セーミアさんはまだ仕事を辞めていない。
そもそも辞表を出して直ぐに、今までお疲れ様でしたと即日退社出来る訳も無し。引き継ぎなどを含めると早くて半月か三週間程度は掛るだろうとの事。セーミアさんも冒険者の資格を再交付する手続きがあるので、どっちにしろ直ぐに迷宮に行く事は不可能だったらしい。
ともかく、話は逸れたが冒険者登録である。
やっと書類に規定事項を書き終わり、いよいよ待ってましたの魔力属性検査だ。これで今まで不明だった俺の属性が漸く判るのである。
先日、クロスさんの工房で簡易属性検査をして貰った時には、俺の属性は判らなかったからなあ。クロスさんいわく、基本属性のどれかだろうが正確な属性は不明。詳細な属性は協会にある様な精密な魔具じゃないと判らないとの事。という訳で俺の属性は、基本属性ではあるがよく判らないという、ややこしい結果になっていた訳だ。
それを知っているセーミアさんもそうだが、ヒメも属性検査を楽しみにしている様に見えた。ていうか、俺が一番楽しみ。属性が解れば魔術を教えて貰えるのだ、楽しくならない訳が無い。
「それじゃあソウマさんはこちらに座って下さい」
「はいはい」
セーミアさんに連れられ、属性検査室と掛れた部屋に入ると、俺以外にも属性を調べている人が二、三人居た。内装は検査場所ごとにパーテーションで区切られており、それが八ヵ所ある。なんていうか、銀行にあるカードローン作製機の部屋みたいだ。
その内の一つに通され、検査魔具が置いてある机に座った。
検査魔具は直径二十センチ程の透明の球体であり、その球体からケーブルが伸びタブレットみたいな板に繋がっている。机を挟んで対面に座るセーミアさんの準備が整ったのか、タブレットから目を離した。
「検査の仕方は先程説明した様に、検査魔具に手を置いて魔力を流すだけです。検査次第では魔力を多く流してもらいますので、準備OKでしたら魔具に手を置いて下さい」
「了解です」
頷き、球体に手を乗せ魔力を流した。
俺の掌から球体に魔力が流れ込んでいくのが見える。まるで、水に絵の具を零した様に掌から透明の球に色が付いていく。赤、青、緑といった三原色の他に紫、黒、白、茶等、色とりどりの魔力が透明の球に彩色する。幻想的といえば聞こえはいいが、節操が無い色の乱舞は取りとめが無い。
事前に聞いた話だと、例外もあるが基本的には火の単一属性の人は赤色だけになり、水・木の複数属性の人は青色・緑色が出るらしいのだが、球体はマーブル模様といえばいいのか、色が重なり合い、何かやばくね状態である。
セーミアさんを見るとタブレットに夢中だし、隣に座るヒメを見ても球を見詰めて何も言わない。何か凄い居心地悪いです。
「あのう、セーミアさん。大丈夫ですかね」
不安すぎて声にでちった。
だが、セーミアさんはタブレットを見詰めたまま、事務的に言うばかりだ。
「ソウマさん。魔力を少しだけ強めてもらっていいですか?」
「はい」
不安ではあるが、素人に出る幕は無い。
セーミアさんに任せるしかないか。がっくりと魔力だけは緩めずに肩を落とす。と、今まで球体に釘付だったヒメが俺に視線を向けた。口元が歪んでいるが俺を助けてくれるに違いない。流石は我が主、判ってくれました。
「セーミアよ。魔力はまだ強めに流してもよかろう」
「そうですね。ソウマさんお願いします」
ですよね。
判ってたさ。
「はい」
俺にこの言葉以外が言える筈も無かった。
魔力を垂れ流し続けて、早二十分。
最初から居た人たちは五分もしない内に部屋を出て、新しく入って来た人も五分程度でまた出て行った。おかげで今や検査室は俺達だけだ。パーテーションと簡単な戸に区切られているからそこまでは見えないけど、絶対長いと思われた筈。実際、うわとか小さい声で聞こえたからな。
そこまで時間をかけて見ても球体はマーブル模様のまま。
それが流体みたいに見えるからずっと見てたら酔いそうではある。それを飽きずに見続けるヒメは何がしたいのか、そしてタブレットと睨み合っているセーミアさんはなんのか、もはや二人は、俺如きでは届かない世界に行ってしまったに違いない。そんな、半ば諦めの境地に達した俺に、漸くお声がかかった。
「ソウマさん、検査終了です。魔具から手を離していいですよ」
「あ、はい」
にこにこと微笑むセーミアさんを見て、たらりと冷や汗が流れた。
四十歳五十歳のおっさんが人間ドックに行った時の感情に似ているかもしれん。どくどくと高鳴る鼓動を隠して、セーミアさんに聞く。
「それで俺の属性って何なんですかね?」
セーミアさんはニコリと微笑むと、さらりと言った。
「判りません♪」
え、何言ってんのこの人。
語尾に♪マークとか楽しそうに言ってる場合じゃないからね。
「あの、嘘ですよね」
干乾びた声で再度問う。
問うが、セーミアさんの表情は一ミリ足りとも崩れない。
「え、マジですか?」
「マジですよ」
あっさりさっぱり言われました。
ちょ、軽くない。慌ててヒメを見るが、やつは腕を組み難しげな顔で一言。
「まあ、予想通りじゃな」
「うぇ、何それ」
ホント、何それだろ。
ああ、もう、マジで意味わからん。というわけで、
「セーミアさん、説明お願いします」
「はい」
セーミアさんはタブレットを俺に見える様に机に置くと、画面に映っている数値を指さした。その際机に身を乗り出す様に来てくれたから、こう近いよね。ちらっと見えるうなじとか超色っぽい。ふんふんと嗅ぎたいくらいである。ていうか、ふんふんはしなくともクンクンはした。したら、ヒメに殴られた。で、セーミアさんに微笑まれた。なにこの人、マジ天使。もう、俺の属性とかどうでも良くなってきた。やべえ、探索の勉強凄い楽しみなんだけど。
「草麻、いい加減にしろ」
「はい、すみません」
マジ、怖い。
仕切り直して、セーミアさんは乗り出す事無くタブレットを指し示す。画面には火5%木5%と全ての基本属性の後に数値が描かれている。それを最後までみると数値自体は風の5.7%を除き、全て5%である。何この中途半端さ加減。
「画面に映っている様に、ソウマさんの数値は全属性ほぼ5%となっています。この様に全属性にパーセンテージが振り分けられるのは珍しくはありますが、無い訳ではありません。極端に言えば火に91%残りの9属性に1%というのも無くは無いのです。この例で言えばこの人は火属性が強い全属性持ちになります」
「だったら、俺も全属性持ちになると思うんですけど」
そうだ。
全てが5%ずつあるのなら、俺はある意味バランスの良い全属性持ちだろう。
「そうですね。厳密に言えばソウマさんは全属性持ちフルバランスになるのですが、ソウマさんの場合振り分けが異常です」
「振り分けですか?」
「はい、簡単に言うとパーセンテージですね。普通なら全て合わせて100%になる筈なのに、ソウマさんはトータル50.7%です。では、残りの49. 3%はどこにあるのかという話なのですが」
そこまで言うと、セーミアさんはタブレットを指で操作し、画面を変えた。その画面には機0%剣0%本0%幻0%等良く判らない項目がずらっと並んでいる。
「この項目は協会が確認しているレア属性が記載されています。一番上に載っている機というのは、機械ですね。剣や槍の様な単純武具では無く、銃等の機械的なモノに特性がある項目になります。それで、ソウマさんはというと」
そのまま、セーミアさんは指を下方に持って行き、ある項目で指を止めた。そこにはこう書いてある。
「不明です」
そう、画面には不明49.3%と書いてある。
「仮に不明が10%未満だったり、一つの属性が70%以上あるのなら話は別です。ですが、ソウマさんは図った様に基本の十属性が5%で不明が半分にもなります。」
「つまり」
「訳が判りません」
いや、確かに訳が判らない。
一体俺は何が出来るのか、何が得意なのかがさっぱり判らん。
「ちなみに、普通はどうなるんですか?」
「こうなります」
セーミアさんは透明に戻った検査魔具に手を置いた。
水色と黒と黄色が綺麗に球の中で分かれていく。バランス的には水色が四十、黒が四十、黄色が二十と言ったところか。セーミアさんはそのままタブレットを操作して画面を変える。そこには水37%闇35%雷28%と書かれていた。
「と、この様に通常はなります。先程ソウマさんが行った時の様にマーブル模様にはなりませんし、計ったように数字が並ぶ事も先ずありません。風だけ微妙に高いのが気になる所ですが、ソウマさん心当たりありますか?」
ぎくりと心臓が軋んだ。
セーミアさんからしたら確かに気になるだろうが、そこはスルーして欲しかった。実際、この風については一人納得はしていた。というか、画面の風の項目をヒメが確認し、目に力が入ったのを見て確信した。間違いなくシルフィーアさん関係だろう。どうするべきかと悩んでいると、ヒメが明らかにむすっとした様に口を開いた。
「風に関してはシルフィーアの奴が何かしたんじゃろう」
はい、ビンゴー。
全く嬉しくないね。セーミアさんはヒメの言葉に何も言わず、ただこう言っただけだった。
「流石はソウマさんですね」
うむ。誉められた様で誉められた気がしない。
「じゃあ、不明の部分もウインドマスターが何かしたんでしょうか?」
「いや、あ奴の事じゃ、意地汚く自分の属性をマーキングしただけじゃろう。仮に草麻の属性が、風と相性の悪い土じゃったら最悪じゃしな。そこまで弄ってはおるまい」
「そうですか」
弄るって何やねん。
あと、セーミアさん残念そうな顔しない。
「それで、結局俺の属性は不明ですか?」
「残念ですがそうなりますね」
マジかあ。
属性の内半分が不明で、基本属性が5%って魔術の素養あるのだろうか。そもそも、不明て何だよ、不明て。
「セーミアさん、不明って珍しいんですかね」
「珍しいですね。レアというよりも珍妙になります。昔は確認数が少なかったので、そこそこあったらしいのですが、現代に於いて不明というのはそう無いです。強いて言うなら特例よりも全然珍しいです」
珍妙で、特例以上ですか。
「それで、この珍しさに世の科学者達が実験させろーとか有り得ますかね」
「ゼロとは言い切れませんが、先ず無いと思いますよ。この不明の部分が“時”に関する事で、時間移動が出来るとかになったら拙いでしょうが、おそらく違うでしょうしね」
「違う事を願いますよ。それで、この先俺が成長したら属性って判るんですかね?」
「うーん。この検査のレア項目は結局後付けなんですよね。機械属性に関しても、最初は不明だった所を試行錯誤と調査の末に、その魔力の波長は機械属性という風にしているだけなんですよ。なので、ソウマさんの力量が上がってもどんな属性になるかは正直判りません。もちろん、ソウマさんが様々な魔術や特技を覚えたら必然的に得手不得手で、選択肢は狭まるでしょうけどね」
「りょーかいです」
なんというか、こんちくしょうだ。
俺の属性が判る日は一体何時になるというのか、是非とも竜の巣に行くまでには判明して欲しい。さめざめと心で涙を流していると、控えめにセーミアさんから声をかけられる。
「何はともあれ属性検査は以上で終了です。後は登録申請を出して細かい説明をして終わりになりますが、今の段階で質問等ありますか?」
質問ねえ。
「属性が不明な事で、階級が下がる事とか、依頼が受けれないとかあります?」
「いえ特に無いですね。依頼を受けるにしても属性は基本プライバシーに関わる事なんで秘密にしてありますし、初対面の人に違う属性を言う人はざらに居ますよ」
「それなら、今の所特にないですね」
「判りました。それで属性の欄、どうしましょうか?一応ソウマさんはフルバランスの条件は揃っていますので、全属性でも大丈夫ですけど、不明にしときます?」
「いや、全属性でお願いします」
「判りました。それでは、私はソウマさんとヒメさんの登録して来ますので、待合室かシンさんの喫茶店で待ってて下さい」
「それじゃあ喫茶店で待ってますね」
「判りました」
そう言って、手早く検査魔具を片付けセーミアさんと一緒に検査室を出た。
しかし、この不明という結果が、後に大きな波紋を呼ぶ事を俺は知る由もなかった。異世界からの異分子がどれほどの異端かを判っていなかったんだ。
「草麻よ。格好つけても締まらんぞ」
「男にはなあ格好つけたい時があるんだよ」
まあ、言ってみただけだが。