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狼浪奇譚  作者: ただ
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序章2/ 随分遠い所にきたもんだ。ってか

現状確認実施中。しばらくお待ち下さい。

装備

・冨田六合流道着(スポーツインナー着込み済み)

・鎧通し

・アナログ式腕時計

・トレッキングシューズ

アイテム

・リュックサックタイプの鞄

・財布

・携帯電話

・ライター

・筆記用具教科書一式

・万能ナイフ

・おにぎり(間食用)×3

・1000mmlのスポーツドリンク

                   以上


現在俺が装備している服及び、アイテム一覧である。

ちなみに、冨田六合流道着の上着は、柔道着に似ているが柔道着程厚くは無く、それなりに丈夫な作りもので、下は紺色の野袴。野袴とは大雑把に言えば袴の裾を絞ったモノだ。その中にインナーを着込んでいる。


練習するのに腕時計をしたままなのは基本的に静流の方針。何でも常在戦場の精神らしい。ちなみに、この教えを習ってから今まで全く役に立っておりません。基本的に治安国家の日本でそんなことしたり、刃物を持ち歩いたら犯罪者だからね。まあ、短刀とはいえ真剣を振るったり、その代わりに万能ナイフを持ち歩いている時点で俺も十分に怪しいが。貰いもんだから無下にするのもなあ。


ともかく、微妙である。何が微妙って、物が揃いすぎてるのが微妙。静流の事だから、財布、携帯、食料、後鞄位は残さないと思うのだが。GW突入したから、容赦なく未開の山にでも放り込んだのだろうか。有り得ないと言えないのが実に辛い。両親も基本放任主義だからなあ。まあ、いいや。とりあえず、


「時間はと」


左手に嵌めているタフで有名なメイドインジャパン時計を見る。

時刻は13時14分を指していた。ん。13時14分?もう一度見る。13時15分。うん??なんで、時間が余り経ってないの。あの桜の木で見た時は確か13時丁度だった筈。あれから15分も経って無いなんてある訳が無い。これは、まさかとは思うが、丸々24時間後というオチだろうか。だが、時計の日付は今日のままだ。仕方なしに携帯を取り出す。折り畳み式の携帯はぱかっと開かれると、時計と同じ日付、時刻を示していた。


うん、ここまでは想定内。だが想定外が一つあった。携帯は圏外表示だった。最近はある程度の山の中でさえ圏外にはならない筈だが普通に圏外。静流の奴はずいぶんと人を山奥にぶち込んでくれたらしい。成る程、携帯を置いていく訳である。


どくん、と心臓が不自然に跳ねた。それを無視し携帯をしまい時計を操作する。俺の時計は電波時計だから日本全国どこでも電波を拾えれば受信できる筈。時計の指針が動き、ある位置で止まる。電波応答出来ず。つまり受信できず正確な時間が測れない。やばいか。心臓が早まってるのが解る。しょうがない。


「がんばれ~、負けんな~、力の限り生きてやれ~~」


人生の師匠たる某サラリーマンの歌を呟き、思考を整理する。

先ず、俺は4月28日13時00分に静流邸に居た。んで、気付いたら森の中。起きた時、現時点の時刻は4月28日13時15分。当然だが、僅か15分そこらで町から見知らぬ森まで移動出来る訳が無い。だから、今俺が持っている時計類はおかしいという話になる。OK。困ったぞ。どうするか。


とりあえず、俺に考えられたのは、静流が時計も携帯も手動でいじったという線だけだ。他に考えつかんし、これでいこう。太陽の位置からしてそう大幅に時間はずれてない筈だから、時計で方角は解る。後は水飲み場に辿り着けば多分静流のテストは合格。晴れてこの状態から帰還できる筈だ。GWは一週間という長期間だから何とも読めん。もしかすると、到着ではなく、一週間生き延びればという事かもしれん。……まあいいや。深く考えている暇は無い。


とにもかくにも、現在いる場所がどんな所か位解っておきたい。

平地だから山ではないと思うが、しょうもないか。立ち上がり、この辺りで一番高い木を登る事に決めた。そいつのサイズは胴回り1m程で高さは20m程。杉に似ているが松みたいなごつごつした感じが昇り易そうだ。ポイントは枝が出ていない数メートルをどう上るかだろう。やれやれ、手袋ないんだかなあ。


腰に差してある鎧通しを外し、鞄からノートとシャーペン、万能ナイフを取り出す。ノートとシャーペンを胸に、万能ナイフはラージブレードを出して帯に差した。


「いきますか」


ぺっと掌に唾をつけ、体全体を押し当てるように木の幹に当てた。次いで右足の甲を幹に押し当て、左足は幹に巻きつける。後は必死にじりじり登るだけだ。ややあって、途中何度か危ない所があったが、何とか最上部へ到着した。太い枝の上に立ち、その開けた視線の先にあったのは、バカげた位に広い木々の群れだった。


「嘘だろう」


もはや、笑う事もできない。360度どの方向を見ても、人間の存在が感じられない。地平線の向こうまで続いているだろう緑の絨毯。今立っている木よりも遥かに背がある高木。それは人間を寄せ付けない自然の結界だった。現実感すらない人知を超えた古代の森。そんな壮大極まる風景を目にして、ちっぽけな一人の人間に出来る事は、恐怖しかなかった。


立っている場所すら忘れ、膝ががくがくと震える。嘔吐感さえ湧き上がり、片手で口を必死に塞いだ。死ぬかもしれない。本当に死ぬかもしれない。今までのやってきた静流の修行なんてほんのお遊びだ。確かに、俺はサバイバル知識は教えてもらった。一晩や二晩なら生き残れる自信はある。けど、こんな所で死なない自信はこれっぽっちもない。


「静流の馬鹿野郎」


それは泣き言だった。口は震え、目には涙。ここは何処で。どうやってここまで等。今まであった疑問が全て消えていく。これからが怖くてたまらなかった。


それでも、死ぬわけにはいかない。あの時あいつに生かされた命を不意にしてはいけない。いつだって、脳裏に浮かぶのはあいつの姿。絶対敵わない相手に向かっていった。バカ野郎。そんなあいつに格好悪い所を見せてたまるか。だから歌え。いつものあの歌を。


「がんばれ~、負けんな~、力の限り生きてやれ~~」


聞いた時にすとんと心の隅に残った歌。元は何であれ、俺の至言なのは変わらない。だから、膝の震えは止まり、嘔吐缶も多少は納まった。泣いても喚いても現実は変わらない。だったら、行動するしかないないでしょうが。


「絶対に、静流は殴る」


眼を拭き、眼前を睨む。何はともあれ、水を補給出来る所を探す。といっても、地質学等知らない俺が解るのは、木々がぽっかり空いた空間を探す事だけだ。視力が良くて本当に助かった。冗談抜きで命に係わる事なので、必死に目をこらす。うんうんと唸りながら地形を眺め、ようやく湖っぽい空間を発見した。木々が無い事と、ときおり反射光が見えることから間違い無い筈。距離としてはおそらく30㎞前後だろう。素人判断だから解らんが。後は時計と太陽で方角を測りノートにマッピングするだけだ。


現状解る限り詳しくマッピングしたそれをまた胸に居れ、今度は降りる準備をする。唸っていた時間とマッピングで筋肉疲労は取れているが、登りより降りる方が辛いし危険だ。ここで落ちたら本気で洒落にならん気をつけて行こう。


何とか無事に降りれた。手の平はぼろぼろになっているが、筋肉はそこまで疲労していない。

いざという時の為の万能ナイフも、結局使わずじまいで鞄に戻した。ここまで筋肉疲労がないのは不思議でもある。気付かない内にアドレナリンでも出たのかもしれん。まあ、嬉しい誤算だ。これなら直ぐに出発してもいいだろう。時刻は15時35分。日没まで後三時間位か、日が完全に落ちる前に歩けるだけ歩こう。リュックサック型の鞄を背負い。方角を確かめて未開の地へ乗り出した。



時刻は19時20分になり完全に日が暮れた。予想より結構進んだと思う。何故か体が異様に動き、疲れも少ない。おかげで食料の減りも少なく、目的地にも意外と早く着けるかもしれない。ふふふ、俺の火事場の馬鹿力も馬鹿に出来んな。………自分で言って自分で恥ずいな。無駄な思考を止め、少しは真面目にいこう。


さて、俺の時計はやはり若干ずれていたのか、日没が遅い気がする。まあ早いよりは良いことだ。時間のずれによる方角のずれも結局正しい地図が無い以上問題ないし。結局は、あの時点で南だろう方角を出せただけで十分。俺の時計がいきなり時間をずらしたら本気でやばいが、そこはメイドインジャパンを信じる他ない。ともかく、夜になった以上ここでビバーグする他ない。


辺りは嫌になる位に真っ暗で。満点の星も木々の隙間からしか覗けない。

近くの巨木に背を預け、鞄から携帯を取り出す。僅かな希望をのせ電源を入れた。しばらくして、携帯の画面に映ったのは相変らずの圏外表示。もはや、溜息も出ない。何にせよ、ここまで獣や蜂等に遭遇しなかったのは運がいい。途中やたらデカい鳥とか狐っぽいのはいたがそれだけだ。明日もすんなりいけばいいが。今日の三時間半だけで10㎞程度は稼げた筈だ。順調にいけば、明日の夕方には湖に着ける筈。それまで俺の食料が持てばいいが。水は残すところあと四分の三。おにぎりは二個。切れる前に何としても、水場にありつきたいものだ。しかし、


「随分遠い所にきたもんだ。ってか」


巨木を背に座り、上空を見上げる。夜空は星に覆われ、都会じゃ決して見る事の出来ない明るさだ。今じゃ、星座を見つける事にも苦労するが、昔の人があれだけ星に願いをかけるのもこれを見れば無理はない。それ程の感動。月だって綺麗な満月仕様。ぜひとも月見酒をしたいものだ。帰ったら絶対に静流に奢らせてやる。と、そこまで考え、ふとした疑問が起こった。


何で、満月なんだ。

昨日俺が夜に見た月は三日月。一日や二日程度で満月になる訳が無い。今更だが、夜空に俺の知っている星座が一つも無い。今は春。北斗七星が一番解り易い季節なのにそれも無い。慌てて立ち上げり、空の開けた場所に移動する。


そこで、俺は見てはいけない物を見た。

それは、今まで意識的、無意識的に考え無い様にしてきた事実を、これ以上ない位に明らかにする異物。これで、今まで気付かない振りをしてきた疑問が全て解ける。明らかにおかしい移動時間。個人で運ぶには不可能だろう深すぎる自然。春なのに遅い日没時間。見当たらない星座。それら全ての疑問が氷解した。だって、こんなの見た以上諦める他ない。なんで、なんで、


「月が二つあるんだよ」


有り得ない。有り得ない。有り得ない。

月は一つ。それは人類史以降変わらない万国共通の事柄だろうが。それが何で二つもあんだよ!目を閉じる、開けて夜空を見上げる。離れた場所に月は変わらず二つあった。


「ふざけんなよ!」


叫んだ。叫ぶしかなかった。これは、今の状況は。静流の悪フザケで日常の延長線だろうが。それが、何でこんな意味の解らない事態になってるんだ。夢か。これは夢か。だが、そんな訳ないと今までの数時間が言っている。あの木の上の衝撃も、ここまで歩いた疲労も、それら全てがリアルだった。だから、これだけが空想と呼べる訳無い。月が二つあるのも本当。俺の時計も正常だ。ただ、この事態を引き起こしたのが静流という事だけが間違い。俺が誰も気付かぬ内に移動していただけ。すなわち、異世界へと。


「ふざんけんじゃねぇよ」


確かに俺は普通とは違う生活をしてきた。

キャンプとかいって山でサバイバルをした事もある。真剣を使って格闘の練習もしたさ。けど、その程度なんだよ。本職の漁師程山に詳しくない。プロの格闘家にだって勝てないだろう。あくまで俺は高校生なんだ。それがなんでこんな馬鹿みたいな事になってんだよ。どうしろってんだよ。


「死にたくねえよ」


死にたくねえ。

俺はまだやりたい事が一杯あるんだ。親父と酒も飲みたいし、母さんの手料理だって食いたい。それに、兄貴の背中に触れてもいねえ。師匠の静流に勝ってないし、少ないけど友達だっているんだ。何より、ここで死んだらあいつに申し訳がない。まだまだ、やりたい事がいっぱいあるんだよ。気付いたら涙がぼろぼろ零れていた。嗚咽も混じり子供の様な有様だ。それでも歌が聞こえる。あの歌だ。


「がんばれ~。負けんな~。力の限り生きてやれ~」


震えながらもそれは歌だった。いつでも俺を奮い立たせる魔法の言葉。

そうだ。頑張るしかない。敗北感に魘されている場合でもねえ。俺は力の限り生きるしかないんだから。だから歌おう。俺の気が済むまで。何度でも何度でも。

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