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狼浪奇譚  作者: ただ
14/47

出会い2/ だって彼、私の手を握れたんですよ

月が昇り、星が地上を照らす頃、二つの人影が見える。

巨大な荷物を背負う草麻と、その荷物に乗ったヒメだ。草麻の時計の針は九時を差し夜もすっかり更けていた。彼らの眼前には都市をぐるりと囲む巨大な城壁が見える。目的地であるエレントの町だった。その明らかな人工物と人の営みを垣間見て草麻は思わず感嘆の声を上げた。


「着いた」

「うむ。到着したのう」

「着いた」

「そうじゃな」

「着いたーー!!」


草麻は両手を上げて、いきなり走り出した。

突然の動きにヒメは荷物から落ちそうになるが、文句を言う事はしなかった。異世界に飛ばされ半年以上。漸く人の輪に加われる事を考えれば、草麻の喜びようは当然だろう。ヒメは微笑を宿しながら、近づくエレントの城門を見ていた。



エレントの城門は予想以上に大きかった。

城壁を見た時から感じていたが、エレントは存外大きな都市らしい。城門の作りは、日本風というより、欧風だが、草麻は依然修学旅行で行った大阪城の城門を思い出していた。


「何用だ」


城門に立つ門兵が、草麻とヒメに声を掛けた。

門兵は門の左右に二人立っており、草麻から見て左側の男が受付役も兼ねているようだ。その門兵は鎧兜を装着し、ハルバートを持っている。いざという時は、傍に見える待機所から同じ武装をした衛兵が出て来るのだろう。ヒメは城門を観察しながら、ゆるりと荷物から降りた。


「エレントに入りたいのじゃが」


その堂に入った言葉は、外見に似つかない威厳さを匂わせる。

門兵はややきつい物言いで言葉を出した。


「入町証明書、または他に証明出来る物を提示できるか」


威圧的な言葉は、門兵の不信が如実に出ている。

何せ彼の前に居るのは、巨大な荷物を背負う珍しい装束を着た裸足のぼろぼろの青年と十歳前後に見える軽装の少女である。旅人にも冒険者にも見えない出立は門兵を警戒させるには十分すぎた。それをヒメも判っているのだろう、不快感を出す事も無かった。


「悪いが、入町証明書や他に証明出来る物は無い。代わりに、準二級冒険者クロス・ヴェルンデから依頼誓約書を預かっておる。確認してもらえるか」


ヒメの言葉を受け、草麻は門兵に依頼誓約書を見せた。

誓約書には、クロス・ヴェルンデとセリシア・エークリルのサインと魔力の捺印が押してある。この町で戦う事を生業としている者が、両者の名前を知らないのは稀だ。当然、門兵は両者を認知しており、彼らが朝方にエレントから出立したのも知っている。門兵は誓約書に訝しみながらも、預かると門の受付所に持っていった。


「ヒメ。もしかして、ヴェルンデさんとエークリルさんて有名人なのか?」


門兵の視線の反応を見たのだろう。

草麻はヒメに聞いた。


「ま、準二級冒険者はそうはおらんし、しかもその連名だからの。あ奴の反応は当然じゃろうな」

「ありゃあ。やっぱ、エークリルさんとの食事、約束しとくべきだったなあ」

「ふん!お主の様な粗忽なバカ者相手にもされんわ」

「失礼な。俺ほど実直な奴はそういないだろ」

「どの口が言うのじゃ。どの口が」

「この口じゃ」


わいわいと騒がしげにしていると、門兵が戻って来るのが見えた。

その眼には訝しげな感情が未だに見える。強いていうなら、何でこんな奴等が、だろうか。


「確認が取れた。最後に二人の魔力を確認したい。受付まで願う」


門兵は誓約書を返すと、ヒメと草麻を促した。

誓約書にはヒメと草麻の魔力の捺印もしてあり、これで本人なのかを照合できる。


「承知した。その間に荷物の現認も願おうか。草麻、荷物を降ろし、あ奴等に渡せ」

「はいよ」


草麻は荷物を降ろし、ヒメの後に続いた。

残された門兵は、ヒメ達が立ち去ったのを見た後にがっくりとした表情を作る。視線の先には巨大な荷物が鎮座していた。一仕事どころか三仕事はある量である。




城壁の外に備えられた受付所は、カウンターと受付待ちをする机とベンチとが数点あるだけの簡素な物だ。何者かに攻められ、破壊されても直ぐに作り直せるようにだろう。


ヒメと草麻はカウンターに付くと、水晶の様な手のひら大の球体に手を置かされた。魔力検知器の一つである。やがて、確認が取れたのだろう。受付の男は業務的に言葉を出した。


「はい。確認が取れました。ヒメ・サクラさん、ソウマ・イズミさん両名の入町を認めます。貴女達は初めてという事ですので、渡した町の決まり事を良く読んでおいて下さい。また、証明術を受けて無いようですので、こちらの魔具の装着をお願いします。これは町から出る際に返却して頂きますので、紛失または破損された場合は弁償して頂きますのでご了承下さい。それでは、エレントの町をお楽しみ下さい」


受付の男から渡された魔具はリストバンドに似ており、身分が証明出来ない者に渡す発信機の様な役割を果たす。当然勝手に外すことも壊すことも厳禁だ。ただ、町に滞在中に身分を証明出来る状態になったなら(例えば冒険者や何らかの組織に登録する等)外すことが許される。ヒメは袖がない服なので足首に、草麻は手首にそれぞれ巻いた。


二人が装着したのを確認すると、受付の男は二人を奥の頑強そうな門に促した。

受付所から町に繋がる小さな門だ。受付の男は扉の反対側にいる男に合図を出すと、がちゃりと鍵の開く音がした。ぎぎと如何にも重そうな音を出しながら門が開く。開いた先には念願の営みの灯りが見えた。


門の側に立ち、受付の男が軽く会釈をしながら二人を町に誘導する。

二人が門を潜る時に、受付の男が初めて柔らかな笑みを見せた。それは、町を誇りに思っている笑みだった。


「それでは、いってらっしゃいませ」




「やっと終わった」

荷物を担ぎながら、草麻は疲れた様に言葉を零した。

城門に着いてから約一時間。エレントの町の規約の説明等で草麻はすっかり気疲れしていた。久方振りの町であり、初めて目にする欧風な街並みに眼を奪われるが、いまいち草麻はテンションを上げきれない。


やはり深夜に近い時間帯で人もまばらなのも要因の一つだろう。

城壁を見た時の草麻のテンションと今のテンションはまるで別人の様だ。その落差にヒメは笑うと、草麻に声を掛けた。


「草麻。先ずは冒険者協会へ行くぞ。幸い、地図を見る限りそう遠くは無いからの」

「了ー解」


石畳を歩きながら、草麻は街並みを観察していた。

煉瓦作りの家が立ち並ぶ街路は否応なく地球の中世ヨーロッパの街並みを彷彿とさせる。だが、歩く人達は男女関係なく皆軽装ではあるが武装しており、この世界の日常に潜む危険さが否応なく判る。人類の天敵が人類だけじゃない世界故の光景だった。


やがて十五分程歩いた先に、冒険者協会はあった。

その建物は巨大で十階建ての高層ビル程の高さと広さがある。協会の建物を見て、草麻はヒメの言っていた世界有数の多国籍企業というのはあながち間違いではないと思い知る。同時に、準二級冒険者がどれ程の高位にいるのかも判った気がした。


草麻はやれやれと溜息を零す。

これだけデカい組織に、ヒメも簡単に登録すると言ってくれたもんだ。草麻は頬をかくと苦笑した。それはどこか楽しげであり、困った風にも見えた。


「呆けてないで、行くぞ」


促すヒメに、そういえばと草麻は疑問を口にする。


「ていうかさ、今の時間もやってんの?」

「冒険者協会を舐めるでない。協会は基本的にずっと開いておるわ」

「随分と手広いことで」


堂々と協会に入っていくヒメに続く様に、草麻は協会の扉を潜った。

広々としたエントランスは明るく、テーブルや観葉植物が置かれている光景は一流ホテルの様な印象を受ける。草麻がイメージしていた薄汚いギルド的な印象とは明らかに違う洗練された雰囲気に、ただの高校生だった草麻は気圧されてしまった。


それを感じ取ったのだろう、エントランスにいた者達は草麻に送る視線に嘲笑を込めた。常に武装し冒険者の肩書を持つ彼等に取って、鎧も着ずに大仰な荷物を持ち、少女連れの草麻は余りにも場違いだった。


不躾な視線を感じながらも、ヒメは堂々と総合受付と書かれた看板の下に進んでいく。

その後ろ姿に草麻は敵わないなと、苦笑してしまった。自分の従者ポジションに納得すらしてしまう。


受付には一人の女が座っていた。

薄茶色を基調とした服装の受付嬢は映画等に出て来る探検家の様だ。彼女は優しげな目をしており、栗色の髪を首辺りで纏めた姿は、正に看板娘といったところか。奇妙な草麻とヒメを見ても柔和な表情を崩さない彼女は、朗らかに言った。


「いらっしゃいませ。失礼ですがどのようなご用件でいらっしゃいますか?」

「貴女の終業時間を教えて下さい」


早かったし、速かった。

草麻は、ヒメの背後から受付までの距離を一足で埋めると、瞬時に受付嬢の手まで握っていた。余りの早業に受付嬢は、ぽかんと口を開ける事しか出来ない。


「はい?」

「僕は、草麻・五澄。よければ、お名前聞きたいんですけど」

「え、と。セーミア・フレルです」

「セーミア・フレルさんすね。うん、良い名前ですね。それで、何時頃仕事終わりますかね。僕、初めてエレント来てよければ食事処とか教えて頂きたいんですけど。時間空いてまずっ!?」


奇声を発したかと思ったら、草麻はセーミアの視界から突然消えた。

受付の机の陰に隠れてセーミアには見えないが、草麻は股間を抑え悶絶していた。巨大な荷物が小刻みに震える様は、不気味ですらある。ヒメはふんと振り上げた足を下ろすと、改めてセーミアに向き直った。


「儂の従者が無礼をした。すまんの」

「いえ、大丈夫ですよ」


セーミアは多少打ち解けた様に言葉を発する。

その表情は草麻の不躾な行いに怒っている訳では無く、むしろ感心しているようだった。


「でも、受付で手を握られたのは随分久しぶりです。良い従者をお持ちですね」

「褒められておるのか、皮肉を言われておるのか判断に迷うの」

「いえいえ、本心ですよ」


にっこりと笑うセーミアに、ヒメは溜息をついた。

力が無ければ、冒険者協会で夜の受付等やってられんか。


「改めて、ご用件をお聞きしてよろしいでしょうか?」

「終業時間を」「しつこいわ」


復活した草麻をヒメはもう一度蹴った。

再度倒れいく草麻を見ながら、セーミアは驚いていた。あの蹴り上げ方を見るに男性相手なら相当な衝撃の筈だが。


「随分早い復活ですね」

「釣鐘隠しは男のマナーですから」


セーミアの言葉に草麻は瞬時に立ち上がると微笑んだ。

一応古流武術の継承者である草麻は、睾丸を吊り上げる骨掛けを当然の様に使える。先程のヒメの打撃もぎりぎり引き上げるのが間に合っていたのだ。


「で、草麻よ。死にたいか」


草麻の背後から地鳴りの様な声が聞こえる。

草麻はセーミアから名残惜しげに視線を逸らすと、すすと脇へどいた。悲しい従者根性だった。


「ふう。それで儂等の用件じゃが、これを確認して欲しい」


ヒメは草麻の荷物から誓約書を取り出すとセーミアに渡した。

セーミアは受け取り、誓約書の内容を見ると一瞬視線を厳しいものに変える。そこには予想しない名前が記載されていた。セーミアは誓約書からヒメに視線を戻すと、柔らかに言った。


「畏まりました。それでは、確認に致しますのでこちらに手を翳して下さい」


セーミアは机から魔力検知器である球体を取り出す。

ヒメと草麻はもう慣れたもので、城門でやった様に魔具に手を置いた。やがて、結果が出たのだろう。セーミアはにこりと微笑むと、誓約書をヒメに返した。


「確認が取れました。相手の方は何時参りますか?」


「おそらくは明日の昼前には到着する筈じゃ。それで儂等はまだ宿を取っておらんのでな、宿の紹介もして欲しいのじゃが」


「畏まりました。少々お待ち下さいね。それで、お部屋はダブルでよろしいでしょうか?」


「なっ」


セーミアのあからさまな問い掛けにヒメは思わず咽せると、セーミアにきつい視線を送る。だが、羞恥が含まれた視線ではセーミアの微笑を消すことは出来なかった。ヒメは伺う様に草麻に視線を送ると、小さく声を出す。


「草麻。どうするかの、儂はまあどちらでもいんじゃが、お主がダブルが良いと言うなら、ダブルでも構わんぞ」


ヒメの言葉を聞いて、草麻は若干考えるそぶりをすると、軽く言った。


「ダブルの方が安いんすよね。俺達あんまり金無いんで、安い方でお願いします」


余りにも率直な草麻の言葉に、ヒメは憮然とした。

確かに今の所持金は盗賊団達が落とし、拾った物だけだが、一宿代位なら問題なく払える金額である。ヒメは草麻を睨むが、草麻の態度は変わらず平常通りだ。セーミアは二人を見ながらあらあらと若干楽しそうに口元を緩める。ヒメは唇を尖らせ、セーミアに言った。


「そうじゃな。安いからの。ダブルで頼む」

「畏まりました。それでは、こちらのお部屋は如何でしょうか」


セーミアは薄い透明な板に魔力を通し操作すると、ヒメに見せる。

透明だった板は次第に色が付き文字が浮かぶと、ホテルの詳細が浮かび上がっていた。ヒメはそれを吟味すると頷いた。やはり、憮然と。


「判った。これで良い」


「畏まりました。それでは、今からご予約をお取り致します。もし、キャンセルされる場合は、キャンセル料が掛る場合があるので、ご御了承下さいね」


「ふん、判っとるわ。それより、相手が儂等より早く来た場合は言伝も頼む。ホテルの部屋番号も教えて構わん」


「承知しました」


セーミアはやはりにこりと微笑みながらヒメの言葉を聞いた。


「草麻。行くぞ!!」

「うえ、俺、フレルさんの終業時間聞いて無いんだけど」

「バカ者!お主の様な間抜けに教える訳ないじゃろうが!」

「酷っ!」


さっさと歩くヒメに、草麻も慌てて走り出した。

その後ろ姿に一つ声が掛る。


「因みに、私の終業時間は五時ですよ」


セーミアの声だ。


「マジですか!それじゃ、その時間にまた来ます」

「バカ者!お主の就業時間は年中無休じゃ!遊んどる時間等ないわ!」

「マジでか!?」


慌ただしく去っていく二人を見て、セーミアは思わず楽しげに笑った。

受付にあるまじき態度ではあるが、偶にはいいだろう。明日は休日で買い物の予定だったが変更である。明日は此処に居よう。いや、ホテルのロビーでもいいかもしれない。セーミアは仕事中にも関わらず笑っていた。と、そこに野太い声が掛る。


「セーミア。珍しいじゃねえか、お前が新顔にそこまで気を許すなんて」


男はエレント冒険者協会に於いて古参の一人だ。

彼が見る限り、セーミアが新参者にあそこまで気易く話すのは初めての事だった。本来の彼女は柔和ながら極めて事務的に受付をする。間違っても、ヒメに言った様にからかいに近い言葉を発する事は無いし、あまつさえプライベートな事を言う筈もない。そんな彼女がまずお目に掛れない対応をしたのだ、古株の一人である彼が気にならない訳が無かった。


「うーん。確かにそうですね。でも、実際気になっちゃたんですよ」

「ほーう」

「だって彼、私の手を握れたんですよ」


言って、セーミアは手を握り締めた。

三級冒険者並みの戦闘力を持つ彼女はエレントの協会内では有名である。即ち、鉄壁の受付嬢として。実力を勘違いした新参冒険者達が、柔らかな彼女に何度叩きのめされたか判らない。それが、崩されたのだ。彼女が気に掛けるのは当然だった。


「成る程な。ありゃあ、お前さんが握らせた訳じゃなかったのか。だが、それだけじゃ、ねえんだろ」


にやりと試す様に笑う男を見て、セーミアは溜息をついた。

変な所で鋭いのは、この男が優れているのか、自分が未熟なだけなのだろうか。セーミアはぼそりと、男にだけ聞こえる様に言った。


「明日には貴方の親友達が戻ります」


セーミアの呟きに、男は獰猛に唇を歪めた。

楽しげに、納得したように男は無精髭を撫でると、セーミアに言った。


「へーえ。成る程な」


男の瞳にはギラついたモノが宿っている。

クロスとセリシアが戻って来るか。ふふと男は愉快そうに笑みを零す。男は踵を返すと背後のセーミアに言葉を投げた。


「ありがとよ、セーミア。あとすまねえな、受けた依頼はキャンセルだ」


悠然と歩く男の姿を見ながら、セーミアも言った。


「畏まりました」


受付としての責務を果たしながら、セーミアは思う。

やはり、自分が未熟なだけだ。興味という感情だけで客の情報を漏らすのだから。だが、後悔は無かった。何故なら自分は冒険者。好奇心だけで危険を冒す生物なのだから。



協会から出た男は夜空を見上げた。

満点の星空が見える。明日からは詰まらない依頼を完遂する予定だったが、思いの外楽しい事が起こりそうだ。戦闘力のみで準二級冒険者に上り詰めた男、ディートリヒ・ベクターは野獣の笑みを唇に浮かべていた。

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