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第十三話:悪魔、滅びる

ラズ、覚えているかい?私は昨日のことのように覚えているよ。私とお前は、この深淵で戦った。人間界を挟まず、天界と魔界が隣り合うこの場所で。人間界を押し潰そうっていうんだろうが、まあよしてくれるかい。まだ使いようがある。使い道がなくなったら、私が壊してやるさ。深淵のわずかに向こう、輝くのがお前の力だ。あっちは未来、普通は手が届かない。だから、用意してやったよ。時間の欠片を。お前は大天使稲妻の、絞りかすとも言えないような代物だが、この場所だったら使えるはずだ。自分の力と連動すれば、苦もないことだろう。お前はいらないが、力は欲しい。私が見ていてやるよ。やってみな。


……どうした、しないのかい。待っていたって何も起こらないよ。それより、一か八か復活すれば、戦えるかもしれない。もちろんこんな状況で三秒未来に手を突っ込めば、力を引き寄せた頃には殺されているかもね。でも、私を倒そうというならそれしかない。他の手段がないから、あんたは人間の世界にいた。違うかい?そうだ、聞き分けがいいね。復活だよ。それと同時に、死ぬかもしれないけどね。


……ラズ、あんた何をした?知らないわけがないだろう、あんたの力が、こんなに強く輝いて……!答えろ!何が起きている!



そこから先は大変だった。ラズがいなくなった後、取るものも取りあえず南アに飛び、もう霊能協会もジンの仲間の精霊族のツテも全部使って手に入れたのは、水色のダイヤ。正確にはダイヤではなく、似たような分子構造の結晶の中に、時間が塊になって入っているヤツだ。あまりに知り合いを動かしまくったので、いい加減にしてくれとミナカタが怒っていた。飛んでこいとは言ってない、そっちで調べられることを頼んだだけだ。三日もあればできるだろう、明日までに頼む。


ラズが連れて行かれた場所が、人間の世界と連動した時間を持っているかがわからないので、時間制限がまったく不明。全速力なら間に合うというなら、止まって休む暇などない。ダイヤを手に入れてもどうにもならないので、今度はプエルトリコに連絡して、500メートルほどの六芒星を描かせてほしいと頼んだら怒られた。もう無理かと思ったが、口座の預金残高の金額を全部突きつけたら描いておいてくれたので、気のいい連中なのかもしれない。フロリダは気脈が乱れすぎて使い物にならず次善の策だったが、出入り口が開けば何もないよりマシだろう。すぐにプエルトリコ行きの便を確保して飛び乗った。


 移動の間嫌が応にも時間が空き、泥のように眠ってしまった。その間、夢を見ていた。光の中から誰かが話しかけてくる。この悪あがきが、上手く行っているのはなぜだと思う?私の意思だ、となんだか威張っている。手を貸すんだ、そうすればお前を引き上げてやる。そんなことを言って手を取ろうとするそいつが癪に障ったので腹に一発見舞ってやった。忙しいんだよ、こっちは。目が覚めるとプエルトリコの空港で、ジンと一緒に飛び出した。そのときに、心の中で毒づいた。手を組むつもりはない。利用しているだけだ。お互いにな。誰に言っているのか自分でもわからなかったが、どのみちこれしかないだろう。お互いにな。


着いた後は、マルコムのイタズラを見ていたことが幸いした。プエルトリコの魔方陣で見よう見まねの時間魔法を発動し、小さくつぶやいた。ラズ、後は頼んだぞ。できることは片っ端から全部やりつくしてへたり込み、空を見上げる。分厚い雲、吹き付ける突風。その中に一陣の雷鳴がとどろいた。


終章:魔導師、別れる

プエルトリコの海岸線。沈む夕日を見る趣味などなかったが、たぶんここだろうと思った。なぜかと聞かれれば理由はない、霊能者には第六感というものがある。オレはあまり頼ったことがないが、たぶんそんな感じのものだろう。お前も来るか?とジンに聞いたら残っているという。何に気を遣ったのかは知らないが、本人がその方がいいと思ったようなので指輪を置いていった。水平線を見ていると、後から誰かが来て横に立った。ちゃんと見ていないが、たぶんそうだろう。よお、と無愛想に声をかけた。

「ラズ、どうだった」

明らかに身長が高く子どもではないが、たぶんそうだろう。砂漠の街で一瞬見たときの印象では、こんなものだった。隣に立ったラズは、エルザを殺したという。二回。二回もどう殺すのかと聞けば、エルザは命を九つ持っており、一度倒して、逃げるときに命をもう一つ犠牲にした。だからあと七つかそこいら持っていて、死んだわけではない。その気になれば再び現れるだろう。ただ、そのうち復活するだろうが、その脅威はなりを潜めるはずだと言う。まあそんなものだろう。そこまでできれば上出来だ。そう言うと、二人してしばらく黙り込んだ。こういうのは聞いておくものなので、一応オレから切り出した。

「滅ぼすのか?」

ラズは、たぶん真剣に考えていた。顔を見ていないから想像だが、ラズの考えていることなんてだいたい見当がつく。ラズはしばらくして口を開いた。自分は破滅。振り下ろす鉄槌には迷いも躊躇もない。……だが、自分の中にいる誰かが、それをやめろと言っている。その一点の曇りがある限り、私が拳を振り上げることはない。そんなことを言っていた。オレは黙ってその場を離れた。どうした、と聞かれたので答えておいた。

「天使様のご高説なんて興味はねえよ」

ラズは、そうかと言って黙った。オレが振り返ると、ラズは夕日に向かって立っていた。

「ラズ」

名前を呼ばれても振り向きもしないが、たぶん聞いているので言っておいた。

「元気でな」

ラズはしばらくその場に立ち尽くしていた。しかしその姿は、じきに夕日の中に溶けて消えていった。



「なーんでオレがついてこなきゃいけないんだよ!」

今まで散々ついてきたくせに、ジンが文句を言っていた。一通り解決したらオレは当然日本に戻り、売れないライターを続ける。一つ考えていなかったのは、帰りの渡航費用がない。プエルトリコのヤツらに全部突きつけたのでもう一文無し、あの金額が百万円少なくても効果は同じなのにそんなことも考えずにすっからかん。おかげでもううんざりしているミナカタにまた頭を下げて、飛行機を手配してもらった。ここまでさせるとさすがにオレも頭が上がらず、何かにつけて下請けのように仕事を回されている。ミナカタの事務所は評判が上がり、ホームページを更新した。オレを従業員に入れるんじゃねえ!そんなことも言えずに、今日も東京をうろついている。


ジンは周りをふわふわ浮いてついてくる。オレが指輪を持っているのでそれしかないのだそうだ。どこかに置いておくか?と聞くと、それはそれで困るらしい。どうしろと言うんだ。外をうろついているときは不満を言わないのに、家に帰るといろいろ言い出す。なんで一部屋しかないんだ、さすがにないとわめいている。ラズがいたときはそんなこと言わなかったのに今さら何を言う。これが女の子なら文句を言うのもわかるが、お前は我慢しろ。


最後にはジンがふてくされて指輪の中に戻るのがお決まりのパターン、ようやく静かになってノートを取り出した。なにせ今はミナカタの下請けみたいなものなので仕事の管理とかスケジュールとか自由にならず、ノートにつけているとだいぶたまってきた。新しいノートに進捗をメモるのに前のノートを取り出すと、バラバラと棚からそれっぽい束が全部落ちた。ため息をついて拾っていると、ボロボロになったきたねえノート。どうやら一枚切り取られている。こんなものがあっただろうか、と開いてみると思い出した。ラズに押しつけた落書き帳だ。きたねえ文字でR、A、Z。残念ながら、あの一連の事件は夢でもなかったらしい。


落書き帳を机に放って、必要なノートを探す。すぐに見つけたのだが、ふう、と息をつくと窓の外に目が行った。夕焼けの街。ラズが消えていった夕日は、こんな色だった。窓を開けると、情緒も何にもねえ強い風。すぐに閉めて、感傷なんてバカバカしい、と我に返った。散らばったノートをしまうときに、ラズの落書き帳にも目を落とした。ふと気がつく。端っこに何か描いてある。ラズの名前とは文字が違う、書き慣れた筆記体だった。

「Thanks」

……オレは落書き帳をノートと一緒に棚に放り込むと、畳に仰向けになった。オレは神などどうでもいい、天使も悪魔も興味はない。来たってすぐに蹴り出してやる。訪ねてきたのがうるさいガキなら、会ってやらないこともない。


~了~


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