第十一話:魔導師、取り合う
フロリダ半島の突端。世界有数の観光地もほど近い大都市には、異世界の住人など縁がないように思える。しかしここは、認識されていないだけで強力な力場を作る条件がそろっている。その影響が最も強く出るのが海で、フロリダ半島からプエルトリコとかあとどこだかの囲むあたりは普通に見たって事故が多すぎると有名だ。たぶん作られた力場が強すぎて船とか飛行機の計器に影響しているのだろうと思う。思うが、肝心の船とか飛行機の計器の知識がないので、多分そうだと思う、というところでオレの考えは止まる。
この街に来たのはラズの要望だった。本当は気が進まない。地中海沿岸にいたのは気候が安定しているからだが、アメリカ大陸になど移動したらその範囲は楽勝で出てしまう。まして、アメリカは竜巻や嵐が多いと有名だ。もっとも、敷地がデカいから数えると多いのであって、発生頻度は他の国と同じではないかとも思う。思うが、気象変化の知識がないので、思うだけだ。
この地域が特殊なのは霊能者のみならずもう一般常識、というレベルの特別な場所なので、何かあると言われれば否定はしない。まして、ラズの意図が大まかに判明し、鍵となるアイテムを手に入れたことでエルザの追跡は激化すると思われる。逃げながら調べ回る時間はない。むしろ、数日でも天候がいいなら乗り込んで速攻で片付けるべきだ。
……片付けるべきなのだが、問題はこの街が世界有数の観光都市、大都市であるという点だ。ショッピングモールを見ればラズが入りたがる。詳しい事情は知らないのでついていったら、普通に棚を見て目を輝かせていた。飽きた頃に出ることになったので、ただの道草だったと思われる。ラズだけでもそうなのに、ジンなんて海が見えたとアホ丸出しで大はしゃぎ、水着を手に入れて泳ぎに行こうなんてふざけたことを言う始末。黙れ、野郎の水着なんて興味はない。ましててめえは水に弱いんだから行ったところでできるのはひなたぼっこ、その辺のビルの屋上ででもやっていればいい。そう言うとふてくされてどっかに行った。指輪で呼びつければすぐに戻ってくるので、しばらく放っておく。
ラズと二人で街をうろつくが、オレは何を探せばいいのかわからない。ラズに聞いても同じことを繰り返すばかり。
「こんとんのふかぶち!」
言葉が全部平仮名だと耳でわかるくらいたどたどしい。砂漠の街でグールが口走った言葉だ。混沌の深淵、なる場所で何かの戦いがあった。そして、ラズはその場所に行きたいらしいのだ。混沌の深淵とは何か、とグールに聞いたが、え?あ?え?と言い淀んだ。すっとぼけているのだろうか。違うだろう、すっとぼけるのが遅すぎる。たぶん言ってはいけないであろうことを山ほどしゃべった後だったので、本気でわからなかったという見方が強い。それ以上のことは本当に何も知らなかったのでこれ以上締め上げても仕方がない。あっちに走るなら見逃してやる、と言うと一目散に砂漠の向こうに消えていった。砂漠の街は大騒ぎで、爆弾だなんだと警察が行き交っている。仕掛けたのがグールたちなので、爆発物ではなくガス管に火でもぶっこんだと思うのだが、そんなことを教えに行けば知り合いのいない外国で逮捕されて、現地語はしゃべれないから言い訳も出来ない。この手の話を黙っていることは普段から結構あるので、素知らぬ顔で街を出た。アプロポーピスの遺体、正確にはその残骸のある場所を例の秘密結社に教えて、琥珀を手に入れたらもうやることはない。秘密結社にそんなものを渡して大丈夫かというと、もしあれを修理とか流用できるならずいぶん前に歴史が動いて魔法文明は復興しているので、まあ問題ないだろう。
ラズがキャッキャと街を見て回る。オレはポケットから琥珀を出すと、その向こうの茶色くなった足下を眺めた。時間の欠片なるアイテムらしいが、使い方がわからない。時間魔法などというものは、歴史上で何人かの変わり者が「理屈では出来る!」と言い出して総スカンを食らったようなものなので、技術どころか考え方もない。オレだってよくわからない。修行するとき、練習して身につく技術がいくつかあるのに時間魔法を優先するわけもなく、話に聞いたことがある、という程度だ。だからこの琥珀のような塊は人間では扱えず、持っていても意味がない。意味があるとすれば貴族階級の悪魔、あるいは高位の大天使。それなのにラズときたら、琥珀をオレに押しつけて「持ってて!」ときたものだ。そりゃあかさばるし持ちにくい、それはわかる。でも、大事な物は自分で持ってろ、それくらいは強く教えた方がいいのだろうか。
その辺のカフェに入って昼飯を食う。一食に7ドル40セントもかけられるなんて大金持ち、二部上場のサラリーマンにでもなった気分だ。毎月会社から25万も入ってくれば左うちわの生活が出来る。生活以外はひいひい言っていると聞くのでなりたいとは思わないが、とにかく金持ち気分だ。ラズはその辺で集めてきた観光用のリーフレットに落書きしている。急かしたところで速くならないのはもうわかっているので、優雅に飯を食おうと思っていた。すると、ラズがオレのワンプレートランチの上にリーフレットを突き出してわめき始めた。
「これ!これ!」
うるせえ、飯の時間を邪魔するのは人間が一番やってはいけないことだ。普段から飯を食っているヤツが相手ならともかく、オレにはそうだ。落ち着いて飯を食うには話を片付けた方が速いのでリーフレットを見た。この辺の地図の上に、汚く絵が描いてある。でっかい丸の中に、星。星は五角形を真ん中に置いたものではなく、六つの角があるヤツのようだ。
「……六芒星か?」
そう!とラズが嬉しそうにはしゃいだ。普通の星、いわゆる五芒星は魔除けとか、逆さまにして魔を引き寄せるのに使ったりする。六芒星は少し用途が違って、召喚に使うことが多い。要するに、出入り口を開くのだ。ラズが地図の上にこれを描いたのは、他に紙がなかったのだろう。……と、思う。紙ならあった気がするが。もし地図の上に描いたことに意味があるなら、その直径は500メートルという巨大な六芒星だ。もしオレにそれを描けと言うなら土台無理な話、どこでもいいというならともかく街中でやっていたら警察とか土地の持ち主とか通行人に殴られてしまう。ここは日本ではないので、シャレにならないぐらい殴られるだろう。完成する遙か前に、描いた端から消されるのがオチだ。説明しようにも説明するほど疑わしい、というのは同業者のまともな連中の間では常識で、そもそも諦めるのがいいとされている。こればっかりはオレもそう思うのだ。だから、ラズの言っている話を鵜呑みにしてはいけないし、することはできない。オレは、リーフレットを机に置いて難しい顔で眺めた。何かを考えているわけではない、とりあえずポーズを取ればラズが納得して、飯が食えるのだ。
飯を食ったら協力者に連絡した。フロリダなど来たことがないので、知り合いがいないことはもちろん土地勘もない。だから、ここで何かをするなんてまず考えられない、普通は。とりあえず来たがどうしたものかと思っていたときに携帯に届いたEメール。見たことのあるアドレスだと思ったら、霊能管理職協会だ。もう休会したのだが、ときどきメルマガみたいなのを送ってくる。ダメ元で、このあたりを拠点にしている識者を聞いてみると、教えてくれた。一応広報の一環らしい。
マルコム・スラッガー。霊能協会のお膝元にいるのだから当てにならないと思ったら、まともなヤツだった。力は弱いが対応はいい。人当たりもいい。手助けを頼むと、灰色のアルマの頼みなら、と無理を聞いてくれた。なるほど、こういうヤツが売れっ子になるのか。ミナカタが売れるのもわかる気がした。マルコムの事務所で必要な段取りを踏んでもらい、宿を取った。ガキどもは部屋にぶーぶー言っていたが、前の宿よりだいぶ思い切ったのだから文句を言うな。部屋がしょぼく見えるのは、周りが豪華すぎるからそう見えるだけで気のせいだ。グレードはちゃんと上がっている。
電話するとマルコムは、大変ですね、と一言漏らした。向こうは向こうで忙しく、こちらも事情など言ってはいない。言えば百発百中で叩き出されるヤバい話なので、とても言えない。でも助けは必要なのでこうなってしまうのだ。このあたりでおかしなことはなかったかと聞くと、守秘義務があるのでこれ以上は、と濁された。そりゃあそうだと納得して電話を切ろうとすると、マルコムが言った。
「……実は、厄介な案件がありまして、対応が難しいかと……もし解決できるとすれば、とびきりの霊能者しか……」
まあマルコムも根っこは霊能協会なのでこういうことを言う。辟易しているところだが、助けてもらっている手前文句も言えず、どこだ、と聞いてみた。
「近くだな。行ってみる」
電話を切ると、ラズが誰?誰?と聞いてきた。基本的に向こうの事務所には押し込めない。個人情報が山ほどあるのだ。ミナカタの事務所に押し込んだことが何度かあるのでいけるかと思ったら、断られた。ミナカタを引き合いに出して連絡してみると、「あれ、本当はダメなんだ」とトドメを刺され、今度からミナカタの事務所にも入れない。知らないから入っていたが、知っていても上がり込むほどオレは肝が据わっていない。だから、ラズはマルコムに会ったことがない。オレは、向こうが使っているというテレビ電話とか、SNSのアカウントのアイコンとか、その辺で顔は知っているので、これから会うのがマルコムだ、と伝えておいた。ラズは自分で聞いておいて、ふうんと流した。興味がないなら聞くんじゃねえ。
この町には巨大なビル街があり、地下空間も開発されているので上にも下にも立体的だ。その中の、あるビルの地下。誰でも入れる共有空間のような通路なので降りてみた。マルコムがこの辺をうろついているはずだ。聞いた話では、怪生物が目撃されているとか。アメリカというのは最近発見された歴史の浅い場所なので、この辺の伝承は神や悪魔という話が少ない。先住民はトーテムとかそういうのを信仰して争わず、最近の人間は妙なことがあると宇宙人とかチュパカブラとか、とにかくリアル志向のSFに走る。信憑性で言えばどちらも似たようなものだが、なぜかSFの方が賢い発言らしい。本当に賢いヤツはどっちもどっちだとわかるだろうが。
歩いて行くと、途中から電気が消えていた。ロープなど張っていないので先に進む。その先に、誰かがいた。三十代ほどだろうか、男だ。目の色がおかしく、息が上がっている。口から血を流しているが、自分の血ではないようだ。昔の人間なら悪魔憑きとでも言ったのだろう。今の連中なら精神障害と言うだろうし、オレなら割と最近経験したので頭に虫でもついたのだろうと予測がつく。間に合わないと思うがやってみよう。襲いかかってきたそいつの喉元を捕まえて、力を込める。圧力を上げた甲斐があって、すぐに半透明の虫が出てきて、捕まえた。男は倒れて、まあさすがに手遅れだろう。半透明の虫は、身体から出たが本来は寄生生物なので、すぐに力尽きた。これだけのことだが、できないヤツはお手上げなのでマルコムだって困ったのだろう。オレからすれば誰に憑いているかわかっていれば難しい仕事ではない。手遅れだった男はともかく、イモムシはたぶん悪気までなかったので殺さずにすむならそうしてもよかった。しかし、本来の生息地に送り返す手段がないので、こうなってしまう。イタズラすんなよ、と小さく漏らすと、せめて街路樹の根元にでも置いてやろうかと考えた。しかし、オレの意識があったのはそこまでだ。急に何も見えなくなり、気がつけば暗い部屋にいた。
部屋の片隅に縛られたオレは必死に身を捩ったが、がっちり縛られて動けない。指先を必死に動かしても、結び目に届こうはずもなく。目の前にラズ。目の前と言っても、部屋の対角線上、向こうの角で同じように縛られていた。ラズも必死に逃げようとしているが、逃げられるはずもない。部屋の左手側の隅には、マルコムがいた。オレの着ていた上着を探っている。
「マルコム、てめえ!」
「お目覚めかな、魔導師」
マルコムを直接見るのは初めてだが、こうなると疑いようもない。人間ではあり得ない強烈な存在感。魔性、しかもそうとう悪意の強い者だ。マルコムはにやりと笑ってオレに上着を放り投げた。
「どこに持っている?時間の欠片を」
オレの荷物を一通りあさったのであろう、見つけられずにこちらに聞いてきた。時間の欠片は悪魔連中にとっても特殊な物なのだろう。存在を感じ取ることができないようだ。だから、オレたちを拉致して身ぐるみ剥ぐのが一番速い。エルザと情報を共有していれば、持っているのを知っているだろう。マルコムが歩み寄る間、オレは必死に考えた。時間の欠片は大きくかさばり、持っているのが面倒で押しつけられるのもゴメンだった。だから、ラズがショッピングモールで買って肩から提げていたポシェットに突っ込んだのだ。ラズは知らない。聞いても持っていないと言うし、マルコムはかなり強力な存在のようだからウソくらい見抜けるだろう。だからオレの荷物を先にあさったのだ。
教えるわけにはいかないが、黙っていても殺される。どうする?……ここで一つ疑問が湧いた。コイツがエルザの手下なら、四の五の言わずにラズを殺せばいい。だが、コイツはオレもラズも殺さず、時間の欠片に執心している。なぜかと問うと、マルコムは語り始めた。おそらく、自分の正体を伝えれば交渉が捗ると思ったのだろう。
昔、大きな争いがあった。その中心にいた魔王は、力の根源たる指輪をはめた指を、英雄に切り落とされた。指輪に封じられた魔力はその後も世界を恐怖に包まんともくろみ、旅の者によって壊されたのだという。しかし、この話には語られていない部分がある。魔王が英雄に切り落とされた、指輪をしていた指だという。
強力な魔力を最も強く受け取っていた指は、魔王の野心と指輪の持つ破滅の力を受け継ぎ、長い年月の末に一つの魔性の存在となった。恐怖と混乱を愛する、指輪の王の一部。サウロン・リングフィンガー。魔王の指先が、この男の正体だという。
「時間の欠片はエルザにしか使えないわけじゃない。私にだって使える」
ここまで聞けば予想はつく。太古の昔に失われた力を呼び戻すには、歴史を変えるのが一番速い。正確には、消える寸前の力を現代に呼び込んで保護する。そしてタイムパラドックスを作らず野望の続きを今始める。そうすれば、この男は天上世界と魔界を含む世界有数の脅威として復活する。だから、時間の欠片をエルザの手元に持っていく前に、自分で使おうというのだ。
「なぜオレとラズを……捕まえておく?」
「いろいろ聞かねばならないからね。この位置なら、届かないしよく見える」
……つまり一人ずつ尋問するより、その様を見せつけようというのだ。お互いが締め上げられる光景に耐えられなければ話が早い。意に介さなかったとて、一人ずつ拷問にかけるのと変わらない。なかなか見上げた根性をしているものだ。
オレは周りを観察した。どうやらマルコム以外には誰もいない。今は軍勢を持たず、一人が得策と見たか。コイツの目的が暗躍なら、それもありえるかもしれない。だがそれは、同時に一つの事実をもたらした。
「ラズのカバン。上げ底になっててな、その下だ」
アルマ!とラズがわめいたが、もう言ってしまった。マルコムはラズのカバンをひっくり返して、見つけた。時間の欠片だ。くくく、と笑ってその中を見つめる。オレはその様子を、息を潜めてみていた。一つの賭けだが、たぶんそうなるはずだ。
マルコムは時間の欠片をのぞきこむように掲げるとその向こうに何かを見たようだ。オレにも見える。そうか、あれは穴なのだ。琥珀の中に空いた時間の穴が、どこから見ても向こうを映す。その向こうに、燃える炎のような何かが映っていた。
「礼を言うよ、魔導師。復活したら真っ先に殺してやろう」
「……楽しみにしてるぜ」
マルコムが琥珀を見つめて目を見開くと、突然背中が青く燃え上がった。マルコム自身驚いたようで、うおっと声を漏らして視線を外す。高位の大天使を持ってして大技とされる時間魔法がバランスを崩すにはじゅうぶんだった。過去とつながりかけた時間の穴が、本体の滅亡を映し出す。それと連動するように、マルコムの力の大半が時間の欠片に吸い込まれた。みるみる体力を失い、膝をつく。
「な、何が……」
「……お前はな、さほど信用されていないんだよ」
マルコムが時間の欠片を欲しがっていることをエルザは知っていたのだろう。だから、勝手に使おうとしたら自滅するように罠を仕掛けておいた。エルザがこいつの正体を知っていたとすれば、当然とも言える措置だ。おそらく何かの予防線が発動すると思ったら、その通りだった。くそ、とオレをにらむマルコムからは、以前のような強力な威圧感はない。いまだ人間よりは強く、縛られていなくても敵わないだろうが、オレは必死に身を捩った結果ズボンのポケットに入れっぱなしの秘蔵のアイテムに気がついた。人畜無害の、オレの指輪だ。
「ジン!」
窓の格子をぶち破ってジンが入ってきた。なんでビーチボールなんて持ってるのかは知らないが、とにもかくにもやってきた。いくらアホのジンとはいえ、オレとラズが縛られていて男がもはや自分の魔性を隠せないほど衰弱した今、危機であることは理解したようだ。正確には、窮地なのはオレではなくマルコム。ジンはおそらく、弱り切ったマルコムより強い。マルコムは、くそ!と吐き捨てると時間の欠片を持ったまま逃げていった。逃がしてなるかとジンをけしかける。
「ジン!何してる!」
「わかってるよ!」
わかってるよと言いながら縄をほどきにかかったので、どうやら全然わかっていない。しかもラズからほどいたのでこちらの説明を聞いておらず、マルコムを追うのが優先だと言って聞かせたときには敵はもうどこかに消えていた。
ジンの判断ミスについては不問に付した。何のかんの言ってこいつがいなければやられていた。ほめられたものではないが怒ることもできず、助かった、と礼を言った。時間の欠片が奪われたことでラズはショックかと思いきや、また探そうと言っている。そういうアイテムが世界に何個かあると言っていたな、グールが。どこの何かもわからないのに探そうというのは恐ろしく骨が折れるので、ぜひ時間の欠片を取り返そうとオレが頼んだ。別に欲しくもないのに。そんなアホなやりとりをラズと一緒になってやっていると、ジンがなあなあと何か言いたそうだ。今回は助けてもらったので一応聞いてやることにした。
「ビルの屋上にな、たくさん人がいるんだ。人間じゃないみたいだぞ」
オレはラズと顔を見合わせた。ラズも驚いているのを確認して、ジンに向き直る。
「詳しく聞かせろ」




