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第九話:魔導師、砂漠を征く

「おい、ルシウス」

「……」

かつては魔界72人の猛将に数えられた歴戦の強者は、黙って立ち尽くしていた。目を丸くして固まっている。たぶん頭の中も完全に止まっているだろう。目の前には大砂漠。ここに欲しいものがある。はずだった。



エジプトに着いたオレたちは、古代遺跡を望む砂漠地帯にやってきた。砂漠地帯といっても有名な場所なのでコンビニもファミレスもチェーン店もある。生活にはほぼ困らない。だが、ルシウスがなんだかモメていた。

「てめえ、オレが誰だかわからねえのか!」

「ルシウス様は目の前にいるだけですくみ上がるような迫力のあるお方だ。どこの変化か知らんが、いたずらはするな。ルシウス様が怒るぞ」

この町にはその手の連中がある程度自由に行き来して人間の街にネットワークを作っているらしい。だから協力してもらおうと、古物商に向かって秘密の暗号みたいなのを伝えてルシウスが自分の正体を明かすと、軽くあしらわれた。無理もない。ルシウスは自分でも予定外に姿を消し、その力の大部分をどこかに置きっぱなしにした。今ここにいるのは、力の大部分を失ったルシウスの意思のみ。ルシウスしか知らないことをいくら知っていても、まあルシウスの知っている程度のことなので、よく知ってるね、ですんでしまうらしい。この町に来れば幅をきかせられると思っていたルシウスの魂胆は大ハズレ、よそ者だと思われて相手にされていない。熱くなったルシウスが叫ぶのを、オレたちは三人そろってテイクアウトのコーヒーとかジュースをすすって聞いていた。

「わかった!てめえが納得するように、持ってきてやる!オレの本体を!」

はいはい、と言って金勘定をする古物商に背を向けて、ルシウスが帰ってきた。とりあえずオレたちの身元を安全な場所に移そうと言っていたのは完全に後回し。とにもかくにもルシウスの用事を済ませることになった。

しかし、問題が。この町は砂漠の町、炎天下の中を子どもがうろつくのは負担がデカい。ラズをなめてはいけない。東京の駅前だってもう疲れたと弱音を吐くのだ。まして体力バカのルシウスの用事なんてオレでもついていく自信がない。ルシウスがこっちの体力の限界など考えるわけがない。こないだ会ったばかりなのに、断定的にそう思った。こんなことを言うとルシウスが怒ると思ったのだが――本当にオレのこの悪癖は直さないと殺されてしまう――ルシウスは言い返すこともできず、ぐう、とうなった。最終的にルシウスが力を置きっぱなしにした場所まで行くために、砂漠用のジープを借りることになった。快適ではないが、まあ歩くよりはいい。ルシウスは人間の町でジープを借り、えらく揉めていた。高いだの安いだの聞こえてきたので、立て替えてやる。そういえばコイツはレート20の賭けから逃げてはぐらかそうとしたので、まあそういうことだろう。別に金を払っていい人ヅラしたいわけではない。自分が乗るのだ、粗悪品ではオレが困る。ジープを借りて移動するとき、ルシウスに頼むぜ、と言われた。人間だからできるだろう、と思っていたようだが、オレは日本国内でしか車の運転などしたことがない。一瞬暗雲が立ちこめたが、一応運転席を見てみた。ミッションだが特別な仕様はない。最近のメーカーは気が利くものだ。このままでは暗礁に乗り上げるので細かいことは考えなかった。オレは地獄で閻魔に舌を抜かれる遙か前に、地裁で裁判官に殴られるだろう。


ルシウスの指示で走るのは、砂漠のど真ん中。驚いた。何が驚いたって、砂漠の上でもオフロードカーというのはこんなにパワーが出るのか。気持ちよかったので、日本に帰ったら久しぶりに車を借りて海岸線を流してみるかな。この辺だろうと車を止めると、ラズはもちろんジンもルシウスも目を回している。根性無しどもめ。ともかくルシウスの尻を蹴飛ばして降りさせる。コーイチにくっついていくとき、いちいち隠す暇がなかったのでだいたいこの辺なら大丈夫だろうと砂漠にぶん投げたらしい。だからこの辺だ。それ以外の情報がない。見渡すばかり砂漠にしか見えないが、まあ本人はわかっているのだろう。自分のことだし。ルシウスは固まって動かなかった。目が点になって微動だにしていない。大丈夫だろうか、心臓くらいは動かさないとお前が発作で死んでしまうぞ。でも動く様子がないので、ルシウスが死ぬ前に切り出してやった。

「……なくしたのか?」

ルシウスは後ろ向きに倒れ込んで大の字になった。口から泡を吹いている。悪魔というのはカニとも親しいらしいのでそのつながりか、びっくりして倒れたかのどっちかだ。それ以上追及せず、そのどっちかだろうと結論して起きるまで待っていた。車の中で。


夜になると、ルシウスが車中のオレを呼び出した。携帯食料で晩飯を食っていたところに窓を叩いてきたので、しぶしぶ開けたばかりの缶詰を置いていった。戻ってくる頃にはオレの分などないだろう。わかっていることは割り切って、ルシウスの話を聞いた。

「おそらく、オレの力の本体を持っていったヤツがいる。流砂は避けて投げたんだから、他になくなる理由がねえ」

この話の大前提である「なくした」という説明がぶっとんでいるが、わかっていることは割り切る。要するに探さないといけないのだ。見当はつくか?と聞くと、厄介なヤツがいるかもしれない、という。

「オレの力は、ほとんどここに置いてあった。持っていけるヤツなんて限られてる」

鍵がなければベンツを盗めないようなもので、価値があっても運ぶ手段がない代物なのだそうだ。もしこれを持っていったヤツがいるとすれば、かなりの力か制御技術の持ち主だという。もし運べたならすでに根城に持って帰っているので、それなりの交渉がいる。ただし、ルシウスの力を一番有効に使えるのはルシウスなので、そいつがルシウスの力に価値を見いだしたなら付け目はあるそうだ。まあいろいろと都合のいい推測だ。ルシウスに使ってもらわなくても、使い道があるから持っていったのだろう。それにオレなら、アリが小さく分けて持ってったんじゃないかとか、とにかく数えていけばたくさんある「もうダメ」というルートが先に浮かぶ。まあルシウスは当事者なので、信じられないしそう考えたくないのだろう。それはわからないではない。

「とにかく、探すぞ!」

「まあ、明日からな」

息巻くルシウスをほったらかして車に帰ろうとすると、呼び止められた。

「待て。そっちの話も聞かせろ」

ルシウスは聞いた。一体あいつと何をしている?あいつというのは誰かと問うと、ラズのことだという。精霊族はたまに人間と一緒にいるから気にしていないが、あいつはなんだ?……まあ、ルシウスの質問はもっともだ。一緒に旅をしているならお互いに何がしたいかくらいは話していると普通は思う。まさか三人そろって雰囲気だけで旅をしているとは夢にも思うまい。しかし、ルシウスはおかしなことを言った。

「オレにも聞かせろ。ヤバい話は楽しいものだ」

ルシウスは確かにそう言った。力を失った今でも強力な存在であるルシウスが、危険を感じている。口ぶりからして、力を残していてもさほど変わらないのだろう。そしてなにより、ルシウスはそれを何かから察知したのだ。目の前にある何かの根拠から。一体それが何かと問うなら、まず間違いなくラズのことだ。ルシウスは知っている。わかっているのだ。ラズがどこから来た何者なのか。オレが次の言葉を選ぶ間に、ルシウスはピクリと耳を動かした。そして、緊張が張り詰めた。

「……なんだ?」

どこかから、砂を押しのける音。オレが周囲を見渡そうと足を踏み換えると、ルシウスが叫んだ。

「バカ野郎!」

ルシウスが飛びついてオレの身体を押し倒した。オレの立っていた場所は、砂の下から何か巨大な刃のようなものが現れて叩きつけられた。刃は砂に消え、音がしなくなった。ルシウスがオレをつまみ上げて車に押し込んだ。

「オレが片付ける。お前は街で待っていろ」

空になった晩飯の袋が散らかった車内で、ラズとジンが目を丸くした。力尽くでねじ込まれて肩が外れそうになったオレに、ラズが聞いてくる。

「何があった?何を話していた?」

ルシウスは、男同士の話だ、と軽くあしらってドアを閉め、砂漠のどこかに消えていった。男同士の話などと言われたらハブられたジンの立場がないと思うが、不満はなさそうなので放っておいた。しばらく待ってもルシウスが帰ってくる様子はないので、一度町に戻ることにした。


次の日。昨晩は街の宿泊施設に泊まった。部屋の等級でいうと中くらいのところで、もっといい部屋に泊まろうというガキどもを、こういう町でいきなり金を使いまくると怪しまれる、という完全に後から考えた理屈で黙らせて夜を明かした。おかげで朝には汗だくだった。空調完備と言っていたのに。朝飯を食いながら次の行動を考える。ルシウスが帰ってくるまでは待つのだろう、と言うジンに「なぜルシウスを待つ必要があるのか」と聞くと、何も返ってこなかった。お互いに優先事項が違うので、各々自分でやればいいと言うなら気を遣う必要はない。レンタカーを借りた店で伝言でも頼めばもうそれでいいだろう。聞きに来ないだろうし言わない気もするが、特に問題はない。

とはいえ、このあと何か当てがあるわけではない。嵐のエルザに怯えて悪天候から逃げるのはどうしても限界があるし、対抗手段を見つけないと何も解決しない。ルシウスは神や悪魔の類、それもかなり強力な者なので、味方につけたいのも事実だ。それさえできれば……

「ルシウスなら、戦えるか?」

ジンの質問に、今すぐの返答を避けた。まあ、確信があるわけではないが……たぶん無理だろう。上位階級の悪魔の一角であるルシウスでさえ、まともにぶつかれば戦えはしない。だから、むしろ情報の提供や別の協力者の斡旋、そのあたりに期待したいところだった。

オレは店内から窓の外を見た。街の向こうに有名な巨大遺跡が垣間見える。そしてその手前を駆け回る人々。砂漠の町は直射日光を避けるために厚着をすることが多いが、なんだろう、あの服は……同業者がよく着るローブに似ている。というか、そのものだ。まあ、近くで何かしているのだろう。実力者は少ないが偽物はごまんといる業界なので、たまにヤバいものを見つけて手に負えずに困るなどという連中もいる。オレはそこに巻き込まれると、できないしやりたくないことを全部押しつけられることが多いのであまり関わらない。この街にいる理由はないが、オレだって次に何をしようということはないのだから、何か思いついたら発って、それまでにルシウスが返ってくればそちらに舵を取る。できることはそれくらいだろう。


それから三日。天候は非常に安定しているが、オレには誤算があった。この町は観光都市なのに見るものがない。なんたって来る連中はデカいだけの石の山を見に来るヤツがほとんどで、ぶっちゃけ30分も見れば興味がないならすぐ飽きる。それ以外の観光資源は皆無なので、何が起きるかというと、オレの耳元で響くラズの大声が全てを物語っている。

「アルマあ!ヒマあ!なんかない?」

こういう滋味深い遺跡観光は子どもにはものすごく退屈なのだ。正直に言うと、大人だってそこそこ退屈で、オレなど下手したらラズより先に飽きている。それでももういい年なのである程度我慢するのだが、まだ身長がオレの腰あたりまでしかないガキんちょが耐えられるはずもなく、青い空、白い雲、どこまでも続く待ち時間に音を上げていた。せめてパリとかオランダあたりの小粋な町ならまだ何かあったのに……そんな嘆きは覆水盆に返らず、といったところだった。もう嫌になってきたところに、背後から声がした。

「失礼、灰色」

つい振り返ってしまった。オレと目が合った壮年の男は、やはりですか、と笑顔を浮かべた。

「灰色のアルマ、ですね?」

げ。同業者だ。せっかく無視していたのに、ぎゃんぎゃんと名前を呼ばれていたので見つかったらしい。人違いだとはぐらかそうにも、「灰色」に反応するアルマが人違いでは納得するまい。いやいや、ああ……と答えると、失礼ですがお越しください、と連れて行かれた。オレは乗り気ではないのだが、ラズからすればちょうどいい退屈しのぎのようで、行こう!と目を輝かせている。きっとコイツは、そのうち誘拐犯のお得意さんにでもなることだろう。


同業者のカール・ニュートンに連れられてやってきたのは、研究施設だった。発掘された出土品が所狭しと並んでいるが、不思議と見たことのないものばかりだ。エジプトの地下にこんなものが埋まっていることはあるのだろうか。薄暗い廊下の先を行くカールが説明した。

「……ここのパトロンは、とある秘密結社です。500年ほどの歴史があり、独自の解釈で発掘を進めていました。現場の者は、全員が組織の者ではありませんが……興味を持って参加したいという者は拒まれません」

要するに、手が足りないから手伝うなら文句は言わないということか。かなり小規模のようだが、発掘の手が止まったことはないという。協力者自体は常に誰かいるのだそうだ。こいつらの言っていることがデタラメなら誰も相手にしないだろう。だから……何かを知っているのだ。

「来る者は拒まず、去る者は追わず……長い間発掘を続けて、我々はたどりつきました。アプロポーピスの遺跡に」

それは何かと問うと、どこかのファラオの遠縁だという。王族の末端なので埋葬されたが、有力な存在ではなかった。だから墓を見つけても知れた規模だろう。普通ならそう思うのだが、カールが続けた。

「アプロポーピスの埋葬は、非常に興味深いものでした。王族の中枢ではできない、ある試みがされたのです」

「……保存か?」

一応聞いてみると、カールはさすがと言って笑った。確証無しで言ったのだが、まあそんなところだろう。エジプトの王族はだいたいミイラになる。ミイラというのは本来バケモノではなく、王族の身体を残しておくための保存技術なので、当時だってもっといい方法があるなら知りたかっただろう。つまり、そのアプロポーピスという親戚は、死ぬが早いか実験台にされたのだ。

「……アプロポーピスの墓は金字塔からほど近い場所に建立され、固く封印されました。当時としては厳重と言っていいレベルで」

当時としては、じゃねえよ。人間の文明は、数千年の時を経て科学も言語も交通も発達した。しかし、魔法文明だけは衰退の一途をたどり、古代の強度はどこにも残っていない。古代エジプトの王家の息がかかっているとなれば、歴史上最高峰の水準を持つ組織の一角だったかもしれない。そんな連中が、危ないからしまいこもうと決めた代物を、こいつらは探していたらしいのだ。そして最悪の結果。見つかったのだという。ほんの数ヶ月前に。

「我々の元に現れた協力者の一人が、碑文の解読に成功しました。そんなわけがないというバカげた方法で。……しかし、それが正しかった。アプロポーピスの墓は、砂漠の真ん中で見つかった」

慎重な発掘の結果、数々の出土品を手に入れてこの施設に持ってきた。しかし、肝心のアプロポーピスの遺体だけは、持ってきていないという。なぜかと聞けば、逃げられたらしい。何を言っている、ミイラの話だろう。そう思ったのだが。

「アプロポーピスの遺体は、いつの間にか消えてしまいました。その場にいた者はほとんど命を落としています。生き残った者が、力尽きる前に言い残しました。逃げられた、と」

わずかに考えて、何が起こったか推測した。ファラオの親戚は、新しい保存技術を試されていた。そして今、動き出したという。魂を呼び戻す技術は繊細でそんなに簡単ではない。だから、別のものが宿ったのだろう。憶測だが、アプロポーピスの遺体には、本人の魂以外のものが入っても復活する魂と肉体のマッチング調整とでもいうべき技術が入っていたのではないか。我ながらバカげているとは思うが、それを口にするとカールが手を叩いた。

「素晴らしい。我々でもそこまでたどりつくのは容易ではなかった」

ほめられたって嬉しくないのでシカトして、話を進めた。オレに何の用だ?正直に言うと、聞きたくはなかった。だいたい想像はつく。

「アプロポーピスの遺体を、見つけてほしいのです」

事態の収拾を他人に頼もうなんて都合のいい話だが、頼まれる前から予想はついていた。特に驚きもせず、考える。どうやって断ろう。相手は得体が知れないのに、危ないことはわかっているので関わりたくない。まして通常営業もしていないので、するつもりはなかった。しかし、後ろから走ってきたラズが言うのだ。

「わかった!」

黙れ。てめえになんの権限がある。ラズはそれまで、わかりもしないだろうに出土品を眺めていた。口を出してきたラズを見たオレの顔は、真っ青になっていただろう。

「だから、ちょうだい!」

ラズが持っていたのは、琥珀だろうか。古代エジプトは変な物が集まるから、まああってもおかしくない。問題は、この部屋のどこにあったかだ。ラズのいた方を見ると、何かの欠片が転がっている。……さっきまでは壺だったはずだ。オレとカールは口をあんぐりと開けて固まった。知識がなくたって壊してはいけないことはわかる。カールに至っては知識があるのでよほどショックだったのだろう、頭を抱えて泣き崩れた。オレは慌ててフォローをしまくった。

「だ、大丈夫!どうってことねえって!気にするな、仕事はしてやるから!」

いろいろ言ったデタラメの中にはそんな言葉も入っていた。カールの仲間が部屋に入ってくると、監視カメラで録音されているのでお願いします、と頼まれた。秘密結社からすれば逃げたミイラの方が大事なので、差し引きで言うと儲けものらしい。まったく、世の中はどこに行っても世知辛いもんだ。


とにもかくにも遺跡を見せてもらう。そこまで遠い場所ではないので、よく今まで見つからなかったものだ、と嫌味のようにこぼすと、全ての研究員が同じ感想だったらしい。500年も探していて誰も気がつかないのだから、完全に意識の盲点で、言われればこんなことかと当たり前になる。そんな感じの発見らしい。

着いた発掘現場は、砂漠の中の岩場のようなところだった。その下に、真新しい掘った跡がある。中には小さいながらも石室。棺のようなものもあったが、部屋と一体で動かせはしない。中に入って、違和感を覚えた。気脈なんてどこにでも走っているはずなのに、対流が少ない。たぶん遺体に余計なものが触れないよう入り口以外は遮断されていて、密閉空間だったのだ。この厳重さは、現代で再現しようにもまず無理だろう。もう穴が空いている今でさえ、感心するような代物だ。

アプロポーピスの遺体は、数名の作業員の命を奪って逃げ出した。たぶんエネルギー源にされたのだろう。なら、次のエネルギーを求めて街へ行くのではないか。確かに危ないが、ここは砂漠。方向を間違えれば人間に会う前にエネルギーが水分と一緒に干からびて、イメージ通りのミイラになるのがむしろ自然だ。それ以上はわからなかったので、一度町へ戻る。途中、興味があったので別の話を聞いてみた。実に500年どこにあるかわからなかった遺跡を、誰かが見つけたのだ。どこの誰だろう。暑いと文句を言うラズに飲み物を渡して黙らせて、運転手に聞いてみた。ラズが何か言っていたが、空調でさえさほど効かないんだから、ジュースがぬるいなんて当たり前なのでそのわがままは無視する。

「素晴らしい学者がいました。年こそ若いのに、来てすぐにこの場所を見抜いた。誰もがそんなわけないと反論したのですが、全員言い伏せられました」

そして発掘をしたら、見事発見。だいたいの連中は、気付けば簡単なことだったと思ったが、一部の識者だけは「こんなことは常識で考えていたら絶対に気がつかない。天才の類だろう」と舌を巻いたという。そこまで聞いたらそれ以上の話はいらなかったが、運転手は続けたのだ。

「欧米の大学の考古学者で、若い女性なんです。長い金髪の、なかなかの美人でして。あたりは強いですがね」

聞きたくもないのに耳に入ってきた情報が、何かを想起させた。どこかで聞いた……いや、見たような人物像。遠い昔ではない、ごく最近だ。ふと脳裏によぎった恐ろしい想像。運転手の話を遮り、まさかと思いつつ口にした。

「……エリザベス・デューボン?」

ご存じですか、と運転手は当たり前みたいに答えた。その後の言葉はもう入ってこない。あまりの戦慄に、聞くことなんて忘れていた。

この国は乾燥地帯だ。嵐どころか雨すら滅多に降らず、天候は崩れない。だからこの国に来たのだ。だが、この国にヤツは現れた。しかも、特別な手段など用いず、当然のように現れているようだ。なぜだ?どうやって?もう次の手段など思いつかず、頭が動かない。ともかく、街に着いたらすぐに移動するべきだ。ヤツが現れる理由はわからないが、危険な場所だということははっきりしたのだから。しかし、街が見えてきた頃、乗っていたジープのタイヤが突然砂に取られた。ガクンと落ちたのは、まるで穴でも踏んづけたようだ。車体を押すために降りると、聞き慣れた声がした。

「かかか!ここにいたか、魔導師!」

もう聞き慣れた下卑た笑い声。グールの出現に、思わず苦笑いが浮かんだ。グール自体は撃退することも可能だが、問題はなぜ現れたのかだ。嵐のエルザを避けて行動していたはずなのに、この国は押さえられている。グールが現れた以上、もしかしたら包囲されているかもしれない。そして向こうから動いた以上すでに準備は完了、狩りにかかっているのだ。グールは得意になって笑った。

「どうした?何もしないのか?あがいたところで無駄だがな」

本当ならコイツだけでもぶちのめしたいが、ヘタに手を出すと状況が悪化するかもしれない。しばしにらみ合ううちに、グールの肩越しに見える町から火の手が上がった。大きな爆発のようだ

「人間の中に逃げ込まれると厄介だ、根絶やしにしてる間に逃げられてもな。自分で町を離れていたなら好都合だ」

グールが咆哮を上げると、周囲の砂が盛り上がって何かが出てきた。尻尾をもたげた人間大の甲殻生物はサソリに近いだろうか。

「逃げろ!」

次々に現れたサソリが動き出す前に、車に飛び乗った。何が起きたかわかっていない運転手をたきつけ、思い切りアクセルを踏ませる。しかし、タイヤは空回りするばかり。砂に取られているというより、すでにやられているようだ。破裂音とともにさらに二つのタイヤが壊され、もう完全に動けない。サソリは車を囲み、尻尾を突き立ててきた。一撃目ですでに屋根には穴が空き、いつまでも耐えられるわけがない。ポケットの中の指輪をつかみ、叫んだ。

「ジン!炎だ!」

車の周囲に火柱が上がり、サソリを数匹直撃した。砂漠の生物は熱に強いが、廃熱機構が優れているだけで生物である以上過剰な熱には耐えられない。周囲の気温が高いことに加えて強烈な熱を浴びたサソリは散っていき、数匹は丸焼けになった。ジンとともに車を降りて、グールと対峙する。ラズは、目を回して卒倒した運転手と一緒に車内に残した。手下を失ったグールは、ふん、と鼻を鳴らすと大口を開けた。強い風とともに、サソリの身体から何かが引き剥がされて吸い込まれる。グールの身体が巨大化し、両手はハサミに、下半身は節足動物のそれになった。

「くくく、簡単にはいかんぞ。ハイ・グールの中でも強力な変異体、グールスコーピオンだ!」

デカいばかりの蟹になったグールめがけて走り、右手の力を解放する。光弾を真下からアゴに撃ち込むと、グールの頭が大きく揺れた。フラフラしているところにもう一発、今度はみぞおち。強力な外骨格を持っているのは腰から下だけ、そこから上は普通のグールなので先に攻め込めばどうにでもなる。グールはすぐにへたりこんでげふげふ言った。

「……今回ばかりは退かんぞ!」

すでにダメージが大きいのだから無理せず帰ればいいものを。そう思っていたらグールはさらに一発吠えた。すぐには何も起こらないが、グールは不敵に笑った。

「無策だと思うか?お前らを見つけたら逃がさないように、切り札を連れてきた。エルザ様お墨付きの怪物だ」

グールは得意になって言っていた。この町は稲妻が来るかもしれないと押さえていた。そのとき、首尾良く捕まえるには武力がいる。人間界で少しでも戦力を確保しようというときに、見つけたのだそうだ。少しばかり前、人間が考えていた戯れ言。外力を取り込んで制御する器の開発だったが、一つかそこいら作ってどこかにしまいこんだ連中がいた。面倒な発掘作業は人間にやらせて拝借すれば、それ相応の戦力になる。悪魔には比肩しなくとも、人間界由来のものとしては最高レベル、つまり他の神や悪魔に怪しまれない範囲では最強クラスの怪物らしい。それを砂漠に解き放ち、力を蓄えさせていたのだという。その名はアプロポーピス。どこかのファラオのために死後の安寧を壊された、王家に生まれた奴隷だという。

砂漠の向こうから、何かが砂煙を上げてやってきた。どうやら地面に潜っているらしい。それにしては速い。猛スピードと言っていいだろう。土煙はグールの背後で吹き上がり巨大なムカデのような生き物が首をもたげた。笑うグール、そして見上げるオレ。ただし、別にムカデに驚いたわけではない。見たことのないムカデの頭には、見たことのあるものがくっついていた。

「何やってる、ルシウス!」

狼男の姿のルシウスは、ムカデの頭にかみついて力を込めていた。倒すにしてもその方法ではダメだろうが、本人は必死なので気がついていないようだ。

「アルマか!この野郎がオレの力の本体を飲み込んだんだ!だいぶ取り返した、少し待て!」

え?と頓狂な声を上げるグールに構わず、ルシウスはムカデの頭を蹴って離れると、炎の塊を吐き出した。ムカデの頭に当たって爆裂する。鳴き声を上げたムカデの口に、ルシウスが突っ込んだ。

「ようやく口を開けたな!地面から出りゃこっちのもんだ!」

口の中に飛び込んだルシウスは、一直線に飛んだのかという軌道でムカデの頭を突き破って反対側に出た。ルシウスが着地すると同時に、ムカデは地面に倒れて動かなくなった。はーっはっは!とバカ笑いするルシウスは、姿は変わらないのにものすごい圧力を出した。どうやら力の本体とやらがヤツの元に返ったらしい。霊能者はもちろん、霊感なんて欠片もなくても突然見たら息が止まるだろう。自分の力なのだからもう少し落ち着いて制御すればいいのに、久しぶりに使うからか見せ方が乱暴だ。手をバキバキ鳴らしたルシウスは、グールに目を落とした。

「なんだ、食人鬼か。こいつらは客人でな、死にたくなけりゃ失せろ」

グールは恐怖とか焦りとか、その手の感情がごちゃ混ぜになったと見えて、言葉もなく目を丸くしている。ルシウスとの戦力差は、それほどに大きいのだ。しかし、不思議なことに……逃げる様子はなかった。この状況で逃げないのだから、人間に考えられる理由は一つしかない。逃げると、もっと恐ろしい目に遭うのだ。


そのとき、一陣の風が吹いた。砂漠の遙か向こうから吹く、かなり強い風だった。そして、地平の向こうから何かが迫ってきた。グールが目を輝かせて叫んだ。

「来た!来たぞお!」

何が来たというのか。砂漠の向こうにある、迫ってくる何かがわかったとき、今度はオレが言葉をなくした。みるみるうちに迫ってくる砂嵐から、逃げる術などなかった。


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