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1日目:神様さらいました。このあとどうしましょうか?

「どんな願いでも、確実に叶える手段を教えてくれる神様が居るらしい」


 その話を聞いた幼馴染は、いつものように危険な好奇心を宿らせた。

 あーこれやばい。僕がフォローしないと警察沙汰になるやつだ。


 ということで、僕はそのこっくりさんじみた神様の所へ行くことになったのだった。



 山奥の因習村に着いたのは夕暮れどきだった。

 辻見つじみはリュックを背負い直しながら、隣で大声で笑う尾振おふりを横目で見る。


「なぁ辻見! マジでここヤバそうだろ? ネットに転がってた『触っちゃいけない神様』ってやつ、絶対ここだぜ! 触って動画撮ったら億ビュー確定だろ!」

「……お前、毎回それで警察呼ばれてるの忘れたの?」

「ははは! あの時はちょっと盛り上がりすぎただけだって!」


 馬鹿だなあ、本当に。僕は深いため息をついた。

 幼馴染みだからこそ分かる。

 この馬鹿は本気で止められない。

 放っておけば今回こそ本当に死ぬか、村ぐるみで消される未来しか見えない。

 だから、ついてきてしまった。

 村の奥、苔むした石段を登りきった先にある小さな社。

 そこに安置されていたのは、漆黒の木箱に収められた「マトナカ様」。


 ご丁寧に、社の前には立て札があった。


『絶対に、触れてはならぬ。触れた者は、蛇に呑まれる』


「……触るなよ。マジで」

「へいへい、分かってるって!」


 そう言いながら、尾振は案の定、両手で木箱の蓋をガバッと開けた。

 脳味噌とかないんか?


 瞬間、蓋の中から射殺すような視線が与えられる。

 ずるり、と、木箱から、漆黒の塊が溢れ出し、一気に膨らむ。

 中から現れたのは、息を呑むほど美しい女だった。

 透き通るような白い肌。折れそうなほど細い首と手首。赤い唇が、まるで血を吸ったように鮮やかで、切れ長の目は蛇のように鋭く冷たい。


「……我に触れたな」


 怒り、威厳と清らかさの満ちた声。

 次の瞬間、彼女の背後から黒い鱗のような影がうねり上がり、巨大な蛇の尾が尾振に向かって振り下ろされる。

 普通ならそこで終わる話だ。

 だが尾振は違った。


「うおおおおお! すげぇ美人じゃんか!!」


 叫びながら、逆にその蛇の尾をガシッと掴み、そのままマトナカ様の細い身体ごと抱きかかえて転がった。


「なっ……!? 離せ、この愚か者ッ!」

「いやいやいや、こんな美人見たことねぇって! 決めた!お前俺のにする!」

「はぁ……?」


 辻見は呆然と立ち尽くしていた。

 目の前で、村のご神体が、でかい馬鹿に押し倒されている。

 しかもその馬鹿が「よし連れて帰るぞ!」と本気で言い出した。


「まずいよ……まずいよまずいよまずいよ……」


 呟きながらも、僕の足はすでに動いていた。ずっと沁みついてきた習性。

 尾振がマトナカ様を肩に担ぎ上げて走り出した瞬間、僕は反射的に木箱を閉じ、社の周りを元通りに直して後を追った。


「尾振! せめて目立たないルート使え! 裏山の獣道からだ!」

「おお! さすが辻見分かってんじゃん!」

「こんなん分かりたくなかった……!全部お前が悪い…!!」


 すぐに神の不在はばれたようで、背後で、怒号が聞こえた。

 マトナカ様はまだ暴れていた。

 蛇の尾がぶんぶんと空を切り、尾振の背中を何度も叩く。


「我を下ろせッ! この無礼者め! ただでは済まさぬぞ!」

「うっせぇな! おとなしく俺に嫁入りしろよ!」

「はぁ!?誰が嫁だァァァ!!」

「……はぁ」


 心臓が妙に速く鳴っている。

 最初はただの後始末のつもりだった。

 尾振がまた馬鹿なことをして、村に迷惑をかけて、警察沙汰になって、自分が尻拭いをするいつものパターン。

 なのに。

 あの赤い唇が怒りで震えているのを見た瞬間、僕の中で何かが、ぽきりと音を立てて折れた。


……俺も、触りたい。


触って、抱きしめて、連れ帰りたい。


 そんな考えが頭をよぎった瞬間、自分でも驚くほど冷静になれた。


「尾振。車のある林道まであと少しだ。俺が運転するから、お前は後部座席でマトナカ様押さえとけ」

「おお! 頼もしいぜ辻見!」

「……黙れ。声で村人たちにバレる」


 マトナカ様が、担がれたまま辻見の方を睨みつける。


「貴様も……同類か」


 僕は一瞬だけ目を逸らしたあと、静かに答えた。


「…悪いね」


 車に乗り込んだ瞬間、尾振が後部座席でマトナカ様を膝の上に座らせて、ぎゅうぎゅうと大型犬のように抱き着いて撫でまわす。


「離せ! 我は神だぞ!」

「おー、可愛い神様だなあ」

「……は?」


 マトナカ様の瞳が、揺れたのが、バックミラー越しでも分かった。

 エンジンをかけ、ヘッドライトを消したまま、闇の中をゆっくりと車を走らせる。

 後部座席では、まだ暴れる女神と、それを馬鹿みたいに嬉しそうに抱きしめる大男。

 そして運転席で僕は、「これからどうやって生き延びるか」を本気で考え始めた。





 逃亡から三ヶ月が過ぎた。今は尾振のアパートで、三人で暮らしている。


 マトナカ様は巧妙に尾振の求愛をいなしていた。

 欲望は大抵、尾振に夢を見せてやることで解消させているようだった。


 僕の欲望もマトナカ様に握られている。

 夢の中でマトナカ様は、いつも同じ場所にいる。

 古い社の奥、黒い水が張った鏡のような池のほとり。

 白い肌が月光に透けて、赤い唇だけがやけに鮮やかで。

 そこから凛とした声で、しかしどこか甘く囁く。


「我は願いを叶える。どんな歪なものでも、どんな魔術的なものでも、最適な形を教えてやる」


 それは破滅への第一歩に見えた。だから、まだ、僕はその手を取れない。


 その手を両手で抱きしめていた尾振は、もう最近はずっと眠っている。まるでマトナカ様に縋るかのように。


◆◆◆


 その日も、尾振は布団に仰向けになり、目を閉じるとすぐに夢の世界へ落ちた。

 もう慣れた感覚だ。

 瞼の裏に広がるのは、黒い水の池。

 月光が水面に映り、揺らめく中から、ゆっくりとマトナカ様が浮かび上がってくる。現実の肉体は、隣の布団で眠っている。

 細い身体が辻見との間に眠っている。

 この身体に触れようとするといついかなる時でも手痛い反撃が飛んでくる。

 でも今、ここは夢の中。


「ようやく来たか、この馬鹿者」


 マトナカ様の声は低く、苛立ちと諦めが混じっている。

 尾振はニヤリと笑って、池の縁に近づいた。


「おいマトナカ様。現実じゃ触ったらぶち切れて蛇の尾でぶん殴ってくるよな?」

「当然だ。我の肉体は神の器。貴様のような粗野な手に触れられるものではない」

「じゃあさ、夢の中ならいいんだろ?……壊れるくらい抱いてもよ」

「我を試すな。貴様の欲望など、底が見えている」


 マトナカ様の切れ長の目がこちらを貫く。


 尾振は笑いながら、彼女を黒い水の上に押し倒した。

 乱暴に唇を奪う。

 赤い唇は柔らかく、冷たいはずなのに、なぜか熱を帯びていた。

 マトナカ様は抵抗せず、ただ静かに受け入れる。尾振の手が、白い肌を滑る。

 折れそうな細い首筋、華奢な肩、胸の小さな膨らみ。

 どれも壊れそうで、でも壊れない。どんなに強く抱きしめても、指を食い込ませても、腰を掴んで引き寄せても、マトナカ様の身体はしなやかに受け止め、決して砕けなかった。


 水面は鏡のように揺れ、二人の姿を映す。夢の中のマトナカ様は温かかった。

 現実の冷たい肌とは違い、柔らかく、熱く、

 尾振の荒々しい動きに合わせて、優しく包み込んでくれる。何度でも、何時間でも、

 尾振は彼女を犯し続けた。腰を叩きつけるように、

 髪を掴んで引き寄せ、喉元に歯を立て、それでもマトナカ様は壊れず、ただ赤い唇を震わせて、低く呻くだけだった。


「我は……ここにいるぞ」


 夢の最中、マトナカ様が囁く。


「貴様がどれだけ求めても、我は離れぬ」


 尾振の胸が、熱くなった。

 ここでは、彼女は尾振だけのものだった。ずっと、ずっと、離れずにいてくれる。

 朝、目が覚めた時、尾振は布団の中で満足げに笑っていた。

 隣では辻見が、まだ重い瞼をこすりながら起き上がる。


「……また、夢で遊んでたのか」

「へへ。最高だったぜ」

 尾振は天井を見上げて、呟いた。


「マトナカ様、俺のこと……嫌いじゃねぇよな?」


 答えはなかった。でも、尾振は知っている。夢の中で、彼女はいつも、最後に小さく、「馬鹿者」とだけ言って、尾振の頭を膝に乗せてくれる。それで十分だった。尾振はとても、とても満たされていた。



 今日は少しいつもと様子が違っていた。


 小さなちゃぶ台の向こうに、マトナカ様が座っていた。

 膝枕は今日はなし。

 代わりに、彼女は古びた座布団に正座し、切れ長の目を細めて僕たち二人を睥睨している。


 「貴様ら」


 威厳のある声が響く。


「我に溺れるのは良い。夢の中で我を犯し、現実で我の膝に頭を乗せて眠るのも、許してやっている。

だが、せめて生活費は稼ぐべきだろう」


 尾振が箸を止めて、ぽかんと口を開けた。


「は? 生活費?」

「食事もとれ。我の供物として願いを捧げるための資本なのだから、長生きしておけ。

このままでは、貴様ら二人とも餓死するか、栄養失調で我の夢にすら来られなくなるぞ」


 ……危うい神様のくせに、ずいぶんとまっとうなことを言う。

 感心してしまった。


「……確かに。最近、米が底ついてる」


 尾振はぶすっとした顔でマトナカ様の膝に頭を乗せようとしたが、蛇の尾がピシッと空を切って制止される。


「今は真面目に話を聞け、馬鹿者」


 マトナカ様は指を軽く鳴らす。すると、ちゃぶ台の上に、ぼんやりとした光の板のようなものが浮かび上がった。

 そこには、株価チャート、為替レート、商品先物、暗号通貨の推移がまるで生き物のように蠢いている。


「我は神だ。人間の欲望の流れは、全て見えている。最適なタイミング、最適な銘柄、最適な売り買いを教えてやる。

ただし、願い事と同じだ。我に溺れすぎると、代償は来る」


 尾振は光の板を覗き込んで、目を輝かせた。


「マジかよ! これで俺、金持ちになれるってこと?マトナカ様、俺の嫁最高!」

「嫁ではない。そして、金持ちになるなどと浅ましいことを言うな。

生き延びるための僅かな資本を得るだけだ」


 スマホを取り出し、マトナカ様が指差すチャートをメモし始める。

 前髪が邪魔。かきあげると、尾振が「辻見ってマジ目付き悪いよな」と言う。ほっとけ。


「……これ、短期トレード中心か。レバレッジは?」

「我が教える範囲で、最大限に使え。だが、破産だけは許さぬ。我の供物が消えるのは、面白くない」



 その日から、僕の日常が変わった。朝、部屋の隅でノートPCを開き、マトナカ様が夢の中で囁いた銘柄とタイミングを基に、証券口座で淡々と売買を繰り返す。

 尾振は最初こそ「俺もやるぜ!」と騒いでいたが、チャートを見ているだけで頭が痛くなったので、すぐに「辻見に任せた!」と投げ出してきた。だから尾振の役割は、食事と買い出しと家事当番になった。


「尾振、米炊け。あと、今日の利益でスーパーで肉買ってこい」

「……ちっ、俺はマトナカ様とくっついていてぇのになぁ」

「数時間くらい我慢しろ」


 画面を睨みながら、小さく笑う。

 良い神様を得たもんだ。



 いつものようにノートPCで株価をチェックしてる時、ふと気になることがあって手を止めた。


「……マトナカ様」


 マトナカ様は尾振の髪を梳きながら、切れ長の目をわずかに動かした。


「なんだ」

「尾振の頭を……良くする方法は、ありますか?」


 尾振が即座に反応した。


「おい辻見! 俺の頭が悪いって言いたいのかよ!?」

「別に馬鹿にしたいわけじゃない。ただ……お前も、たまに思うことないか?もっと、出来ることが増えたら、って」

「……は?」


 尾振はむっとした顔で体を起こし、マトナカ様の膝から頭を離した。

 マトナカ様はため息をつき、赤い唇をわずかに歪める。


「……あるには、あるが……」

「どんな方法?」


 マトナカ様はしばらく黙っていた。黒い水の池のような瞳が、遠くを見る。


「……一番手っ取り早いのは」


 身を乗り出す。尾振もなんだかんだ食いついている。


「前世を、全て思い出させればいい」

「……前世?」

「我は神だ。魂の記憶は、全て我の掌の中にある。

尾振の魂がこれまで巡った全ての人生、知識、経験、技術……

それを一気に注ぎ込めば、擬似的に知能は上がる。

一夜にして、学者にも、軍師にも、発明家にもなれる可能性はある」


 尾振の目が輝いた。


「マジかよ! すげぇ! 俺、天才になれるってこと!?」


 マトナカ様の声は、冷たく続いた。


「だが、人格が崩壊する」

「……え?」

「一人の人間が、一度に何百年分、何千年の記憶を背負えると思うか?

 喜びも、絶望も、愛も、憎しみも、全部が同時に押し寄せる。

 貴様は今の尾振でいられなくなる。

 笑うタイミングも、怒る理由も、俺を嫁と呼ぶ理由も、全部が変わる。

 最悪、自我が粉々になって、ただの記憶の塊になるだけだ。

 それでもよければ、詳細なやり方を教える」


 僕は何も言えず、ただマトナカ様を見つめた。

 尾振は少しの間、ぽかんとしてから、「……それ、嫌だわ」と小さく呟いた。


「俺は……今の俺でいいよ。頭悪くても、マトナカ様の膝枕もらえて、夢で殺す気で抱けて、辻見に飯作ってもらえて……

それで十分」


 マトナカ様は尾振の頭を、ぽん、と軽く叩いた。


「…貴様のそういうところ、嫌いではないぞ」


 静かに息を吐く。


「……うん。無理に変えなくていいなら、それで」


 尾振はまたマトナカ様の膝に頭を戻し、満足げに目を閉じた。



 翌日僕は、株の監視の合間に、ネットでまとめられていたマトナカ様に関する資料を読み返し、分析していた。


 マトナカ様は、村の奥深く、古い社に封じられたご神体。

 透き通る白い肌に折れそうな細身、赤い唇と切れ長の蛇のような目を持つ、古風な口調の美女。


 ――だが、その本質は「禁術の書」だ。


 村に古くから伝わる掟は、シンプルで残酷。


 気に入られすぎれば破滅する。

 嫌われすぎても破滅する。


 要は、彼女の好意である「教え」を拒まず、のめりこまぬことが肝心と言うわけだ。


 礼儀を尽くしつつ、あまり通いすぎず、願いすぎない。


 これが村人たちが何百年も守ってきた鉄則だった。


 実際、過去に掟を破った者たちの末路は恐ろしい。


 マトナカ様に若返りの薬の作り方を聞いた老女は、実際に若返ることはできたものの、夢の中に長時間囚われ続けるようになった。

 マトナカ様に賢くなることを望んだ者は一夜にして白髪になり苦悶の表情を浮かべうめく怪物に成り果てた。

 マトナカ様に邪魔者の掃除を頼んだ権力者はその後の恨みの処理まで気にせず聞かなかったので、強引なやり方を恨まれ殺された。


 願いを一つ捧げると、マトナカ様は必ず「最適な叶え方」を教えてくれる。

 どんなに歪んだ欲望でも、どんな魔術的なものでも、容赦なく、手順を細かく、冷徹に。


「我は神だ。貴様の魂の奥底まで見通している」


 だからこそ、願いは叶う。

 しかし、のめりこんでしまった場合ーーーーそれが恐ろしい。願いすぎて、また、マトナカ様に気に入られてしまった場合、マトナカ様は夢の中に居座り続ける。

 最初は甘い囁きや温かな抱擁。

 やがて、他の人間との会話、仕事、食事、子作り……あらゆる「現実の縁」を削るように、睡眠時間をどんどん長くしていく。

朝起きられなくなり、昼寝が夕方まで続き、ついには数日間眠り続ける。

 現実の身体は痩せ細り、夢の中のマトナカ様だけが鮮やかになる。

 

 マトナカ様は、そんな人間たちを、愚かであり、愛しいとも考えていた。

 けれど、此度は長持ちさせてやりたいと、そう思っていた。



 資料を読んでいる僕の横で、尾振はマトナカ様の膝に頭を乗せたまま、ぼそっと呟いた。


「……人格壊れる?とかよくわかんねーけど、でもやっぱ、頭良くなりてぇな。…前世、齧ってみれねぇかな」


 PCの画面から目を離さず、静かに聞き返す。


「なんで頭良くなりたいの?」


 尾振は少し間を置いて、珍しく真剣な声で答えた。


「そしたら、我慢したりとか、やりたいこと怒られずにやれるようになると思うから」

「……」


 指が、キーボードの上で止まる。

 尾振は続ける。


「今だってさ、マトナカ様の膝枕もらえて、夢で好き勝手抱けて、飯も食えてるけど……

家の外じゃ、なんかいつも辻見に『まずいよ』って止められたり、周りのやつらに『馬鹿だな』って言われたりするしさ。嫌なんだよ。

頭良くなったら、そんなの全部なくなるだろ?俺でも上手くやれるだろ?

怒られずに、全部自分の思い通りにできるだろ?」


 マトナカ様が、低く笑った。


「ふん」


 赤い唇が、蛇のように弧を描く。


「因みにお前の前世は、ほとんどがやりたいことをやった結果破滅しているぞ。その願いの参考にはならんだろうな」


 尾振が体を起こし、目を丸くした。


「は?」

「前世の記憶を少しだけ覗かせてやろうか?」


 マトナカ様は指を軽く鳴らす。

 尾振の視界が、一瞬だけ揺れた。


――荒野を駆け、女を浚い、悪い仲間と笑う男。

 最期はまとめて収監され、檻の中で最期を迎えた。

――王宮の暗い部屋で、奴隷を虐げ笑う男。

 身内に売られ、城下町へ落ち延びた先で、虐げられた者たちに嬲り殺された。

――気になった姫君に、拒まれても何度も足繫く通った男。

 姫の寝所に乗り込んだ矢先、姫君の手で刺殺された。


 どれも、「やりたいこと」を我慢せずに、全力で突っ走って、そして、盛大に破滅していた。視界が元に戻る。尾振はぽかんとして、マトナカ様を見上げた。


「……俺、前世からこんな馬鹿だったのかよ」

「…本能に忠実な、獣だな。

 だが、馬鹿なことは悪いことばかりではない。素直な馬鹿なら、周りが止めたり躾けやすい」


 尾振はしばらく黙って、マトナカ様の白い膝に額を押しつけた。


「……じゃあ、やっぱいいや」

「ほう?」

「小さい犬の方が、抱きかかえやすいってことだろ?」


 マトナカ様の指が、尾振の髪をゆっくり梳く。


「ふ、たまには賢いことを言うではないか」


 尾振がにんまりと笑い、僕も少しだけ笑った。



 あの山奥の村は、現在少しずつ、少しずつ復興しなおしているらしい。

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