第4話 ちょこ納豆さんからのご相談〜揺れるバレンタインデー 後半その2
「そして、ちょこ納豆くんが提起する問題は、バレンタインデーという、記念日マーケティングの成功がもたらした負の副産物と言える。」
「つまり、そこに恐ろしい闇があると、、わくわく。
早く教えてちょこだいな!」
「リスナーさんは、どうしてもバレンタインデーを否定したいようだな。」
「それはな、モテ度の数値化じゃ。
チョコを何個もらったかで、男子のモテ度が一見分かってしまうのだ。
年齢を重ねれば、男の魅力はチョコの数では図れないと知るだろうが、若い男子ではそうもいかない。
ずっとチョコをもらったことがない、イコール、非モテだと早計に自己認識し、自信を失ってしまう者も少なくないだろう。
これからじっくり努力していけば、いい男になれるのに、思春期に否定的な自己認識をしてしまい、ついには、恋愛さえ諦めてしまう。
これが、今よく言われる恋愛離れに、少なからず関係しているのではないかと思えてならないのだ。」
「確かに。昔、お前、チョコ何個もらったとか話して、自慢気に盛り上ってる男子いたわ。」
「そして、その影で、ひっそりと透明人間となり、心を無にしなければならない男の悲しさよ、、くぅ~。
分かってちょこ。」
「はい!そこのリスナーさん。
さっきから、ちょこちょこ、うるさいですよ!」
「リスナーさん、本当はチョコ欲しいんじゃない?」
「そんなちょこないもん。」
「全く、ちょこ納豆くん、こんな欲しがりやな、永遠にちょこっと思春期なおっさんになってはいけませんよ。」
「さらに、ちょこ納豆くんにおけるマカロンちゃんのような失恋でもあれば、小さな心は傷つき、深い悲しみに打ちひしがれるに違いない。
立ち直るのも、容易ではなかろう。
そして、恋愛に臆病になることもあるだろうな。」
「ちょこ納豆くん、かわいそう、、。」
「俺も、ちょこっと悲しいよ。」
「ちょこっとかい。
渡す方の女子においても、違ったストレスはあるだろう。
どんなチョコを、いつ、どこでで渡すか、そもそも渡すべきか、喜んでくれるか等いろいろ悩むだろうし、渡した後の相手の反応も不安材料だ。
悩んだ末、頑張ってチョコを作り苦労して渡したのに、何も反応が無かった時は、悲しいし心が傷つくことだろう。
そし、自信を失うこともあるだろう。」
「そうね。渡しても、何の反応も無かったら辛いし、悲しいし、自信もなくなるわ。
その後、相手との関係もぎこちなくなりそうだし。」
「菓子を売るために、記念日マーケティングを始めた企業は、成長期の児童、生徒に与える余計なストレスまでは考えてもいなかったんだろう。
恋愛というパーソナルなものを、商品の販促に使うというのはある意味罪深きこと。
まあ、乗せられた方の責任もあるし、企業も、バレンタインデーがこんなに定着し、若年層にまで影響が出るとは、当初は思っていなかったのかもな。」
「恋愛離れは、少子化に多大な影響があるし、国家存亡に関わる大問題でもある。
わしは、バレンタインデーのそうした側面が、最近流行りの、高スペック志向に繋がっているように思える。
若年時におけるモテ度とは、容姿や運動能力等、生まれ持った素質、いわゆるスペックに大きく左右されると考えられる。
何故なら、人間性や人間力は、学校卒業後も年月をかけて身につける部分が多いからだ。
そして、バレンタインデーでの早すぎる成功や挫折の経験が、今のスペック格差社会の固定化に一役買っていると思えてならないのだ。」
「確かに、最近、企業も女子もハイスペック男子を求めるよね。
そんなので、人の価値を計られたら、つまらない世の中になっちゃうわ。」
「そう、全くをもってつまらない社会、それがスペック格差社会。
持てる者はもっとモテモテで金持ちに、持たざる者はずっと非モテで貧乏のまま。
そんな世の中、面白くも何ともない。」
「だから、ちょこ納豆くんの相談は大事なのだ。
バレンタインデーの悲しみ、それは、これから訪れるスペック格差社会の最初の洗礼かもしれぬ。
しかし、負けてはならない。
そんな障壁はぶち破らねばならない。
女子が見ているのは、本当にスペックだけなのか?
スペックはたいしたことなくても、何故かモテモテの男子はいないのか?
モテる要素は、他にもいっぱいあるのだ。
では、話さねばなるまい。
ちょこ納豆くんが、スペック格差社会などものともしない、真の男の魅力を身につけ付けるためのアドバイスをな。」
〜その3に続く〜




