第9話 カレンの誘いと、モテ魔導士の試験
事件の翌朝。
王都セレノアの空は、昨日の混乱が嘘のように澄み渡っていた。
俺はギルド塔の客間で目を覚ます。
柔らかな陽光、漂う香草の匂い。
隣の部屋から、ルゥとミナの元気な声が聞こえてくる。
「おはよ、翔太!」
「もう起きた? 朝ごはん、ミナが用意してくれたんだよ!」
ルゥがパンを両手に持って笑う。
「ありがとな。ミナ、助かる」
「いいって。昨日は命の恩人みたいなもんだし」
ミナが照れくさそうに笑い、少し頬を染めた。
エリナは既に椅子に座り、祈りを終えたところだった。
「今日、ギルドの代表があなたに会いたいそうです。昨日の件で、正式な感謝と……あと、“依頼”があるとか」
「依頼、ね」
俺は思わず口元を緩める。どうせただの報告会じゃない。
昨夜の“共鳴”を見た者なら、俺に何かを求めるのは当然だ。
ギルド塔・上層階。
磨かれた黒曜石の床に、金の紋章が浮かんでいる。
中央に立つのは――あの女魔導士、カレン。
昨日と違い、今日は淡いグレーのローブをまとっていた。
彼女の冷たい美貌は変わらないが、どこか穏やかな気配をまとっている。
「来たわね。守川翔太」
「昨日は世話になったな。塔も綺麗になってるじゃないか」
「あなたのおかげよ。……それで、本題だけど」
カレンは軽く指を鳴らす。
周囲の空間に淡い光が満ち、金色の魔法陣が浮かび上がった。
「ギルド本部は、あなたを“仮登録候補”として認めたわ」
「仮、ってことは試験があるんだな?」
「ええ。“モテ魔導士”としての実力を証明してもらう」
ルゥが首をかしげた。
「モテ魔導士って、ほんとにそんな肩書きあるの?」
カレンが小さく笑う。
「正式には“魅力魔導士”。けど、俗称は……そう呼ばれてるわ」
試験の内容は――予想外だった。
「あなたの魔法、“共鳴”。
あれが本当に人の心に作用するなら……この部屋にいる全員の心を、一時的に“穏やか”にしてみせなさい」
部屋には十数人のギルド員がいた。
中には不機嫌そうな男も、苛立った女魔導士もいる。
つまり、これはただの魔力テストではない。
“空気を読む力”を問われている。
「なるほど。人を惹きつける力の実証試験ってわけか」
「ええ。あなたの言葉と心で、ここを“和ませる”の」
カレンの瞳がまっすぐ俺を射抜く。試すような、期待するような眼差し。
俺は深呼吸して、ゆっくりと場の中心に立った。
「なぁ、みんな。朝から固い顔してるけど、疲れてないか?」
ざわ……と小さなざわめき。
「昨日は大変だっただろ? でも、無事に夜を越えた。それだけで、今日ってちょっと特別じゃないか?」
少しだけ笑みを混ぜる。
人の心を動かすには、“安心”のトーンを先に与えるのが鉄則だ。
「俺の世界じゃさ、“モテる”ってのは人気取りのことじゃない。
相手を笑顔にできるかどうか――ただ、それだけだった」
俺は掌を掲げ、意識を集中する。
金色の光がふわりと舞い、空気が柔らかく変わっていく。
【共鳴】。
相手の感情に共感し、優しさの波動を広げる魔法。
「ほら、少し息を吐いてみな。
昨日の怒りも、今日の不安も……ちょっとだけ置いていこう」
淡い光が人々を包み込む。
険しかった顔が少しずつ和らぎ、やがて静かな笑みが広がった。
沈黙。
そして、最初に口を開いたのはカレンだった。
「……成功ね」
彼女の声には、わずかな驚きと――敬意が混じっていた。
「あなたの魔法は、“言葉”を核にしている。
精神干渉系だけど、強制じゃなく“共感”を媒介にしている。……まるで、愛そのもの」
「それ、最高の褒め言葉だな」
俺は笑って手を下ろす。
エリナが優しく微笑む。
「本当に、あなたらしい魔法ですね。
争いではなく、心を癒やす……“魅力の力”」
ミナは腕を組んでうなずいた。
「うん、確かに。あんたの話、聞いてると落ち着くんだよね」
ルゥも笑顔で言う。
「なんか、胸のもやもやがなくなったよ!」
カレンが一歩、俺の前に進み出た。
「正式にあなたを“魅力魔導士”としてギルドに登録するわ。
ただし――条件が一つ」
「条件?」
「これから行く“カスティア山脈”の調査に同行して。
あそこには、古代の“共鳴石”がある。あなたの力に、何か関係があるかもしれない」
「共鳴石……」
俺の胸が高鳴る。自分の魔法の起源に関わるかもしれない。
「わかった。行こう。――俺のモテ修行の続きだ」
ルゥが元気よく拳を上げる。
「わーい! また冒険だね!」
エリナは微笑んで肩をすくめた。
「ほんとに、落ち着く日がありませんね」
ミナが笑いながら荷物をまとめる。
「ま、翔太がいると退屈しないからいいけどね」
カレンがわずかに笑みを見せ、静かに呟いた。
「あなたの“モテ”が、この国を変えるかもしれないわね」
「それ、悪くない褒め言葉だ」
俺は肩をすくめながらも、心の奥で確信していた。
――モテるほど、世界は救える。
それが、この世界の真理なんだ。




