第5話 魅力教会の試練
「魅力教会本堂――ここで、あなたの真価を見せてもらいます」
エリナの声が、荘厳な石造りの聖堂に響いた。
高い天井から降り注ぐ光が、ステンドグラスを赤と青に染めている。
数十名の神官が静かに並び、俺を囲む。
壇上に立つのは、白金の法衣に身を包んだ老司祭。
厳粛という言葉をそのまま形にしたような男だ。
「守川翔太――異界より来た者よ。
そなたの“魅了術”なるものは、神の教えに背く。
その真偽、ここで見極める」
「見極めっすか。つまり……テスト?」
俺は肩をすくめる。
「いいっすね。俺、こう見えて口で勝負するタイプなんで」
聖堂に軽い笑いが広がったが、すぐに老司祭の低い声がそれを押し潰した。
「“恋愛”は心を乱し、信仰を汚す。
この世界では“恋すること”自体が禁忌。
それを説くお前の存在は、危険極まりない」
「なるほど、恋バナ禁止の世界ってやつっすね」
俺はゆっくり一歩進み、老司祭の目を真っすぐに見た。
「じゃ、聞きますけど――
人が神を信じるのは、恐れからですか? それとも、愛からですか?」
司祭の目がわずかに揺れた。
「……愛だ。しかし、それは神聖なる愛。俗なる欲望とは違う」
「つまり、愛そのものは否定してないんすね」
俺は微笑む。
「だったら話は早い。
俺の研究テーマも“人が人を想う力”です。
それが神を遠ざけるなら、神の愛ってのは案外狭量なんすね」
ざわ……と神官たちがざわめく。
エリナが息をのんだ。
――まただ。翔太が“言葉の枠”を変えている。
【心理術:フレーミング効果】
“恋は罪”→“恋は祈り”
枠組み(フレーム)を変えるだけで、価値が反転する。
老司祭の顔が険しくなった。
「詭弁を弄するか……捕らえよ!」
数人の神官が詠唱を始めた。
床に魔法陣が浮かび、光の鎖が俺の足元を締めつける。
重い圧力――魔力の拘束。
「おっと、こう来るか」
俺は笑って両手を上げた。
「話し合いの余地、ゼロっすね」
鎖がさらに強く輝き、床が震えた。
魔法陣の力が暴走し、熱波が吹き荒れる。
「やば……出力、上げすぎじゃ――!」
バキッ、と音を立てて柱に亀裂が走る。
周囲の神官が弾き飛ばされ、石片が宙を舞った。
爆風で祭壇の布が焼け焦げる。
老司祭が杖を構えた。
「悪しき者よ、ここで封じ――」
「やめて!」
突如、聖堂の扉が開き、竜の羽を広げた少女が飛び込んできた。
ルゥだ。
「この人は、誰も傷つけてない! 魔法が暴れただけ!」
ルゥの叫びと同時に、俺の胸のペンダントが光を放つ。
彼女のものと共鳴し、空気が震える。
「魅力指数――94!」
聖堂全体がざわつく。
エリナが目を見開いた。
「……そんなはずが……! 上級司祭でも七十台が限界なのに!」
老司祭がたじろぐ。
「王国騎士団長クラス……!」
鎖が砕ける。
俺の手のひらに、温かい光が集まる。
心が震える。これは“恋”の波動だ。
「“ラブ・エコー”――!」
眩い光が爆発し、破損した柱が修復されていく。
倒れた神官たちの傷が癒え、聖堂全体を包むような柔らかな輝き。
「な、なんだ……この魔法は……」
「癒しの魔法じゃないっす。
“共鳴”の力です。モテるってのは、支配じゃない。理解し合うことですよ」
ルゥがそっと俺の隣に立つ。
「翔太……あなた、すごい人」
「いや、まだ半分だな。
本気で恋されたら、たぶん柱ごと吹っ飛ぶ」
エリナが呆れたように笑う。
「半分で上級魔法クラス……この国、混乱しますよ」
老司祭はゆっくり杖を下ろした。
「……お前の力が悪に染まらぬ限り、教会は敵対しない」
俺は頷いた。
「感謝します。俺はモテの力で、世界を救ってみせます」
夜。聖堂を出た俺は月を見上げた。
「“恋は祈り”か……悪くない言葉っすね」
だがその空の向こうで、黒い影が動く。
ペンダントが赤く脈打つ。
「……魔王か」
次の瞬間、風が凍りつくような気配が走った。
“愛を食う魔王”が、俺の存在を察知した。
「上等だ。今度は、モテでぶち倒す番だ」




