第4話 ドラゴン少女ルゥ、恋を知らぬ存在
「……なるほど。あなたの“魅了術”、確かに人を救う可能性があります」
教会の白い回廊で、エリナが静かに言った。
前回の“魅力嵐”の収束から一夜。
俺は教会の客間に泊まり、今は再び彼女の前に立っていた。
「ただし、証明が必要です。
“理論ではなく実践”――人の心だけでなく、魔物の心をも動かせるのか」
「魔物の心、ね。……面白い」
俺は笑った。
挑戦されると燃えるのは、昔からだ。
「では、北の山に住む竜の少女“ルゥ”を説得してください。
彼女は感情を失い、誰の声も届かない。
それができたら、教会はあなたの活動を認めます」
「オッケー。じゃあ、“実地ナンパ術講義”ってことで行ってくる」
エリナがあきれ顔でため息をついた。
「ナンパ術……あなた、本当に聖堂にいる自覚あります?」
「“心を開く”って意味では似たようなもんさ」
山へ向かう途中、俺はエリナとミナに歩調を合わせながら話した。
「今日使うのは、“セルフディスクロージャー+タイムディレイ法”」
「また難しい言葉出た!」とミナが言う。
「簡単に言えば――“先に自分の弱みを見せて、少し黙る”って技だ」
「……黙る?」
「人は、相手が心を見せた瞬間、
“返さなきゃ”って心理が働く。
しかも、すぐに反応しないで“間”を作ると、
その沈黙が頭の中でリピートされて、印象が強く残るんだ」
俺は笑って指を鳴らした。
「つまり、“黙って惹きつける”のもナンパ術のひとつってわけ」
エリナは呆れたように眉をひそめた。
「……本当にあなた、人の心を読む魔法使いですね」
霧の濃い山道を登る。
やがて、岩の上に一人の少女が立っているのが見えた。
銀の髪、琥珀の瞳。
冷たい空気の中で、まるで時間が止まったような存在感。
「あなたが、竜の少女“ルゥ”か?」
少女はゆっくりと振り向いた。
「……人間。なぜここへ来た」
「君に話したいことがある」
「私は誰の話も聞かない」
彼女の瞳に、炎のような光が宿る。
でも俺は、少しも焦らず――口を開いた。
「……俺さ、昔、女の子にふられまくってたんだ」
ルゥが目を瞬かせる。
「……は?」
「本気で好きだった子に、三回告白して三回フラれた。
“君は軽そうだから無理”って言われてな」
俺は小さく笑って、何も言わずに五秒ほど黙った。
タイムディレイだ。
その“間”に、風が吹き抜け、ルゥの髪が揺れた。
沈黙の中、彼女の瞳がわずかに揺れる。
「……なぜ、そんなことを話す?」
「俺が本当は軽くなんかないって、
誰かにわかってほしいと思ってたから。
――でも、口で言うより、聞いてくれた方が嬉しいんだ」
ルゥは視線を逸らした。
「意味が、わからない……胸が、少し苦しい」
「それが“共感”だよ。
誰かの心に触れると、自分の中にも波が立つんだ」
俺は一歩近づく。
彼女は逃げない。
「ルゥ。君の中にも、本当は“誰かに見てほしい”って気持ちがあるだろ?」
「……そんなもの、ない」
彼女は否定したが、声は揺れていた。
「あるさ。戦うために感情を封じられても、
“理解されたい”って本能までは、誰にも消せない」
俺のペンダントが淡く光る。
魅力指数:56。
その瞬間、地面が震えた。
魔力の瘴気が吹き出し、黒い竜の影が山腹を覆う。
「これは……私の“残響”!」
ルゥの体から竜の翼が広がる。
怒りと悲しみの魔力が混じり、空気が裂ける。
「ルゥ、聞け!」
俺は叫びながら、彼女に歩み寄る。
「感情を抑えるな! 俺と同じ呼吸をしろ!」
「……できない!」
「できる!」
俺は彼女の手を取った。
「吸って……吐いて……」
呼吸を合わせる。
ミラーリングの応用だ。
「いいか、怒りのエネルギーは“自分を守りたい”気持ちの裏返しだ。
それを恐れず、受け入れろ!」
ルゥの体を包む闇が、少しずつ透明になる。
「……わたし、怖かった。
誰かに心を見せたら、壊れてしまう気がして……!」
「壊れねぇよ。心を見せ合うってのは、
“信じる勇気を持つ”ってことだ」
黒い瘴気が完全に消え、竜の姿が溶けていく。
そこに残ったのは――涙を流す、一人の少女。
エリナが呆然とつぶやいた。
「……彼女が泣いてる。竜が、涙を……」
俺は肩をすくめた。
「感情ってのはな、封じても消えない。
むしろ、誰かに見せたときに、やっと“癒える”んだ」
ルゥは静かに言った。
「あなたの声……心に響いた。
それが、“モテ”の力?」
「そう。モテるってのは、“相手の心に居場所を作る”ってことさ」
ルゥは小さく笑った。
それは初めての微笑みだった。
ペンダントが強く輝く。
魅力指数:72。
エリナが息を整えて言う。
「……あなた、本当に恐ろしい人ですね」
「そう? 俺はただ、“人を好きになる魔法”を使ってるだけだよ」
空には、黒雲の向こうに“魔王の城”の影が浮かぶ。
「モテればモテるほど、強くなる。
――この世界、ますます面白くなってきたな」




