第3話 魅力教会と神官エリナ
「魅了師ギルドを……作る?」
ミナが呆然と俺を見上げていた。
昨日の宣言をそのままに、俺は朝の市場で看板を立てた。
【魅了師ギルド 第一支部 モテの力で世界を救う】
正直、まだ俺ひとり。
ギルドと言うより、ただの自称サークルだ。
それでも、誰かが始めなきゃ何も変わらない。
「翔太、本気なの?」
「もちろん。モテが力になるなら、みんながモテれば世界が平和になる」
「……ちょっと、怪しくない?」
「怪しくても、笑顔が増えるならそれでいいさ」
俺は笑いながら、看板を掲げ直した。
その笑顔を見て、ミナがほんの少し安心したように微笑む。
――よし、成功。
“笑顔の同調反応”は、人の警戒を和らげる最初の一歩だ。
相手を安心させたい時は、「呼吸・表情・声のテンポ」を合わせる。
これだけで心の距離は驚くほど近づく。
昼頃。
ギルドの前に、見慣れない一団が現れた。
白い法衣をまとい、胸には金のハートを象った紋章。
中央に立つのは――凛とした美貌の女性。
「あなたが……“異端の魅了師”ですね?」
彼女はまっすぐ俺を見つめ、名乗った。
「魅力教会第三神殿の神官、エリナ=アルトリウス。
あなたの行為が教義に反するかどうか、調査に来ました」
まっすぐな瞳。
このタイプは“理屈より正義”で動く。
――つまり、感情の正当化型。
こういう相手には、理屈ではなく「信念を理解してみせる」ことが大事だ。
「俺はただ、“モテの平等”を目指してるだけだよ」
「平等? “神の加護”は選ばれし者に授けられるもの。
あなたのように人為的に感情を操るのは――冒涜です」
「操ってるんじゃない。寄り添ってるんだ」
俺は一歩近づいた。
ここで“ペーシング”を使う。相手がわずかに呼吸を止めたタイミングで、こちらも動きを止める。
人は、自分と呼吸のリズムが合う相手に安心を覚える。
「例えば、君が誰かの悩みを聞いてあげるとき、
相手が救われるのは“解決策”じゃなくて、“共感”だろ?」
「……それは、そうですが」
「俺の“魅了術”は、その共感を言葉の形にしただけだ。
相手が安心し、笑顔になれば、それが魅力――つまり魔力になる」
ペンダントが淡く光る。
魅力指数がわずかに上昇。
「……理屈は理解できます。
ですが、人の心を動かす力は、危険でもある」
「だから俺は、“技法”として教えるんだ」
エリナが目を細める。
「技法?」
「そう。心理学で言えば“ペーシング”“リーディング”“アンカリング”。
言葉の順番や視線の角度一つで、心は変わる。
でもそれを悪用せず、“相手を尊重するための技術”にすれば、
世界はもっと優しくなると思わないか?」
沈黙。
彼女の瞳が少しだけ柔らかくなる。
俺は笑って続けた。
「ナンパだって同じだ。目的が『落とすこと』なら嘘になる。
でも『相手を笑顔にする』ための会話なら、それは立派な魔法だ」
エリナは息をのんだ。
「……あなた、変な人ですね」
「よく言われる」
その時、上空に光の輪が現れた。
魔力嵐――魅力が暴走する現象だ。
人々が動揺し、怒号や嫉妬が渦巻く。
エリナが祈りの言葉を唱えた。
「神よ、心を鎮めたまえ――!」
白い光が広がるが、押さえきれない。
俺は彼女の肩に手を置いた。
「エリナ、感情は力だ。止めるより、流したほうがいい」
「……流す?」
「そう。
たとえば怒りの人には“理解の言葉”を、
嫉妬の人には“承認の言葉”を。
感情の流れを受け止めて、出口を作るんだ。
心理学では“感情の同調転換”って呼ばれてる」
俺は人々に向かって叫んだ。
「大丈夫だ! 君たちが誰かを好きになるのは、間違いじゃない!」
その瞬間、嵐が一気に弱まった。
ペンダントが強く輝く。
エリナも祈りの光を放ち、俺と共に波を鎮めていく。
やがて、街は静まり返った。
「あなたの方法……理解しました」
エリナが息を整えながら言う。
「人の心を弄ぶのではなく、理解し、導く……“共感の術”ですね」
「そう。俺は教会と敵対したいわけじゃない。
“愛の仕組み”を、もっとみんなが使えるようにしたいだけだ」
エリナは複雑な表情を浮かべた。
「……危ういけれど、正しいのかもしれません。
あなたの力、確かめる必要がありそうです。教会に来てください」
そう言って、彼女は去っていった。
ミナが駆け寄ってくる。
「翔太、今の……すごかったね」
「ふふ、ただの“感情の整理術”さ。
でもこういうの、前の世界でもよく使ってたんだ。
相手を落とすんじゃなく、“安心させる”ために」
「なんか、それ……ちょっと好きかも」
ペンダントが、また光った。
魅力指数:32。
俺は空を見上げる。
黒い雲の向こうに、何かが動いた気がした。
「――やっぱり、こっちの世界でもナンパ術は最強だな」




