037 月に代わって、最終審判
私の髪を執拗に撫で回す教皇陛下に表情を曇らせる。周囲を見渡したが、彼の姿は見えなかった。
――限界だ。
これ以上耐える理由はないと勝手に判断し、計画を無視して静かに教皇の手を払いのけた。
「……すいませんが、その汚らわしい手を退けていただけますか、ベルゼブ教皇陛下」
そう言うと陛下は怪訝な表情を浮かべた。だが、私の腕に視線を移し、魔力を封じる腕輪を確認すると、手を私の頬に伸ばして掴み、顔を歪めた。
「ほう……ついに魔女の本性を現したな、魔女セーラ。神の下僕たるこの私に、不遜な口をきくとは……」
勝ち誇った表情を浮かべる教皇に「こいつはバカか」と言いそうになる。なんとか飲み込むと、原罪聖母の魔核で造ったペンダントを起動する。
途端、魔封じの術式を破壊し、強化魔法が展開され、全身に力が漲る。私は両手の魔封じの腕輪を力任せに引きちぎった。
バキンッ、と音を立て地面に落ちる腕輪を見ながら手首を擦り、傷がないことを確認する。
軽く手首を回し、息を吐くと、ぽかんとする教皇陛下の頬を、思いっきり叩いた。
バチンッ――乾いた音が法廷に響き渡り、教皇は鼻血を出しながら吹き飛ぶ。
その瞬間、扉が開き、多くの神殿騎士が雪崩れ込んできた。彼らは教皇陛下を守るように目の前に立ちはだかる。
先頭に立つのは、教皇お気に入りの神殿騎士団長ルイジエル。彼はすかさず剣の切っ先をこちらに向ける。
「貴様……神に最も愛されしベルゼブ陛下に手を上げるとは、何たる無礼か!」
ルイジエルはすごい剣幕でまくし立ててくる。魔封じの腕輪が外れている私を見ても何の警戒もしない。
――今なら万能魔法で瞬殺できる。
想像力が足りないご立派な頭に、心の中で盛大な拍手を送ると、深くため息をついた。そして、胸の前で両手を握り、天を仰いで宣言する。
「私たちを見守る大いなる意思よ、今こそ、哀れな罪なき子羊たちに真実の光を!」
突然、天空から眩い光が差し込み、背後に(私が想像した)創造神が降臨した。
その目はすべてを見透かすかのように静かで厳かで、まるで本物の神様――のようだった。
<我が愛しき子らよ、よく見よ。汝らの信じたる敬虔なる信仰を汚し、己が欲のままに利用する者たちの、真なる姿を……>
万能魔法で創造した神様が私が考えた言葉を偉そうに語り、右手を天に掲げれば、空から光の粒子が降り注ぐ。
それは教皇陛下やルイジエル、ジーク君の頭上に舞い落ちた瞬間、彼らの姿を変貌させた。
教会関係者を中心に、多くの者が人外へと変貌していく。
聖書に出てくる悪魔のように角や尻尾が生えた姿は、あまりに分かりやすく、感心してしまう。
この魔法は初代聖女が私に託してくれたものだ。
彼女は私に倒され、すべての記憶を取り戻した。そして、復讐や後悔から魂を解放され、この魔法を残して天に還っていった。
人間の心の醜さを、そのまま姿に映し出す魔法。それが今、展開している。
「……いや~、すごいですね、初代聖女の魔法は。よっぽど、教会が憎かったようですね」
私が腕を組んで頷いていると、魔法によって醜く姿を変えられた教皇陛下がこちらへ突っ込んできた。
こんなに大勢の前で、悪魔の格好のまま可憐な美少女に襲いかかったら、誰がどう見ても悪役確定だ。
とりあえず、怯えたふりをしてしゃがみ込むと、黒のタキシードをまとったアイオス殿下が颯爽と登場し、ステッキで陛下を派手に殴り飛ばしてくれた。
「おい、セーラ、少し計画と違ってきてないか……」
「……何を言っているんです。殿下がぐずぐずしていたからですよ」
本来は、私が処刑寸前まで引きつけ、そこに殿下が颯爽と現れて教会の不正を暴くという流れだった。
もっとも、信仰心の厚い民衆が、殿下の言葉だけで納得するとは思えなかった。
だから、初代聖女から託された魔法を使い、教会関係者を『あるべき姿』に変えて見せた。本当は我慢ができず、魔法を発動しただけだが。
ひとまず、民衆は『教会=悪』と信じてくれたようだ。悪魔の姿となった彼らを見る目は憎悪に満ちていた。
――やはり、見た目は大事だ。教会を糾弾する民衆を眺めながら改めて実感する。
やがて法廷に集まった各国の代表たちも教会の悪行を暴露し始めた。もう教会も言い逃れできない。
そのとき、ジーク君がこちらに向かって聖魔法の詠唱を始めた。
悪魔の姿で神に祈る姿は、さすがにシュールだ。
喉まで出かかった笑いを必死で飲み込みながら、私はそっと殿下の前に出ると、真剣な顔で一歩踏み出して――
――大声で叫ぶ。
「ムーンクリス〇ルパワーメ〇クアップ!」
刹那、全身を光の衣が包み、眩い閃光とともに純白の露出が多いセーラー服姿へと変身する。
ついに、もう一つ大好きな漫画の主人公――セーラ戦士になることができた。
感動に震える私は、堂々と民衆たちにその雄姿をさらしながら、小さく笑みを浮かべる。
「おい、その格好はなんなんだ」
「……え~と、それはですね、タキ〇ード仮面様。この姿こそが、あなたのパートナーとして相応しいかと」
「俺をその名前で呼ぶな。この格好で現れろって言ったのお前だろうが!」
愛しのタキ〇ード仮面様は、不服そうな顔でじとっと睨んだ。
だが、結婚を申し込んだ以上、旦那様として私の趣味にはきっちり付き合ってもらわないと困る。
私は少し不安な未来を想像して、小さくため息を漏らす。
「ふう、この先が思いやられますね」
「いや、それはこっちのセリフだ」
殿下の言葉を聞き流し、くるりと振り向き、一歩踏み出す。
目の前には、すっかり忘れていたジーク君が、いつのまにか詠唱を終え、こちらに向けて特大の魔法を放った。
迫る光弾を万能魔法で上書きしつつ蹴り上げると、それは上空で月へと変わり、輝いた。
煌めく月光の下、私は悪魔の姿になったジーク君を睨みつけ、指を突きつけ、高らかに叫んだ。
「月に代わって――お仕置きです!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
残すはエピローグのみです。もう少しだけお付き合いください<(_ _)>




