028 名乗りは罠、慈雨は救い
俺は表情を出さないセーラを横目に思う。この状況で、どうしてあいつは冷静でいられるんだ――。
歌声だけで一万の兵を無力化し、死の淵にまで追い込んだ存在。それを前に動揺しないセーラ。不安がよぎり、声をかけようとした。
だが、彼女のほうが早かった。一歩前へ進み出て、優雅に頭を下げる。
「……ごきげんよう、第八柱の魔王殿。私は人族の聖女皇セーラと申します。もしよろしければ、お名前を教えてもらえますか?」
数秒の沈黙のあと、漆黒の聖母が口を開く。
<……私はすべての魔族たちの母。すべての罪の根源――原罪聖母シン・マリア>
その言葉に、セーラは静かに頷く。
「シン・マリアさん、いい名ですね。それに立場は違えど、同族を慈しむ心は私も同じ。意外と気が合うかもしれませんね」
そう語りかけながら友好的な笑みを浮かべる。
――だが、次の瞬間、超特級の聖魔法を発動した。
「破壊神の天煌拳」
彼女は詠唱を破棄し、即座に膨大な魔力を練り上げて魔法陣を展開する。
直後、天空に眩い光の巨大な拳が現れ、轟音を上げてシン・マリアの頭上へ迫った。
だが、シン・マリアは避けることなく、首にかけていた漆黒の逆十字を静かに握り締め、祈りを捧げる。
その瞬間、地面が揺れ、無数の骸骨で作られた城壁がせり上がった。それは破壊神の拳を真正面から受け止めてみせる。
「……おい、セーラ。それはさすがに卑怯じゃないか?」
俺は友好的な態度を見せながら、これまでの魔王なら一撃で葬れるほどの高威力の聖魔法をぶつけた彼女を半目で睨む。
だが、セーラは悪びれる様子もなく、肩をすくめて吐き捨てた。
「……だから、苦労知らずの甘ちゃんは嫌いなんですよ」
「おい、聞こえてるぞ。それに甘ちゃんとか関係ない。会話の最中、友好的な態度で隙を突き、攻撃を仕掛けたら、卑怯だと思うのは当然だろうが」
「……はぁー。じゃあ聞きますけど、今までの戦いで、一度でも正々堂々とした戦いなんてありました?」
セーラは珍しく感情を露わにし、言葉を続ける。
「どれもこれも、互いの隙を突いたり、相手の死体を操ったり、人質を取ったり……。戦争に美学を求めるなら、私はそれを甘ちゃんと言います!」
いつになく言葉を重ねるセーラに、俺は目を見開く。それに気づいたセーラはそっぽを向いた。
そんな彼女に声をかけようとした瞬間、シン・マリアの体から大量の瘴気が溢れ出す。地面を這いながら広がるそれは、横たわる兵士たちを蝕み始めた。
「……ほら、向こうも同じようなものです。戦いに卑怯もなにもないんですよ。で、どうするんです、総司令官?」
セーラは苦しみ出す兵士たちを一瞥し、こちらへ目を向ける。だが俺は何も言えず、ただ立ち尽くすしかなかった。
そんな俺に落胆したのか、セーラは小さくため息をつく。
「……結局、何もできないじゃないですか。しょうがないですね、まずは苦しんでる兵たちをどうにかしましょう」
そう呟くと、俺を横目に天へ両手を掲げて祈りを捧げる。
「聖母神の慈雨」
突如、黒く淀んだ空を白く輝く雲が覆い、聖なる慈雨が降り注ぐ。やがてシン・マリアの放った瘴気を洗い流していった。
その光景を見つめながら、改めて無力さに打ちひしがれている。そんな俺に、セーラが珍しく優しく声をかけた。
「……まあ、あれです。こんなラスボスみたいなヤツを前に平然としてるほうがどうかしてます。私みたいにゲームやりまくってた人間でもない限り、耐性なんてあるわけないですよ」
予想外の言葉に一瞬、呆然とする。思わず彼女を見つめると、セーラは気まずそうに視線を逸らした。
なぜ彼女が急にそんな言葉をかけてきたのか分からない。
だが、それでも彼女が俺を励まそうとしたことが嬉しくて、そんな自分に少し驚く。
「ふっ、お前にしては珍しく、慰めてくれたのか?」
「……いえ。ただ、自らの体験を元に、先駆者としてアドバイスしただけです」
問いかけに彼女はすぐに表情を消す。
その横顔を見て、思った。勝手な願望だ。だが、少しは興味を持ってくれたのかもしれない。そう思うと、自然と力が湧いてきた。
最高闘神アポロ様の力がまだ残っているのを確認し、短く口笛を吹く。
直後、天空から光をまとった太陽馬ピュロイスが現れ、目の前に降り立つ。首筋を軽く叩くと迷いなく飛び乗り、セーラに向かって告げる。
「最後は、総司令官である俺が仕留める。支援のほうを頼めるか?」
その言葉にセーラは一瞬だけ目を見開いたが、微笑みを浮かべる。すぐに表情を消し、優雅にカーテシーをした。
「……はい、御心のままに」
彼女は胸の前で両手を組み、祈るように静かに呟く。
「神のご加護を」
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