最終章 第20話 辺境の空に朝が来る
夜が明けた王都の空は、これまでにないほど澄み切っていた。
紫の霧も、灰雨の気配も、どこにもない。
広場に集まった民衆はざわめきながらも、誰もが同じ空を見上げていた。
「……終わったのか」
誰かの小さな呟きが、やがて大きな波のように広がる。
「魔女じゃなかったんだ……救い手だったんだ!」
「俺たちは、この人に生かされた!」
その声に押されるように、王都の兵たちも槍を下ろした。
宰相は沈黙し、司祭は悔しげに祈りを繰り返す。
そして総帥は鎖に繋がれたまま、虚ろな瞳で俯いていた。
私は一歩前に出て、広場を見渡した。
アーデから駆けつけてきた人々の顔がある。
鍛冶屋の親方が拳を掲げ、サラ院長が涙を浮かべて笑い、子どもたちが「薬師さまー!」と声を張り上げる。
バルドが隣で静かに剣を収め、セリスが肩越しに頷く。
ルゥは私の頭に飛び乗り、澄んだ鳴き声を響かせた。
「……私は神でも魔女でもない。ただの薬師です」
私ははっきりと言葉にした。
「毒を薬に変えるように、絶望を希望に変える。それだけを、これからも続けていきます」
広場に大きな拍手が起こり、それは歓声に変わっていった。
王都の空に響くその声は、辺境のアーデにまで届くような力を持っていた。
そして私は心に決めた。
――王都に残るのではなく、アーデへ戻ろう、と。
あの街には畑があり、人々がいて、薬を必要とする声がある。
王都を変えるのは、そこから始まるはずだから。
帰路につく馬車の上で、私は朝日を見上げた。
光が街道を照らし、ルゥの毛並みを輝かせる。
バルドが隣で静かに息を整え、セリスが新しい帳簿をめくっている。
「新しい章の始まり、ね」
私は笑った。
「また薬を調合して、街を歩いて、みんなと笑う……それが一番の幸せ」
ルゥが「きゅ」と鳴き、肩にすり寄る。
その温もりが、未来を確かなものに思わせた。
辺境の空は、鮮やかな青。
その下で、薬師としての新しい日々が始まる。
(最終話 完)