第3章 第19話 裁きの広場
黒い瓶が砕ける寸前、私は手を突き出した。
「〈反転調合〉――!」
蒼光が奔り、黒い毒液と激突する。
火花のような光と闇の衝突が広間を覆い、壁が震え、兵たちが倒れ込む。
ルゥが叫ぶように鳴き、尾で霧をかき払った。
そして――闇は蒼光に呑み込まれ、消え去った。
残されたのは、粉々に砕けた瓶と、膝をつく総帥の姿だった。
仮面は割れ、露わになった顔はやつれ、瞳には狂気と虚無が混じっていた。
「……なぜだ。なぜお前は毒を薬に変えられる……」
「簡単なことよ」私は静かに答えた。
「人を救いたいと思って調合するから。支配のためじゃなく、笑顔のために」
総帥は嗤い、そしてうなだれた。
「そんなものが……王都で通じるはずが……」
そのとき、広間の扉が開かれた。
王都の民衆が雪崩れ込んでくる。噂を聞きつけ、集まった人々だ。
「魔女が牢を襲ったと聞いてきたが……」
「いや、見ろ! 毒を消してる……!」
人々のざわめきが広がる。
宰相と司祭が駆けつけた。
彼らは総帥の敗北を目にし、憤然と叫ぶ。
「民よ、騙されるな! あれは魔女だ! 我らの力を奪い、王国を乱す者!」
だが、声は届かなかった。
倒れていた兵たちが次々と立ち上がり、口を開いたのだ。
「違う……救われた……」
「俺たちは、この人に……生かされた……」
兵の証言が、人々の心を一気に揺さぶった。
広場に連れ出された私は、群衆の前に立たされた。
宰相が声を張る。
「問う! この女は“魔女”か、それとも――!」
その瞬間、アーデの人々が駆け込んできた。
鍛冶屋の親方、サラ院長、子どもたち。
声を合わせて叫ぶ。
「魔女じゃない! 俺たちの薬師だ!」
「夜泣きを治してくれた! 灰雨を晴らしてくれた!」
「命を救った人を、魔女なんて呼ばせない!」
広場は大きなうねりとなり、王都の空を震わせた。
私は胸に手を当て、声を張った。
「私は魔女でも神でもない。ただの薬師です。
毒を薬に変えるように、絶望を希望に変える――それだけが、私の役目です」
沈黙の後、民衆の喝采が爆発した。
宰相の顔は青ざめ、司祭は声を失った。
総帥はうなだれ、鎖に繋がれた。
王都の広場は、“裁き”を越えて、“誓い”の場へと変わっていった。
バルドが隣に立ち、セリスが涙を拭い、ルゥが肩で鳴く。
私は深く息を吸った。
「……次に来るのは、きっと新しい朝」
その予感が胸を満たしていた。
(第3章 第19話 完)