第3章 第17話 薬師ギルド総帥との邂逅
王都の北区。
煌びやかな宮殿や劇場の裏側に、忘れ去られた石造りの塔があった。
地下牢はその奥に隠されている――手紙の主はそう記していた。
セリスと私は夜陰に紛れて塔へと向かう。
月は雲に覆われ、ルゥの瞳だけが青白く光っていた。
「……この先にバルドが」
私が囁くと、セリスは頷き、短剣を握る。
「急ぎましょう。彼が“実験”に使われる前に」
塔の扉を抜けると、ひんやりとした地下道が続いていた。
壁には鎖と鉄格子、湿った空気が肺を重くする。
奥から、呻き声が聞こえた。
「……バルド!」
鉄格子の中に、彼は鎖で縛られていた。
傷は深くないが、薬による眠りで意識が朦朧としている。
「アイリス……か……?」
掠れた声に胸が痛む。
手を伸ばした瞬間――背後で冷たい声が響いた。
「来たのね、“魔女薬師”」
振り返ると、青いローブの女が立っていた。
峠で姿を見せた、薬師ギルドの代理人。
だがその隣には、さらに異様な存在がいた。
黒衣に身を包み、仮面で顔を隠した長身の男。
その佇まいから放たれる圧は、空気さえ淀ませる。
「彼が……」
セリスが息を呑む。
「そう。“中央薬師ギルド総帥”にして、王都の新しい毒の支配者」
女は誇らしげに告げた。
男の声は低く、金属を擦るようだった。
「お前の力……毒を薬に変える術。面白い。だが未熟だ。
我らは毒を極め、薬にさえ従わせる。お前の存在は我らの証明を脅かす」
「証明……?」
「薬師は“治す”ためにあるのではない。支配のためにある。
毒を与え、解毒を独占する。それが真の力だ」
私の胸に怒りが燃えた。
「それは薬師じゃない。救いを独占するなんて、ただの暴君よ!」
総帥は笑い、手にした瓶を砕いた。
紫の霧が牢内に流れ込み、バルドの体が痙攣する。
「やめて!」
鉄格子にしがみつく私に、総帥は冷たく告げる。
「救いたければ証明してみろ。お前の“偽の薬”で、この毒を打ち破れるか」
背後でセリスが叫ぶ。
「罠よ、アイリス! 奴はあなたの力を試してる!」
だが私は、震える手で薬袋を握りしめた。
ルゥが肩で鳴き、私の決意を後押しする。
「いいわ。毒がどれほど深くても、私は薬師。必ず薬に変えてみせる」
総帥の瞳がわずかに細まり、口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
「……なら見せろ。お前の力を。そして証明せよ――救いが支配に勝つことを」
牢の中、紫の霧が渦巻く。
私は瓶を開き、反転調合の光を手に走らせた。
(第3章 第17話 完)