第3章 第16話 王都潜入、仮面の街路
王都への道は長く、険しかった。
討伐軍が退いた後も街道は監視され、旅人や商人には検問が敷かれている。
正面から向かえば、すぐに“魔女”として捕縛されるのは明らかだった。
だから私は、商人の隊商に紛れた。
薬草の束を荷車に積み、顔をフードで隠し、ルゥは荷袋に潜ませる。
セリスは商人の娘を装い、明るい笑顔で検問を切り抜けていく。
「こんなに上手に演じられるなんて、セリス、あなた本当に記録係?」
「記録も商売も笑顔が大事よ」
小声で言い合いながら、何とか王都の門を通過した。
王都は、辺境とはまるで別の世界だった。
石畳は広く、街路には灯が絶えず、豪奢な屋台と劇場が軒を連ねている。
だが、その華やかさの裏で、私の耳に飛び込んでくるのは暗い噂だった。
「魔女を討つために、薬師ギルドが動き出したらしい」
「見たこともない紫の霧を操る“正統の薬師”が来るんだと」
「辺境はもう終わりだ」
街は浮き立つようにざわついていた。
“神薬師”の名は既に“魔女”へと塗り替えられている。
夜。
私たちは宿屋の一室に身を潜め、窓の外に流れる夜景を眺めた。
「……こんなに人がいるのに、誰も真実を知らない」
私の言葉に、セリスが唇を噛む。
「広めましょう。あなたが救った命の話を、この王都に。嘘はいつか暴かれる」
ルゥが布団の上で丸まり、「きゅ」と鳴いた。
その無垢な声に、少しだけ胸の張り詰めた糸が緩む。
だが、安堵は長く続かなかった。
扉の下から、紙切れが滑り込んできたのだ。
拾い上げると、そこには震える筆跡でこう記されていた。
『北の地下牢。バルドは生きている。
だが急げ。ギルドが“実験”に使うと噂されている』
私の手が震えた。
胸の奥に、冷たい怒りが広がっていく。
「……待ってて、バルド。必ず助ける」
王都の夜空には、仮面舞踏会のように無数の灯が揺れていた。
その下で、私たちは本当の敵――薬師ギルドの牙城に踏み込もうとしていた。
(第3章 第16話 完)