第3章 第15話 捕らわれた仲間と王都の罠
眠り霧の峠戦から三日。
アーデの街は勝利の余韻に包まれていた。
血を流さずに王都軍を退けた事実は、人々に誇りと自信を与えていた。
だが、その安堵は長くは続かなかった。
夜明け前、薬房の扉が乱暴に叩かれた。
駆け込んできた農夫が、顔を蒼白にして叫ぶ。
「バルドさんが……! 街道で襲われて……連れ去られた!」
薬房の空気が一瞬にして凍る。
セリスが椅子を倒すように立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「そんな……! あの人が簡単にやられるはずないのに!」
ルゥが低く唸り、尻尾の毛を逆立てる。
急ぎ街道に向かうと、そこには戦闘の痕跡が残っていた。
血の跡は少ない。だが、地面には複数の馬蹄の跡。
薬瓶の破片が散らばり、見慣れぬ青い紋章が刻まれていた。
「……薬師ギルド」
セリスの声が憎しみに震える。
「彼らが、バルドを……!」
私は拳を握りしめた。
峠に姿を見せたあの女――青いローブの代理人。
彼女が仕掛けた罠に違いない。
その夜、街に王都からの使者が現れた。
堂々と広場に立ち、布告を読み上げる。
『辺境の民よ。お前たちの守護者を自称する薬師は、もはや魔女である。
彼女を討つため、我らは正しい薬師の力をもって裁きを下す。
捕らえた者の命が惜しければ、アイリス・グランドリアはただちに王都へ出頭せよ』
広場がざわめきに包まれる。
「人質に……!」
「卑劣だ!」
私は一歩前に出て、使者を睨んだ。
「王都は……どこまで腐っているの」
夜更け。
薬房で地図を広げる私の背に、セリスが声をかけた。
「……行くのね。王都へ」
「ええ。バルドを助ける。彼は私を守ってくれた。今度は私の番」
セリスは唇を噛み、震える声を押し出した。
「私も行く。あなたをひとりで行かせない」
ルゥが肩に飛び乗り、「きゅ」と鳴いた。
窓の外、遠い王都の空に光が瞬いていた。
その光は冷たくも、道しるべのように私の心を導いていた。
「待ってて、バルド。必ず連れ戻す」
王都潜入の決意が、静かに固められた夜だった。
(第3章 第15話 完)