第2章 第11話 薬師の誓いと王都の策動
王都軍が去ってから三日。
アーデの街は平穏を取り戻したかに見えた。市場では再び笑い声が響き、孤児院の子どもたちは夜泣きせずに眠れるようになった。
鍛冶屋の槌は力強く鳴り響き、薬房の前にはいつも列ができていた。
けれど、私は知っていた。――これは嵐の前の静けさだ。
薬房の机に広げた羊皮紙の端に、エドリンの手紙が置かれている。
その文字は重く、冷たい。
『軍は退いたが、王都は決して諦めない。
薬師ギルド復活の背後には、宰相派と教会派の思惑が絡んでいる。
次は“勅命”ではなく、“討伐”として兵を動かすだろう。』
「討伐……」
セリスが声を震わせる。
「王都にとって、あなたはもはや“異端”なのね」
バルドは黙って剣を研いでいた。
鉄の音が薬房の静寂を裂く。
「なら、迎え撃つしかない」
私は小さく首を振った。
「戦うことは最後の手段よ。薬師の手順は救うこと。毒を薬に変えるように、敵意さえも解毒できる道を探したい」
その言葉に、ルゥが「きゅ」と鳴き、私の頬に顔を寄せた。
その夜、王都の大広間では会議が開かれていた。
金糸のカーテンに囲まれた玉座の前。
宰相と教会司祭、復活した薬師ギルドの代理人――青いローブの女が並ぶ。
「辺境の薬師を放置すれば、王都の権威は失墜する」
宰相の声は鋭く響いた。
「灰雨を止め、人々を癒す力……それを王家の管理下に置かなければならぬ」
司祭が頷き、手を組む。
「あの力は神のもの。教会の祝福なく振るうなど、冒涜に等しい」
青いローブの女――ギルド代理人は冷笑を浮かべる。
「ならば簡単です。彼女を“災厄”と認定すればよい。
“神薬師”ではなく、“呪いを振りまく魔女”として」
大広間に重苦しい沈黙が落ちた。
一方、アーデの夜。
私は薬房の灯を落とし、星空を見上げていた。
遠くでルゥが走り回り、子どもたちの笑い声が夜風に混じる。
この光景を、もう二度と灰に沈めさせない。
「……私は薬師。救う手順を止めたりはしない」
自分に言い聞かせるように呟いた。
その誓いが、星空の下で強く刻まれていった。
(第2章 第11話 完)