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第2章 第9話 迫る軍靴、辺境の誓い

 灰雨が止んでから幾日。

 アーデの空は澄み渡り、畑には芽が出始めた。

 けれど、街の人々の笑顔の裏には新たな影が差していた。


 ――王都軍が動いている。


 旅商人の報せによれば、国境を越えて辺境へと部隊が進軍しているという。

 目的はひとつ。“神薬師”の捕縛。


 薬房の奥、私は机の上に広げた地図を見つめていた。

 セリスが険しい表情で指を差す。

「ここ、渓谷の手前に王都の駐屯地ができている。規模は小さいけど、補給路を抑えられれば街は孤立する」


 バルドは腕を組み、険しい声を出した。

「やる気だな。『偽薬師討伐』なんて名目を立てりゃ、民衆への示しもつくって腹か」


 ルゥが低く唸る。

 私の心も同じように波立っていた。


「……この街を捨てることはできない」

 私は静かに言った。

「王都に従えば、再び灰に沈む。けれど抗えば、軍の槍が迫る」


 沈黙の中、扉が叩かれた。


 鍛冶屋の親方が立っていた。

 大きな体に煤をつけ、手には真新しい槌を握っている。


「薬師。俺たちは決めた。この街を守る」

「……親方?」


 後ろから孤児院の院長サラが現れ、子どもたちを連れていた。

「あなたに救われた命を、今度は私たちが守る番です」


 次々と街の人々が集まってきた。農夫、商人、行商の女、兵役を終えた老人――みな声を合わせる。


「アイリス様を渡すくらいなら、街ごと抗う!」

「アーデはもう捨てられない!」


 胸が熱くなる。

 この街は、生き返ったのだ。薬ではなく、人々の意志で。


「……ありがとう」

 私は深く頭を下げた。

「でも、戦うだけが答えじゃない。私は薬師。毒を薬に変えるように、絶望を希望に変える方法を探す」


 ルゥが肩で鳴き、尾を振った。


 その夜。

 私は薬房で調合を続けた。

 薬草を混ぜ、毒を薄め、霧を浄化する瓶を作る。

 バルドは剣を研ぎ、セリスは古い記録を調べている。


「王都が迫るなら、迎え撃つ準備も必要だ」

「でも、できるなら血は流さないで」

 私の言葉に二人は頷く。


 窓の外には、星が瞬いていた。

 その光は、遠くに迫る軍の松明のようにも見えた。


「必ず守る。この街も、人々も」

 私は瓶を握りしめ、誓った。


 ――薬師の手順は、まだ途切れない。


(第2章 第9話 完)

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