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第2章 第8話 王都の策謀と“薬師ギルド”の影

 翌朝、薬房の前に旅商人が駆け込んできた。

 顔は青ざめ、手紙を握りしめている。


「アイリス殿……王都で妙な布告が出た!」


 差し出された羊皮紙には、鮮やかな王都の印章。

 そこにはこう書かれていた。


『王都は新たに“中央薬師ギルド”を復活させる。

すべての薬師は登録を義務とし、登録せぬ者は“偽薬師”として処罰する』


 文字を追うごとに、胸の奥が冷たく締め付けられた。


「薬師ギルド……?」

 セリスが紙を睨みつける。

「十年前に潰されたはずの……!」


 私は深く息を吐いた。

 灰雨をめぐる争いで壊滅したはずのギルド。それを今になって復活させる意味はただ一つ――。


「……私を縛るためね」


 バルドが剣の柄を強く握る。

「王都は“偽薬師”の烙印を押して、お前を捕まえるつもりだ」


 旅商人は震えながら言った。

「もう噂は都にも広まってます。『辺境に神薬師あり』って。王都は焦ってる……」


 その日の午後、街の広場に一人の女が現れた。

 艶やかな黒髪、青いローブ、そして腰には薬草袋。

 背筋の通った佇まいに、人々の視線が吸い寄せられる。


「……“中央薬師ギルド”の代理人を名乗る者よ」

 セリスが小さく呟いた。


 女は広場の壇上に立ち、澄んだ声で宣言する。


「辺境の人々よ。我らギルドは再び立ち上がった。

 だがここに、無資格の“偽薬師”が存在すると聞く。――アイリス・グランドリア!」


 広場の空気が凍りついた。


 私は前に出る。

 ルゥが肩で「きゅ」と鳴き、バルドとセリスが背後に立つ。


「偽薬師? 私が救ったのは、この街の子どもや老人、鍛冶屋や孤児たちよ。偽物にできることじゃない」


 女の瞳が細められる。

「あなたの力は異端。王都の枠に収まらぬからこそ危険なのです。……我らは“正しい薬師”を証明する」


 そう言って彼女は瓶を取り出した。中で紫の液体が渦巻いている。

 栓を抜くと、毒の霧が広場を覆った。


「っ!」

 人々が悲鳴を上げ、子どもが泣き叫ぶ。


 私はすぐに薬袋を開いた。

 白露の種、青月草、そして薄青石。粉を合わせ、掌に紋を走らせる。


「〈反転調合〉!」


 光が広がり、紫の毒は一瞬で澄んだ風に変わった。

 泣いていた子どもが呼吸を取り戻し、人々の顔に安堵が広がる。


 女の眉がぴくりと動いた。

「なるほど……本物、か」


 次の瞬間、彼女は冷たい笑みを浮かべた。

「ならばなおさら。――王都はその力を恐れる」


 女は霧の中へと姿を消した。

 残された広場に、沈黙が落ちる。


「……これからは、街を救うたびに“偽薬師”と呼ばれるのね」

 私は小さく呟いた。


 だが、鍛冶屋の親方が声を張り上げた。

「偽物なもんか! この街を救ったのはお前だ!」


 孤児院の子どもたちも叫ぶ。

「アイリス薬師はほんものだ!」


 人々の声が広場を満たした。


 私は胸に手を当て、静かに笑った。

「ありがとう。なら私は、辺境の“薬師”であり続ける」


 けれど、心の奥底では感じていた。

 ――王都は、ますます本気で私を追い詰めてくる。

 次は言葉ではなく、刃と軍勢をもって。


 ルゥが小さく鳴き、肩で寄り添ってくる。

 私はその毛並みに触れ、決意を固めた。


「いいわ。来るなら来なさい。毒は薬に、絶望は希望に変える。それが私の役目だから」


(第2章 第8話 完)

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