第2章 第6話 王都からの勅命
朝。
薬房の扉を開けると、広場にはすでに人だかりができていた。
鍛冶屋の親方が大声で笑い、孤児院の子どもたちが薬草の束を抱えて駆け寄る。市場の女たちも「薬師様!」と声をかけてくる。
アーデの街は、ようやく「生きている街」に戻りつつあった。
けれど、その笑いの中に混じって――鉄靴の響きが近づいてきた。
「……来たな」
バルドが低く呟いた。
広場の入り口から、王都の紋章を刻んだ旗を掲げた騎馬隊が現れた。
十名ほど。鎧の輝きは辺境の人々を押し黙らせるには十分だった。
先頭に立つのは、白い羽飾りを付けた若い将校。冷たい眼差しが私を真っ直ぐ射抜く。
「辺境にて“神薬師”と呼ばれる者、アイリス・グランドリア」
将校が高らかに声を上げる。
兵士が巻紙を開き、響く声で読み上げた。
「――王命により、貴様を王都に召還する。王国のため、その力を捧げよ」
広場にざわめきが走る。
人々の視線が私に集まり、不安と期待と恐怖が入り混じっていた。
私は一歩、前に出る。
風が頬を撫で、ルゥが肩に飛び乗った。
「王都に捧げるつもりはないわ。私は薬師。救いたい人を救う。それだけ」
将校の目が細くなる。
「逆らうと?」
「逆らうんじゃない。――私はもう、あの国に属していない」
言葉は鋭い刃のように広場を駆け抜けた。
「愚か者!」
将校が叫ぶと同時に、騎馬兵が槍を構える。
広場の人々が息を呑み、子どもたちが母親の背に隠れる。
だが、そこで鍛冶屋の親方が前に出た。
「この街は、あんたらが見捨てたんだ! 今さら薬師を連れていくな!」
孤児院の院長サラも声を張り上げる。
「夜泣きが治まったのは、この方のおかげ! 連れて行くなら、私たち全員を連れて行きなさい!」
人々が一斉に叫び、広場は熱を帯びた。
私は深く息を吸い込み、将校を見据えた。
「ここで力づくに私を連れていけば、王都は“再び辺境を殺した”と歴史に刻まれるわ」
将校は顔をしかめ、手を止めた。
そのとき、兵の後方から別の声が響いた。
「――待て」
灰色のマントを纏った男。エドリンだった。
彼は馬を進め、私と将校の間に割って入る。
「報告は私がする。今は連行すべきではない」
「しかし――!」
「灰雨を止めた薬師を捕縛するなど、王都の名誉を傷つけるだけだ」
将校は歯噛みしたが、エドリンの威圧に押され、槍を下ろす。
エドリンは私を振り返り、低い声で言った。
「猶予は短い。次は“勅命”ではなく、“討伐”になるかもしれない」
「……それでも、私はここを離れない」
エドリンは短く笑い、マントを翻した。
「ならせめて、備えておけ。王都は必ず来る」
兵たちが去ったあと、広場には再び人々の声が溢れた。
「薬師様を守るぞ!」
「アーデはもう見捨てられない!」
私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
――この街は、私を必要としてくれている。
王都が何を命じても、私はここを捨てない。
ルゥが鳴き、尻尾を振った。
星空の下で、薬師としての誓いがまた強く刻まれていく。
(第2章 第6話 完)