火葬場の忌村さん
大学生の頃、旅行や飲み会続きで金欠だった僕は、知人から仕事を紹介されました。
それは火葬場のバイトです。
ブザーが鳴るたびに赤いボタンを押す。
たったこの動作を四時間繰り返すだけで日給五万円でした。
業務内容が明らかに怪しいのですが、お金に困っていた僕は引き受けてしまいました。
バイト初日。
作業着に着替えた僕は小さな部屋に案内されました。
そこには不自然なほど何もありません。
壁に赤いボタンとランプ、天井から垂れ下がった管が段ボールに繋がっています。
僕をここに案内した人はほとんど説明することなく退室しました。
念入りに言われたのは「ブラーが鳴ったら赤いボタンを押すこと」「忌村さんがいる時はボタンを押さないこと」だけです。
後者についてはよく分かりませんが、とりあえずボタンさえ押せばいいのでしょう。
一分ほどすると、ランプが点灯してブザーが鳴りました。
僕は赤いボタンを指で押しました。
特に何も起こりません。
最初のブザーから何も変化がなく、およそ一時間が経過しました。
さすがにおかしいと思った僕が部屋を出ようとした時、管の内部を何かが落下してくる音がしました。
そして段ボールの中に排出されていきます。
覗き込んだ僕はぎょっとしました。
段ボールの中には骨らしき破片が入っていました。
どうやら別の空間で燃やした遺骨をこの段ボールに運んでいるようです。
僕が呆気に取られている間に、次々と骨が溜まっていきます。
火葬場の仕組みは知りませんが、さすがにこんな扱いは異常でしょう。
逃げ出そうとした僕は、すぐにバイト代を思い出しました。
こういう恐ろしい一面があるからこそ、不自然なほど高給に違いありません。
余計なことを言うべきではない。
変に文句を言うより、真面目に仕事をした方がいい。
そう結論付けた僕は、そこから無心でボタンを押しました。
二日目も同じような調子でした。
数時間に一度、ブザーの知らせに合わせてボタンを押すだけです。
非常に簡単でミスすることもありません。
三日目もやはり順調でした。
これまでより少しブザーの頻度は多かったです。
それだけ焼く死体が多いのでしょう。
四日目、五日目、六日目も語ることは特にありません。
待機時間が退屈なのが大変なくらいでしょうか。
もちろん一日ごとに五万円を貰えるのですから文句はありません。
問題は七日目でした。
この日は十秒に一回くらいのペースでブザーが鳴りました。
僕は驚きながらもボタンを押します。
あまりに頻度が多いせいで、段ボールから遺骨が溢れ出していました。
それをどうにかする余裕もなく、僕は赤いボタンを押し続けました。
指が痛いのも我慢しました。
バイト開始から三時間半が経過した頃、さらなる異変が起きました。
天井に繋がる管が、べこべこと音を立てて一部分だけ膨らんだのです。
まるでそこに何かが詰まったようでした。
案の定、遺骨の排出もストップしています。
それなのに容赦なくブザーが鳴るため、僕もボタンを押すしかありませんでした。
管の膨らみはどんどん酷くなり、軋みながら完全に変形していました。
今にも破裂しそうです。
僕はなるべく距離を取りながら注目します。
バイト終了の数分前、管の膨らみが一気に降下して段ボールに落下しました。
夥しい量の遺骨に混ざって出てきたのは忌村さんでした。
全身から白煙を上げる忌村さんは、奇妙な微笑みを浮かべて立ち上がると、固まった僕を置いて部屋から出て行きました。
その日、僕はバイトをクビになりました。
理由は聞かせてもらえませんでした。
管から出てきた忌村さんについても教えてもらえませんでした。
七日目の給料が貰えなかったことだけが残念です。
皆様も忌村さんにはご注意ください。