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07)The bud of the flower

頭がくらくらする。

体がだるく、喉が乾いてしかたがない。


重い瞼を開けて、油の切れた機械のようにぎしぎしする関節を動かして上半身を起こした。

満月なのか、強い月明かりが部屋の中を照らし、夜なのに灯りが無くても暗闇に捕らわれることはない。


いつの間に家に帰ってベットまでたどりついたのだろう。


ベットの横のサイドテーブルには絞ったタオルが掛けられたたらいや水差しやコップが置かれており、足元でアマンダがうたた寝をしていた。

測るまでもないが自分の額に手をあてて、熱があるかどうか確かめてみる。

頭痛がしなくて良かった。

このままではアマンダにうつしてしまうので起こすことにした。


「母さん、起きて。風邪をひくわよ」


肩を揺らすとはっと目を開けたアマンダが慌てて心配そうに覗きこんできた。


「大丈夫かい? 家に帰ってきた途端倒れて心配したんだよ。気分はどうだい??」

「気分は悪くないわ。多分、風邪だと思う」

「明日お医者様にみてもらうから大人しく寝てな。なにか欲しいものはないかい?」

「お水をちょうだい。お医者様にみてもらうほどじゃないわ。そんなに心配しなくても寝てれば治るわよ」


安心させるように微笑んで、アマンダが差し出したコップを受け取った。


「無理するんじゃないよ」

「私は大丈夫だからアマンダは休んで。このままだとうつるから」

「そうかい?」

「寝てれば治る。たいした事ないから」

「…それじゃ、何かあったら呼ぶんだよ」

「はい、お休みなさい」

「お休み」


心配そうに何度も振り返りながら自分の部屋に戻るアマンダを見て苦笑してしまう。

ドアが閉まるのを見届けてから受け取った水を喉を鳴らしながら飲むと生き返った気がした。

体は辛いけれど心に張っていたもやが晴れて気分はいい。

憑き物が取れたみたいだ。


エブァンには悪いことをしたかな。いや、あれは私のせいじゃないと思う。


無意識に鎖骨を触りながら視線を泳がした。


それにしてもいつ帰ったのだろう。

記憶を辿るが、何か掴めそうになると熱が邪魔をする。


……寝よ。この状態で悩んでもどうにもならない。


諦めて早々に考える事を放棄し、水を一口飲んでから布団を肩にかけた。

目を瞑って睡魔が襲ってくるのを待つ。

そのうち、やけくそになって白くふわふわした可愛い羊を想像する。


一匹、二匹、三匹…四匹……



カタン


物が動く微かな音。


「母さん??」


返事がない。


気のせい??


また羊を想像しようとするが、どうしても音がしたほうが気になって上手くいかなかった。

気分転換に水でも飲もうと体を起こしてコップを手に取った時


光る2つの瞳と目があった。


「わっ!!」


反射的に勢い良く後ろに下がってしまい、ベットから落ちるところをなんとか踏ん張る。


「ニャー」


へ??と間抜けな声を出しながらもう一度サイドテーブルに目をむけると、ヨモギがちょこんと座っていた。

飴色の小さな包みをくわえて膝の上まで移動した後、ぽとりと包みを落す。

手にとって観察してみると粉が中にあるようだ。

耳元で降るとシャカシャカという音がした。

ヨモギが包みをもった手に小さい頭を懸命にすりよせてくる。というよりも押しつけている。


「これを飲めって??」


包みを開くとやはり白い粉が入っていた。

嗅ぐと薬みたいな匂いがした。とても苦そう。


下から大きな瞳でじーと見られていて何故かプレッシャーを感じた。


結局プレッシャーに負けて、意を決して薬を水で流し込む。


にっが!!これ、漢方!?

凄く独特の味がする。


飲んだ時は苦さで目が冴えたが、唐突に強烈な睡魔が襲ってきた。

ヨモギは誉めるように二の腕に尻尾を軽く当てた後、左右にゆっくりと尻尾を振ってバイバイしながらドアに向かった。ドアが動く微かな音を聞きながら千鶴は心地良い眠気に身を任せた。


****


朝起きたら体調が悪かったのが嘘だったかのように回復した。

アマンダに大丈夫とは言ったのだか大事をとって休むように言われ、今はベットに押し込まれてしまっている。

寝すぎて眠れないし、はっきり言って暇だ。

文字を読めれば本を読んで暇潰し出来るだろうがもちろん読めるはずもなく、ぼーっと時が過ぎるのを待っていたらドアをノックする音が聞こえた。


「体調悪いって聞いたけど元気そうじゃないか」


一つ、ため息をついて騒がしい見舞い客を招き入れた。


「新米騎士様は随分と暇なのね」

「んなわけあるか、今日は仕事は午後からなんだよ。その前にアマンダのパンを受け取りにきたの」

「そうなの??てっきりさぼりかと思った」

「いくら俺でもさぼんねーよ。上司の怒鳴り声を聞くのなんて仕事中だけで十分だ」


心底嫌そうに顔をしかめている様子が可笑しくて笑っているとミリクが近くにあった椅子を引き寄せて背もたれを肘置きにして座りながら手に持っていた花束を差し出した。


「ほら、母さんから見舞の品」

「…花が似合わない騎士もいたものね」

「言うな」


恥ずかしいのかうっすら目元が赤い。

渡された花束は赤や桃色や白といった同色系の花がバランス良くまとめられていてとても綺麗。

きっとアリアさんが庭から摘んでくれたのだろう。

ちゃんとした花瓶に入れときたいとは思うが近くにちょうどいい物がないのでとりあえずたらいにつっこんでおくことにした。


「なぁサラ」

「ん-なに-??」


さすがにたらいだとびしっと決まらない。

少しでも良く見せるために色々角度を調整してみる。


「お前、男でも出来たのか??」


ひょいっと襟首を捕まれて覗き込まれた。


「ば、ばか!何するのよ」


慌て体をよじり、ミリクを睨む。

女の子の胸をいきなり覗き込んで堂々とセクハラしすぎだろう!!

しかもたらいに入っていた水を零したじゃない!!


「こーこ」


にやりと笑ってミリクが鎖骨を指差す。


「なっ!!」

「それ、キスマークだろ??」

「ち、違うわよ。昨日虫に刺されたんじゃないの」

「ふーん」


なんで髪飾りには反応しないのにこういう事は敏感なんだろうか。

大きな子供は新しい玩具をもらった時のように目をきらきらさせている。

面倒なので素知らぬふりをして黙りを決め込んでいると、それ以上言うのを諦めたのか昨日ヨモギが持ってきてくれた薬の紙を手にとって少しいじった後、光にあてて透かしていた。

何が楽しいんだか。

ミリクは時々訳の分からないことをする。

一回頭の中を覗きたいけれど、頭の中を覗いたからって理解できる気は到底しない。


「これ、貰っていいか??」

「いいけど…そんなの、何するのよ」


こいつの相手は疲れる。


「この紙、透かしたら模様が見えるんだよ」

「ほんと?私にも見せて」

「ん」


ミリクが窓に翳して紙に光を通してくれる。


「あ、本当だ」


確かに模様が浮かんでいる。薔薇が描かれていた。

日本ではお札でよく見てたけどこの世界でもこの技術があったのかと感心する。


「じゃ、俺行くわ。」

「さっさと帰れ」

「ひっど!!」

「お仕事頑張って、新米騎士さん」

「お大事に~」


せめてもの嫌みで言った言葉も通じず、ひらひら手を振って部屋から出ていった。


「銀髪の少年…ね」


透かし絵が書かれた紙を口に当てて、楽しそうにポツリと呟いた言葉はドアに阻まれて千鶴に聞こえることはなかった。

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