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05)納得できないその理由

片手に空のバケットを提げ、痛む右手を擦りつつ、帰り道とは違う、人気のない横道を進んだ。


結論から言うと、あえなく復讐は失敗に終わってしまった。


ミリクの鳩尾にむかってパンチを繰り出したまでは良かった。

ただ、腹筋が鋼のようになっていたのは予想外だった。


そして、予想外の出来事はもう一つ。


珍しくエブァンがローブのフードを外した格好で路地裏にいた。

なんで珍しいのかというと時間帯の問題だ。

今はだいたい2時少し前。いつも1時間程、猫と戯れた後にやって来るからだ。


「エブァン!? どうしたの??」

「久しぶり。どうしたのって??」

「いや、なんでこの時間に居るのかなぁって」

一瞬目を見開いて、言いづらそうに口を開いた。


「暫くチズに会えなかったから…」


会えなかったから、に続く言葉は声が小さすぎて聞こえなかった。


頬を薄く染めて、目線を猫に向けながらぽつりと呟くエブァンは、大変可愛らしい。

乙女心がきゅんきゅんする。


思わず笑みがもれた。


私ってそんなに路地裏に通っていたのかしら。

猫達も寂しく思ってくれていたのか、足元に擦り寄ってくる。


「ごめんね、ちょっとここのところ時間とれなくて。もう大丈夫だから。これからも相手してね」


いつかの仕返しにくすくす笑いながら言った。

するとエブァンは難問を抱えて机の前で悩んでる苦学生のように眉間に皺を寄せた。そして満面の笑みを浮かべる。誤魔化し方が千鶴と一緒だ。



「そういえば猫の名前、決めた?」


もう少し遊んでいたいけどここは折れてあげようかな。


「うん。この子は『ヨモギ』って言う名前にしようと思って」

「ヨモギ??」


発音しづらそうにおうむ返しをされる。こちらの人には日本語の発音は馴染めないのだろう。

普段の会話は勝手に翻訳されてるから大変重宝してる。

舌を噛みそうな言語なんか話せるようになれる自信なんてない。

たださえ人物の名前等の固有名詞は自動変換されないから大変なのに。


「草花にはね、それぞれ付随する言葉があって-- それを花言葉っていうんだけど、ヨモギは平穏とか幸福って意味があるの」


アリアさんの庭を通る時、思いついた名前だった。あそこの草花みたいに元気でいてほしい。


「良い名前だ。ヨモギも喜んでいるよ。花言葉なんて初めて知った。」


「こっちには花言葉がないの??」


花言葉は元々ヨーロッパから日本に来た風習だ。

こういう時、似ている面は多々あれど結局は違う世界だ。と、いつも思う。


「うん。チズの国のこと、今度ゆっくり聞かせて」


エブァンは私の国の風習だと思ったみたいで興味深そうにヨモギを覗き込んでいた。

手の下を捕まれて、だらーんと下半身をされるがままに垂らしているヨモギは名前なんてどうでも良さそうだけど。


よかった。


私にしては良い名前がつけれたんじゃない? と一人で悦に入っているとエブァンがローブの中から白い布の包みを取り出した。名前をつけてくれたお礼だと差し出されつい受け取ってしまう。

中には上品な作りのバレッタが入っていた。銀色の光沢が美しく、とても魅力的な贈り物だ。


だけど…


「気持ちは嬉しいけどこんな高価な物貰えないわ。でも、ありがとう。お小遣い貯めて買うの大変だったんじゃない?」


装飾品は総じて高価だ。しかも、このバレッタは町の雑貨屋でみる物とは違って見える。

端に銀色の光沢の美しさを邪魔しない、むしろ引き立てる程度に3個ほど小さい紫の石が埋められている。この石が本物であれば千鶴が一生働いても買えないだろう。

欲しい気持ちを抑えながら受け取ったバレッタを返そうとするとエブァンは微笑みながら千鶴の手ごと軽く握った。


「チズって私のこと、いくつだと思ってるの??」


「15・16…くらい??」


やっぱりね、というようにエブァンは肩をすくめた。


「私は18だよ。もうすぐ19になる。私が働いたお金で買ったもので、チズの綺麗な黒髪に似合うと思って買ったものだ。だから気にしないくていい。」


18!?西洋人って東洋人に比べて早熟だから年上に見えることはしょっちゅうだけどその逆は初めてだ。


驚いているとエブァンは千鶴の手の中からバレッタを取り出して器用に髪につけていく。

腰まである耳の横の髪をかきあげ、纏める時に微かに触れるエブァンの手がくすぐったい。

時々触れるエブァンの手の感触にドキドキする。


満足気に笑っているエブァンを見ていると、とても突き返す気になれなくて有り難く貰っておくことにした。

でもこんな髪飾りをぽんっ、とプレゼントしてくるところをみると平民ではないのかもしれない。

貴族なの??と聞いたがエブァンは左右に顔を振った。

もう少しゆっくりしていたかったが、前回のこともあったので早めに路地裏を出た。


路地裏を出て、10歩ほど歩いたところでミリクにばったり会った。

家まで送ってくれるとのことなので一緒に帰り道を進んでいたが髪飾りのことに触れもしない。

ムカついたので痛みのひいてきた手で、今度は柔らかい横腹に一発いれようと思ったら軽々と避けられて、逆に腕でゆるく首を締められた。



まさかこのやり取りが自分の未来を決める出来事になるなんて思いもしなかった。

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