04)お昼寝の後に
何の連絡もせず帰りが遅くなってしまってから、アマンダが不安定になっていた。
少し家を出るにもいつ帰ってくるのか聞いてくるようになったり、目の届かないところにいると不安がるようになっていた。
あんなに気をつけていたのにまたトラウマを呼び起こしてしまったのかもしれない。
極力アマンダの傍にいるようにしていたが、最近やっと落ち着いたみたいで久々にアリアさんの所までお使いを頼まれた。
昼時のせいなのか、人通りの多いせいなのか、家を出てからどんどん暑くなっているようでじっとりと汗ばんでくる。しかし、こちらの天候は湿度が低く、カラッと乾いていて不快ではない。
両手で持っているバケットには、沢山のパイやらパンやらが入ってて結構重たい。
焼きたての香ばしい匂いが千鶴の鼻をくすぐった。
アリアさんとアマンダは、料理人の父から才能を受け継いだみたいで、アリアさんは喫茶店を、アマンダはパン屋さんを営み、生計をたてていた。
アマンダが得意としている林檎のパイは絶品で千鶴の大好物だ。
アリアさんが大切に育てている庭の花達の横を通り抜け、ドアの一歩手前で、どうやってノックしようかと考えるよりも前に、アリアさんの息子のミリクがドアを開けてくれた。今日は珍しく仕事が休みみたいだ。
「サラか!!久しぶりだな~。入れよ。荷物持ってやる。」
「ありがとう。」
荷物を渡し、すすめられた椅子に腰をおろして一息ついた。そして、重たい荷物を片手で軽々とダイニングテーブルの上においているミリクに声をかけた。
「久しぶりね。新米騎士様は活躍してらっしゃるのかしら?」
「面白ろがんなよ。知ってるだろ?身分を持たない俺達は戦で手柄をたてないとなんにもさしちゃもらえねー。日々退屈な鍛練と雑用だけさ。」
心底つまらなさそうにミリクが愚痴る。
「そう言わないの。小さい頃からの夢だったんでしょう?」
「そうだけどさ~…」
ミリクはあーっと叫んで机に突っ伏してしまった。余程鬱憤が貯まっているみたい。基本マイペースなミリクには規律の厳しい騎士団は辛いのかもしれない。けれど、なかなか頼りがいもあるし、素晴らしい運動神経ももっているので結構上の方までいけるんじゃないかな。
「我慢、我慢。頑張って、新米騎士さん。…そういえば、アリアさんの姿がみえないけど」
「母さんなら明日使う食材が切れたとかいって、ちょっと外に出てるよ。ああ、ちょうど帰ってきたみたい」
「ただいまー」
「おかえり」
「おかえりなさい」
千鶴とミリクの声がハモった。
「家を空けててごめんね。もう!!ミリクったらお茶も出さないで…。ちょっと待ってて、すぐ用意するから」
アリアさんは呆れた視線を投げかけてから手際よくお茶の用意をしてくれた。
当の本人は反省する様子もなく嬉々としてパイをお皿に選り分けている。
「こんなに沢山持ってきてもらって重たかったでしょう??ありがとね」
「大丈夫ですよ。私、結構力持ちなんで」
「でも助かるわ。うちの喫茶店でもアマンダのパンは好評で良く出るの。そういえば、店番は大丈夫なの??」
「お昼過ぎてからはお客様も少ないのでアマンダが店番やってくれてるんです。うちはパンを朝一回しか焼かないからお昼過ぎちゃったらあんまり残ってないし、ゆっくりしてきなさいって」
「そう…それじゃゆっくりしていきなさい。でもあまり遅くならないでね。この前、アマンダがパニックおこして大変だったんだから。」
「この前はご心配をおかけしました。気を付けます。」
きっと取り乱したアマンダを上手く抑えてくれたんだろう。暫くアリアさんには頭が上がらない。
「連絡も無しに日没まで帰ってこなかったら心配するよな。サラらしくない。何かあったのか??」
栗鼠みたいに林檎のパイを口一杯に頬張りながらミリクがとっても余計な事を口にする。
まさかこの年になって猫と一緒に寝ていたら寝過ごしました、とか言えないよな。でも他に良い言い訳も思いつかないので正直に答えるしかなかった。
「野良猫と遊んでたらいつの間にか寝ちゃってて…」
とりあえず笑顔で誤魔化そう。アリアさんの呆れた視線が痛いし、爆笑しているミリクが鬱陶しいけど。
「そう…気をつけてね。女の子一人で昼寝なんかしてたら危ないわ」
アリアさんは諦めた様子で琥珀色の紅茶を口に運んだ。それを見たミリクは更に笑い転げている。
くそっ!!後で覚えてろよ!!
アリアさんのいないところで鳩尾に一発入れてやる!!