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02)解放

「サラ、またお使いいってちょうだいな」


アマンダが片手に持っている荷物を私に渡した。


アマンダは、私がこの世界に来てしまったとき拾ってくれた人。

千鶴を亡くなった娘だと思い込んでいる。

千鶴という存在はこの家ではいない。

いるのは死んでしまったアマンダの娘、サラだ。


夫を戦争でなくした後、唯一心の支えだった娘までなくなってしまい、

アマンダの精神は少しおかしくなっていた。


「はい、母さん」


千鶴は微笑みながら荷物を受け取り、アマンダは満足気に笑って頭を撫でた。


「気をつけて行っておいでね」


今年23歳の娘に対するには少々子供扱いしすぎだと思うが、

アマンダにとってはいつまでたっても子供なんだろう。


こんな歪な母娘関係をもう5年も続けている。


自分の存在を認めてもらえない虚無感と、傷付いた心を抱えるアマンダを騙している罪悪感。

いい加減こんな関係は良くないとはわかっていても私からはこの関係を絶つことはできない。


ここは強き者が力をもち、弱き者が虐げられるのだ。


異世界からきた私は保護者もなく、頼る者がいない。

当然、弱き者である私は餓死、売春、犯罪しか道がなかった。

元の世界みたいに人権や生活を保障してくれるものは何もない。

そんな時アマンダに会えたことは私にとって幸運なことだったろう。


たとえ、私を見てくれなくても。


「いってきます」


千鶴はアマンダに向かって手を振り、ドアのとってに手をかけた。


ドアを開けようとしたところでアマンダが慌てて引き止めた。


「サラ、今日は雨がふりそうだから傘を持っていきな。この前みたいに濡れて帰ってきたら風邪をひいてしまう。」


「ありがとう!行ってきます」


千鶴は振り替えって傘を受け取り、雨の中、お使いにでかけた。


届け先はアリアさんの家でアマンダのお姉さんだ。


アリアさんはアマンダをとても心配していて、時々お使いを頼んできてはアマンダの様子を聞いてくる。


アリアさんにアマンダは元気で、変わりなく過ごしていることを伝え、お茶を一杯ごちそうになってから家を出た。アリアさんに荷物を届け終わったので、後は家に帰るだけ。



いつもの道で、傘をさし、水溜まりを避けながら進む。



アスファルトではなく、レンガで舗装された道は凸凹していて雨が降るとさらに歩きにくい。


そういえば、エブァンに会った時も雨が降っていた。一回しか会ったことがないのに、こんなに執着するのは元の世界を思い出させてくれるからなのか。


この間会ってから、何度も行った路地裏を、自分でもちょっとしつこいな、と苦笑つつ覗いてみると、予想に反してエブァンは路地裏で地面に腰をおろしていた。


「こんにちは」


エブァンは、相変わらず顔が見えないほど深くローブを被っており、千鶴の方に顔をむけても表情はわからなかった。


「こんにちは、久しぶり」


「この前会った時も雨だったわね。雨の日にここにいるの?」


「まさか、偶々。晴れた日もここにくるよ。こいつらと遊んでいると息抜きになるんだ」


エブァンは猫の背を撫でながら言った。


「可愛いわね、・・・野良猫??」


無類の猫好きな千鶴は、エブァンの膝の上で気持ちよさそうに丸まって寝ている黒縁の猫に触りたくてうずうずしていながら必死に我慢する。


「みたいだね、時々子供をつれてくることもあるよ」


この辺りの野良猫達は警戒心が強く、何回か触ってみようとしたことがあるが逃げられるか引っかいてくるかのどちらかなので遠くから眺めるしかなかった。その野良猫達が、触らせて、ましてや膝の上で丸まって寝ているなんてよほどの事だ。


羨ましいー!!


「それにしては随分なれているのね」


「こいつは子猫の時から遊んでるから特別なんだよ」


「へー、じゃぁここでいつも息抜きしてるの??」


この前はいなかったのに、と独り言で言った言葉が聞こえたのかエブァンは口に手をあて、くすくす笑った。


「ここのところ時間がなかったから。ごめんね。これからちょくちょく来るからここで会えた時は息抜きの相手してくれると嬉しい」


「うん!!ぜひ」


握手っと、千鶴は手を差し出した。つい手をだしてしまってから、ここには握手の習慣がないことを思いだした。


そういえば、アマンダに初めてあった時握手をもとめてしまって困惑させてしまったことがあったっけ。あの時は習慣の違いなんてわからなかったけど、もうこの世界に5年も暮らしているから最近は、こんなことなかったのに。


慌てて手をひっこめようとしたけど、時既に遅し。


エブァンは頭に被っていたフードをはずして千尋の手をとっていた。


初めてまじまじとエブァンの顔を見たけれど、短めの綺麗な銀髪に、グレーの眼。それに雪のように白い肌。どこか幼さを残した容姿はそこらにいる女性よりも美人で綺麗だった。


「よろしく」


エブァンは微笑みながら流れるような動作で千鶴の手をとり、手の甲にくちづけを落とした。


「なっ!?」


慌てて手を引っ込めた。初めて見たエブァンに見蕩れていて気付くのは遅れてしまったけど、まるで騎士がお姫様にするように手をとられるとか誰が予想ができただろうか。奥ゆかしい日本人には刺激が強すぎる。ただ握手を求めただけなのに。


年下の少年に振り回されて、お姉さんは恥ずかしいし、悔しいです!!


これが人種の違いか・・・と打ちひしがれている千鶴を見て、エブァンは可愛らしい笑顔を浮かべている。しかもいつの間にか横の台の上にちょこんと座っていた野良猫ちゃんにも笑われている気がしてならない。


笑うなっという意味をこめて睨んでみたけれど、更に笑わせるだけだった。


ひとしきり笑った後、エブァンはフードを再びかぶった。


「もう少し話をしていたかったけれど、行かないと。またね、チズ。」


「ええ、またね。」


こうして私達は会う約束をした。



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