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19)終焉の時

それは、とても突然だった。


神父様との口論の後、暫く鬱々としていたが、このままではいけない。何か用事でもしてごまかそうと部屋のドアを開けると、見知った背中を発見した。


神父様とライはすぐに気がつき、手招きをしている。


神父様とは少し前に言い争いもしていたこともあり、あまり係わり合いになりたくなかった。けれど、今まで姿を見せなかったライが傍にいるので、何かあったのか気になって気がのらないまま2人の所まで行く。


そして、神父様は苦笑しながらも、あっさりと口にした。


「お疲れ様。ライの目的は済んだそうだから家に帰れるよ」


あんまりに突然すぎて、一瞬何を言われたのか理解できずにぱちぱちと瞬きを繰り返すことしかできない。


「何固まってるのかしら。散々帰りたいって喚いてたんでしょ?よかったじゃない」


機嫌が良さそうなライは口角を上げて男らしくにやにやと笑っている。

女らしい口調と野生味溢れた外見が噛み合っていなくてすごく違和感。


「何のそぶりもなかったから暫くこのままだと…」

「そんな訳ないじゃない。あんまり長くいたらあんたがいる場所が向こうにわかるでしょ。王族を敵に回すなんて馬鹿な真似しないわ」


もうすでに敵にまわしているのではないかと思ったが、それは口に出さなかった。

ライが一歩近づいて顔を覗きこむ。

「あんたがさらわれてからの王子は凄かったわよー。利用できるものは全部使って馬鹿貴族を失脚させたんだから。いくら王族だからって侯爵の爵位を持つ者をなるべく波風立たないように潰すのは骨が折れたんじゃないかしら」


まぁ私も細工したけどね、とライは言って麻袋に入った荷物を投げてきたので咄嗟に落とさないよう受け止める。

中には短い間だが使っていた日用品が入っていた。


「さ、ぐずぐずしてないで行くわよ。今頃、馬鹿貴族が私のことを喋っているだろうからここに長居は無用だわ」


神父様に別れの挨拶をしたライの後に着いていく。

後ろでは神父様がいつもの笑顔で手を振って見送っているだろうけれど、別れを惜しむつもりはない。


千鶴には、少し早すぎる速度で進むライを、置いていかれないように懸命に追い掛けた。


相変わらず道は入り組んでいて狭く、物が煩雑に存在している。

前に進むライとの差は徐々に開くばかりで、ふと、このままこのスラムに置いていくつもりなのかという考えが浮かぶ。


くすりと自虐的な笑みを漏らしたところで、前を見るのが疎かになっていたために、したたかに弁慶の泣き所をぶつけた。


「あっつ!!」


言葉にならない声が出て、打った所を抑えながらうずくまっる。

ぶつかった木箱はとても長い間外に放置されていたらしく、木が老朽して細くなったために隙間だらけだった。幸いに、錆びた釘の部分には当たらなかったみたいだが、すいばりがたったかもしれない。


傷口からはすでに血が出ていて、赤い筋が肌に出来ていた。


こうしている間にもライは先を進んでいるだろう。

もたもたとしながら追い掛けていたにも関わらず、一度も振り返ることはなかったのだから。

今まで姿を見失わずにいたことが奇跡だったはず。


知らない場所で一人ぼっち。

帰る術も見つからず、頼る人もいない。


急に孤独感が襲ってきて目尻に涙が溜まる。


それは5年前経験したときよりも一層辛く感じた。


もうこんな思いをしないように自分の居場所を作りたかった。だからアマンダと離れないよう、捨てられないように必死になっていたのに。


支えを失った私はなんて脆いのだろう。

そして、居場所を得るためにしがみついていた私はなんて醜いのだろう。


差し出される手を振り払い、忠告が聞こえないように耳を塞いでいびつな形を見ないように目を閉じた。


それは全てが自分のため。

他人を利用している汚い自分に気がついた。


普段見ないようにしている狂気さえ孕んだ感情。


嗚咽が漏れ、唸り声を出す。


溢れ出る涙が全てを流して綺麗にしてくれたらいいのに。

この醜い感情も、自己愛に満ちた考えも、全部さっぱりなくなればいい。


そうしたら……


「ちょっと、何泣いてんのよ」

べしっと鈍い音と軽い衝撃が後頭部を襲った。

涙でくしゃくしゃになった顔をあげると、目の前にライがしゃがんで頬杖をつきながら呆れた目をむけている。


冷ややかな視線ではなく、その目はどこか懐かしい感じがした。

たしか、アリアさんに良く、こんな目で見られた気がする。


「ったく、ついてこれないなら早く言いなさいよ」


誘拐されてる立場なのにそんなの言えるかという抗議の変わりに嗚咽が出る。


涙は際限なく出てきて止まることを知らない。


もう何年も泣いてないから泣き止む方法なんか忘れてしまった。


「うぅっ、うっ」

「あーもう、世話がやける子ね。傷なんかこさえちゃって。ここらへんの物って不衛生だから放っておくと足を切り落としかねないわよ」


怪我した足のふくらはぎに手を添えられ、綺麗に血を拭ってライはどこから取り出したのか、救急道具で慣れた手つきで素早く手当した。


人の温もりを感じたせいでますます泣いてしまう。


ダムのように溜まった感情が、一気に関が解放されたように津波となって荒れ狂う。


「ねぇ、あんたカイルに何か言われた?あいつって神父のくせに容赦なく言うから」


ぽんぽんと頭を撫でられる。


否応なしに無理矢理連れてきた誘拐犯がなんで優しいの。

もう、考えることが出来ない程頭の中がぐっちゃぐちゃ。

警戒心もなにもあったもんじゃない。


奇しくも突然の優しさに縋ってしまいそうだ。


「なん、で、慰めるの」

「そりゃぁ私だって泣いてる女の子に手酷いことしないわよ。そこまで落ちぶれちゃいないわ」

「殺そ、うと、したっ、くせに」


嗚咽のせいで上手く言葉にならない。

まるで駄々をこねならが泣いてる子供みたいだ。


「まぁ…、私だって目的のためなら何だってするわよ。そこらへんは自分の中でのラインがあるの」

「わっかんないよ。私のこと、嫌いじゃなかったの?だって私、偽善者でしょ?人の為だって言いながら、本当は自分のためだった。自分の為に他人利用してたんだよ。それ、分かってたから嫌いだったんでしょ?」


私は卑怯だ。


自分を正当化して、他人を利用した。


今だって、ライの優しさが苦痛でしかたがない。

いっそ責めてくれれば楽になる。

そう思ってわざときつく言い返した。

なのに何故かライは楽しそうに笑う。


「確かに嫌いとは言ったけどね。でも、カイルに言われて落ち込んでるあんたは嫌いじゃないわよ。せいぜい反省するといいわ」


手を引かれて立つと怪我した足が鈍く痛みだした。

おもったよりも深くえぐれたのかもしれない。

傷口を見ると、綺麗に巻かれた包帯に血が滲んでいる。


「さ、行きましょ」

俯いた顔をあげるとライが機嫌良く告げる。


歩けないほどではないので頷きつつもゆっくり歩いてくれないかと言おうかと口を開きかけたところで、ふんわりと体が浮く感覚がした。


「えっ!?」


あれよというまにライの腕の上に乗せられていて焦る。


「ふふっ、涙は止まったようね。怪我人は大人しくしてなさい」


悪戯が成功した子供のように笑うライに、返事が出来ずに目を見開いたまま固まっていると、先ほどと比べものにならない速度でライがスラムをかけていく。


目まぐるしく変わる景色を眺めながら、不思議と沈んでいた気持ちが浮上し、胸の中にあったしこりが無くなっている気がした。

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