14)ティータイムの密約
「エブァン様とミリク様は用事ができたそうなので少し出掛けてくるとのことです。物騒な事は殿方にお任せして、お茶でも飲みませんか?」
メラの誘いにありがたく思いながら頷いた。
色々ありすぎて頭がついていかず、王宮へ行くことは拒否したものの、これからどうするかなんて考えていない。
驚愕に値する出来事が沢山ありすぎて、どれから片付けていいやらさっぱり分からない。
バルコニーにある白いアンティーク調のテーブルを二人で囲み、煎れたての紅茶味いながら複雑な胸中で景色を眺めた。
屋敷を囲むように植えられている薔薇園の一角で、凛とした大輪の花を咲かせ、微かに甘い香りを漂わせていた。
「いつ見てもこの景色は豪華ね」
「わたくしもそう思いますわ。ここまで見事な薔薇園は他にありません。亡くなった奥様が一番こだわったところですから」
「エブァンのお母様って薔薇が好きだったの?」
「ええ、とても」
紅茶の心地好い熱が次第に興奮を静めてくれ、ほっと息をつく。
「落ち着きました?」
「うん。ごめんね、気を使わせて」
「大丈夫ですよ。サラさんも色々な事が重なって、混乱されてるでしょうから」
くすくす笑うメラはなんだか楽しそうだ。
こっちの気も知らないで、とむくれてしまう。
「全部、知ってたの?」
つい咎めるような口調になってしまったのはしょうがないと思う。
「ええ、エブァン様が皇太子というお立場だというのも、今されてる髪飾りが値打ちがあるのも知ってました」
「教えてくれればよかったのに……」
はじめから知っていたらもっと上手く立ち回れていたと思う。
きっと、エブァンやこの屋敷の人達と上手く距離を置いて、今頃はアリアさんとお茶をしていたかもしれない。
その時の私は、エブァンがいる場所など検討もつかなかったに違いない。
けれどそれは仮定の話であって、現実とはなりえない。
「わたくし、以前お話したようにエブァン様とサラさんはお似合いだと思ってますわ。ですから余計な事はお耳に入れないほうがいいと思っていたんです」
「エブァンと私がどうにかなると思う?」
「思います。エブァン様にはそのお力があります。サラさんも、ですよ」
微笑んで「大丈夫」と背中を押してくれる。
優しくて、美人で、包容力のあるメラこそ私よりエブァンの隣に相応しい。
今まで微かにに漂うだけだった薔薇の香りがきつくなった気がして、無意識に胸を押さえた。
「メラは私を買い被りすぎよ。私は何の力ももってない、ただの一般人。……だからね、怖いの」
「なにがですか?」
「平穏が壊れること」
「王宮に行くことは、それに当て嵌まるのでしょうか」
「うん。かなりね」
苦笑して紅茶に口をつける。
今日の紅茶はフレーバーティなのか、飲んだ瞬間、薔薇とは別の甘い匂いがした。
「私はね、今を壊したくないの。こんな風に友達とお茶をして、気の置けない人と一緒になって、アマンダに家族をつくりたいの」
「アマンダって先程話に出てた方ですよね?」
「うん。私のお母さん。っていっても本当のお母さんじゃないんだけど」
手持ち無沙汰で紅茶の入ったカップを零さないようにくるくる回した。
映っていた自分の顔が消えて小さな波紋を描き出す。
「私ね、18の時にアマンダに拾われたんだ。一人ぼっちで途方にくれてた時、ちょうどアマンダも娘を亡くしたばっかりらしくて。それから実の娘みたいに可愛がってくれたの」
実の娘だと思い込んでいる事は言わなかった。メラに余計な心配をかけるわけにはいかない。
「私は本当の家族にはなれないけど、子供は違うから。一番いいのはミリクと結婚すること、なんだけどね。むこうもこっちも、まだそんな気持ちになれないから、どうなるかわからないけど」
「……その話、エブァン様には言わないでくださいね」
珍しく格好を崩してうなだれるメラをみてきょとんとする。
はて、何かまずい話でもしたかな??
何故なのかはわからないけど、エブァンにこの話をする気はないし、素直に頷いておくことにした。
「サラさんは、お母様の為にすべてを捨てるおつもりですか?」
「捨てるんじゃないの。貰ったものを返したいだけ」
メラが悲しそうな表情を浮かべてカップの中に紅茶を継ぎ足す。
「なんだかサラさんを見ていると、自分を押し殺してるようで時々怖くなります。いつか居なくなりそうで……」
ポットをテーブルに置こうとして手が滑ったのか、派手な音を立ててポットが床に落ちた。
「ごめんなさい!!怪我されませんでしたか!?」
「大丈夫よ」
焦っているメラに安心させるように笑顔で答えてからしゃがんで破片を集める。
ポットは元の形もわからないほど粉々に砕けてしまっていた。
「壊れてしまったモノは元に戻りませんね」
一緒に破片を拾いながら残念そうに呟いたメラの言葉は私を臆病にさせる。
サラは嘘で塗り固めて、ようやく保たれている脆いモノだと知っているから。
けれど、サラは居なくてはならないモノだから。
だから何を犠牲にしても守らないといけないのだ。
「わたくしもね、身分が違いますけれど慕う方がいらっしゃるんです」
鬱々とした暗い感情に囚われていた千鶴を引き戻したのは、そんなメラの告白だった。
「恋心を自覚した時は諦めようとしてました。けれど、無理でした。自分の気持ちを偽ることほど辛いことはありません。同じ辛い思いをするのであればこの気持ちを大切にしようと思ったんです」
茨が覆い繁る道だと分かっていて傷つく事もいとわず、前を向いて迷わず進んでいるメラが羨ましかった。
同じ茨の道でも千鶴とは違う。
千鶴の道は終わりが見えないが、メラが進む先はきっと希望と幸福に溢れているのだろう。
「サラさんがエブァン様と恋仲になってくだされば、わたくしも助かるのですが……」
「なんで私とエブァンが関係があるの??」
独り言のように言ったメラの言葉が引っかかって何気なく疑問を口にすると、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出して訴えられた。
ぎょっとして、慌てて破片がないところまで移動する。
「わたくし、侯爵家の娘なんです。父が社交界に姿を見せない王子に待ちくたびれて、権力を駆使してこのお屋敷にわたくしを使用人として入れたんですよ。王子を落としてこいって。野心が強くて利用できるモノはなんだって使う父親だとは知ってましたけど、今回のことは流石に飽きれましたわ。温室育ちのわたくしをいきなり使用人にするなんて、無茶にもほどがあると思いません!?」
段々腹が立ってきたのか顔を真っ赤にして口調をを荒くするメラを見て頭を抱える。
ああ、メラだけは同じ平民同士だと信じて疑わなかったのに。
このままだと人間不信になる日も遠くないかもしれない。