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10)想い≠想い

エブァンと二言・三言交わしあった時、重厚なドアがノックされた。

さすが贅を凝らした屋敷だけあって、ノックの音さえいつもと違う。

今更ながらに千鶴はここにいていいものかと思った。


「どうぞ」


エブァンが返事をし、医療道具が入っているバックを左手に持った白衣姿のお医者様と、屋敷に入る時に対応してくれた美人な使用人が部屋に入ってきた。

使用人はタオルを腕に掛け、水の入っているたらいを両手で持っているのでお医者様の助手を務めるのだろう。


部屋の真ん中にある、膝より少し低めの木目が美しいテーブルを取り囲むようにコの字に並ぶソファーで治療をするらしく、座るように促された。


お医者様はテキパキと診察し、縫う程ではないが少し傷が深いので毎日3回、患部に塗るようにと傷薬を渡された。もし化膿するのであればまた診察するとのことだった。


「ありがとうございました」

「いえいえ、毒が塗ってなくて幸いでした。これなら跡も残らないでしょう。では、これで失礼します。サラ様、お大事になさってください」

「…はい」


どこかのお嬢様と勘違いされてるらしく、お医者様にまで様を付けて呼ばれることに恐縮しながら答えると、お医者様はソファーを立ち上がって軽く頭を下げた後、部屋から退出した。


治療もしてもらった事だし、あまり厄介にもなれないのでもう帰ろうかと思ったが、千鶴が言い出す前に使用人が口を開いた。


「では湯殿の準備が整っておますのでご案内致します。サラ様はお怪我もされてますのでお手伝いさせていただきますわ」

「え!?そこまでお世話になるわけにはいきません。お医者様まで呼んでくださったのに…」

「遠慮なさらないでください。それに、このままですとご家族の方に心配されますよ??」


痛いところを突かれた。

自分でも薄々気が付いていたが、首から垂れた血が襟元についているし、助けられた時に転んだせいで、土まみれになっている。

この姿を見たらアマンダは卒倒するだろう。流石にそれはまずい。


ふいに手を取られて顔を上げると、美人な使用人が横にしゃがんで微笑んでいた。少し顔を傾けて微笑んだ笑顔は、下手をすると、きつい印象を与えるはっきりした顔立ちを柔らかくし、とても魅力的だ。

その笑顔にも後押しされて、素直にお世話になることにした。


「では、お言葉に甘えます。えっと…」


そういえば名前を聞いてなかったので言葉に詰まってしまった。

使用人が気を利かせ、聞く前に自己紹介をした。


「わたくし、メラルナ・ルクナルドと申します。メラと呼んでください」

「メラさんですね。私のこともサラって呼んでください。サラ様って呼ばれるような高貴な身分ではありませんから」

「わかりました。では、サラさんと呼ばせていただきます」

「あの…言葉使いも普通にされて大丈夫ですよ??」


遠慮がちに言う千鶴にメラは微笑んだ。


「気になさらないでください。わたくし、これが普通の話し方ですから」


自己紹介が済んだところで再びドアがノックされ、バルバラ卿がエブァンを呼びに来た。

千鶴はそのままメラに湯殿まで案内される。

湯殿は想像していたよりも大きく、一目見ただけで職人が手間をかけて造りあげたのが分かった。

湯殿全体が白で統一されており、桜色の湯船がとても映えている。

メラも一緒に入るのかと思ったが、あくまで手伝うだけのつもりだったらしい。

脱衣場で説得して、なんとか一緒にお風呂に入ることになった。

承諾する時に小さな子の我が儘を聞くような、慈愛のこもった苦笑をされたのだが、結果オーライだ。


「サラさん、傷は沁みたりしませんか?」

「大丈夫です。傷口は包帯で巻いてあるし、お湯にも浸けてませんから。でも、傷口がなかったら肩までお湯に浸かりたいですねー」

「ふふ、分かりますわ。この湯殿はこの屋敷の一番の自慢なんです。使っているお湯には薔薇のエキスが入っていて肌にとても良いんですよ」

「あー確かに良い香りですね」

「わたくしもたまに入らせていただくのですが、いつもうっかりのぼせそうになります」


二人で笑い合う。

歳の近い女の子とおしゃべりするのは久しぶりだった。


「バルバラ卿はセンスがとてもいいですね。お屋敷全体が芸術作品みたいです」

「バルバラ卿はこの屋敷を管理されてますけど実はこのお屋敷を建てられたのはエブァン様のお母様なんですよ」

「え!?エブァンのお母様ですか」


思わず大きく動いてしまい、跳ねた滴が包帯を濡らしてしまった。


「ええ、エブァン様が幼少の時にお亡くなりになってしまわれたんですけど」

「そうですか…」

「…サラさんは、エブァン様をどう思っておいでですか??」

「どう…とは、どういう意味ですか??」


人としてという意味か、男性としてという意味か、量りかねた。

なんとなく、後者であって欲しくないと思った。


「お慕いされてるのでしょうか??」


この時ほど顔を湯船に埋めたいと思ったことはなかった。せめて目を合わせないように、天使が壷をもったオブジェに目を向けた。壷からは桜色のお湯が絶え間なく流れ出ていた。


「…どうなんでしょう。エブァンと会うとほっとして、心が穏やかになります。エブァンには何度も助けられました。確かに私にとってエブァンは大切な人です。けれど男性として好きかと言われると…考えた事もありません」


そもそもエブァンに恋をして、その想いが実を結ぶ日がくるとは思えない。

エブァンは貴族ではないと言っていたが、それに近い身分ではあるのだろう。

それに加えあの容姿だ。

女性には困らないはずだ。

きっとエブァンのパートナーは容姿・性格・家柄など全てが素晴らしい女性なのだろう。


メラは少し気を落としたふうに言った。


「そうですか…てっきり、サラさんはエブァン様がお好きなのかと思いました。差し出がましいことを言いました。けれど、エブァン様は素敵殿方ですよ??サラさんとお似合いです」

「そんなことないです。多分、釣り合いませんよ」

「そう思うのはご自分のことだからですわ」

「そう…ですかね」

「ええ、そう思いますわ」


今度は答えず千鶴は曖昧に笑った。


メラは眉尻を下げてしょんぼりしてため息をつく。


「わたくし、しゃべりすぎですよね。…このままでは、またのぼせてしまうのでそろそろあがりましょう」


お喋りは楽しかったけれどこの会話が終わることに安堵した。


叶わない想いなど、もう、持ちたくない。


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