01)通り雨
‐この国は強きものが力をふるう世界。弱きものは従うしかない。なんて理不尽な世界なのだろう‐
千鶴は雨の中、届け物の荷物が濡れないよう抱き締めながら走っていた。突然の雨に嫌になってきた所で雨足が強くなる。このままでは荷物もびしょ濡れ。さすがに届け物が濡れてしまうのはまずいだろう。雨宿りできる路地裏に素早く入り、薄暗く、陰鬱な空を見上げながら弾んだ息を整えた。
出掛けた時には晴れていたのに。
本当についてない。
「こんにちは」
「ぎゃっ!!」
男とも女ともとれない中性的な声が後ろから聞こえ、肩をびくりと揺らし勢いよく後ろをふりむいた。…色気のない声を出したのは気にしない事にする。
薄暗い路地裏の少し奥で、人が地べたに座っているのが見えた。
「こっ、こんにちは」
まさか人がいるとは思わなかったので、びっくりしたまま思わず愛想笑いをしてしまい、ひきつった笑顔になってしまった。
声を掛けてきた人物は全身すっぽりローブに身をつつんでおり、性別すらわからない。けれど少し小柄な上、声も高いので声変わりする前の少年か、女性だと思う。
「貴女も雨宿り??」
「ええ、届け物をもっているから濡れるとまずいの」
「突然降ってくるなんてついてないね」
「そうね、でも荷物が濡れなくてよかったわ」
今度は自然と笑えた。
雨が止みそうにないので私も地面が濡れてないところで腰をおろし建物の壁にもたれながらしとしとと、絶え間なく聴こえてくる雨の音に耳をかたむけた。
この様子では晴れるのは暫くかかるだろうか。
「大丈夫、後半刻もすれば晴れるから」
まるで心の中を読まれたかのように答られた。
「え!?」
「ふふ…貴女が不安そうにしてたから」
笑われたことで恥ずかしくなり、自然と顔に熱があつまった。きっと私は林檎みたいに真っ赤になっているだろう。
「ありがとう」
なんとかお礼を言って、火照った頬を冷まそうと両手を頬にあてて俯いた。
それ以降ローブの人は口を開かなかったけれど、雨音を聞きながらゆったりと流れる時間は心地よかった。
そして、男とも女とも分からない知らない人と閉鎖された空間で二人きりというには穏やか過ぎた。
だからだろうか。
普段、心の奥底に閉じ込めている気持ちが顔をだしてきたのは。
千鶴は元々この世界の人間ではない。
5年前、ちょうど18歳の誕生日をむかえた日、この世界に迷いこんだ。
本当に突然だったし、違う世界にきてしまった事実を暫く信じられなかった。
ここは昔の中世ヨーロッパのようで、私は映画や小説でしかお目にかかったことがなかった。
王様がいて貴族がいる。
平民は生きることに精一杯で税金の納入で追われ、虐げられて生きている。
その中でも犯罪者の扱いは酷い。
罪を犯した者は奴隷として人扱いされず死んでいのだ。
元の世界の平穏が懐かしい。
未来が平穏と幸福を約束されていた世界が。
「雨、やんだよ。」
はっと顔を起こすとローブをまとった少年が私を見下ろしていた。
「私はステフ・エブァン、息抜きに散歩してる途中で雨に降られたんだ。君は?」
「私は・・・」
エブァンに促されて自己紹介をしようとするけれど、自分の名前を名乗るのは久しぶりで緊張する。
懐かしい・・・とても懐かしい自分の名前。
泣きそうだ。
「私は如月千鶴、・・・迷子になっているの。」
エブァンは頭をかしげながら言った。
「キサギ・チズ?随分変わった名前だ。
早く・・・帰りたい場所に、帰れるといいね。」
私の帰りたい場所は元の世界。
暖かい場所と自分の場所がある世界。
エブァンは私が言いたいことを分かってくれた気がした。
ただ道に迷っている迷子ととられてもしようがないのに。
そのことがとても嬉かった。
「さようなら」
私は路地裏を出ていくエブァンに小さく手を振った。
「うん、さようなら」
水溜りに入らないように器用によけて走っていくエブァンを見送っていると、重くなった心が少し軽くなった気がした。
それから何度かあの場所に足を運んだがエブァンと会えることはなかった。